七
「これから俺が話すことは何故俺が中国地方をまとめているかにも関係する」
「なんだか意味深な言葉ですね」
「そうなるだろうな」
そして、何故無言さんの眼が死んでいるのか、その答えにもなるだろうとオレの第六感が告げている。どうでもいいことだけど。
「なぜ無言さんはこの中国地方をまとめているのですか?」
「この戦乱が始まった当時、俺が中国地方で一番強かった。それだけだ」
「……その割には、ええと、覇気が感じられないのですが」
日本最弱と言われる四国地方を束ねる大公早苗さんでさえ、ことあるごとに『気』を全身から放ちながら本気で潰しにかかってくる。
オレをここまで案内してくれた眼帯の男でさえ、目の前に座る無言さんより強く感じられてしまう。
早苗さんの様に普段は『気』を悟られないように隠しているとか、『気』を放つ時のベクトルを調節してるとか、そんなことは一切していない。
だが、覇気が感じられない。
まるで死んでいるかのような濁った眼で、隠そうともしない倦怠感に身を包みながら無言曲舞と名乗る男はオレの前に座っている。
「――俺より強い奴がいてな。そいつは戦乱が始まる数年前に病気でこの世の人ではなくなっちまったんだ」
「どのような御病気で?」
「風邪だ」
「……風邪? 風邪って、あの……」
土砂降りのなか、一日中歩くと必ずなる、あの病気のことか?
「ああ。俺はガキのころから空手を習っていてな、その通っていた道場で出会ったんだ」
からて……?
「体が極端に弱かったが、芯の強い女だったよ。何年経っても俺はあいつにだけは勝てなかった。空手の師範すら負かしたのに、あいつには勝てなかった。俺はあいつに憧れと同時に嫉妬もしていた。だが、そんな強いあいつでも病気には勝てなかった、そういうことだ」
「し……、しかし、普段から病気がちだったとしても、いくらなんでも当時風邪で亡くなるというのは――」
「専属の医師にも必死に頼んだ。あいつの病気が治せないか片っ端から調べて試した。だけど治らなかった。良くならなかったし、悪くもならなかった。だが、あいつは日に日に弱っていくのだけはわかった」
無言さんの濁った瞳に、一瞬だけ生気が宿った。
後悔の色。
「自分が死ぬと分かっているのに、それでもあいつは笑っていた。死んでも自分が苦しむ姿を誰にも見せなかった……! そんなあいつを俺はただ、見ているだけだなんて……! 何もしてやれなかった自分が憎い!」
「…………」
「…………。俺は、あいつの事が好きだったんだよ。だが、それに気が付いたのはあいつが死ぬ直前になってからだ。あいつが死んだ悲しみを振り払うために俺は空手に打ち込むようになった。だが、胸に穴が開いたような感覚はいつまでたっても消えない。どんなに強くなっても、あいつのいない空手をする意味が俺には見いだせなかったんだ」
「それで、からてを辞めてしまったんですか」
「ああ。直後、戦乱が始まった。そして、俺が選ばれた」
『死んだあいつの分まで頑張ってくれ』、と。そう呟いた無言さんの唇には血が滲んでいた。
悔しいのか、許せないのか。
ただ、見ていると落ち着かなくなる。
「――なんで頑張らないんですか?」
「……あ?」
オレの質問に、無言さんは睨み返すことで答える。
「好きだったんならその人の分まで頑張ればいいじゃないですか。なのに、あなたはそうしない、むしろ嫌々やっているように見えます。言われたから、仕方なく」
心はまだ死んでいない。中国地方を守る気は充分にある。
それはさっきの会話でわかった。
なのに、
「あなたは動かない。動こうとしない。結局、自分に言い訳をして現実から目を逸らしているだけなんじゃ――」
「知ったような口をきいてんじゃねえぞ!」