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剣の勇者

このような経緯で一時的に三人パーティーとなった僕たち。


ただやることはふたりのときと変わりない。

ただ、この森を抜けるため、黙々と歩む。


「テーブル・マウンテン以外の森は新鮮だけど、早く街か村というところに行きたいな」


「え? ウィルさんは町や村を知らないのですか?」


「うん、まあね――」


と言ったあとにわずかに間があったのは、神々の山で暮らしていたことを話すか迷ったからだ。


ルナマリアに視線を送ると彼女はこくりとうなずく。隠すようなことではない、ということだろう。


しかし、吹聴するようなことでもないので、その旨を前置きし、リンクスに伝える。


「実は僕は神々の山で暮らしていたんだ。テーブル・マウンテンの奥で」


「あの山に人が暮らしていたんですか? それは知らなかった」


「まあね」


その神々が父さんと母さんなんだ、とは言わない。


「だから下界のものが珍しくてね。見るものすべてが新鮮なんだ」


「それは面白いですね。僕には見慣れた光景だけど」


「まあ、実は森はそんなに山の上と変わらないから少し飽きつつはある」


見れば時折、子リスや鹿などを見かけるが、それは山の上にもいた。


むしろ、山のほうがカーバンクルや篦鹿もいた分、多種多様であった。


植物が若干、違うこと以外、大きな差異はなく、下山した当初ほどの感動はない。


しかしそれでも未知の場所をひたすら進む感動はあるが。


と少年に語っていると、少しずつ視界が開けてくる。

「森の端に到着したようです」


というリンクスの言葉で、森林を抜けつつあると察する。


「この辺に剣の勇者様はいるんだっけ?」


「はい。気が変わられていなければこの辺でキャンプをしているはずですが」


とリンクスは迷うことなく先導すると、岩陰にキャンプを見つける。


立派なテントが張ってあり、木々の間にはハンモックもある。


それらすべては勇者の従者であるリンクスが用意したものらしい。手配が大変だったという。


「手配もだけど、運ぶのも大変そうだ」


「それは専門の歩荷などがいますから」


「従者に歩荷か。勇者様の待遇はすごいね」


と言うとその勇者様を探すが、きょろきょろと見渡しても誰もいなかった。


ただ、先ほどまで火をくべていた痕跡がある。

何事かあったのだろうか?

と心配するとリンクスは「大丈夫です」と言う。


「弓矢一式がありません。それに勇者ガールズもいないようですから、たぶん、狩りにでも出掛けているのでしょう」


「勇者ガールズ?」


「はい。剣の勇者様専属の応援隊です。村々から選抜し、『きゃー! すごい! 勇者様素敵ー!』と声援を送らせるためだけに近くに置いています」


「それはすごいな……」


と呆れる。ルナマリアもなにか言いたげにしているが、彼女から皮肉が漏れることはない。


それよりも先に彼女は異変を察知したからだ。


ルナマリアが険しい顔をしたので僕はすぐに臨戦態勢に移行する。


彼女に問いただす。


「危険が迫っているんだね」


「はい、遠くから金属音がします。鎧が動く音、それに剣を振るう音です」


ルナマリアの聴覚を全面的に信頼している僕は、《遠見》や《鷹見》の魔法を使うことはない。


彼女に方角をしめすだけだった。彼女は白い指を南東に指す。


「ここから100メートル先で戦闘が行われています。――複数人、います」


「おそらく、剣の勇者様だね」


リンクスもうなずくので、僕はそちらのほうに駆け出した。


するとそこでは剣の勇者と思われる一行とゴブリンたちの戦闘が行われていた。


剣の勇者と思われる派手な格好をした男が先陣に立ち、その後方に女戦士と女神官、女魔術師がいる。


さらにその後方には例の勇者ガールズたちがいた。

勇者ガールズたちは黄色い声を上げている。



「きゃー、勇者様ー! 格好いい!」

「ゴブリンきもーい! やっつけちゃって!!」

「勇者様、がんばってー!!!」



と応援を背に勇者たちは戦っている。


勇者と女戦士が前線で剣を振るう。女神官が神聖魔法でサポートし、女魔術師が攻撃魔法で支援する。


完璧な連携が取れていた。


その手際は見事なもので、次々とゴブリンたちが倒れていくが、ひとつだけ問題がある。


それはゴブリンの数が異常に多いことだった。

その数は30はいるだろうか。


ちょっとした軍隊である。これではいくら勇者といえども大変だろう。


そう思ったが、勇者は気にした様子もない。


「このオレを誰だと思っている。オレは最強の剣の勇者。最強の勇者に後退の二文字はない。引かず、下がらず、顧みずがオレのモットーだ!」


と言うと剣を振るい次々とゴブリンを斬り伏せる。


流れるような剣筋だが、剛の要素が強い。

本人は細面の美男子系なのだが。

ルナマリアは剣の勇者の動きに驚嘆の声を上げる。


「これが剣の勇者。――さすがは勇者に列せられるだけはあります。強い」


リンクスは説明する。


「剣の勇者様はこの国最強の剣の使い手です。その剣の動きは燕さえも切り裂くほど速い」


「たしかにすごい音です」


と、唸るルナマリア。


リンクスも改めて主の動きに見惚れているようだが、僕だけは違和感を覚えた。


ただ、その違和感は口にできない。


いや、だって、


(……この動きがこの国最強なの? 燕も切り裂く速さなの? ローニン父さんに比べたら、あくびが出るというか、トンボが止まりそうなほどとろいんだけど)

 

という感想を抱いていたからだ、


うーん、もしかして下界の勇者ってしょぼいのかな? そう思った。


あるいは他人の剣技に見慣れていないだけで、実は超すごかったりするのだろうか。


それを確認するため、腰から短剣を抜き、それを最速で振る。


そこから放たれる剣閃。剣風。それはまっすぐにゴブリンのもとに飛び、ゴブリンを数十メートル吹き飛ばす。


しかし、あまりの速さに周囲のものは誰も気が付かない。前線で戦っている勇者パーティーたちですら気が付かないのだ。


勇者は、突然吹き飛んだゴブリンを見てきょとんとするものの、周囲のものたちが、


「さすがは勇者様、威圧感だけでゴブリンを吹き飛ばすなんて」


という見当違いな台詞を発すると、ちゃっかりと自分の手柄にする。


「そうだろう。これがオレの実力だ。はっはっは」


と、さらに前線を突き進む。


それを見て僕は、


「……ううむ、下界ってもしかしてレベルが低いのか?」


もしかしてそうでないか、と思っていたことに気が付いてしまう。


困惑していると、ルナマリアがこちらの方を見ていることに気が付く。


彼女だけは僕の剣音に気が付いたようだ。


「……最初、剣の勇者はすごいと思いましたが、ウィル様の剣技は剣の勇者を凌駕しています。これほどとは」


呆れるルナマリア、彼女は小声で続ける。


「剣の勇者はとてもプライドが高いようです。彼のプライドを傷つけないようにしてください」


「……分かっているよ」


小声で返すと、僕は下界の流儀に合わせることにした。


力を三分の一ほどセーブすると、戦線に加わる。


実力を隠しながら勇者パーティーを援護することにしたのだ。


僕の見立てではこのままでは勇者たちは負ける。


今でこそ優勢であるが、ゴブリンの数は多い。

それに比べ勇者たちは四人しかない。


そのうち魔力も尽きるだろうし、そうなればゴブリンに包囲され、その命を散らすだろう。


勇者にはなんの義理もなかったが、リンクス少年にはある。


彼の給料は勇者から出ているらしいし、それに勇者という人物はなんとなく憎めない。


リンクスをこき使うところは許せないが、戦闘において前線に立ち、危険を顧みないところは好感が持てる。


剣神ローニン辺りに言わせれば、


「女の前でかっこつけたいだけさ」


ということになるのだが、魔術師ヴァンダルならばこう言うだろう。


「女の前でも格好付けられない男が多い中ではましなほうだ」


と。


僕はというとヴァンダル父さん派だ。


そんな結論に至った僕は短剣を構え、勇者の援護を始めた。

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