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<19>レモネードの杯を重ねて

【Day 20】


 居室を出て朝食に向かおうとすると、戻ってくる芦原さんと遭遇した。窓からの光で、栗色の髪が輝いて見えている。


「おはよう。早いね、芦原さん」


「春見野くん、おはよう。今朝は、お菓子作りのアイデア出しをしてきたの。私が昼の時間に参加できないので、無理を聞いてくれてね」


「そうなんだ。できれば休みの日を設定できるといいんだけど、なかなかむずかしそうでね」


「いいんです。私はまだ、戦闘の負担は小さい方ですから」


 ぺこっと頭を下げて、芦原さんが部屋に戻っていく。だいぶ早くからやっていたのだろうか。




 朝食を済ませると、今日は第二エリアの終盤戦となる。かつてぼくが痛い目を見た、コボルト弓兵やコボルトメイジが出没するエリアとなる。


 ただ、警戒しているのに加え、レベルが上がった影響もあるようで、さほど危うい場面はなく進むことができた。ある意味では単純な力押しではない、飛び道具と魔法を含めた混成部隊との戦闘の、よい訓練となったかもしれない。


 キングとの戦いで想定される経験値配分に対応する形で、個体戦力が高くて育成優先度も高い高梨風音は、予定通り一人だけでパーティを組んでいる。そのため、混成コボルト部隊との戦いには投入していない。道中の獲得経験値と安全度も考えていく必要がありそうだ。


 ボス戦は、領民として参加のサーニャとリックルが支援に回る以外は総掛かりとなる。スケルトン相手にレベル上げした効果か、拍子抜けするほどの楽勝となった。いつもこうだとよいのだけれど。


 得られたアイテムは、火属性の「鉄打ちの短刀」が四振り。やはり、主戦として参加するパーティの数に依存するようだ。スキルとしては、嗅覚と鉱物探査を得た人が出た。鉱物探査……。何かの役に立つのだろうか。


 ボス戦で、多くのパーティが参加しても経験値が薄まらないというのは、ほぼ確認できた形となった。


 四パーティ参戦なら、総獲得経験値は四倍になる、という考え方で間違いなさそうだ。それを一人で受け取った高梨は、道中分を大きく超える高い経験値を獲得した形となった。


 支援の領民の二人にも、三分の一だとすると高めの経験値が入った。ボス戦だと三分の一ルールが異なるのか、計算式が異なるのか。仮に支援では人数に関わらず固定値で経験値が獲得できるということなら、人数を絞ることでボス戦での促成育成の可能性が開けることになる。次の機会には試してみたい。


 平定を果たしたことで、空にまた青色の花が咲いた。帰り道は今回も開放感に満ちたものとなった。






 日次報告会からの帰り、歩いていると音海さんに呼び止められた。


「今日、高梨さんが私のことを心配して、声をかけてくれました。いろいろと話せてよかったです。……春見野くんの差し金よね、ありがとう」


「ばれましたか。底の浅い企みですみません」


「いいえ。自然とみんなの様子を見てしまう習慣がついているようで、自分がそう見られるのは新鮮に感じました」


 しっかりしている印象が強いので、あまり心配をされないのかもしれない。


「ちょっとでも、気分転換になったならよかったんだけど」


「ええ、とても。……でも、高梨さんの方が、私には心配です。それに、春見野くんも、気をつけてくださいね。あなたは、どちらかというとみなに心配されそうなタイプかもしれませんけど」


「……ほめてます? けなしてます?」


「もちろん、いい意味で、ですよ」


 にこっと笑って、先に立って歩き出す。波打つ豊かな黒髪が、既に灯されている燈火の明かりを受け止めて綺麗だった。


 立ち止まっていると、背後から背中を叩かれた。


「よ、春見野。元気でやってる?」


「稲垣か。元気そうだね」


「ねえねえ、ところで女子には個人面談をやったと聞いてるんだけど、わたしの番はまだなのかな?」


「あ、いや、あれは不安や不満を抱えた人を対象にしてたので、音海さんや芦原さんもやってないし。稲垣は、だいじょぶそうかなという話になって」


「愛ちゃんがそう言ったの?」


 稲垣の視線が、食堂に入ろうとしている音海さんの後ろ姿を捉える。


「ある意味、わかってるなー」


 稲垣の口調はいつもの軽口と変わらないものだった。けれど。


「別のある意味ではわかってない、ってこと?」


「さて、どうかな」


 冗談めかす感じではある。


「個人面談というわけじゃないけど、たまには少し話せないか?」


「一杯おごってくれる?」


「うーん、酒はちょっと」


「酒場にはノンアルコールもあるんでしょ? じゃ、夕食後にね」


 手を振ると、軽やかな足取りで食堂へ向かう。ぼくも、少し遅れて歩き出した。




 夕食後、酒場の前で稲垣と落ち合った。店内に客はだれもおらず、歌声も響いていない中でカウンターに陣取る。


 飲み物は、二人ともレモネードを頼んだ。


「この飲み代は、どの財布から出ることになるの?」


「財布は状況票からだけど、私的な支払いは戦利品のプール分から使うようにしてるよ」


「必要経費じゃないの?」


「そういう面もあるけど、お金にあまり使い道もないし」


 さほど物欲もないので、それで済んでいる状態だった。


「なら、ありがたくご馳走になるわね。……戦利品は等分だけど、討伐報酬は主戦と支援とでは差が出てくるし、魔法持ちかどうかでもかかるお金が変わってくるみたいね。わたしは、それほど不満はないけど」


「魔法やスキルの費用については、まとめて管理したほうがいいかもしれないね。秋月に相談してみるよ」


 基本職ごとに出納係を置くような形がいいだろうか、などと考えていると、飲み物が運ばれてきた。一口飲んだ稲垣がにっこりする。


「うん、うまいね。……軽い戦闘や生産で食べていけるのなら、この世界にも楽園的要素はあるのにね」


「まったくだね」


 そこで、稲垣の口調が変わった。


「でも、実情は、無理矢理連れてこられて、日々戦闘を強制されている。志願制ですらない、徴兵制の軍隊のように、望まぬ殺戮を強いられている」


 表情からも、柔らかさが抜け落ちていた。


「その通りだね」


「それがわかっていながら、プレイヤーの意向を汲んで、みなに協力させている」


「同罪、ということになるだろうな」


 レモネードをもう一口含み、ふっと息を漏らす。


「生存が優先事項?」


「そう思っている。帰れるとしても、そうでなくても」


「そうね、キャラクターを解任されて、農民にしてもらえるならいけど、デリートされたら最後だものね」


 帰れるかどうかには、反応を示さなかった。当然の前提ということなのかもしれない。


「日頃の言動から、考えなしにしゃべっていると思われてるかもしれないけど、このあたりの話を他の人にするつもりはないわ」


「思ってないよ。……キャラのモデルの選定や、からみについてはともかく、あのストーリーを紡げる人が、考えなしのはずがないもの」


 彼女が書いた薄い本は、登場するキャラクターの性別構成や濡れ場描写ばかりが話題になったが、ぼくが惹きつけられたのは別の部分だった。


「読まれてたか。そういう趣味はないかと思ってたのに」


「稲垣の趣味の部分を除いて見た場合でも、とても楽しめる作品だと思う。……あとは、画力さえ伴えば」


「痛いとこ突くなあ」


 こんな話も、これまでしたことはなかった。不満や不安ばかりを気にしていたが、一人ずつと他愛もない話をするのも大切なのかもしれない。


「ただ、趣味の組み合わせを公言するのは、どうかと思うけれど」


「これでも場面を考えて言ってるつもりなんだけどな」


 きつい現実から、皆の目を逸らそうという深慮遠謀なのだろうか。いや、単に趣味の表出という面が強そうだ。


 稲垣が表情を改める。今度は、暗いだけではなく、柔らかみも備わっていた。


「非協力的な私が言うのもなんだけど、不安を口にしづらい人もいるだろうから、ケアしてあげて。後衛でも負担なんだから、実際に剣を振るっている人たちのきつさはいかほどのものか」


 それは完全に同意である。


「風音ちゃんにしても、春見野のためだと気を張ってるだろうし、剣術の腕は確かなんだろうけど、それと殺戮に耐えられるかは別よ。他の前衛にしてもそう。それに、春見野もよ。あなたのこの手は殺戮に向いているとは思えない。他人に強いているから、自分は我慢して当然、なんてことはないんだからね」


「いや、ぼくは……。戦えなかったこと、守れなかったことで悔いを残すつもりはないから」


 言い終えたとき、瞳の奥を覗き込まれた気がした。仕方ないわねとでも言いたげな風情で、稲垣はふっと笑った。


「さて、レモネード一杯分の話はおしまい。それより、くるみんの攻略を早く済ませてよ。すぐ落ちるでしょうによ」


 何を言い出すんだ、この人は。人間としてとても魅力的だとは思うけど、稲垣の趣味には沿えそうにない。


「胡桃谷は、芦原さんといい雰囲気なんじゃないの? 二人の接触が異世界の扉を開いた説はどうなったのさ」


「そんなのじゃ、創作意欲につながらないじゃない!」


 知らないって。


 稲垣はもう一杯との誘いは断って席を立った。その頃には、女性吟遊詩人の歌声が店内に響いていた。




 ギルドに寄ってから三階に戻ろうとすると、廊下に風音の姿があった。訓練場への行き帰りの途中というわけではないらしい。もしかして、探されていただろうか。


「風音、さっそく音海さんに話してくれたんだってね、ありがとう」


「ううん。ケアするつもりが、気付いたら逆に心配されちゃってた。役には立てなかった」


「いや、前にも言ったけど、たぶんだれかがケアをしようとすること自体が大事なんだと思う。ありがとう」


 首を振られてしまうが、慰めを口にしたわけではない。そして、音海さんも稲垣も、この人物を心配していた。確かに、もっともきつい役割を任せてしまっている。


「……ところで、酒場ではお酒以外の飲み物も出るんだけど、こんど寄ってみない? 気が向いたらでいいんだけど」


「うん。今からでも」


 善は急げということで、ぼくは酒場へと再び顔を出した。先ほどと同じ席に陣取る。注文は、今回も二杯のレモネードとなる。


「で、どうゆう風の吹き回し?」


 隠し事はなるべくしたくないので、包み隠さず話すことにした。


「実は、さっきまで稲垣とここで話をしていたんだ。個人面談、というわけでもないんだけれど。そこで、前衛への負担について、たしなめられた。言われてみればもっともで、だいぶ重荷を背負わせてしまってるよね」


「わたしには、かつて人を殺めてでも成し遂げたい思ったことがあった。そのときには、今よりもずっと手の届く範囲が狭すぎて、実現はしなかったけれど。……その時のことを思えば、こんなのはなんでもない」


「風音は、多くの人を救ってくれているよ。その時だって、今だって。もしも反町からの招集を断っていてくれなかったら、ぼくらのグループは回らなくなっていたかもしれないし」


 彼女がいなければ、胡桃谷に前衛に回ってもらわざるを得なくなり、精神的負担で圧し潰すことになってしまっていたかもしれない。そして、皆への無理がドミノ的に増えていたように思える。


「でも、わたしがもう少し勇気を出していれば」


「過ぎたことは、考えても仕方ないよ」


「あなたがそれを言うのね。そもそも、わたしよりもあなたが……」


 言いかけて首を振った風音が、レモネードを呷る。なんだか、悪い酒に飲まれているようにも見える。


 そのとき、星野がリクエストしたらしい吟遊詩人の歌声が、耳に心地よく響いてきた。


「ただ、前衛がきつい立場だというのは、間違いないところね。西川くんなんかも、よくやってくれていると思う」


「ホントだね。頼りになるよ」


「一方で、自力では場面を転換させられない後衛や支援も、別のきつさがあると思う。できるだけ、ケアしてあげて」


「わかった。明日はバーベキューで楽しんでもらって、その後くらいから、またちょっと話をするようにしてみるよ」


「そうね。……ねえ、元の世界のことは思い出す?」


「うん、たまに。家族やクラスの外の友人たちがどうしてるかな、なんて思うこともあるよ」


「桃花ちゃんとかね」


 我が妹の名前をひさびさに聞いて、望郷の念が胸に漂った。一緒にこの世界に来ていたら、どんな感じだったろうかなんてことを話しながら、レモネードの杯を重ねることになった。




【Day 21】


 バーベキュー開催は、今回で二回目となる。前回のように、肉が容易に手に入る状況ではなかったので買い求めるしかないが、懐に多少は余裕が出てきたので問題ない。


 エストバル陣営の柊さんとアリナも、今回は下ごしらえだけではなく、同行しての参加となった。あまりにも放置なので、知られたとしても気にしないことにしたらしい。一方で、同様に移籍志願の話が来ていた那須と一色さんは、彼女らが誘ったものの色よい返事はなかったようだ。節度を保とうということだろうか。


 場所は、今回も第一エリアの城に近い集落の広場となる。先日の日次報告会で通した、新規解放エリアに向かう領民の人たちを招くという話は、秋月の発案だった。統治機構の催しとして組み込むことで、城主方面からの予算や人員参加も継続して期待できるし、沙汰止みになることもないだろう、という考えからとなる。


 ただ、実際には甘味のできにも大きく左右されそうな気がする。シャルラミア姫の冷ややかな視線が、菓子の入った袋に突き刺さっていたのが思い出される。


 今回も厨房係や給仕係の人たちがほぼ仕切ってくれている。シャルラミア姫からの酒やお菓子の差し入れがあることも発表され、歓声の中でスムーズに宴が始まった。


 前衛の厳しさを指摘されたこともあり、男子で前衛を務めてくれる皆と話そうとするのだが、どうもタイミングが合わない。顔見知りとなりつつある領民の人たちや、ミイアさん指揮下の面々との交流は進んだのだが。


 リックルとサーニャには、もちろん知り合いがたくさんいるのだろう。大はしゃぎをしている姿が見える。


 情報が広まれば、これから戦闘への参加希望者が殺到するのだろうか。獲得できる経験値が低いとはいえ、やる気があるというのはとても大きな要素となる。


 といっても、このモンスター討伐がどのように決着するのか。そして、それ以降があるとして、どのような人材が求められるかがわからないので、なんとも言えない部分はあるのだが。


 そんなことを考えると、ジルドがやってきた。


「よお、話をしていたやつを連れてきたぜ。マズール、頭目にあいさつするんだ」


「はい。マズールです、よろしくお願いします」


 気は優しそうだが、体になかなかの厚みがある少年が、ペコリと頭を下げた。


「話が決まった場合の、最終的な雇い主はシャルラミア姫なんだけどね。ただ、戦場に出れば指示させてもらう場合もありそうなので、どうぞよろしく」


 筋力が強く、開墾などに重宝されてはいるものの、そのまま農民として過ごすには力を持て余し気味なのだという。


「戦いとなると、モンスターをたくさん討伐することになって、その中には人に近い存在なんかもいるわけだけれど、そのあたりは平気かな?」


「もちろんです。領地を守り、獲得していくために戦うのは当然ですから」


 常識が違えば、考え方が異なるのも自然なことなのだろう。久我や秋月、胡桃谷と音海さんに、リックルとサーニャも呼び寄せて話をしてみて、そのまま連れ帰ることで話が固まった。


 了承を得るため、ミイアさんのところに連れて行くと、今回の甘味の一つであるレモンゼリーを堪能していた。


「こちらが、もうひとりの領民出身冒険者候補のマズールです。いい子のようなので連れて帰り、明日から参加してもらおうと思っています」


「はい、連れて帰るのはかまいません。ただし、最終判断は姫様にお聞きすることになります。マズール、姫君の御前では粗相のないように気をつけてください」


「はい」


「ところで、姫君に料理と甘味を持っていく必要があります。料理はよいとして、このゼリーをお持ちする形でよいですか?」


「デザートにチョコレートアイスを用意していると聞いています。ただ、冷やす必要があるので、そちらについては、城に戻ってから、秋月か進藤さんかに頼んで仕上げてもらおうと考えています」


 チョコレートは一応、商店で売っているが、やはりアイスという概念は存在しないようだ。氷室のようなものも、少なくともルランスミリア城にはないという。そうなれば、アイスは今後とも希少な存在となってくれそうだ。


「では、日次報告会前に厨房に持ってきてください。そして、マズールを連れてくるとよいでしょう」


 そう指示するミイアさんの表情からは、かつてのきつさがだいぶ抜けてきているようだ。バーベキューや甘味の効果か、攻略を進められているためか。


 いずれにせよ、第二回のバーベキュー大会は、たのしい雰囲気の中で幕を下ろすことになった。




 夕食後に、エストバル陣営の待機組から、ぼくらの道中向けのおやつと、領民の子向けの試作品が完成したとの連絡が入った。どうやら、芦原さんを含めてバーベキューを早めに切り上げて、仕上げてくれたらしい。


 何人かで食堂に運び込み、明日の朝食時に皆に配ることにする。姫君への献上も、バーベキューで出た甘味を提供したばかりなので、翌日でいいだろう。材料費は事前に渡してあるので、今日の支払いは純然たる三人への報酬ということになる。次の発注は、明日の皆の反応を見てから考えよう、ということで話はまとまった。


「芦原さんも協力してくれたんだよね。四人分支払う形にすればいいかな?」


「いえ、皆のお金なので受け取れません」


「でも、そういうわけには……」


「なら、次からは芦原さんの分も含めて報酬を算出するわ。アイデア出しにも参加してくれてるんだから。それでいいわよね?」


 淡々とした声が、話をまとめにかかる。


「もちろん。お願いします」


 この件は、完全に楠木さんの仕切りに任せてしまって良いようだ。


「それにしても、楠木さんはいろいろ手際がいいよね。おうちが商売をやられてるとか?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


 そこで口を開いたのは、音海さんだった。


「楠木さんは中学では生徒会の書記として、実務を完全に仕切っていたそうですよ。会長は、ただ頷くだけでいい状態だったとか」


「それはすごい。頼りにされたことだろうね」


「いいえ。途中で追放されたわ。自分たちでやりたかったみたい。生徒会の主旨としては、そうあるべきだったのかと今なら思う」


「執行部の人たちが、器量はなくても気概だけがあった感じとかかな? ぼくらは、器量も気概も特にないから、この件はよきように仕切ってもらっちゃえると助かるよ。交渉も、指示通りにさせてもらうし」


「ん。やってみる」


 そう応じる楠木さんには、先日感じた音海さんへの隔意めいたものは見当たらなかった。もちろん、ない方がよいのだけれど。



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