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<36>栗毛の少女と


 月光の盾という銘の五角形の防具が、このエリアのドロップアイテムだった。片手持ちで、前衛によさそうな装備となっている。そして、経験値やスキルの確認もそこそこに、鎮魂の儀式に移行した。先ほどまで敵対していた少女と共に祈りを捧げるのも妙なものだが、オルリアの表情は真摯なものだった。


 念のため了承を得て、スケルトンが持っていた武器を回収して、荷車に積む。数は多いが、買い叩かれる感じになるだろうか。


「さて、戻って昼食にして、次のエリアに進むとしようか。次はワームか……」


 真剣な表情で声をかけてきたのは、風音だった。


「待って。スケルトンを人が召喚していたのなら、ゾンビはどうなのかな」


「確かに。感染系のゾンビなら、ボスは最初のゾンビだろうけど、死体を呪術で動くようにしているのなら、人間の呪術師がいてもおかしくないね。将人、どう思う?」


「ゾンビ映画ならパンデミックだけど、ファンタジーでは、死体を復活させるゾンビの方が定番。そう考えると、人だと思うなあ」


 話についていけていない様子のオルリアは、薄くなりかけている空の煙の花を見つめている。


「この子のような存在が殺されるのは不幸だし、反町たちが殺してしまうのも、たぶん不幸だよね。人間でなければいいというものでもないだろうけど、やはり人となると……」


 髪をかきあげながら、楠木さんも頷いた。


「ええ。嫌なことが七瀬さんに押し付けられるという危険性もあるしね」


 反町や柳生は、そこまで低劣な人格ではないようにも思えるが、意思決定を誰がしているのかも不明だし、その危惧はある。


「でも、スケルトンのときみたいに大量のゾンビが出現するのなら、反町たちに攻略はむずかしいんじゃないかな」


「あ、それなんだけど……。もしかすると、スケルトンが多く出現したのは、ぼくらがいたからかもしれない」


「どういうこと?」


 琴浪の言葉が理解できず、説明を促してみる。


「陣営に関係なく、出撃しているパーティ数や人数によって、ボスの構成が変わるのだとしたら。スケルトンも、エストバル陣営の十二人だけで接近していたら、もっと出現数は少なかったのかも」


「なるほど」


 もしもそうだったなら……。


 ぼくらが踏破率上昇に気づいたときに引き返すという選択をしていたら、今頃オルリアは、瑠衣奈や他の誰かによって斬り捨てられていたのかもしれない。寒気が背中を駆け下りた。


「急ぎましょう。だれかに先触れをしてもらって、姫君に伝達を」


 女性騎士の言葉に即応したのは、安曇だった。


「お任せください。昼食も、できる範囲でお弁当に切り替えてもらいます」


 相変わらずの正体の読みづらい笑みを浮かべて、軽やかに駆けていく。ぼくらも、すぐに出立することにした。




 城への帰り道は、パーティの配置による制限が解かれた、自由な野歩きとなる。思い思いの位置取りで城を目指していく中で、自然とオルリアの周囲に執行部勢が集ってきていた。


「いつから、あそこの祠にいたのかわかるかな?」


「……ここしばらく、です」


 栗毛の少女は、考えながらも真摯な表情で応じてくれる。


「どうやって、どこからここに来たのかは、どうかな」


「……記憶に無いですね」


「昨日の夜、何を食べたかは覚えている?」


「いいえ」


「今朝は……、というか、一番最近に何を食べたかはわかるかな」


 オルリアはふるふると首を振る。どこまで聞いていいものだろうか。


「家族について、無理のない範囲で教えてくれるかな」


「家族は……、いた、ように思います」


「春見野くん。もう、そのあたりで」


 右後背から、静かな口調で制止の声がかかった。音海さんの言う通り、これ以上は負担にしかならないだろう。


「根掘り葉掘り聞いてごめん。あと少しだけ。どうして、ぼくらを倒そうとしたのかな? 襲ってくるから、というのはもちろんそうなんだろうけれど」


「どうしても殺さなくてはいけないと思っていました。理由は……、わかりません。あなたたちは、どうして攻めてきたのですか」


「攻めたのは、城主の命令によって、この地に限らず城下全体を平定するため。城主は、領民の人たちのために生活の場を確保するのが目的だった。……いずれにせよ、降参してくれたことで、きみを殺さずに済んでとても助かった。だから、衣食はなんとかするよ」


「いえ、そういうわけにも。できることは、させてもらいます」


 まっすぐこちらを見つめてくるオルリアは、まじめないい子であるようだ。先ほどまで敵同士だったのが、どうにも信じられない。


「なんにしても、城主の了承を取る必要もあるので、相談させてほしい。……あとひとつだけ。なにか、胸に迫るような想いはあるかな。どうしても、こうしなくてはいけない、とか」


「想い……ですか?」


「例えば、人間を滅ぼさなくては、とか、城主を殺さなくては、とか、魔王的存在のところに帰らなくては、とか」


「いえ、全然。正直なところ、今がおかしいのか、さっきまでがおかしいのか、よくわからないのです」


「わかった。ありがとう。……これからなんだけど、ゾンビが出没するところに向かおうとしている。ゾンビについても、スケルトンと同じようにだれか人間が召喚していた場合、別の人たち……、ぼくらの前に君らに仕掛けた一団が向かって、殺してしまう可能性があるんだ。急いで彼らより先行して、できれば殺さずに済ませたいと思っている」


「そういうことなら、ぜひ参加させてください」


「助かるよ」


 やりとりの様子を見ていた音海さんが、すっと近づいてきた。


「ところで、身体に不調はないかしら。攻め込んだ私たちがいうことではないけれど」


「ええ、平気です」


「せめて祝福をしましょう。いいかしら」


 応諾を得た音海さんが祝福の詠唱を始めて、それとなく距離を取っていく。得られた情報の分析は、聞こえないところでやれということだろう。


「楠木さん、どう思う?」


 あえてゲーム概念に疎く、この世界での戦闘にもあまり触れていない人物の見解を聞いてみる。


「信じられないけど、反町くんたちが接近する直前に生成されたんでしょうね。生体プリンタ、みたいな概念なのかしら」


「エリアを平定したあとは、夜半辺りにいきなり集落が出現するみたい。生体だけでなく、建物なども瞬時に生成しているようだね」


「私たちのいた時代では、考えられない技術ね。……他にも、システム生成された人たちがいるのかな」


 応じたのは秋月だった。


「各ギルドのマスターも、おそらくそうなんだろう。統治者もそうだと考えれば、あの髪色も無理なく感じられる。ただ、世代を重ねているようだが……」


「肉体的には普通の人間なのね。私たちも、あの始まりの間で生成されたの?」


「……記憶を持っているのが謎だが、そう考えれば合点がいくな」


 明晰な頭脳の持ち主である秋月にしても、口にするのは少し抵抗があるようだった。


「だけど、この世界には、いったいどんな意図が? 統治者も世代を重ねているということなら、いったいだれにとってのゲームなの?」


 疑問はもっともである。ゲームデザイナー、プロデューサーの統一した意図が感じられない、というのは初期からの謎の一つだった。


「鍋奉行がいない状態なのかもね。ごった煮と言うか、闇鍋と言うか」


「鍋かあ。鍋もたまには食べたいね。日本を離れると、やっぱり鍋とお鮨が恋しくなるなあ」


「鮨も食べたいな……」


 深刻になりそうなのを察して、意図的に話をずらそうとしてくれたのは胡桃谷だったが、鮨に久我が反応したことで、むしろ幾人かの胸に望郷の念がかき立てられたようだった。厨房で整えてくれる料理にも、商店で扱われている食材にも、魚は見かけない。


 やや切ない沈黙を破ったのは、楠木さんだった。


「城にこもっていた私には、まだこの世界が実感できていないみたい。できるだけ情報収集をしてみたいな」


「不定期に世界検討みたいな討議をしているので、ぜひ参加してもらえれば。それ以前にも、個別になにかあったら聞いてみて。琴浪とか、秋月とか、胡桃谷とか、風音とか。あとは、稲垣とかにも」


 楠木さんは、最後に挙げた名前に少し不思議そうな表情を見せた。その頃には、城は目前まで近づいてきていた。




 安曇の手配は万全で、昼食を弁当にする支度が行われている食堂には、シャルラミア姫とミイアさんの姿があった。


「おとなしそうな少女とは言え、エリアボスですから、食堂で執行部メンバー同席での対面の方が安全だろうという話になりまして」


 低声で報告してくれる安曇の働きぶりには、感謝しかない。金銭で報いることは許してくれないだろうから、どうやって示せばいいのやら。


 それはそれとして、姫君への報告をしなくては。


「アズミから概略は聞いています。その少女がオルリアですね。……はじめまして、この城の主の一人、シャルラミアです」


 栗毛の少女が戸惑いを含んだ視線を向けてくる。頷いて見せると、少し安心したようだった。オルリアは膝をついて、淡い青色の髪の姫君の足元に目線を向けた。


「オルリアと申します」


 逡巡の気配を察したらしいシャルラミア姫が、相手に合わせるように腰を落とす。


「初対面のわたくしに忠誠を誓えとは言いません。ひとまず、この後のゾンビエリアへ向かうにあたって、ムツキの指示に従って行動できますか?」


「はい、この人についていきます」


 なんだか微妙な言い回しをされてしまった。周囲がややざわついたようなのは、気のせいだと思いたい。


 姫君からも意味ありげな視線がぶつけられたが、こちらも気にしないことにする。


「では、オルリアを伴って、ゾンビエリアに向かいます。編成はスケルトンエリアと同様で、彼女は三番隊でお願いします」


「承知しました」


 ミイアさんが、ぼくらが持つ状況票よりは一回り大きな木製の装置に目線を落とす。三番隊とは、風音、西川とぼくが前衛を務める一番隊の支援についてもらうパーティとなる。


「召喚師、レベルなしということになるようです」


 どうやら、ぼくら被召喚者とも、領民の人たちとも違う立場になるようだ。そんなやり取りの間にも、厨房の人たちがお弁当への切り替え作業を進めてくれている。いつの間にか、アリナや柊さん、安曇や西川が手伝いに回っている。


「では、みなで弁当の仕上げをして出かけようか」


 皆の視線が作業中の一角に向けられると、アリナの明るい声が響いた。


「こちらはまもなく終わります。せめて一息入れてください」


「いや、アリナたちこそ、休んでいないんじゃ」


「いいえ。特に前衛の方々は……って、西川さんもですよ。休んでください」


「へーき、へーき」


 言っている間に、確かに作業は終わりそうだった。



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