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第10話 カサンドラ

 新大阪駅に着いたのは、それからすぐのことだった。

 大量のカロリー摂取と睡眠で、本調子とまではいかないまでも、だいぶ回復していた。

 せっかく大阪に来たのだから、大阪城を見物したり、テーマパークで遊んだり、グルメ三昧をしたりしたかったが、アレックスがいつ追いつくかわからないので、さっさと飛行機に乗り換えて九州に行くしかない。

 俺とハルちゃんは無機質な美しさを誇る広大な新大阪駅で、人ごみを縫うように歩いていた。

『ほんま、今日はあっついわ~』

『おみやげ、ぎょうさん、こうたるでぇ』

『乗り換え分かりづらいな、この駅』

『なんや、あのどんくさいやつ、とうきょうもんか?』

 飛び交う心の声も関西弁が多い。

「ごめん、ハルちゃん、ついてきてもらっちゃって」

「いいって、いいって、もうその話は、なしだよ」

『気にするな~。義理堅いタイプなんだな』

 そうは言っても、安くない交通費を丸々立て替えてもらって、気にしない方がおかしい。

「ありがとう」

 俺は、今日だけでも何度目かの感謝の言葉をハルちゃんに送ると、伊丹空港への経路を眼鏡に投影したまま、道を急いだ。

 大阪も温暖化の影響で大阪湾が広がっており、伊丹空港に行くには鉄道ではなく、連絡船が便利だった。俺たちは新大阪駅の階段を下り、大阪の街に降り立った。

 むわっとした熱気と、自動車の排気ガスの臭いと、強烈な日差しが、俺たちに襲い掛かった。リニア新幹線の快適な空調に慣れた身体には厳しい暑さだ。

「うわ~、暑いねぇ。なんか冷たい飲み物が欲しくなっちゃうよね」

『スムージーのお店とかがあるといいんだけどな』

「じゃあ、なんか買う?」

 そういう俺のおなかの調子は、あれだけ飲み食いしたにもかかわらず飲み物でも食べ物でもいけそうだった。

「ちょっと、検索してみるね」

 ハルちゃんはそう言って、携帯端末をいじくると、顔をほころばせた。

「あった、あった、すぐ近くに美味しいスムージーの店があるらしいよ。ボクについてきて」

 それくらいの寄り道なら問題ないだろう。俺はハルちゃんの後についていった。

 そんな俺たちの行く手を、背の高い若い女性がふらりと遮った。いかにも女性らしい体形で、スタイルの良い、長いストレートヘアの女性だった。白いフリルの襟のブラウスに、黒のレギンス、ヒールの高い靴を履いている。

 一瞬、日本人かと思ったが、抜けるような白磁の肌に高い鼻梁、鳶色の瞳にブルネットの髪の欧米人だった。年齢は二〇代前半といったところだろうか。かなりの美女だ。

 眼鏡はフレームレスタイプで、腕の携帯端末は、機能性よりも装飾性を重視した細い銀色のブレスレットのようなタイプだった。左手の人差し指にアンティークな金色の指輪をはめ、肩にはブランド物のボストンバッグをかけている。旅行者らしい。

「ごめんなさい、伊丹空港にはどうやって行けばいいのかしら?」

『ヤバい、外国人だ』

 先を歩いていたハルちゃんの心のつぶやきが聞こえた。嫌な予感がする。

「オー・ソーリー、ウィー・アー・ツアリスト。アイ・ドン・ノー・ウェル。アイ・シンク・イタミ・エアポート・イズ……」

 俺は頭を抱えた。

 俺と出会った時の失敗を学習していない。今、話しかけてきたのは日本語じゃないか。

「ごめんなさい。私、英語は苦手なの。日本語でお願いできるかしら」

『あっ、またやっちゃった!』

「ごめんなさい!」

「伊丹空港に行くには連絡船が便利です。俺たちも伊丹空港に行くんで、よかったら一緒にどうですか?」

 たまらず、俺がフォローした。

『うわぁ、リクくんて親切』

「助かるわ。お願いできる?」

 女の人は、こぼれるような笑顔を見せた。

『キレイなお姉さんだなぁ……ん? ひょっとして、リクくんてば親切じゃなくて、下心?』

 慌ててハルちゃんの方を見ると、じっとりとした視線が俺を見上げていた。

「困ってる人は助けなくちゃだよね」

 俺は思わず、言い訳した。

『ホントかなぁ』

「私はカサンドラ。あなたたちは?」

「珊瑚島リクです」

「私は、ハルです」

『リクくん、自己紹介フルネームなんだ。相手はファーストネームだけしか言ってないのに』

 ここまでのやり取りで俺は何か得体の知れない不安を感じはじめていた。ハルちゃんに対してではない。カサンドラさんに対してだ。優しい笑顔を浮かべるカサンドラさんの心の声が、何故か全く聞こえないのだ。心の声と発言がタイムラグなく完全一致している場合とも違う。その場合は、ハモって聞こえるはずだ。

「あなたたちは伊丹空港からどこにいくの?」

「九州の宮崎です」

「あら、奇遇ね。私も行先は宮崎よ。日本神話に興味があるの」

『えっ、ひょっとして、ボクと趣味が同じ人?』

 ハルちゃんの瞳が急にキラキラ輝いた。

「あの、俺たち、飲み物を買いに行くところだったんですけど。いいですか?」

『あっ、ちゃんとボクのことも忘れてない。よかったぁ』

 一瞬、斜めになりかけたハルちゃんの機嫌が回復してきた。 

 しかし、カサンドラさんの心の声は依然として聞こえない。テレパシーに相性とかあるのだろうか、何にしても初めての経験だ。

「いいわよ。私もせっかくだから大阪名物のたこ焼きでも買おうと思っていたから。一緒に行きましょう」

 こうして俺たち三人は、新大阪駅前から、近くの繁華街に足を踏み入れた。

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