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暗雲

 マイル少年の家に向かう。


 彼の家はこの村のごくごく平均的な家だった。木造の粗末な家であったが、家の中は暖かさで満たされている。


 母親が冷たい水をくみ、それでマイル少年の頭を冷やしている。緑熱症は高熱にさいなまれる病なのだ。少年の母親の行動は正しいが、その代わり母親の負担は半端ではなかった。


 水が入れられた桶を見る。


 レモン大の大きさの氷が入れられている。今は冬ではない。その大きさの氷を手に入れるのは相当、大変だったはずだ。スカートの端がボロボロになっている。

 母親が遠くまで歩いて氷を手に入れた証拠だった。


 ミリア母さんの姿が浮かんだ僕はねぎらいの言葉を掛けたくなったが、今はそのときではない。


 一刻も早くマイル少年の熱の原因を除去することに務めるべきであった。

 僕は挨拶もそこそこに少年の家の台所を借りる。

 台所には火があり、薬を煎じるすりこぎもあるからだ。

 僕はミリア母さんに教わった薬の作り方の格言を思い出す。


「私の可愛いウィル、薬の作り方の基本は愛情を込めることよ。相手のことを思って作れば効果もアップするんだから」


 非科学的な言葉であり、ローニン父さんなどは否定したものだが、これには根拠があるらしい。


 魔術の神ヴァンダルはうなずきながら肯定する。


「ミリアのそれは天然だが、理にかなっている」


 いわく、愛情を持って接すれば細やかなところに目が行くのだそうな。例えばだが、愛情を持って薬を煎じれば、用量を間違えることがないのだという。


「その薬を飲む人の顔が思い浮かび、その人物に愛情があれば、間違ってもマンドゴラの根っこをまるごと使おうだなんて思わない。マンドゴラの根っこは劇薬だからな」


 ただし、と魔術の神は付け加える。


「その代わり用量を適切に守れば効果抜群の薬となる。劇薬と薬は表裏一体だからな。つまりなにが言いたいのかといえば愛情は最高の調味料ということだ」


 ミリア母さんはそのことを肌感覚で知っているから、調合は愛情と断言するのだろう。僕もその意見には賛成だった。


 というわけでルナマリアに蜂蜜を所望する。


「ウィル様、解熱剤に蜂蜜を使うのですか?」


「いや、使わないよ」


 それではなぜ? という表情をするルナマリアに説明をする。


「マイル少年は子供だからね。僕も子供の頃、よく薬に蜂蜜を混ぜてもらったから」


「薬を飲みやすくする配慮ですね」


「そういうこと」


 さすがウィル様、と続くが、すべてはミリア母さんの教えであった。僕は忠実にそれを守っているだけなのだ。


 ミリアの教えは確実に少年に伝わる。

 マイル少年は苦いユニコーンの角を煎じた薬を飲み干す。


 朦朧とした意識の中、僕が煎じて作った緑色の液体を飲み干すと、まぶたを軽く開ける。


「……お母さん、ここは?」


「ああ、坊や……」


 心の底から笑顔を浮かべる少年の母。

 無理もない。数日ぶりに息子と会話をしたのだから。


「このまま目覚めないかと思っていたわ」


 涙を浮かべ、僕に頭を下げる母親。


 今はマイルを安心させることが先決です、と礼を受け取らない。そのままそうっと立ち去る。


 ルナマリアも静かに付き添ってくれた。

 そのまま村の端まで向かうと置いてきたはずのジンガが声を掛けてくる。


「おいおい、このまま黙って村を出ていく気じゃないだろうな」


「…………」


 そのつもりだったので反論できずにいるとジンガはすべて察してくれた。


「まあ、この前も宴を開いたばかりだしな。二回連続で宴を開かれても困るだろう」


 と言ってくれた。


「一刻も早く神々の山に戻りたいだろうしな」


 僕の腰に視線をやる。

 そこには先程の戦闘で砕けたミスリルダガーがあった。


 たしかに僕は一刻も早く父さんたちと再会し、短剣を見てもらいたかった。修理できるとは思わないが、万が一ということもあるし、それに長年僕を助けてくれた短剣が壊れたことを伝えたかった。


 ルナマリアも僕の心情を察してくれたのだろう。ジンガに一礼すると一緒に森を出た。



 ――森を抜ける僕たち。その姿を見守るものと、監視するものがいる。見守るものは先程別れたジンガだ。その視線は暖かさに包まれていたが、監視するものの視線は敵意に包まれていた。


 漆黒のローブをかぶった少女は口元を歪めながら呪詛を吐き出す。



「神々の子ウィル……。剣神ローニンの息子……」

 


 ――殺す、と言葉が続くのだが、彼女の存在にウィルたちはまだ気がついていない。しかし、彼女との対峙は避けることのできない運命であった。


 それを証明するかにようにテーブル・マウンテンに暗雲が立ち込める。

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