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泣きむし測量士は、剣聖になりたい! ~非戦闘職がギリギリの戦いに臨む時~  作者: さとうはるか


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第一話 天職『測量士』って?  1 天職授与式


 その日は僕の、新しい未来への一歩となる。

 ――はずだった。


 なんで『新しい』ってつけるかっていうと、それは……


「――おい、クライン! お前、今日、授与式らしいな!」


 そう廊下で声をかけてきたのは、兄のアロガンだ。

 いや、正確に言うと義兄。僕の母が亡くなった後に、内に入ってきた後妻の息子。


 ……しかも僕より年上で、れっきとした父の息子だ。つまり――父は僕よりも先に愛妾との間に子供をつくっていた。母が死ぬと後妻のガーラは家に入り込んできて、正妻になった。

 それで僕は弟になったわけだけど――


「お前も13歳になるわけか。チビだから気づかなかったぜ。まあ、オレみたいに『剣士』とかの天職(ジョブ)だとしても、お前には多分、なんの才能もねーだろうよ」


 この小太りで横柄な態度の義兄を、好ましく思ったことは一度もない。

 そもそも、後妻のガーラとアロガンにとっては、この家にいる僕は目障りな存在でしかない。嫌がらせを受けるのは日常生活だ。


「僕は別に……なんの天職でも、頑張るだけだよ」

「ハッ! お前みたいな泣き虫がガンバるだと!」


 そう言うと、アロガンは僕の襟首を掴んで引きずり上げた。

眼鏡が少しずれて、思わず――涙が滲んでくる。


「ヒッ……や、やめてよ――」

「お前は頑張る必要なんかねえんだよ! おとなしく、馬小屋にでも引っ込んでろ!」


 アロガンは乱暴に僕を突き飛ばす。僕は床に転がった。


「いいか! 仮にいい天職が授かったとしても、この家はオレが受け継ぐんだ。お前の出番なんかない! 大きな顔するんじゃねえぞ!」

「……」

「返事しろ!」


 僕は眼鏡を押さえながらノロノロと立ち上がると、背中を向けて駆け出した。

後ろから怒鳴り声がするが、僕はもう振り向かない。……これでも、逃げ足だけは早いんだ。


 言われたからじゃないけど――僕は泣きながら馬小屋に逃げ込んだ。

 実はこの大きな屋敷の中で、落ち着くのはここだけなんだ。


「――クライン坊ちゃま、またおいでですか」


 そう声をかけてきたのは、使用人のジョー爺さんだ。白い口髭に覆われた口はいつも見えておらず、ハンチング帽子をいつもかぶっている。


「……レミールの様子はどう?」

「いつもの通り元気ですよ」


 レミールは僕が生まれた時からいる母さんの馬だ。母さんは乗馬が好きで、よくレミールに乗って近くを走っていた。後ろに乗れるようになると、僕は母さんにしがみついて一緒にレミールに乗ってたんだ。


 レミールは栗毛の気の優しい馬で、僕が近づくとブルルルと鳴いた。


「ハハ、レミールよしよし」


 僕はレミールのたてがみを撫でてやる。レミールは長い睫毛の眼で見つめながら、僕に頬を摺り寄せた。


「レミールと散歩に行きますか?」

「あ、そうじゃないんだ。実はジョー爺さんに頼みがあってさ。あの――一緒に電霊教会に来てもらえないかな」


 僕がそう言うと、ジョー爺さんは少し目を丸くした。


「そういえば……今日は新学年生が教会から天職授与される日でしたな。しかし、ワシでいいんですか?」

「他に保護者役を頼める人いないからさ。――頼むよ」

「はいはい、判りましたよ。……いい天職(ジョブ)が授与されるといいですね」


 そう言って微笑んだジョー爺さんと、僕は村の電霊教会に出向いた。

 13歳になる年度始め――中等学校に入る前に、子供は電霊教会から棋譜魔法(オペレーション・マジック)を受ける。棋譜魔法を受けると、個人の能力表(ステイタス)が見れるようになったり、スキルシステムを使えるようになる。


 スキルを獲得することは、学習しなくてもその知識が電霊界から取得(ダウンロード)できるようになることだ。それだけでそのスキルがすべて使えるようになるわけじゃないけど、相当に初期学習の時間を削減できるシステム――なんだって。そう聴いた。


 で、棋譜魔法を受けると同時に判別するのが、『天職(ジョブ)』だ。これはその人自身に一番向いている職業を棋譜魔法の方が判断して指し示すんだ。天職ってのは実際の職業とは別に、資質としての職業を示す。例えば、天職は『剣士』だけど、実際の仕事は王宮の護衛――とかだね。


 まあ、人気なのは『剣士』『魔導士』『治癒士』ってところかな。けど、これは『戦闘職』。戦闘職は人気だけどあまり出ない。10人中、7、8人は非戦闘職の天職だと言われてる。例えば『商人』『大工』『鍛冶師』とか。


 そういう非戦闘職は『実用職』と呼ばれている。まあ、これはこれで色んな仕事が待ち受けているので悪くない。戦闘職が天職でも、あまり戦うのが好きじゃなくて、実際には普通の仕事に就いてる人もいっぱいいる。天職はあくまで『資質』――みたいなものだって言われてる。


 ……けど、僕はできたら『剣士』がいい。『剣士』が天職であってほしいんだ。


 電霊教会に行くと、もう既に同年代の子供たちが集まっていた。近隣の村から一斉に来てるから、100人くらいだろうか。多くは保護者――父親か、母親が一緒に来てる。子供がどういう天職を得るかは、親にとっても一大事だからだ。けど僕は――まあ、いいけど。


「さあ、それでは整理番号順に、棋譜魔法を施します。そしてその際にステイタス開示をして、天職(ジョブ)を確認します。いいですね」


 電霊教会の神父さんが声をあげる。神父さんたちも数人来ている。とにかくこの授与式は、一年で一番と言ってもいい、大きなイベントなんだ。


「なあ、去年、ここから『勇者』が出たらしいぜ」

「あ、知ってるぜ。隣村のガーウィンだ。もうあいつ、成功間違いなしだよな」

「オレも――いい天職でありますように!」


 祈ってる女の子なんかもいる。女の子によっては、治癒士を望んでたのに戦士だったりすると、その場で泣き出す子なんかもいるそうだ。

 みんな、自分がどんな天職を得るのか不安に思ってる。――僕もだ。なんか緊張してきた。


 最初の男の子が神父様から頭に光を受けてる。棋譜魔法の取得式だ。

 それが終わると、神父様が言った。


「それでは、『ステイタス・オープン』と唱えなさい」

「ステイタス・オープン!」


 男の子の前に、光の四角形画面が現れる。神父様がそれを覗き込んで、にっこり笑った。


「おめでとう。君の天職は『建築士』だね」

「ヤッタァーッ! これで大工の父ちゃんの跡を継げるぜ!」


 男の子は両拳を天に突き出して、喜びの声をあげた。

 よかったね……きっと望みが叶ったんだろう。


 そして次々と棋譜魔法を受け、喜びの声が上がったり、がっかりした声が洩れたりした。けど、みんな自分が受けた天職の表示を、それなりに納得してるみたいだ。少なくとも泣き出す子はいない。


 そして――遂に僕の番がやってきた。


「それでは頭を出して」


 言われた通り、うつむいて頭を差し出す。と、僕の視界に何か沢山の明滅する光が飛び込んできた。


「う――」

「大丈夫です。すぐに終わりますよ」


 神父様の言う通り、それはすぐに終わった。


「それでは、ステイタス・オープンと唱えて」

「……ステイタス・オープン!」


 僕が唱えると、僕の眼の前に光の四角画面が現れる。

 この画面は僕にも読めるけど、向う側にいる神父さんにも読めるんだ。


「……これは――珍しい…ですね」

「あ、あの――僕の天職は?」

「君の天職は、『測量士(サーベイヤー)』だね」


 ――え?

 ……なに? 測量士って?


「あ、あの……測量士(サーベイヤー)って――なにする人…ですか?」


 僕がそう問うと、神父様は明らかに僕を傷つけないようにと思いやりの笑顔を見せて言った。


「測量士というのはね、建物を建てたり道を作ったりする時に、此処から此処までが何メートルか、とか、水平はちゃんとできてるか――とか、そういう事を調べる人だよ。それが――測量士」


 測量士――?

 それが僕の……天職?


「ふむ……獲得可能スキルは、『測量』『計算』『視像再現』――などか。戦闘スキルはなさそうだね。やはり実用職だ。まあ……私もあまり見たことがない。レア職――って、言っていいんじゃないかな?」


 神父様の作り笑顔が、僕のその天職の価値を物語ってるように見えた。

 ……っていうか――戦闘スキルがない? そんな……


「なんだ、あの眼鏡、測量士だって」

「そんなん、聞いたことねえぞ」

「っていうかさ――別に普通に巻き尺使えば、誰でも測量できるんじゃねえの?」


 最後の言葉に、何人かがギャハハと笑い出した。


「あの眼鏡ヤロー、ハズレ職じゃん!」

「ついてねー奴!」

「まあ、いいんじゃね? あいつ、あの感じだと戦闘職とか向いてなさそうだし」


 僕はその声を聴いてるだけで――涙が溢れてきた。

 と、追い打ちをかけるように、保護者たちの声も聞こえる。


「まあ、うちの子があれじゃなくてよかった」

「しかし……あれはあれで仕事にはつながるんじゃないですか?」

「ハハ、測量するくらいのこと――スキルがなくてもできますからな。どうでしょうか?」


 ――僕の天職『測量士(サーベイヤー)』は……実用職としてもハズレ職なのか?

 僕を見る周囲の眼が、嘲りと憐れみを含んでいるのが判る。涙が出てきた。


「ヒッ……う…ぐす――帰ろう、ジョー爺さん」

「そ、そうですな」


 僕はその場から逃げるように、そこから帰路に着いた。

 帰途ではジョー爺さんも、言葉少なく、天職の事は話題にしなかった。


「さ……旦那様にご報告を致しませんとな」


 ジョー爺さんに促されて、僕は父さんの部屋へと行った。

 ジョー爺さんがノックをすると、低い声が響いてきた。


「どうした?」

「あの、クライン坊ちゃまが、授与式を終えて戻りました」

「――入りなさい」


 広い執務室には、奥の机に父さんが座っている。

 父さんはこのカルレド地域を納める地主――クロスフォード家の当主だ。


 見ると、部屋にあるソファに、義母のガーラとアロガンが座っている。

 二人は僕のことを、敵対的な視線で睨みつけている。


 父さん――クロード・クロスフォードは僕の眼を見ずに、ジョー爺さんに訊いた。


「それで――クラインの天職はなんだと?」

「はい。測量士(サーベイヤー)……で、ございます」


 ジョー爺さんの答えを聞いて、父さんの眼が少しだけ見開いた。

 ――と、ソファからアロガンの笑い声が響く。


「なんだそれ!? そんな天職、聞いたことねえよ? てか、測量? そんなん、誰でもできるじゃん! そいつ、天職までゴミじゃねえか!」

「まあ……それはそれで、いいんじゃありませんこと」


 義母のガーラが、うっすらを笑いを浮かべて父さんを見た。

 父さんが席を立って、こちらに歩いてくる。


 険しいとは言えない――もはや冷たい眼で僕を見ている。

 僕の前に立ち止まると、父さんは言った。


「お前は、もう……この家にはいらん」


 父さん……

 いらない? 僕のこと、いらないって言ったの?


「すぐにでも家から追い出したいところだが、それが醜聞になっても家の名誉に関わる。15歳まではここにいていい。ただし――私の目につくところに現れるな。そして、この家を出たら――クロスフォード家を名乗ることは許さん。いいな」

「ぼ……僕は――」


 僕は涙をこぼしながら、父さんを見た。

 しかし、父さんは僕を怒鳴りつけた。


「いちいち泣くな、うっとしい! クロスフォード家は武門の家柄だ。お前のその泣き癖だけでも、腹が立つ。その上に測量士だ? そんな聴いたこともない天職など、家の恥さらしだ。それくらいのことも判らんのか!」

「まあまあ、あなた。ちょっと物事が判ってないんですよ。仕方ありませんわ」


 そう言って義母のガーラが、うっすらと笑う。とりなしじゃない――完全に、僕を見下した排除の言葉だ。


 僕は背中を向けて部屋から駆け出した。

 泣きながら走った。母さんが――母さんがいたら、こんな風に扱われなかったのに。どうして僕は、こんな風に扱われなきゃいけないんだ!


 僕は気づくと、馬小屋に来ていた。


「レミール……」


 レミールが、長い睫毛の眼で僕を見つめている。

 その眼を見てると――母さんを想い出す。


「一緒に、ちょっと出ようか」


 僕はレミールを馬小屋から出すと、外に駆け出した。

 レミールが、早足で駆ける。風が僕の髪を揺らした。


 涙が風に飛んで流れようとして――眼鏡を濡らした。

 僕は近くの森に入ると、レミールを止めた。


 よく母さんと来ていた泉だ。僕は草の上に寝転んで、息をついた。

 ……剣士になりたかったんだ。


 母さん――クレア・クロスフォードは『剣聖』だった。

 クロスフォード家がそもそも武人の家系として名高い家だったのだけど、母さんはその武技を見込まれて、クロスフォード家から結婚申し込みをされた。


 類稀な剣技――そしてその剣技に勝るとも劣らない美貌。

 クレア・ソルは国中に名前の知れた剣士だった。けど、弟の難病治療の費用のために、名家の跡取りの父さん――クロードと結婚した。


 けど、本当は父さんはその頃には愛人がいて、それがアロガンの母親ガーラだったんだ。僕が生まれた後に、母さんがその事を知って、夫婦仲は悪くなった。だから僕は、生まれてこのかた、仲良くしてる両親を見たことがない。


 そして僕が六歳の時、国の危機となる『魔獣暴走(スタンピード)』があって、母さんは剣聖としてそれを阻止しに向かった。

……危機は回避できたけど、母さんは戻らなかった。


 そしてそれからアロガン母子がやってきて――僕の地獄の生活が始まったんだ。

 

「うっ……ぐす――」


 僕は一人で泣いた。眼鏡を外して、腕で顔を塞ぐ。――せめて剣士になって、母さんのように人の役に立つ人間になりたかったのに……

 けど、泣いてる僕に、ふと母さんの声が聞こえた気がした。

 

「測量士だって――人の役に立つ、立派な職業よ」


 ……そう。きっと母さんなら、笑ってこう言っただろう。

 僕は涙を拭いて、身体を起こした。眼鏡をかけ直す。


「そうだ。きっと、測量士だって、色々工夫すれば、多分、いい天職に違いない。――と、考えると、改めてステイタス・オープン!」


 光の画面が出てくる。やっぱり『天職:測量士』とある。

 ……これは、間違いのないことなんだ。


 天職にはそれぞれ、それに合ったスキルが獲得候補として表示される。

 測量士の獲得可能スキルは――


『測量』『計算』『視像再現』……とか、そういう感じ。ふ~ん、まあ本当に距離を測ったり、その結果を再現したり――とか、そういう事に特化した天職なんだね。


 ……なんで僕、こんな天職なんだろ。面白いかな、これ? 

 ふと、その最後に『スキル測量』という文字がある。


「なんだこれ?『測量』スキルじゃなくて、『スキル測量』スキルってこと?」


 よく判らない。そして見てみると、今、僕が持ってるスキルポイントは3ポイントだ。これに1ポイント使うのはいいのだろうか?


 けど……何か気になる。僕は意を決して、『スキル測量』を取得した!

 実用スキルのスロットに『スキル測量』が入る。よし、これでスキル『スキル測量』が使えるはず。


「よし、『スキル測量』実行!」


 そう言った途端だった。

 僕のステイタスウィンドウが、突然、光り出す。


「え? え!? なに?」


 光が収まると、やっと画面が見える。そこに見える文字は――


『剣術』『槍術』『棒術』『杖術』『双剣術』『長刀術』『抜刀術』『格闘術』『柔術』『手裏剣術』『鞭術』『投擲術』等々――


「え!? 何これ!? 戦闘スキル? どういう事?」


 しかもよく見ると『1ページ目』とある。え? じゃあ…2ページ目は?


『火炎魔法』『水魔法』『風魔法』『土魔法』『光魔法』『闇魔法』『電撃魔法』『磁力魔法』『重力魔法』『氷魔法』『念動力魔法』等々――


 これ! 攻撃魔法の一覧じゃん!

 え……3ページ目もあるけど。3ページ目は?


『治癒魔法』『解毒魔法』『解呪魔法』『解石魔法』『解麻痺魔法』『腕力強化』『敏捷強化』『威力強化』『魔力強化』等々――


「支援系魔法の一覧か――これが『試用測量可能スキル一覧』…って?」


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