第五話 海の嵐
第五話 海の嵐
グアム、アンダーセン基地。いつもと変わらない朝日が昇る中、轟音と共に降りてくる“飛行体”がある。主力部隊のF-22、F/A-18、F-35、E/A-18G。支援部隊のE-3、RC-135、KC-135、C-130。タイヤが滑走路に接地するたびに白煙と衝撃音が響く。機体はエプロンへ自走し、整備員が群がる。C-40からは本土から送られた整備員が降り、いよいよ準備が進む。
グアム全体は普段とは比較にならないほど厳重な警備が敷かれている。憲兵が基地周辺の道路を封鎖し、住民の外出は禁止された。グアム国際空港も閉鎖され、逃げきれなかった民間機は戦争の行方を見守るように佇んでいる。
米軍も馬鹿ではない。嘉手納の戦訓から在日米軍だけではなく太平洋および東南アジアの米軍基地は常時CAP体制となり、常にローカルのF-35A 5機が上空を旋回している。
沖合には哨戒中の艦艇を除く第七艦隊および第三艦隊の艦艇が集結していた。空母を中心に輪形陣を組み、円周上に駆逐艦や巡洋艦が並ぶ。各艦からは短艇が行き交い連絡を取り合う。海面は波立ち、黒鉄の艦隊は静かに呼吸していた。
ーグアム作戦室ー
作戦室内には薄暗い照明と電子機器の音だけが満ちている。
机には太平洋全体が描かれている地図。参謀と司令官は静かに地図を睨む。
「司令官、あなたは正気か?」
「ああ、正気だよ」
「F-16全機を囮に使うとは...安価なものではない」
参謀は荒々しい口調で喋る。
「第五世代戦闘機と戦うとしても、正気が0なわけではない」
司令官も応戦する。そして中国沿岸、龍田基地を指差し、
「敵の戦闘機を惹きつける必要がある。F-22、F-35とJ-20との戦いで万が一損傷し基地に防空警報が発令されれば作戦は失敗する」
司令官は一歩も引かない。トドメに
「反対があるなら、代案を出せ。出せないなら従え、時間がない」
参謀たちは沈黙する。誰も代案を用意していない。
「決定だな」
司令官が言う。
「作戦名は“オペレーション・シーストローム”、海の嵐作戦だ」
ーアンダーセン基地ー
作戦が承認されて間もなく、囮として利用されるF-16戦闘機12機が甲高い音を上げる。
最終チェックを終え、誘導路を進む。
「こちらアンダーセンタワー、ファルコン。風は南東に3ノット。離陸を許可します。この交信を終えたら、アンダーセンディパーチャーに繋いでください」
「こちらファルコン。離陸許可を確認、風は南東に3ノット。交信を終え次第アンダーセンディパーチャーに繋ぎます。シーユー!」
「シーユー!」
エンジンノズルが縮まり、まもなくアフターバーナーが起動し1機、2機と離陸していく。続いてF-22、F-35の主力攻撃部隊、最後にE-3早期警戒管制機が離陸。
「こちらはE-3、A部隊およびB部隊へ。現時刻より貴部隊の指揮は我々が執る」
A部隊というのは囮部隊、B部隊は主力部隊の隠語である。
ーグアム司令部ー
穴だらけと思われたこの作戦だが、まだ重大な穴が残っている。空中給油だ。
この作戦に投入される空中給油機はKC-135、ステルス性能はないに等しい。その上、給油機が破壊されれば作戦全体が崩壊する。
「B部隊への給油が問題だ。給油機一機だけが低速で飛行していたら怪しまれる」
「その上、即座に戦闘体制に移れるという保証もない」
皆が悩んだが、誰かが発する。
「A部隊を一時的にB部隊の上空に配置し、B部隊に給油すれば怪しまれない。その間に中国が来ればA部隊が対処できる」
「それは危険だ。一時的にステルスを捨てることになるぞ?」
他の参謀が反論する。が、司令官が言う。
「その案で行こう。それ以外に適案は存在しない」
「正気ですか!?」
「正気など、とっくに捨てたよ。でなければ人の命を扱えん」
ー西太平洋上空ー
F-22、F-35からなる主力攻撃部隊、B部隊は闇に溶け込むように進む。
「こちらE-3、もうすぐA部隊がそちらまでいく」
「何を言っている?なんのための囮だ」
「司令部からの命令である。給油の時だけだ。」
「...了解」
「安心しろ、中国軍機はまだ捉えていない」
数分後、KC-135とF-16がB部隊の元まで着く。
給油機のブームが伸び、一機、一機と給油が行われていく。
B部隊への給油に支障はなく無事に給油は終わった。一機ずつ離れ、攻撃隊は再び闇に消える。
「こちらE-3、中国軍機を確認。J-20と判断。位置は西北西63kmの地点に10機。目標はA部隊」
F-16のパイロットが笑う。
「今来てよかったな。俺らには運がついている」
「ああ、だが逆に運が悪い」
「全機ロックオン...ファイア!」
AIM-120を全機2発、計24発を発射。初発は全機が回避。想定済みだ。
今度はJ-20が発射。F-16も回避行動を取りフレアをまく。両陣営とも損害はない。
その時、J-20は10機のうち2機が別針路を取り離脱した。
「B部隊がバレたか!?」
「いや、針路が違う。グアムに向かっている?」
「いや、それとも微妙に違う」
囮部隊は戸惑いつつ、3機を離脱。8対9の戦いとなった。
ー別働隊ー
離脱したJ-20の後ろをF-16がとらえる。
「性能は知らんが、上から奇襲をするだけだ」
「前回の嘉手納でも似たようなことがあったそうだ。何が起きてもいいよう警戒しろ」
その間もJ-20は針路を一切変えない。
「待て、この針路...KC-135を狙っていないか?」
「ああ、ありえる」
「だが攻撃したところで何になる?」
「陽動か、はたまた戦果狙いか」
「どうだろうと、奴らを撃破すればそれでいい」
「敵機、動きなし。ロックオン、発射!」
F-16 3機、各機4発を発射した。
一切針路を変えず、数秒後に2機とも炎となり落ちる。
「パラシュートは?」
「いや、確認できなかった」
「何がしたかったんだ?」
「こちらA部隊別働隊、KC-135へ。異変は確認されたか?」
「こちらKC-135、異変なし」
「こちら別働隊隊長、本隊へ。目標を撃破。だが行動がおかしい、本隊にも十分注意されたし。我々もすぐに向かう」
「了解」
ー囮本隊ー
空は青い。だがここは炎に包まれる。
米側はJ-20を2機落としたがF-16は3機失った。
「まずい...」
「もうすぐで別働隊も来る!耐えるんだ」
第四世と第五世代が渡り合えているだけで善戦している。だが、再びE-3より通信が入る。
「こちらE-3、増援のJ-20を5機探知。これ以上の戦闘は不利である。帰投せよ」
「こちらA部隊隊長、了解」
F-16は一斉に針路を変える。J-20は少しだけ追撃する仕草を見せたが増援部隊を含め反転した。
ー主力攻撃隊ー
撤退戦が行われている遙か西、眼に見えない主力攻撃隊はすでに中国沿岸に迫っていた。
「そろそろか...『こちらB部隊長、司令部へ。中華の目覚めは眼下にあり』」
『中華の目覚めは眼下にあり』とは暗号であり、「接敵なく中国の領海に侵入。状況は良好なり」を表す暗号だ。
数分もしないうちに陸地が見える。目標は龍田基地。中国の主力攻撃隊が集結しており、第一攻撃目標としては最適だった。
まもなく、隊長が連絡を入れる。
「本作戦で第二次攻撃隊は存在しない。1機も失わず、速やかに敵基地を爆撃せよ。ECMを発動する、グッドラック!」
編隊はECMを発動し、ブレイク。眼下に迫る龍田に攻撃しようとしている。
F-35、3機小隊が滑走路へ向かう。
「3、2、1...投下!」
500ポンドJDAMを1機3発ずつ投下する。
まもなく、滑走路は大爆発を起こし大破。破片が舞い上がり、火柱が立つ。滑走路は使用不能となった。
続いてF-35の小隊が駐機場に迫る。ガトリング砲を発射し、駐機中のJ-20や空警600、J-15が次々と破壊され大炎上する。続いてF-22が管制塔や格納庫、誘導路めがけミサイル及びガトリング砲を発射。管制塔は根本から折れ倒壊。
たった数分で龍田基地は沈黙した。
隊長機が反転、それを見た各機も反転し撤退する。
数分後、ECMを解除する。
「こちら隊長機。『獅子は沈黙す』」
ーアンダーセン基地ー
「司令!上空に機影24機、全機無事です!」
「おお!」
A部隊は先に帰投しており、撃墜された機体とパイロットの救助も終えられていた。
攻撃部隊は今、アンダーセンに戻る。
「よくやった」
司令が小さな声で言う。
全機、着陸を終え誘導路をゆっくりと進む。その姿は凱旋している騎兵隊のようだ。
作戦室に報告が入る。
「本任務における我が軍の被害、F-16 3機。なおパイロットは全員救助。龍田基地、滑走路、格納庫、誘導路、管制塔撃破。駐機中の機体、戦闘機を含む20機以上を撃破。完全回復まで最低で1ヶ月。人員2000のうち死傷者570以上」
司令官が問いかける
「J-20全体の配備予定数はどのくらいだ?」
参謀が答える。
「諜報員によれば現時点で70を配備、最終で200機以上を予定していますが最低で6年はかかります。ただし、総動員を行わない想定ですが...」
「わかった、ありがとう」
「よし、各員を鼓舞する。総員を第一エプロンへ集めよ」
ー第一エプロンー
さすがは世界一の軍事国家。規律の良さが現れ、ものの数分で数百人もの人員が整列する。
司令官が前に立つ。
「諸君、任務ご苦労であった。もちろん、この言葉はパイロットだけでなく管制官、整備員、補給、警備、全員に向けてのものだ。君たち一人一人によって本作戦は大成功を収めた」
司令官は一人一人を見るように話す。
「本オペレーション・シーストロームにおいて、我が軍の被害が軽微であったことは偶然ではない。日頃から厳しい訓練を受けてきた君らの腕によって作られた勝利だ。これから戦闘は激化する。このアンダーセンは最前線となりえるだろう」
一拍おき、力強く言う。
「君らは決して弱くない。自分を誇れ、自分を信じろ。これからも諸君らの活躍を祈る。そして、無事に家族の元へ帰られるよう、心から祈願する」
最後の言葉が発せられると、隊員らは声を上げた。
作戦室にもどり参謀がつぶやく。
「士気は上がりましたね」
司令は窓の外を見つめながら返す。
「彼らは最前線にいる。悲しいことだが、いずれ慣れてしまうだろう...今のうちから慣らしてやらんとな」
グアムの空にはまだCAPのF-35が旋回している。
戦争はこれから激化していくばかりだ。




