第三十話 「覚醒と決着」
2021年7月9日に新たに執筆したものと変更しました。ご迷惑をお掛けしました。予定では、次の話を改稿、または新たに書き直した後に、最新話を執筆、投稿をしていきます。あと一話の改稿(執筆)になりました。最新話ですがあと少し、お待ち下さい。m(__)m
「はああぁぁぁ!」
「よっ!ほっ! 君、案外とやる、ねっ! けど」
そう言いながらカルアスは攻撃の僅かな隙を突くように槍の穂先の反対である石突で突きを放ったが、ルヴィは咄嗟に腕をクロスすることで防ぐも、突きの勢いを殺し切れずにカルアスとの距離が開き、態勢を崩す。
「そろそろ限界じゃないかな?」
「はぁ、はぁ、はぁ…まだですっ!」
「いや、圧倒的な実力差がある相手に、遊んでいて、手加減されていたとはいえ五分も持ったのは素直に誇っていいよ。けど、さっきの攻撃だって受けてたけど、最初はどうにか避けてたよね?」
「‥‥‥」
カルアスの指摘に対し、ルヴィは肩を動かし荒い呼吸を繰り返した後、どうにか息を整えると拳を構えるが、籠手も所々が破損し服装に関しても激しさを物語るように既にボロボロに近く、更に足は僅かに震えているように見え、カルアスの指摘が間違っていないことを物語っていた。
「つまり、君は既に限界が近い。もしくは既に超えて気力だけで戦っているのかもしれない。それは凄い事だけど」
一歩。カルアスは踏み出しルヴィのすぐ目の前に移動し、腹部へと手加減を入れているとはいえ、意識を飛ばせるほどの威力で蹴りを叩き込む。
「ガッ!?」
「今この場においては、自殺行為だよ?」
直後、ルヴィは一切の受け身もなくまるでボールのように吹き飛び、地面を転がりその様子を見ながらカルアスは足を下ろす。
「だから、もう起き上がらないでくれるかな?」
「‥‥‥‥いや‥‥‥で、す」
「ありゃ、まだ意識があるのか。加減しすぎたかな?」
そう言いながら、カルアスはルヴィへと歩いて距離を詰める。
先ほどの蹴りは、岩を容易く破壊できるだけの威力を秘めたもので、幼く先の可能性を潰さない為にまだ体が出来上がっていない内部ではなく、魔法の治癒による回復が可能な外部に流すように蹴りを放っていたのだが、逆にそのお陰でルヴィが何とか意識を保てている原因だった。
「…くっ‥‥ううっ!」
近づいてくるカルアスに対し、ルヴィはどうにか立ち上がろうとするが。
しかし、意識こそ保てているが肉体は既に限界だった。いくら手加減されていたと言っても、龍としてはまだ体が出来上がっていない幼龍である今のルヴィにとって、カルアスの手加減された一撃であっても、体に致命的なダメージを蓄積させる。
その結果、どうなるのか。それが必死に立ち上がろうとするも、体が動かないという状態に繋がっていた。
「まあ、仕方がないよ。加減していた攻撃を防いでいたとはいえ、体にダメージは残る。むしろ、計五回も私の攻撃を受けて今まで意識を保っている事の方が驚きだよ」
そう言って、カルアスはルヴィのすぐ目の前に立ち、それに対してルヴィはただ見上げる事しかできない。
「でもまあ、ここが潮時だよ。だから、もうお休み?」
「ッ」
そう言って、カルアスは今度こそルヴィの意識を断ち切るために足を引き、顔目掛けて足を振りぬく。
「…あれ?」
カルアスの足は、確かに振り抜かれたが蹴ったのは何もない空間で、つい先ほどまでいた少女の姿は神隠しにでもあったかのように消え去っていた。
「…ふふ、ふふふっ! にゃはははははっ!」
しかし、そんな状況にも関わらず、カルアスは笑った。なぜ少女の姿が消えたのか。その正解に辿り着いたからだった。
「ああ、待ってたよ!」
好戦的な笑みと共にそう言って振り向くとそこには、先ほどのボロボロの少女を抱える少年が立っていた。
少年の顔は一度見て然程時間が経っていない為にカルアスが見間違えるはずもない。確かに、手に今も持っている朱い槍によって心臓を貫き致命傷を与えようとしたが避けられ、それでも呪いによって魔法では決して癒えない傷を与えたはずの少年が、泰然と立っていた。
そして、幼龍の少女を抱き抱えている事ことから、先ほど消えたと錯覚させるほどの速さであの場から攫ったのが少年だと告げていた。
そして、その場にもう一人。少年から遅れる事少し、いや空から攻撃の隙を伺っていた、龍の翼を背より生やした少女が少年の隣へと降り立つ。
「シン、さん? エル姉、さん…?」
「悪い。遅くなった」
「待たせてごめんなさい」
「うううっ! シンさん!エル姉さんぁぁぁん!」
ルヴィは、まるで押し込めていた感情を爆発させたかのように涙を流しつつ抱き着き、その様子にエルは微笑ましさと申し訳なさが入り混じった表情を浮かべる一方で。
(や、柔らかい…っ」
ルヴィ抱えた状態で更に密着したお陰で、ルヴィの胸の柔らかい感触を感じていると。
「ふふふっ、そうか。ついに結んだんだね、誓約を! そうだろ!?」
カルアスが嬉しそうに笑いながら問うてきたので、気持ちを切り替えて俺は答えた。
「ああ、そうだ。俺とエルは誓約を結んだ。けどそれはお前を倒すためじゃない」
「へえ、それなら何のために結んだんだい?」
「エルが好きだからだ」
「…ん? どういう事かな?」
「エルが好きで、護りたいと思った。自分だけのものにしたかった。だから誓約を結んだんだ」
「‥‥君って、馬鹿なの?」
カルアスも問いに、俺はおくびもなく堂々と答え、カルアスは聞き間違えたのかとばかりに不思議そうな顔をするが、俺の顔を見て直ぐに間違いではなかったと気づいたようで、何処か失望と憐みの眼を向けてきた。
確かに誓約を結んだ際に起こる副作用を知っているであろうカルアスから見れば、そんな理由で誓約を結んだというのは俺は馬鹿を通り越して憐れというべきかもしれないが。
「確かにそんな理由で誓約を結ぶ俺は馬鹿かもしれないが。じゃあ、カルアス。なら俺は今も人の姿だと思うか?」
「【変化】で姿を変えてるだけじゃないかな?」
「いや、違うな。俺は正真正銘、人間だ。まあ、純粋って訳じゃないけどな」
カルアスの答えを、俺は否定する。誓約を結んだ時に初めて分かった事。誓約は龍と人。または他種族同士による真に信じ思う者同士で一度だけ行える、血と神器を使った最上級の契約にして呪いの魔法。誓約をした者は互いの魔力を共有でき、言葉を介さずとも意思疎通ができる念話、そして奇跡を起こせると言われている。
だが、この場合奇跡と呪い。この二つが本命であり魔力の共有、意思疎通が出来る念話はおまけだ。
まず奇跡は、俺のような瀕死の人間を完全に回復させることも、光を失った目に再び光を灯すなど効果は様々だ。
だがここで大事なのがもう一つ、誓約には呪いと呼ばれる側面が存在する事だ。
その呪いとは何か。それは、誓約を結んだ同士に置いて、一方が力の強い側の種族へとその姿を変えてしまうというもので、龍以外に誓約魔法を知らなかったのは、恐らくこの誓約魔法を危険視した人々によって意図的に消されたのだろう。
何せ、力の弱い種族は誓約魔法を使う(使わせられる)たびに強い種族によって塗りつぶされ、やがてその種族は滅亡してしまうのだから。
それを知るからこそ、少年が魔法で姿を偽っていないことが分かりカルアスは困惑した。
「そんな、あり得ない。強大な存在である龍と誓約魔法を結んで、人であり続けるなんて」
「いや、可能だ。その可能である物を、オーウルフだって持っていたじゃないか」
「‥‥まさか!?」
たったそれだけのヒントでカルアスは正解へと至ったようで、カルアスの視線は俺の腰に佩いている剣へと向いた。
「ああ。手元にある神器がこれだけでな。そしてこの神器は龍を殺す力が宿った剣だ。そんな神器を用いての誓約の発動した結果。龍となる呪いは神器に宿る龍殺しの力の前には無効化されてこの通り、という訳だ」
「…なるほどね。にゃはは! まさかそんな方法で誓約の呪いを無効化するなんてね。 にゃははは! にゃはははははっ!」
望外。
自らの予想の斜め上を行かれたことを喜ぶかのようにカルアスは無邪気な子供のように笑う。まるで新たな楽しみが生まれたと言わんばかりに。
「エル、頼む」
「ん。分かった」
そして、カルアスが笑っている間に、俺は抱き抱えていたルヴィを下ろし、エルに回復魔法をお願いし、頷くとエルは直ぐにルヴィに水属性の最上位回復魔法「全治快復」を発動させると、瞬く間に傷が塞がり、ルヴィを下ろすと先ほどの怪我が嘘のようにルヴィは自分の足で立つ。
「すみません」
「いや、ルヴィのお陰で本当に助かった。だからここで見ててくれ」
「いえ、そんな訳にはっ!」
「傷は治せても、体力までは回復してないだろ?」
「そうですけど・・・でも何もしないのは嫌です!だから一緒に戦います!」
怪我は治っても体力は戻せないという事は自分でもわかってはいるが、それでもは自分も戦うと言って聞く耳を持ちそうにないルヴィに、俺は誓約魔法を結んだお陰で使えるようになった意思疎通(念話)で話をする。
『エル。ルヴィを閉じ込めれるか?』
『出来る。けどどうして?』
『ルヴィには、出来ればこの後の事を考えて体力を回復していてほしいんだ。だから、ルヴィに祝福をしてもらえないか?』
『分かった。任せて』
『頼む』
祝福。その言葉の意味が分かったエルは、まだ戦うと言っているも、力が上手く入らないルヴィを容易く捕まえるとそのまま後ろへと下がっていくのを確認し、俺はカルアスに向き直ると、そこには先ほどまで笑っていたのに、それを感じさせないほどの闘志を纏ったカルアスが立っていた。
「一人で大丈夫?」
「心配しなくていいぞ。用事が済めばエルも、直ぐに来るさっ!」
剣を抜きつつそう言って、俺は足に溜めた力を解放し一息にカルアスへと詰め寄り、剣を振るい、カルアスは手に持っていた槍で受け止める。が「身体強化」を発動して内にも関わらず、俺はカルアスと拮抗していた。
「へぇ、誓約によって身体能力も上がったみたいだね!」
「俺自身も驚いているところだ!」
互いに一旦距離を取るために、後ろへと飛び着地した瞬間。
「赫焔弾!」
一足先に着地していたカルアスが放った三つの赫黒い火球が迫るが、俺は焦る事無く着地し剣で斬って消滅させ、そのまま剣の腹に手を当て押すように左に動かすと、カァンッ!とカルアスが付き込んできた槍を弾くも、その勢いを利用して槍をそのまま半周させ、背で反対の手に持ち換えての横薙ぎしゃがんで回避し、一旦後ろへと距離を取る。
「いいねぇ! そうでなくっちゃ!」
我ながら、驚くほどに体が動いている事に驚く一方で、その事にカルアスは本当に嬉しそうにしていると、背後に近づいてくる気配があった。
「お待たせ」
「いや、大丈夫だ。どうだ?」
「大丈夫」
言葉短めの会話が終わると、俺は剣を、エルは拳を構える。
「今度は、二対一かぁ」
その様子に、カルアスは槍を構える。
『エル、魔法で攻撃を頼む』
『分かった』
エルのと意思疎通(念話)をし、俺は動き始めた。まずは距離を詰めるために直線ではなく、ジグザグに詰め寄る、その隙を埋めるようにエルが放ったのは火を矢の形状に変え放つ火属性中級魔法「火炎矢弾」。水を螺旋状を維持することで貫通力を持つ水属性中級魔法「水穿槍」。
水穿槍と同じく、こちらは風を槍のように圧縮し同じく貫通力を持つ「穿嵐槍」。そして最後にオーウルフが罠として使っていた土属性中級魔法「黒岩槍」。火属性を除いた全てが貫通に特化しており、魔力を込めたことで威力としては上級魔法相当。そんな四属性の魔法をエルは連続、更に同時に複数を纏めて発射する。
「にゃははっ、大盤振る舞いだね!」
しかし、それらの魔法をカルアスは笑いながら回避、または打ち払い消していく。だがそれは予想通りだった。次々と打ち消さるが、結果それが視界的な死角となり、それを突くようにしてカルアスの背後へと回り、剣を振るうが。
「あまいにゃ」
「まだだ!」
振るった剣の刃を、カルアスは自身の歯で挟むことで受け止めるが、俺は距離を詰めるうちに左手で風神天廻から取り出していたある物のカルアスの腹に押し当て引鉄をひくと、乾いた音と共に装填されていた弾丸が撃ち出され、硝煙の匂いが鼻に着いた時には、弾丸はカルアスへと着弾し、直後カルアスの噛んでいた力が弱まり、少し離れた状態で見ると、カルアスの身に着けていた服には穴が開き、そこから少量だが出血も見えたが、その穴も直ぐに塞がってしまった。
「へえ、まさか、そんな面白いものを隠し持ってたなんてねぇ。意地が悪いね?」
「ちっ、少しは堪えろよ」
イシュラに作ってもらった、秘密武器。それはリボルバー。即ち拳銃だった。モデルになったのは4インチ(約十センチ)の銃身を持つ銃で、幸い興味があって色々と調べた事があり、イシュラには俺が知りうる限りを教えたが、今回は急増で作った影響で耐久性に難がある、これは本来は採用されていない中折れ式で作られていた。
銃身は黒で装弾数は12発だが、装填されているのは残り一発。
弾の威力はイシュラにお願いして弾丸、威力ともに高くしてあり、正直、まだ体が出来上がっていない状態で使えば、恐らく撃った反動で肩をはず可能性がある化け物と呼べる代物だ。
誓約を結んだ今は体に何らかの影響はないが、衝撃は想像していた以上のものだった。下手な魔物に撃てば頭を容易に吹き飛ばせるだけの威力を誇るだろう。だが、そんな銃で撃たれてもカルアスには少しばかりの傷しかつけられなかった。
(にしても、やっぱり中折れ式は耐久が低いな)
使ってみて分かったが、中折れ式は高威力の弾を撃つ場合は全く向いていない。一発撃っただけだが、持っている左手に小さいが違和感を感じる程だった。恐らくフレームなどが圧力によって僅かでも歪んでしまったのかもしれなかった。
(さて、どうする?)
銃は切り札ではなかったが、カルアスに通じなかったという事実はなかなかに大きく、更に残り一発というのも重要だった。そう考えていると。
「さて、それじゃあ。お礼として私も一つ見せてあげるよ。この槍の力を」
そう言ってカルアスは後ろに跳躍し、距離を離し着地すると槍を担ぐように持つ。それは投擲の構えだった。
「ああ、そうそう。これ死ぬかもしれないから、気を付けてね?」
そう言った瞬間、カルアスから暴力的なまでの魔力が噴き上がり、その魔力が槍へと吸収されていき、更に禍々しくも美しい朱のオーラを纏う。
(おいおい死ぬかもしれないって、冗談だろ!? 死ぬってレベルの攻撃じゃないぞ!?)
今までに感じたことが無いほどの、強大な魔力。その魔力を吸い上げた槍による投擲。その結果、最悪この辺り一帯を焦土に変えてしまうほどの威力を誇ると本能的に理解した、いや出来てしまったが、体が動かなかった。
「臓腑を抉れ、示させば勝利もたらす槍! 幾多の血を吸い、天を紅く染め上げよ! 射貫け、無双の朱槍!」
そうしてい間に、カルアスの手から放たれた朱い槍は一直線に、その間にある草や大地、岩を抉り吹き飛ばしながら飛翔する。
(くそ、どうする!? できればあれは最後まで取っておきたかったが…!)
仕方がない。そう思い無銘の剣を鞘に戻し、天叢雲剣に意識を集中しようとしていた時、後ろにいたはずのエルが俺のすぐ横に立っていた。
「大丈夫」
「エル…?」
エルの言葉に俺は困惑するも、その間にエルは眼を閉じ、俺が知る限り初めての詠唱を始める。
「永久に舞い踊りし氷の華、咲き誇れ」
詠唱が始まった瞬間、辺りの温度が急激に低下していき、吐く息も白く変わり、白いもの。氷結晶の花が一面に咲き誇る。
「全て閉ざされ、凍いてし大地に咲き誇る氷の華よ。全てを拒み、阻む氷嵐の守護を顕現せし氷嵐の城。舞え 舞え! 舞えっ!」
詠唱が進んでいくと下から上へと巻き上げるような冷たさを纏った嵐というべき強烈な風によって咲き誇っていた花を舞い上がり、氷の花は時にぶつかり氷の礫、または一つになり雹となり、出来上がったのは氷と雹によって出来上がり、嵐を纏う幻想の城が槍の軌道上。俺の二メートルほど前に顕現する。
「絶対不可侵雹獄七城門!」
完成した、嵐を纏いし氷によって出来上がった城。その前に六つの城門が形成され、城門(盾)へと槍である無双の朱槍が激突し、辺りに冷気と熱気を放出する。
「くっ、ぅぅっ!」
両者はともに拮抗したが、直後最初の城門が破られるも次の二の門が槍を受け止めるも、最初と比べ持ったが突破され、三、四番目の門も先と比べて持つが突破されていき、五番目の門へと槍は到達し、時間が掛かったが突破し、六番目の門も崩壊し、最後に残った城へ槍は飛翔し、激突する。
「負け、ない!」
残された最後の防壁たる氷の城にエルは、自身の全魔力を注ぎ込み、崩壊しかけた城を即座に修復することで、拮抗する。が、押し返すには至らない。
(こうなれば…)
先ほど使うか迷った切り札を、今度こそ使う事を決め使おうとしたが、使えなかった。なぜなら、俺の視界の横を紅蓮の髪と同色の全身鎧を身に着けた少女が通りすぎたかと思うと、勢いそのままに、崩壊しかけながらも槍を抑えている城目掛けて飛翔し。
「やあああぁぁっ!」
城を形成していた氷ごと槍を殴り飛ばしてしまい。
「‥‥マジか」
その様子に俺の口から思わずそんな声しか出せず、氷の城ごしに槍を殴り飛ばした少女は、そのまま近くにあった氷塊を足場にして、俺とエルのすぐ近くに着地した。
「ふぅ、上手く言ってよかったです!」
「ありがとう、ルヴィ」
「いえ、間に合って良かったです!」
エルのお礼にそう答えながらルヴィは笑い、そこには先ほどみたボロボロの状態がまるで嘘のように回復していたが、俺とエルに驚きはなかった。
(どうやら、“祝福”が上手くいったみたいだな)
エルに頼んだ、祝福。それはルヴィの潜在能力を引き出すための方法。そしてやり方がエルの血を少量飲ませる事だった。
ではなぜエルの血を飲んで直ぐにルヴィが来れなかったのか。それは取り込んだエルの血による変化に体を慣らせるためだった。
「いやはや、まさかあれを防ぐだけじゃなくて、はじき返すなんて、やるじゃないか♪」
「「「ッ!」」」
まさにルンルンといったその声が聞こえたと同時に俺は剣を、エルは魔法を、ルヴィは拳を構えるその先には槍が刺さっており、カルアスがその槍を引く抜くところだった。
「それに、槍を弾き飛ばしたのはさっきの幼龍の子だよね? 一体この短時間でそれ程の実力になったのかも気になるけど。君も、切り札があるよね?」
「‥‥‥」
「どうかな?」
カルアスの指摘は、正解だった。何度か使おうとして使えなかった切り札が、俺はあった。そして、その切り札の切りどころが、今だと分かった。
「正解だ。俺にはまだ切り札がある」
「やっぱりね。それで、あるって言ったからには、使うんでしょ?」
「ああ、そうだ!」
カルアスに乗せられている。そんな気もしたが、俺としてもそろそろこの戦いを終わらせるために、切り札を使うために、左手の親指を剣の刃に当て、傷をつけるとそこから血があふれ出る。そしてその血の雫を剣の腹へと落とした時、漆黒の刀身に亀裂が生じ。
『誓約、および使い手の血を確認。封印解除、並びに疑似■■を開始』
頭の中で、つい最近聞いたことがるような声が聞こえた直後。その内からまばゆい光があふれ出て俺を包み込み。
光が収まると俺は真っ白な狩衣と呼ばれる服を身に纏い、視界は先ほどと比べ高く、視線を腕に向けると大きく、その具合方見て肉体の年齢は大体16~18歳の辺りと思われた。
「「えっ!?」」
「へぇ~」
エルとルヴィはもちろん驚き、そしてカルアスも面白そうという笑みを隠そうともせずに浮かべる。
「これが、俺の切り札だ。と言ってもごく短時間しか使えないけどな」
誓約によって使えるようになった今の俺の切り札。
それは自分の肉体を一時的に成長、もしくは強化。はたまたその両方が可能な状態にするとことが出来るが、まだ先があると俺はなんとなく感じ取っていたが、今はこれが限界だった。
「へぇ、急に大きくなるとはねぇ。それにしても大人になった貴方、いいねぇ」
「そう言っている所悪いが、ごく短い時間しか使えないんだ。残りの魔力も少ないしな」
誓約によるエルと俺の魔力共有のお陰で合わせれば、枯渇するなどほとんどあり得ないが、カルアスの「無双の朱槍」を防御するために使った「絶対不可侵雹獄七城門」による魔力の消耗がトンデモなかったという事に他ならない。
魔力共有の意外な弱点が分かった瞬間だった。
「だから、互いに次で最後にしないか?」
正直、長期戦になればこちらが負ける。であるなら一撃勝負の超短期決戦という選択肢しかなく、この提案をカルアスが受けるかどうかという賭けになるためにカルアスが乗って来るかという問題があったが。
「いいよ」
カルアスは簡単に乗ってきた。
「正直、かなり満足できたからね。最後に派手にぶつけるのは私としてもいい提案なのよ」
「なら、次で終わりだ」
「ええ、いいわよ」
カルアスが提案を受け入れたので、俺はその場で互いの武器を構え、俺は「天叢雲剣」の力を解放する為の祝詞を詠唱する。
「古に八頭、八つの丘、八つの谷を背負いし龍があり、酒に酔いし龍を裂き、尾を斬り分けし時、尾より現れしは劔あり、その真名は」
「臓腑を抉れ、示させば勝利もたらす槍! 幾多の血を吸い、天を紅く染め上げよ!」
互いの詠唱がほとんど終わり、あとは鍵となる部分を紡ぐだけとなった。
「射貫け、無双の朱槍!」
そして、カルアスが先に力を解放する鍵となる言葉を紡ぎ、槍を投擲し。
「全てを断ち斬れ、草薙の太刀!」
カルアスに僅かに遅れ、上段に剣を構えつつ俺は【天叢雲剣】の力を解放すると同時に残っていた魔力を刀身に流し込むと全体が白い光に包まれる。
しかし、そうしている間に槍との距離が迫っていたが、俺に焦りはなかった。元よりその場から動かないと決めていたからだ。そして、槍が剣の間合いに入った瞬間。
「はああぁぁぁっ!」
一気に薙ぎ払い、刀身と槍の穂先がぶつかり合い互いを削らんと火花を散らす。
(くそ、押し切れない…!)
右から左への腰の捻りをも加えた剣は槍とぶつかっており、振り切ればすことが出来れば槍を吹き飛ばせる。そんな状況で防ぐのにエルの魔力を枯渇に近い状態にまで持っていったのが納得できるほどだった。だが。
「負けて、たまるかぁぁぁ!」
『使い手の思いを承認。神力、瞬間開放を開始』
死力というに相応しい火事場の馬鹿力で、押し切ろうとするがなかなか押し切ることが出来ないその時、少し前に聞いた声が聞こえた方と思うと、一瞬だけだが、拮抗ではなく、押し返した。その直後。
パキッとまるで硬い何かが罅割れたかのような音がした直後。朱槍、その中ほどから真っ二つに崩壊、槍が纏っていた禍々しくも美しい朱のオーラが消え去り。
「っとと!?」
剣に全力を超えたが、力を込めていた俺は支えが無くなりそのまま無様に地面に倒れ込む。
「あちゃー、なんかおかしいなと思ったけど、壊れちゃったか…」
そして、カルアスはと言えば、驚き半分、納得半分の表情でそんなことを言いながら、俺の近くまで歩いてくる。
「まあ、こうなっちゃ仕方がないね。今回は引き分けかな」
「‥‥いや、俺の負けでいい」
「おや? なぜかにゃ?」
「お前、槍が壊れかけているのに気づいてただろ」
「ありゃ、バレちゃった?」
俺の指摘に、カルアスは悪びれもなく、そもそも悪びれる必要もなく、カルアスは笑いながらしゃがみこむと槍の半ばから壊れ二つになってしまった槍を拾い上げる。
「どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、正直、満足しちゃったって言うのと、ここで潰すのは勿体ないって思ったからね。そう思えば、槍の一つなんて安いものだよ」
そう言いつつ折れた破片を除いた槍の部品の回収を終えると立ち上がる。
「という訳で、今回はここまで。次に戦う時にはもっと強くなってくれていると、嬉しいかにゃ? それじゃあ、またね」
そう言うと、カルアスは背中に赫黒色の龍の翼を動かし瞬く間に空へと昇ると、そのまま飛んでいき、その様子はまさに嵐のような存在だった。
「こっちは願い下げだよ」
体を起こし、カルアスが飛んで行った方向を見つつ思わずそう呟くと。
「シンっ!」
「シンさんっ!」
「どわっ!」
背後からエルとルヴィが抱き着いてきて、俺は再び地面に横になる事になったが、
「…良かった」
「本当ですよ、死ぬんじゃないかって思ったじゃないですか!」
「悪かった」
二人に謝りつつ、俺は魔力を使い切った事による疲労と、余波によるものと思われる肉体の悲鳴に苦労しながらも、そっと二人を抱きしめると生き延びたという実感が徐々に湧いてきて、その言葉は自然と口から出た。
「…帰るか」
「うん」
「はい!…あっ」
直後、ルヴィの体が光ったと思うと体が小さくなり、幼い龍の姿になってしまい、ルヴィを肩に乗せ、俺はエルに肩を貸してもらい、途中でこちらも戦いが終わったアルスさん達と合流して、シュルトの町へと帰還したのだった。
その頃、シュトゥルム邸では、執務室でリリフィアがメイドの一人から話を聞いていた。
「どうやら、間違いないようです」
「そう…分かったわ、ありがとう。この件の報告は代わりの者に行ってもらうので、貴女はしっかり休みなさい」
「はい」
報告に来たメイドにそう言って下がらせると、リリフィアは引き出しからあるものを取り出す。それには有翼の獅子と十二本の剣の意匠、そして金と銀色に彩色されたペンダントだった。
「アルテス。どうやら剣は、打ち換える必要がありそうよ」
月夜の中、リリフィアは手の中にあるペンダントを見つつ、静かにそう呟いた。




