9.過保護な先輩たち
「どうしたアリス。さっきからずっと表情が固いぞ」
皇子と皇女に挨拶を済ませてから一時間。
そして祝賀会が始まってからはすでにおよそ二時間が経過している。
ルシアと別れてから、アリスはローエンデールの貴族たち、およびレンブラント侯爵を含む自国の主要な貴族たちへの挨拶を、何とか一通り済ませたところだった。
ちなみにブラッドフォード伯爵はアリスが挨拶に行く前に退席してしまい、結局挨拶はできず終いだった。
体調不良が理由とのことだったが、挨拶をした際にレンブラント侯爵が「まったく困ったやつだよ……」と苦笑しながらこぼしていたので、どうやら仮病の可能性が高い。
「ええ!そ、そうですか?」
気付くと、アリスのそばに三人の女が来ていた。
一時間前に少しだけ行動を共にしていたルシアと、五番隊隊長のカレン。
そして金色の髪をしたもう一人の女。
いずれも〈星芒騎士団〉最強の女騎士たちだ。
カレンから掛けられた思いがけない言葉に、アリスは思わず苦笑いを浮かべる。
自分ではそれなりにうまく愛想笑いができていると思っていたのだが、どうやら身内には見抜かれていたようだ。
「あらあらー、大丈夫?アリスはこういう場所は慣れてないものね。無理しちゃだめよー?」
金髪の女が優しく微笑んだ。
肩にかからないくらいの長さの軽やかな金髪に、きらめく紅水晶の大きな瞳。
身長はカレンとルシアのちょうど中間と言ったところか。
そして二人に負けず劣らず整った美貌の持ち主だ。
「ありがとうございます、クリスティーナ隊長」
アリスは苦笑いを浮かべたまま金髪の女に軽く頭を下げた。
彼女は〈星芒騎士団〉六番隊隊長クリスティーナ。
騎士団の中で、最も高レベルの治癒魔法を習得している貴重な使い手で、国王から【夜明けの聖女】の称号を与えられている。
ルシア、カレン、そしてクリスティーナの三人は養成学校時代から共に過ごし、同時期に入隊した同期だ。
いわゆる『第三世代』と呼ばれている世代でもある。
七年前に終結した内乱の際、騎士見習いの立場ではあったものの騎士叙勲の年齢に達しておらず、『最後まで内戦に出動できなかった世代』。
特に彼女たち三人は、内乱終結の際に十四歳、つまり入隊できる年齢になる直前だった。
「アリス、あなたちょっと顔色も悪いわよ。少し外の空気を吸ってきたら?」
ルシアがその紫水晶の瞳でアリスの顔を覗き込んだ。
その吸い込まれるような瞳に、アリスは思わずドキッとする。
「だ、大丈夫です。すみません」
「ほんとに大丈夫―?飲みすぎちゃったんじゃなあい?アリスはあんまりお酒強くないからー……」
クリスティーナが紅玉のピアスを揺らしながら小さく首を傾げる。
おっとりとした柔和なその口調と仕草は、おおよそ軍人らしさからはかけ離れている。
隣に立つカレンも、腕を組んだまま頷いた。
「そうだぞ、アリス。パーティーはまだまだ続くんだ。特にお前は注目の的だからな。そこら中に愛想を振りまいていると持たないぞ。遠慮せずちょっとだけでも休んで来い」
「……」
この人たちにはかなわないな、とアリスは心の中で呟いた。
——でもきっと彼女たちの言っていることは正しい。
とにかく粗相だけはあってはいけないと周囲に気を遣って合わせているうちに、少し飲みすぎてしまったような気もする。心なしか体が熱い。
もともと酒はそんなに好きでもないし、強い体質でもない。
聞いた話では、父はいくら飲んでも酔わない人だったと言うから、残念ながらその体質は受け継がれなかったみたいだ。
「大丈夫、大丈夫。こーんなにいっぱい人がいるんだから、ちょっとくらい抜けたって誰も怒らないわよー?んーというより、誰も気づかないかなー」
クリスティーナの言葉に、ルシアも「そうよ」と言い、カレンも「ああ、そうだな」と頷く。
(過保護な人たちだな……)
と内心思いつつもアリスは、
「……では、お言葉に甘えて、十分くらい休んできます」
と答え、水の入ったグラスを取って一人テラスに向かった。




