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里帰り

 テーブル・マウンテンの頂き、僕の住んでいた神々の館がある場所まで黙々と進む。道中、僕が無口だったのは先ほどの少女の言葉が気掛かりだったからだ。


 ローニン父さんを恨み、復讐をもくろむ少女。彼女の刀は殺気で満ちあふれていた。本当に父さんは彼女に恨まれるようなことをしたのだろうか。


 考察しているとルナマリアが声を掛けてくる。


「ウィル様、あまり気にされるものではありません。非道なことをしなくても人は恨まれるもの。ローニン様のことはウィル様より知りませんが、ウィル様のような方を育てたということは人格的にも優れている方のはずです。なにか事情があったか、もしくは勘違いなのでしょう」


 僕と同じような結論に至るルナマリア。僕のことを気遣った上での発言なのでとても嬉しい。


「それにここはもう神域なのです。もうじき神々の館につきます。つまりご本人に尋ねることができるのです。思い煩うよりも直接聞いてしまったほうがいいでしょう」


「そうか……そうだよね。それが一番手っ取り早いか」


 そう思った僕は歩調を速め、実家である神々の家に向かった。


 僕は開口一番に復讐の剣士である「ヒフネ」の名前を出そうとしたが、それはできなかった。なぜならばそれよりも先に治癒の女神がクラッカーを鳴らしたからである。


「ウィルちゃん! お帰りなさい!!」


 彼女は勢いよくクラッカーを鳴らすと、次いでくす玉を開いた。そこから金銀の糸と紙吹雪が舞う。この世の幸せを煮詰めたかのような会心の笑みで僕を迎え入れてくれた。


 さらにあの寡黙なヴァンダル父さんもパーティー仕様になっている。愛用の鍔広帽子が冬至祭の紅白仕様になっていた。テンションこそ普通であるが、終始眉尻が下がっていた。


 こうなってくると開口一番にシリアスな話などできようはずもない。


 本当はまずローニン父さんに先ほどの話をしたかったのだが――、父さんを軽く見るが、父さんは一瞬だけ真剣な表情をするとすぐに大吟醸をあおる。まずは家族との再会を喜べと言っているように見えた。その勧めに従う。


「せ、盛大な出迎えだね。……もっと普通でいいのに」


 素直な感想を口にすると、ミリア母さんは「ありえないでしょ!」と指を突き立ててくる。


「私たちの大切な息子が久しぶりに帰ってきたというのに、普通の出迎えをするなんてぶっちゃけ有り得なすぎる」


「久しぶりってまだ一ヶ月とちょっとくらいしか立ってないよ」


「あなたがいない日々は一日千秋の日々だから、一〇〇〇×四〇日で四〇〇〇日が経過した計算になるわ。四〇〇〇×二四は……ええと、いっぱい?」


 女神様は計算がに苦手なようだ。代わりにヴァンダル父さんが暗算する。


「九六〇〇〇時間じゃな。……まったく、本当に薬学を極めた女神なのか」


「薬を調合するときは時計を使うからいいんですー。なによ、ヴァンダルも今朝からウィルはいまどこじゃ? 遅いのではないか? なにかあったのかの? ってそわそわしてた癖に」


「うるさい」


「しかもそんな冬至祭長みたいな帽子まで用意しちゃってさ」


「これはおまえがかぶれと渡したのだろう」


「乗り乗りにかぶってるくせに」


 ふん、とヴァンダルは鼻を背けるが、それでも僕がなにごともなく帰還したことが嬉しいようだ。改めて僕のほうを振り向くと言った。


「男子三日合わずば刮目してみよ、という言葉があるが、今のおまえがまさにそれじゃ。まだ、別れてから間もないというのに精悍な顔つきになった」


「ありがとう、ヴァンダル父さん。下界で色々な人と出会って、色々なことを学べたよ」


「うむ、書物だけでは学べぬことをたくさん学んだようじゃな。旅立たせて正解だった」


「それはいいことね。修行の成果も出たことだし、旅はこの辺にしたら?」


 女神ミリアはすかさずそう付け加えるが、僕にそのような気持ちはなかった。


「世界は広い。僕はまだ西にあるという広大な砂漠を見ていない。北にある氷河も。東にあるというこことは違った文化を持つ国々も見ていないんだ」


「なるほど、まだまだおまえの探究心は満たされていないのかな」


「うん、そうだね」


「ならば旅を続けよ。すべてをその目で確認してこい。おまえはまだ若い。旅に疲れる歳ではない」


 ミリア母さんは「なんてこというのかしら、このジジイ」という視線を向けるが、僕が意志を曲げないことも知っているのだろう。うなだれながら言った。


「……まあ、旅をするのはいいけど、実家に帰ってきたときくらい羽を伸ばしてね。しばらくはゆっくりしていくのよ?」


 と言った。


 見れば神々の館は冬至祭のときのように綺麗に飾り付けがされている。ミリア母さんが時間を掛けて飾ってくれたのは明白であった。また、山の動物たちもちらほらと集まっている。どんぐりをいっぱい抱えた子リス、蜂蜜を持ってきてくれた熊、幼馴染みの狼シュルツはお嫁さんを連れてきてくれた。


 里心が急に湧いてくる。それに彼らのもてなしを無碍にするのは申し訳ない。


 ルナマリアもゆっくりしていくように勧めてくるし、数日は滞在する旨を伝える。


 それを聞いたミリア母さんは飛び跳ねんばかりに喜ぶと、「美味しい料理を作らなくっちゃ!」と言い放つ。ヴァンダル父さんは「わしが代わりに作る!」と珍しく表情を慌てさせる。ミリア母さんの料理の腕前はこの山で一番酷いのである。


 和やかに時間が流れるが、ひとりだけ目が笑っていない人物がいることに気が付く。僕はその人物を誘う。


「……ローニン父さん、夕食までの時間、軽く稽古を付けて貰っていいかな?」


 剣の神ローニンは僕の真意を察したようで、「構わないぜ」と言った。


 ミリア母さんは「こんな日も修行なの? まったく、これだから剣術馬鹿は……」と言ったが、僕とローニン父さんがふたりきりになるのを許してくれた。その間、ルナマリアに神々の館特製のドングリパイの作り方を教え込むのだそうな。旅の途中でも僕がひもじい思いをしなくてもいいように、と偉そうに言うが、レシピを考案したのも教えるのもすべてヴァンダル父さんである。


 ただそれでもルナマリアは嬉しそうだった。深々と頭を下げ、老神と女神を連れ立ち、キッチンへと向かった。


 僕とローニンはそれを見送ると、修行場へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1000*40を4000と誤計算して、更に誤答をもとに計算しているため本来は96万となるはずがヴァンダルの暗算結果もおかしくなっています。 「あなたがいない日々は一日千秋の日々だから…
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