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77.嵐を纏う聖霊

「貴方はエルフ……ですよね?」


「あら、嬉しい。私に興味を持ってくれるのね」


 モニカは大人っぽい微笑みを浮かべ、


「あなたは純粋なエルフを見たことはないのかしら?ご家族にいるように見えるのだけれど?」


 逆に質問を返された。


「あ、はい。曾祖父がエルフ……だと両親からは聞いているんですが、実は一度も会ったことはなくて」


 アリスは頷いて答えた。


「もちろん妖精を見るのが初めてという訳ではないんですが……王宮に仕える者にエルフはいないですし、王都でも滅多に見かけないので、本物のエルフと直接お話するのは実はレンさんと貴方が初めてなのです……!」


 自分の血筋のルーツの一部でもあり、アリスは時と場所も忘れてやや興奮気味だ。


「エルフはもともと滅多に人里には降りてこない種族だし、特に十年前の内戦以来はめっきり見なくなったものね」


 アリスは内戦勃発前の王都を知らないが、確かに妹がよく「私が小さいときには王都にも妖精がいたんだよ!」と言っているのは知っている。


 ——もっとも、当時五歳の少女がどこまで正確にエルフを見分けられていたかは定かではないが。


「でもね、私は……」


「——悪いが、その話は試合の後にしてくれないか?」


 口を開きかけたモニカを遮って、グレイハウンドの獣人が割って入った。


 そこでやっと、アリスはとんがり帽子を被ったドワーフの長い長い解説が、いつの間にか終わっていることに気づいた。


 五万人の観客の視線が、モニカと自分、獣人の審判、そしてモニカの隣に大人しく鎮座する巨大な漆黒の獣に注がれている。


「あら、ガンドルより私のほうが長話になっちゃったのね」


 モニカがぐるりと囲む五万の観衆を見渡してから、アリスに視線を戻す。


「あなたになら隠すつもりもなかったのだけれど、あまりお客さんを待たせるわけにもいかないわ。この話はまたの機会にしましょう」


 そう言ってから、ふと、何か思いついたように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「……ああ、そうだわ。せっかくだし、あなたがこの子に勝ったら、私の知ってることなら何でも話してあげる、っていうのはどうかしら?」


 アリスは話の続きに後ろ髪を引かれつつも、「まだか、まだか」と痛い程突き刺さる観客の視線を受け諦めたように頷いた。


「わかりました。では、続きは後で」


 しかし、試合開始を提案しつつもリンク上を去ろうとしない召喚士に、アリスは怪訝な顔をする。


「——あなたも戦うのですか?」


 モニカはゆっくりと首を振った。


「私はやらないわ。私がここにいるのは、この子が存分に力を発揮できるため。……でも、もちろん私を倒してもいいのよ。ちゃんとあなたの護符(タリスマン)を身に着けているから、ね」


 そう言って胸元の小さな護符をその白く細く指でつまんで見せ、「私を殺す気でかかってきても、これが守ってくれるから大丈夫」と微笑んでからモニカは、


「でも多分、この子がそんな余裕はくれないと思ったほうがいいわ」


 もう片手で、暴風を纏う巨大な獣を優しくひと撫でする。

 と——


 ゴオオオオオオォォッツ!!


 獣を取り巻く風がさらに勢いを増し、あっという間に竜巻のように獣を包み込む。


「!」


 その間、十秒、といったところか。


 風がわずかに収まり、その全容が(あらわ)になる。


『ウオオオオオッ!?なんだアレはぁ!あの姿はぁ!?』


『ばっかもん!だからさっき説明したじゃろうが!あれがウガルルムの戦闘モード——戦士形態じゃ!最初からもう一度解説しなおしたほうが良いかの?』


『……あ、いえ、もう大丈夫ですぅ』


 アリスの前には、確かに人型の敵影。


 身長およそ二メートル。

 先ほどの四足歩行の獣の姿よりは大分コンパクトになったイメージだ。


 漆黒の毛並みに覆われた顔は狼のようだが、ライオンに似たたてがみがある。

 そして二本の脚は猛禽類または恐竜のそれを思わせる外見で、指の先には鋭い鉤爪。


 筋骨隆々のその腕も黒くしなやかな獣毛に覆われているが、その手は肉食獣のそれよりは人間のものに近い。

 まるで武器を持つためにそうなったように。


 しかもその腕は、通常の人間より二本多い。

 都合四つの手に握られているのは四本の三日月刀(シミター)


 複数の獣人を掛け合わせたようなその怪物の佇まいは、まさに威風堂々とした百戦錬磨の戦士と言った印象だった。


 先ほどより質量は大きく減ったが、内在する圧力は寧ろ遥かに高まっている。


 四本の三日月刀(シミター)を手に、暴風の鎧をその身に纏った漆黒の戦士は、主人を守るかの如くゆっくりとモニカの前に進み出ると、少女のような騎士と対峙する。


 ——間違いなく、強敵。


 アリスは汗が自分の額に浮かぶのを感じた。


「では……良いな?」


 グレイハウンドの獣人が、右手を高く掲げ——


「——はじめっ!!」


 その手を振り下ろすと同時に、最終戦の開幕を告げる銅鑼の音が木霊した。



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