<20>恋愛事情と分かれ道
【Day 22】
これまで使ってきた魔法は、基本的に単発か、戦闘中のみ継続するというものが多かった。戦闘中の状態値増減系魔法の持続時間はレベルによるものの、戦闘終了時に効果は消え去る形となる。
そのほかに、一度かければ複数の戦闘をまたがって効果が持続する、継続魔法と呼ばれる魔法もあり、その修得者が増えてきた。こちらの持続時間もさまざまだが、効果が残っていても城に戻ると解消される形になる。具体的には、祝福や状態値増減などの魔法のうちのいくつかに、「連綿たる」という文句をつけて詠唱するそうだ。
この継続魔法についても、一人にかけるだけでなく、複数人やパーティ全員にかける発展形があり、持続時間も長くなっていくらしい。特に、巫覡や踊り子の支援効果は高いものがあるため、できるだけ回数を重ねて、熟練度を上げてもらいたいところだ。
そのため、出撃してしばらくの道行きでは、支援魔法の詠唱が重なることになる。のどかな朝の風物詩となりつつあった。
今日からの新エリアで出没するワームは、ヘビのような形状のモンスターだった。ヘビが苦手だという秋月がやや怯えている様子だが、戦力的にはそれほど苦戦することもなさそうだ。
弱点が風属性で、神官、黒魔術士、白魔術士の全員が関連魔法を持つことに加え、第一エリアのボス戦で得られた風属性を持つ「狩人の弓」も有効となる。
ワームを倒すことでレベルを上げ、ゴブリンについてはできるだけ早く平定するのが、色々な意味で無難そうだった。
新米冒険家のマズールの参加については、前日の報告会で甘味に気を取られていたようにも見えた姫君の裁可が得られ、今日から後衛についてもらっている。本人は前衛に来たがったが、投入するにしてももう少しレベルが上がらなくては危険だろうと判断している。
そうそう、今日から道中のおやつが導入された。固めに焼かれたチョコ風味のパウンドケーキは、包まれていた布袋から一部だけ出して食べることで、手を汚さずに食べることができて、とても好評だった。そして、同じものが試作品としてプレイヤーサイドに提供された。
報告会の時には姫君の口にも入っていたようで、前日のバーベキュー向けの甘味とともにおほめの言葉をいただいた。表情は冷ややかなままだが、どことなく満足げな空気が漂っているようにも感じられるのが不思議である。
報告自体は、ワーム討伐は順調なこともあって、無難に済んだ。領民の子向けのお菓子作りについても、まずは一人あたり少量ずつで試してみようという話となった。
夕食後、ギルド付近で遭遇した安曇に、気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、シャルラミア陣営で浮いた話というのはないのかな? 運営に差支えさえなければ、知る必要もないことなのかもしれないけど、ちょっと気になって」
じろりとこちらに意味ありげな視線を送り、苦笑を閃かせてから話し始める。
「そうですね……、西川くんが高梨さんに懸想している、というのはわかりやすいですが」
「あ、やっぱりそうなんだ。こないだ、しごかれてるのを目撃したよ。西川、いいヤツだよね。おすすめしたい」
「高梨さんにですか? 本気でおっしゃってますか?」
「え、うん……」
だって、いいヤツだよね……。
「絶対に、高梨さんにそれを言ってはいけません」
声音が、いつになく真剣である。何事だろうか。
「どうして?」
「とにかく駄目です。絶対にですよ。西川くん以外も、男子を勧めてはいけません」
なんでだろ? とはいえ、この人物はにやけたような風情に反して、いい加減な進言をすることはない。たまに冗談めかした言動はあるが。
「まあ、安曇がそういうのなら……」
安堵したように息をつく。本気なようなので、気を付けることにしよう。
「で、その二人以外は? もっとも、風音はそういう話には縁がなさそうだけど」
信じられないものを見る目つきになったようにも感じられたが、気を取り直したようだ。
「あとは、胡桃谷くんと芦原さんが疑われていますが、仲良しという程度かと思います」
「そうなのか……。十五歳なんて、もうちょっと浮かれた感じなのかと思ってたけど、ここまで密な交流が続いているのに、そういう流れにはならないんだな」
「まだ、この世界に順応しきれていない、というのがあるのでしょう。……では、ちょっと酒場で情報収集をしてきます」
手を振って送り出し、三階に戻る。食堂を通ると、服部さんに一之瀬さんや、有馬と源の水泳部コンビらが集まって話をしているようだった。秋月や胡桃谷、琴浪らを中心に、さまざまな話し合いや打ち合わせが持たれているが、めずらしい取り合わせと言えそうだった。自主的に交流してくれるのはよろこばしい。
声はかけずに、ぼくは自室へと向かうことにした。一息入れたら少し訓練場に顔を出し、エストバル側の人たちとの交流を試みようと考えながら。
【Day 23】
ワーム討伐の二日目も無難に進展した。ただ、ヒットポイントが高いこともあり、スケルトンほどにスムーズには進んでおらず、夕方時点でもう一日ここを攻めるべきか、悩ましいところとなっていた。
帰り道は、最後の戦闘があった地点から少し戻れば、ほぼ遭遇戦が発生することはなくなる。エリア平定という考え方があるためなのだろうが、撤退時には助かる仕組みとなっている。
陽が傾き始め、そろそろ安全な地域に入ったかというところで、並行する二番隊から声が上がった。山本である。
「ワームが済めば、ゴブリンエリアの平定にかかるのか?」
胡桃谷とは別の方向性でよく通る声の持ち主である彼だが、だいぶ硬い響きとなっている。なんとなく危険な感じが伝わってきた。
「もう一日ワームエリアを攻めることになるかもしれない。そして、そのあとはゴブリンエリアの平定か、あるいは先に進む可能性もある。そのあたりは、シャルラミア姫との相談ということになるよ」
言葉に詰まったのは、ゴブリン平定に向かうと即答されると考えていたのだろうか。ただ、気を取り直した様子で、先頭を進む領民出身の支援メンバーを指し示す。
「領民が参加できるなら、戦いたくない者が戦う必要はないんじゃないか」
「彼らは、経験値の獲得率や、基本職が選べないという制限があるため、すぐに置き換わってもらうことはむずかしいんだ。将来的にはわからないけれど」
正直な説明をしたのだが、響いた様子はない。その頃には、数人が足を止め、隊列維持の関係でうまく歩けない状態となっていた。
「獲得した金銭の使い方を勝手に決められるのも納得がいかない。それに、方針も少人数で勝手に決めて、ろくに伝達もしない。その上、プレイヤーとの交渉内容についても不透明で信用できない」
耳が痛い話が続くが、着地点はどのあたりにあるのだろう?
「しかも、ハラスメントまがいの言動も頻繁に見受けられる。その上、一部の者ばかりを重用して、不公平だ。要するに、僕らは君たちが信用できない。分派を要求する」
そう来たか。
「えーと、話の内容自体は理解しました。僕ら、というからには、統一して動く人がいるってことだよね。教えてもらってもいいかな」
手を挙げたのは、山本を含めて八人だった。
男子では、山本、星野、西川、源、有馬。女子では、服部さん、一之瀬さん、稲垣。それが、分派希望者の総勢となる。
分派活動自体もとても痛い。それに加えて、黒魔術士の三人全員に参加されたのは、かなり大きな痛手となる。……こういう思考をしてしまうあたりが、今回の事態を誘発したのかもしれないが。
リーダー的な立場であるらしい山本は神官で、星野と服部さん、一之瀬さんが黒魔術士となる。有馬と源、西川の三人は剣士で、稲垣女史は射手を務めている。
八人のバランス自体は悪くないが、主導権を握りたい勢力と、戦闘を忌避する勢力が混在しているようにも思える。
「野外で押し問答をしても仕方がないよね。まずは城へ戻るとしよう」
そこからの帰り道は、一気に暗い雰囲気での道行きとなった。
「なんなんだ、あれは。主張の一貫性の無さに目眩がしたぞ」
久我の声には憤りが感じられる。帰還した城の一階で解散する形となり、分派組はもう階段を上がっていった。なんとなく、ぼくらは城門近くで善後策の協議をする形となった。
「あの内容で、集団が維持できるものなのかな?」
首を捻った胡桃谷が、疑問を呈する。
「まあ、仮想敵がいる限りは、ってことかな」
「仮想敵?」
「やっぱり、ぼくらなんだろうなあ」
不本意ながら、仮想敵の中心人物であろうぼくは呟く。
「分派するのは、まあ、仕方がないとしよう。でも、青い髪の姫君がどう対応するのだろう」
「戦うことを明確に拒絶するキャラクターを、シャルラミア姫がどのように扱うかわからないんだよなあ。キャラクターから外し、領民として扱うなら、まだいいんだけどね」
「最悪のケースは?」
口ごもるが、情報公開が甘いと指弾されている状態で、隠しごともしづらい。
「無いと思いたいんだけど……、デリート?」
うへぇ、という空気が周囲に漂う。そんな事態になれば、皆の心が深く傷つくだろう。
「交渉内容を開示してないって文句を言ってたけど、睦月がどれだけきつく言われてきたのか、わかってるのかな」
「そーなんだよな。特に当初はきつかったからなあ。そのまま伝えてたら、どうなっていたことか。でも、そういうのが不誠実だっていうんだろうな」
周囲に目線を向けた安曇が、声を抑えて口を開いた。
「今回の動きですが、エストバル陣営からの策謀の可能性があります」
「……でも、どうして優位に立つ側が?」
「アリナさんや柊さんへの接触が、干渉だと取られた可能性がありそうです。しかも、那須くんや一色さんの動きも含めれば」
「あー……」
確かにそう見えるのかも。そして、移籍希望などという話が聞こえれば、腹立たしく思われるのも無理もないだろう。
「とりあえずは、姫様に状況を説明してくるよ」
足取り重く、ぼくは階段へと向かった。
「いったい、何をやっていたのですか」
ミイアさんのきつい表情をひさびさに見た気がする。そして、執務席についているシャルラミア姫の表情は、一段と冷ややかさが強くなっているようでもある。もはや、冷酷か酷薄の域に近づいている。
「申し訳ありません。いまから思えば、予兆はあったのですが、気付くことができませんでした」
コボルトエリア平定後の帰り道やバーベキューの際に、前衛勢と対話をする機会が持てなかったこと。昨夜の食堂で行われていた話し合い。稲垣から聞いた内容。並べ立ててしまうと、今日の結果に結びつかない方がおかしいようにも思える。
もしかしたら、無意識に気付くのを避けていたのかもしれない。
「言い訳の必要はありません。今後、どうするかを考えなさい」
ぴしゃりと紅髪の侍女が言い放つ。
「はい。……その前に一点、お耳に入れたいことが」
「なんですか」
ミイアさんの語調は、変わらず強いものとなっている。こうなってみると、昨日まではだいぶいい関係が築けていたのだなと思う。あっさりと失ってしまったわけだが。
「エストバル陣営の謀略の可能性があります。……いえ、だとしても、失態が免責されるわけではありませんが、意図を考える必要がありそうです。エストバルさまご自身の計画の可能性もあれば、反町たち……、中でも藤ヶ谷あたりの独断の可能性も考えられます」
「仮にそうなら、目的はわたくしたちの追走の勢いを緩めることですか」
「はい。そうなるでしょう」
「その意図は、挫けますか?」
「現状の戦力で、ペースを緩めずに進められるかということですか? それとも、分派組を復帰させられるかということですか?」
「方策は任せます」
冷ややかな口調は変わらない。任せると言われても……。
分派活動に参加しなかったことと、戦闘に積極的に参加してくれることとは、イコールではない。ただ、そこまで考えていると、話が進まない。
残留組は、近接戦闘系が騎士の風音と剣士の久我。他に前衛ができる人材としては、探索者のぼく自身、それに神官の胡桃谷がいる。治癒系は、前出の胡桃谷に、白魔術士として秋月と進藤さん。斥候は、安曇と琴浪。そして、巫覡の音海さんに、踊り子の芦原さん。頼りになるメンバーだけれど。
「現有戦力で進める場合ですが、黒魔術士の不在が痛いです。この先、基本職変更ができたとしても、だいぶ手間取ることが予想されます」
「黒魔術士にするとしたら、だれになります?」
「巫覡の音海さんか、踊り子の芦原さん、それに、探索者の春見野が候補となります」
シャルラミア姫が手元に目線を落とす。
「白魔術士のミユは候補となりませんか?」
「ミユと言うと、進藤さんですね。治癒職は貴重ですし、それに……」
「戦闘に積極的ではない、ということですか」
「……はい」
「この期に及んで、何を言っているのですか!」
ミイアさんの声に怒気がこもる。そうおっしゃられましても……。
「いえ、この状況だからでして、もう離脱者は出せません。……えーと、そして、離反組を復帰させられるかどうかですが」
「どう考えますか?」
「正直、わかりません。彼らの主張は支離滅裂でして、だれがどんな考えを持っているのか予測がつきません。そのため、理性による推測がむずかしいです」
「残留組の士気はどうですか?」
「そこの確認をする前に、やって来てしまいました。報告と相談が優先だと考えましたので」
「よい判断だと思います。では、反乱した者たちの処遇についてですが」
「どうか、寛大な処置を」
シャルラミア姫の瞳に、鋭い怒りが閃いた。正直、怖い。
そのとき扉が開き、たまに見かける侍従の少女が顔を覗かせた。ミイアが駆け寄ると、すぐに戻ってくる。
「分派組が、八人全員で姫君との面会を希望しているそうです。……いえ、交渉を要求している、のだそうです」
姫君の酷薄な口調が伝播したようで、こちらも怖ろしい。
「始まりの間へと通しなさい」
「では、ぼくはいったん席を外します」
「なぜです。ここで、話を聞いておきなさい」
「いえ、それは公平ではない気がしますし、彼らにぼくが聞いていると知られるのはよくないと思います」
「離れていれば、気づかれることはないでしょう。内容を説明する手間を省くこともでき、最悪の事態になったら、処断の内容を相談することもできます。残りなさい」
「はい……」
とんだ事態に陥ってしまったものである。ミイアさんが姫君の横に回り、ぼくはその斜め後ろに移動させられ、待機状態に入った。この二人の姿が、始まりの間の天井付近の画面に映し出されるのだろう。
やがて、ミイアさんが口を開く。
「では、シャルラミア姫からお言葉があります」
「あなた方が、分派を要求しているという話は聞きました。ムツキより役立つというなら、それでも構いません。ただし、集団として活動するように」
シャルラミア姫の冷ややかな口調は変わらない。機先を制されたのだろう、山本の声が引きつっているように感じられた。
「それなら、自分に全体を指揮させてくれ。連中を使えれば、もっとうまくやれる」
そうなのか、指揮をしたかったのか。言ってくれればなあ、と思わなくもない。青い髪の姫君が、あっさりと要求を切り捨てた。
「賛同する者を集めたのなら、それで戦いなさい」
「不公平だ」
「公平とは? 統率者としての資質を、全員について試すべきだというのですか?」
続いて声を上げたのは、服部さんだった。
「戦いたくないのです。強制する権利は、あなたにもないはずです」
空気が凍えるような気がした。おいおい、この場にいるぼくの身にもなってくれ。
シャルラミア姫は自重したようで、やや低い声で応じた。
「今の言葉は、聞かなかったことにしましょう。ムツキからは、強い対応は控えるようにと求められています。……それにしても、意見をまとめることすらできないのですか。」
冷ややかな言葉に、山本が声を上げる。
「それは、春見野だって同じじゃないか。まとめる力量がないのに一人で報告するから、不信が募るんだ」
「控えなさい」
「ミイア、かまいません。……ムツキが一人で来ているのには、彼なりの理由があるのでしょう。あまりにも両者の意識が違うからだと、わたくしは理解していました。業腹なこともたくさん言われましたが、互いに粘り強く一致点を探ってきたつもりです。それに比べて、全員での対話を望むこのやり方は、よい方法ですか? こちらの発言で腹を立てている人もいるのでしょう。ですが、こちらも耐え難い言葉を多く聞いています」
一息にまくしたてるあたり、やはり苛立ちを抱えているのかもしれない。
「いずれにせよ、まったく同じとまではいかずとも、結果を示しなさい。出撃しない者がいてもかまいません。夕食後に翌日の編成をミイアに渡してください。打ち合わせは、毎日十七時半に始まりの間で。出席者の人選は任せます。よろしいですか?」
「待ってください、わたしたちの自由は……」
「ヤマモトとやら、あなたを選んだ者たちの統率もとれないのですか。続けますか?」
「ここまでで結構です」
唐突に画面が消えた。執務室に沈黙が流れる。
「……あなたの世界の自由や公平という概念は、ねじ曲がっているように思えます」
苦々しさが、姫君の言葉には混ざっていた。
「ご指摘は重く受け止めます」
一礼すると、話は再び残留組の戦力分析へと戻っていった。




