第9話 リニア新幹線
俺とハルちゃんは、新大阪行きのリニア新幹線に無事乗り込むことができた。
幸いなことにアレックスが乗車した気配はない。
彼が生きているか死んでいるかは知らないが、とりあえず振り切る事には成功したようだ。
夏休み期間中にもかかわらず指定席が横に二つ空いている場所があって、ハルちゃんが指定席料金を支払ってくれた。まことにもって面目ない。
「ねえ、ほんとにそれ全部食べるの? ボクは自分で買った手毬寿司しか食べないからね」
『ちょっと、引くんだけど』
ハルちゃんは俺の横に座ってあきれ顔だった。
確かに、普段はこんな組み合わせで飲み食いすることはない。俺の目の前の折り畳みテーブルには、3つの缶入り飲料と2つの弁当が鎮座していた。飲料は、ピーチミックスの『ネクタリン』、ホットチョコレートの『うふふ』、チーズ味の『カロリーフレンズ』。そして、弁当は豚ロースの辛子味噌焼き丼とメガ盛り唐揚げ弁当だ。
重い金欠病にかかっているので出費が痛かったが、理性的な判断ができない状況に俺は追い込まれていた。
「いや、なんか空腹で死にそうなんで。普段はこんなに食わないんだけど」
俺はそう言いながら、早速『カロリーフレンズ』を一気飲みした。どろりとした飲み口だ。細胞の隅々に栄養がいきわたっていくような気がする。
「ぷはあ~」
次に『うふふ』をゆっくりと飲み干す。チョコレートの甘さが心地よく、血糖値が正常に戻っていく感じがした。
「ねえ、そんなの飲んで、逆に喉乾かない?」
『夏場にホットチョコレートとかボクには無理。そもそも。なんで今の季節に自販機で売ってるのか意味わかんないだけど』
「いや、確かに普段はチョイスしないんだけど、こいつのせいで身体がひたすらカロリーを欲してるんだよ」
俺は天逆鉾が入っている膝の上のトートバックを軽くたたいた。
『ごめんなさい』
「ふ~ん」
『やたら辛そうに見えたのは魔法を使ったせいなんだ』
幸い俺の身体は、まだシワシワになっていなかった。ともかく栄養を取って身体を休める必要があると、俺の本能は告げていた。
続いて豚ロースの辛子味噌焼き丼の蓋を開けて、一気にかきこむ。
「はやっ!」
普通のごはん茶碗二杯分以上ありそうな丼ものは、みるみるうちになくなった。
『こんだけの食いっぷりになると、むしろ清々しいね』
ハルちゃんにしてみると、どろどろしたドリンクは生理的に受け付けないが、モリモリ食べる男の子は好感度が高いらしい。俺はハルちゃんの方を向いて笑顔を見せた。
『やだ、ほっぺにご飯がついてる』
「ご飯粒がついてるよ」
「えっ?」
俺は頬をまさぐると、ご飯粒を見つけ出し、口に入れた。
『やだ、ちっちゃい男の子みたいでかわいい』
可愛いと思われたのは何年ぶりだろう? 俺は照れくさくなって視線をそらしつつ、丼ものが終わったので、メガ盛り唐揚げ弁当に移行した。
「ハルちゃん、天逆鉾で知ってることを改めて教えてくれる?」
「いいよ」
『何から話そうっかな』
リニア新幹線は滑らかに加速していて、車内はとても静かだった。
「天逆鉾が、天孫降臨の際に地上に持ち込まれた神具らしいってことは話したよね」
「あ、うん」
『天孫降臨ってなんだっけ?』
「瓊瓊杵尊は、日本を平定した後、二度と鉾が振るわれることがないようにとの願いを込めて九州の高千穂峰に天逆鉾を突き立てたんだって」
『あっ、やっぱり、戦争にも使ったんだ』
『ええ、使いましたよ。いろんな形で』
天逆鉾が俺とハルちゃんの会話に割り込んでくる。
「まあ、伝説はともかく、奈良時代にはすでに高千穂峰の山頂に刺さっていたらしいよ」
『もっと、前からですね』
「伝説の真偽がわからなくても、恐れ多くて山頂の鉾を触ろうとした人間はいなかったんだ。でも、幕末に新婚旅行で九州を訪れた坂本龍馬が、何を考えたか引き抜いたらしいよ。まあ、すぐに元に戻したらしいけど」
頭の中に歴史の教科書か何かに載っていた坂本龍馬の写真が浮かんだ。
『あっ!』
それは夢の中に出てきた黒い着流しのサムライそっくりだった。
彼は天逆鉾を握った瞬間、『物の怪の類じゃの~、こりゃ~』とつぶやいていた。
「そうなんだ」
「うん、このエピソードはお姉さんにあてた竜馬の手紙に書いてあったそうだよ」
『びっくりだ。天逆鉾を握った瞬間、その正体に気づいたということは、坂本龍馬はテレパシー能力者だったということになる』
『ええ、久しぶりに能力者に会えたのに、あっさり元に戻されて物凄くショックでした』
「でね、オリジナルの天逆鉾はその後、火山の噴火で折れちゃったらしいんだよ。柄の部分は地中に埋まって、刃の部分は島津家に回収された後、転々と人手を渡ってしばらく行方不明になっていたんだ。以上がボクの知っている天逆鉾に関する知識だよ」
「ありがとう。教えてくれて」
『すごいです。概ねあっています』
「いいえぇ」
『感謝されちゃった。人の役に立つって、うれしいな』
俺が見た夢は、天逆鉾の記憶をたどるものだったわけだ。
それにしても、天逆鉾とは一体何なんだろう。そして、何が目的で、なぜ急にテレパシーで全世界に自分の存在をアピールするような活動を開始したんだろう。
メガ盛り唐揚げ弁当も平らげた俺に、急に睡魔が襲ってきた。
『あどけない寝顔だなぁ』
ハルちゃんの心のつぶやきが聞こえて、おれの意識は徐々に現実に戻ってきた。
どれくらい眠っていたんだろう。
『あれ、目が覚めた?』
俺はハルちゃんの肩に頭をのせて眠っていたらしい。ちょっと馴れ馴れしすぎた。
俺は慌てて体を起こすと、手の甲でごしごしと瞼のあたりをこすった。
『あっ、ダメ、かわいすぎる』
「おはよう」
俺は照れくささを感じながら、ハルちゃんの目を見てあいさつした。
ハルちゃんは優しい目で俺を見返した。
『あっ、ダメ、見とれてる場合じゃないんだった』
「あのね、起きたばかりのところ悪いんだけど、ちょっと嫌な話をしてもいい?」
「うん」
本当は嫌な話は後にして、是非見とれていて欲しかった。
「ネットニュースを見てたらね、例のゲイボルグの男、警察に捕まらなかったみたい」
「そうかぁ」
覚悟はしていた。きっと、あいつは俺たちのことを追いかけてくる。次回、襲撃されたらどのように身を守ればいいのだろう。せめてハルちゃんだけは守らないとだ。
「リクくんてさ、随分と優しいんだね」
『へっ?』
急に投げつけられた言葉に俺は困惑した。
無関係な女の子を連れまわした挙句、金銭面でも世話になっている。見方を換えれば質の悪いヒモみたいな男というのが優しいと言われた本人の自己評価だ。
「あれだけ酷い目に遭っても、随分と相手に手加減してたよね」
「いや、本気だったんだけど」
殺されそうな状況で手を抜く余裕なんかあるわけがない。
「だって、防御ばかりで自分から攻撃を仕掛けようとはしなかったから」
確かに俺が習っている少林寺拳法では守主攻従の精神がうたわれているが、俺自身は、まだその精神に染まっていないはずだ。
『だって、あの壁みたいなのや釣鐘みたいなのを作れるなら、攻撃することだってできたはずだよ』
確かにハルちゃんの指摘したとおりだ。ほんわかしてて能天気なだけだと思っていたけど、ハルちゃんは意外と鋭い。
「そうか……」
逆に、俺がうまく能力を活用して、アレックスを倒していれば、警官たちの犠牲も出なかったということだ。
「あっ、ごめん、言いすぎちゃった? 気にしないでね」
『嫌われちゃったらヤダな』
「いや、ハルちゃんの言うとおりだよ。俺、気が弱いところがあるから」
格闘技をやっているくせに俺は多分相手を壊すために本気で殴ることはできないだろう。練習では寸止めとか当て止めとかが中心で、本気で当てるのはお互いに防具をつけているときだけだ。まあ、事故防止のために、それが当たり前ではあるのだが。
「そんなことないよ。ボクのことを何度も守ってくれたじゃない。勇気があると思うよ」
『本当に感謝してるんだから』
「ありがとう」
俺は弱々しい笑顔をハルちゃんに向けながら、天逆鉾の能力を戦いで生かすためにはどうすればいいか真剣に考えていた。




