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宇宙の彼方

 不死身の相手を殺す。

 そんなことが可能なのだろうか?

 最初に思いついたのは途中にあった毒の沼に突き落とすことだった。


 あの瘴気の発生源に突き落とせば、永遠に悶え苦しみながら底に沈んでいくと思ったが、こいつならば泳いで岸に戻ってきそうだった。


 となると溶岩に落とせばいいか、と思ったが、ここは火山ではなく沼地だ。

 となると――

 天井を見上げる。

 古城は立派ゆえに高かったが、その上にも空が広がっているはずであった。

 そして空の上にはアレがあるのだ。

 そう思った僕はアナスタシアに耳打ちする。


 こそばゆいですわ、と戯けるアナスタシアだが、ルナマリアが時間を稼いでいてくれることを知っているのでそれ以上は戯けず、真剣に聞いてくる。


 ごにょごにょ

 ふむふむ

 と、やりとりすると彼女は即座に了承してくれた。

 お互い視線を交あわせると時間差で攻撃する。

 僕が真銀製のダガーで横なぎの一撃を加えると彼女がすかさずエナジーボルトを見舞う。

 その連撃によってさすがのトロールもひるむ。

 僕はすかさずルナマリアに後退の指示をする。


「ルナマリア、下がって」


 彼女は迷うことなく下がる。彼女にとって僕の言葉は神託も同然なのだ。崖に向かって前進せよ、と命令しても彼女は迷うことなくその命令を実行するだろう。


 無論、そんな命令はしないけど。


 ルナマリアが下がったことを確認すると僕はイージスを投げる。

 ばびょーん、と勢いよく飛んで行った盾はトロールの横っ面をたたく。

 その瞬間、あらかじめ呪文を唱えていたアナスタシアの全身が青白く光る。

 エルフの少女は《氷結》の魔法を解き放つ。


 僕は後ろに目があるかのように颯爽と避けると、それはそのままトロールの足下に命中する。あっという間に氷結し、トロールを固定するが、やつは、にやりと笑いながら言った。


「――コノ程度デ俺ヲ封ジタツモリカ?」


 たどたどしい共通言語であったが、たしかに人語であった。


「しゃべれるのか」


 と問うと、

「オマエタチノ下賤ナ言葉ハ習得ズミダ」

 ナゼナラバ――

 とトロールは愉悦に満ちた表情で続ける。


「今マデ何百人モノ人間が俺ノマエで命ゴイヲシタカラナ!」


 グアハハッハと高笑いに繋がるが、それがやつの死刑執行書のサインとなった。

 このような悪辣なトロールなど、なんの躊躇もなく始末して問題ないだろう。

 僕の考えた作戦によってこの世界から消し去る。

 そう決意をすると、僕は両手に魔力を込めた。



「虚空の冷気、

嘆きの枷となり、すべてを凍てつかせよ

静寂さえ氷結させよ!」



 僕の放った魔法はアナスタシアと同じ《氷結》であるが、ひとつだけ違うところがある。


 それはアナスタシアが左手の杖のみで放ったのに対し、僕は素手でしかも両手それぞれで放った。


「な!? ウィル様は同じ魔法を同時に使えるのですか!?」


「別々の魔法も可能だよ」


「なんとあっさり言われるのです。そんなことできるのは一部の賢者のみです」


「神々の家では必須能力なのだけど」


 魔術の神ヴァンダルは当然として、ミリア母さんも同じことができる、というと開いた口が塞がらなくなった。


 逆にルナマリアは得意げに言う。


「アナスタシアさんはウィル様の実力を過小評価されていますね」


「そんなつもりはまったくなかったのだけど――でも、そうかも。ウィル様がまさか同時に魔法を使いこなせるなんて思っていませんでした」


「魔術師として嫉妬しますか?」


「まさか、より将来の伴侶にしたくなりましたわ」


「それは無理です」


「あら、嫉妬?」


「そうではありません。ウィルさんのお嫁さんになるには神々の試練を突破しないといけないのです」


 ルナマリアがそう言うと、僕の両手の魔力は最高潮まで高まる。

 それを見ていたトロールの顔が歪む。脂汗を掻く。

 しかし、その口調はまだ居丈高だった。


「クックック……、ソンナかき氷ノヨウナ魔法ナドキカヌワ」


 トロールは、ばきばきとアナスタシアに氷結された足下の氷を破壊する。


 足を引きちぎって氷結から逃れるところは不死身のトロールらしかったが、それは悪手だった。


 己の不死身の力を誇示するためか、あるいは過信しているのかは定かではないが、足がなければさすがに機動力は削がれる。僕の魔法を避けることなど出来ない。


「――ま、もともと避けさせる予定もないけど」


 詠唱も準備も完了した僕は、その言葉と共に氷結を放つ。


 圧倒的な蒼白い魔力によって空気中の水分が氷結する。いや、空間が凍結するかのように一直線に冷気がトロールに伸びる。


 蒼い魔力がトロールに触れた瞬間、トロールは――いや、世界は固まった。

 氷結の魔法はあっという間にトロールから体温を奪うと、氷漬けにした。

 一歩も動けないトロール。やつはもう瞬きさえできない。



「……すごい」

「……すごいですわ」



 ふたりの美女は僕の魔力にあっけにとられているが、まだ終ったわけではなかった。


「アナスタシア、行くよ」


「まあ、ウィル様ったら、真っ昼間から雄々しいこと」


 冗談を交えながらも協力の姿勢は惜しまない。

 アナスタシアは地面から樹のツタを生やすとそれで氷漬けのトロールを掴む。


「これは?」


 ルナマリアが問う。

 僕が説明をする。


「氷漬けにしたとはいえ、こいつは生きている。いつか氷も溶ける。ならば溶ける前にこいつが絶対に帰ってこられない場所に送ろうと思って」


「絶対に帰ってこられない場所?」


 僕は天を指さすと、エナジーボルトの魔法を唱え、天井に穴を開ける。

 そこから漏れ出る日差し、陽光。

 不気味なこの城にも等しく光が降り注いでいることを思い出す。


「ま、まさか、ウィル様がおっしゃられているのは!?」


「そのまさかだよ。やつを宇宙に送る!」


 そう言うとアナスタシアは魔力を全開にし、ツタを急成長させる。

 どこまでも伸びていくツタ。あっという間に天井を超え、小さくなっていく。


「たしかに宇宙空間に送れば帰ってこれなくなりますが、そんなことが可能でしょうか」

「可能よ」


 と即答したのはアナスタシアだった。


「植物というのは理論上、栄養を与え続ければどこまでも成長するの。特にわたくしのツタは魔力を糧に爆発的に成長する」


「しかし、宇宙空間までは」


「普通なら無理ね。でも、わたくしとウィル様の魔力を合わせれば」


 アナスタシアがそういった瞬間、僕は彼女の右手を繋ぎ、一緒に魔力を送り込む。

 彼女はにっこりと薔薇のような笑顔を浮かべながら言った。


「――初めての共同作業ですわ」


 その共同作業は大成功する。

 アナスタシアのツタは無事、不死身のトロールを大気圏外に放り込んだ。

 宇宙空間へ投げ入れた。

 氷漬けのまま。


 きっと不死身のトロールはそこで永遠に悔やむだろう。自分がいかにこれまで命を粗末にしてきたか。命に敬意を払わなかったか。


 この星の軌道を外れたトロールは悔いて悔いて、やがては考えることすらやめてしまうかもしれないが、同情はしなかった。


 それは生命を尊重しないものの当然の末路だった。

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