第7話 ゲイボルグ
「お巡りさんたち、大丈夫かな」
『殺されたりしないよね』
「プロだから、何とかするんじゃないかな」
『何とかしてもらわないと困るんだけど』
俺とハルちゃんは上野駅に駆け込むと、とりあえず、山手線のホームに走り、方面は気にせずに来た電車に飛び乗った。どこに行くかは決めていないが、ともかくアレックスから逃げ切ることが先決だ。
車内は二人で並んで座れる程度には空いていたので、俺は崩れるように座席に腰を下ろした。
ハルちゃんが隣に座る。
『あいつ、何を握ってるんだ? 刃物じゃないだろうな』
『随分慌ててるな。なんかあったのか?』
周囲の心の声が聞こえてきたので、俺は天逆鉾をトートバックに突っ込んだ。
『あっ、暗いところは嫌いです』
天逆鉾は女性の声で苦情を申し立てたが、無視した。
『まず、お前の能力、あれは一体どういう能力なんだ?』
『私は、直接触れている無生物の分子構造を操ることができます』
まずは状況を理解することが大切だ。俺は心の中で天逆鉾に語り掛けた。
『生き物はだめなのか?』
『はい、生命体に直接効果を及ぼすことはできません』
『金銀財宝思いのままとは?』
それは俺が思わず『久遠の契り』とやらをしてしまった理由、そして、恐らくアレックスが人殺しを厭わないほど天逆鉾に執着している理由だ。
『私が能力を回復すれば、特定の元素を水中や空中から収集することができるようになります。私の能力の活用方法はいろいろあると思うのですが、以前、契りを結んだ方は、海水から黄金を抽出したり、大気中の二酸化炭素から炭素を分離して金剛石を生成したりしていました』
『海水から黄金? 塩水から一体どうやって? 塩を生成するのならわかるけど』
『海水には微量の金属元素が溶け込んでいます。黄金は海水二万トンにつき一グラムの割合です。この惑星全体ですと五〇億トンになります』
「最強じゃん!」
興奮した俺は思わず、口に出していた。
五〇億トンなんて想像もできない量だ。事実上、無尽蔵に黄金が手に入るのであれば、今後の人生で金の心配は全くなくなる。
「ねぇ、リクくん、どうしたの?」
『何一人でブツブツ言ってるんだろう』
ハルちゃんが怪訝な顔を俺に向けていた。
「いや、御免。大丈夫」
俺は適当にごまかそうとした。
『何だろう。怪しいな』
ハルちゃんは丸い目を細めた。
『ところで、金剛石って、何?』
『別名、ダイヤモンドです』
俺は叫び声を呑み込んだ。
『うそ』
『嘘ではないです』
ダイヤモンドは炭素の結晶で人工的につくることはできる。しかし、高温高圧の環境が必要で生成には相応のコストがかかる。それが無料で作れるなんて!
材料の二酸化炭素も地球温暖化防止対策のためには年間一〇億トンの削減が必要といわれているくらいだ。空気中に無尽蔵にあると言って良い。
グラム単価は、黄金とは比べ物にならないくらい高いはずだ。これが事実なら、俺は世界一の金持ち確定だ。あくせく働く必要もなく、水上マンションとはおさらばして、田園調布や白金台の一戸建てで毎日好きなものを食って暮らすことができる。多くのメイドさんを雇って、ゲームや漫画、映画や音楽を好きなだけ楽しむことができる。
夢のようだ。
おまけに、地球温暖化を食い止めて、沿岸部の土地を回復したり、親父の故郷を復活させることだってできるだろう。地球を救うヒーローだ!
……いや待て、どうも話がうますぎる。今の話が全て本当だとしたら、以前契りを結んだ人たちはどうなったんだ?
地球温暖化の話は別にしても巨万の富を築いているはずだし、天逆鉾も旧家の蔵の中で埃をかぶる羽目に陥らないはずだ。今の話には何かトラップが仕込まれているのではないだろうか。
俺は三回も見た同じ夢の内容を反芻した。
『金銀財宝思いのままなぞ、嘘ばかりじゃ』
『物の怪の類じゃの~、こりゃ~』
そして、ミイラのように生気を失った男
『あのさ、今の話はほんとにホント? 前の持ち主たちはどうなったの?』
黄金やダイヤモンドを手にできるという話自体が虚偽かもしれない。
『最初に確認しておきますが、契りを結ぶことと所有することは同じではありません。私の能力を活用できるのは久遠の契りを結んだ方だけです。そして、一定水準以上の精神感応力がないと契りを結ぶことはできません』
俺は他人の心をある程度読むことができる。いわゆるテレパシー能力、精神感応力だ。だから、俺は天逆鉾の能力を使えるが、普通の人間は天逆鉾を所持していても宝の持ち腐れということか。公家のおっさんが怒っていた理由には納得がいった。彼には精神感応力がなかったのだろう。
しかし、夢の後段は?
人語を解する鉾なんて確かに妖怪変化の類だと思うけど、ミイラ化した男の意味するところは何だろう?
『過去のパートナーでミイラのようになって死んだ男がいなかったか? あれは何なんだ?』
『私の能力を行使するためには生命エネルギーが必要です。あれは能力の使い過ぎによるものです』
『おいおい! それじゃあ世界一の金持ちとか無理じゃん。おまけに、俺は金銀財宝とは全く関係ない場面で能力を使いまくっているし、この異常な疲労感の原因はそれかよ!』
『否定はしません』
『とんだ、疫病神だ!』
『失礼ですね』
女性の声にムッとしたような響きが混じる。
『で、アレックスだ。あいつは何でお前のところにやってきたんだ?』
金儲けの能力が本当だとしても、あいつに殺されてしまっては意味がない。
『貴方と同じですよ。私は惑星全土にメッセージを送りました。彼はそれをキャッチしたんでしょう』
『惑星全土! 関東近県とかじゃないの?』
『違います』
一体、何人がメッセージに反応したんだろう。アレックス以外にも天逆鉾を求めて動いている奴がいる可能性が大だ。
『だが、俺が受け取ったメッセージだけだと国立東京博物館という場所は特定できなかった。ネットで企画展の広告をたまたま目にしてなかったら、こうしてお前と出会うことはなかったはずだ』
『そうですね。彼のテレパシー能力は、あなたに比べかなり高いようです。彼は、私が発しているテレパシーで居場所の特定が可能なのだと思われます』
『じゃあ、あいつは、いつまでも追いかけてくるのか!』
『はい、追跡は可能だと思われます』
警官が逮捕、拘束してくれていればいいが、取り逃がしたりしていたら洒落にならない。
『あのさ、ダイヤモンドの話が本当なら、ここにちょっと出してくれない? 俺が死なない程度で。そんで少しの間お別れしよう』
『特定の元素を水中や空中から収集する能力は現時点では行使できません。欠損部分を取り戻し、能力を回復する必要があります。それに、なぜお別れするのですか?』
『俺の安全のためだけど。アレックスみたいな奴に命を狙われてたらシャレにならない』
『そうですか。私と離れても命を狙われることに変わりはありませんよ』
『はぁ? 何で?』
意味が分からない。
『私の能力を使えるのは、先程説明したように契りを結んだ方だけです。そして、契りを結ぶ方は一人に限られ、死が二人を分かつまでそれは続きます』
『ていうことは、俺が生きている限り、他の奴らは能力を回復したお前を手に入れても金やダイヤを手にすることができないのか』
『そのとおりです』
『じゃあ、俺は生きてる限り、ずっと命を狙われちゃうじゃん』
とんでもないことになってしまった。
『そのとき、私がいないで、どうやって身を守ります?』
『すげぇ、騙された気がする』
『そんなことはありません』
『まさかアレックスよりヤバい奴はいないだろうな』
アレックスだけでもおなかいっぱいだというのに。
『人間の方はわかりませんが、彼が手にしている金属生命体は戦闘能力的には最強クラスです。地球人たちにはゲイボルグと呼ばれていますが』
「ゲイボルグ……」
どこかで聞いたことがある名前だ。俺は、思わず、口に出して呟いてしまった。
「どうしたの?」
『さっきから、一人でブツブツなんだろう。ゲイボルグって言ったような気もしたけど』
そうだ、ハルちゃんはとっても物知りだ。
「ハルちゃん」
「ん? 何?」
「ゲイボルグって、知ってる?」
『何だろう、急に』
「知ってるけど。ケルト神話に出てくる伝説の英雄クーフーリーンの槍で、投げれば百発百中、敵を倒すと手元に返ってきたそうだよ」
さすがだ。
「オーディンのグンニグルや、トールハンマーみたいなやつ?」
「うん、でも、他の伝説の武器に比べて凄いのは、先端が枝分かれして同時に三〇人の戦士を倒すことができたそうだよって……えっ、ひょっとして」
『さっきの外人さんが持っていた武器って、ゲイボルグ! すごい! 神話の世界だ! あの外人やリクくんて一体何者?』
「ねぇ、リクくんて何者? ひょっとして魔術結社の人かなんか?」
「そんな怪しい設定の人間じゃないよ。少なくとも今朝までは普通の高校生だった」
『ほんとかな?』
確かに少し普通じゃないところもあったかもしれない。
「で、これからどうする? どこか警察署で事情を話して保護してもらう? 天逆鉾も博物館に返さなきゃいけないだろうし」
ハルちゃんの提案は、至極まともなものだったが、気が進まなかった。
そもそも警官が苦手ということもあったが、俺なんかを二十四時間体制で守ってくれるわけがない。天逆鉾を手放したら命の危険が増すだけだ。
「どうしよう……」
『それについては提案があります』
『?』
『現在の私の姿では本来の能力を発揮しきれません。柄の部分を探し出して修復すれば、能力が大幅にアップしますし、エネルギー効率も格段に向上します。その能力を活用すればゲイボルグなど目じゃありません』
『柄の部分て、どこにあるの?』
『山の中です』
何、ガキみたいなことを言っているんだ、こいつは!
『日本中、山だらけなんですけど』
『あなた方の世界の固有名詞がわからないのです。方角は西の方です。火山の噴火で損傷し、私の半身は火山灰に埋まっています』
夢の中のビジョンで見た通りというわけか。
「ねぇ、ハルちゃん。天逆鉾の柄の部分て、どうなったか知ってる?」
「ん? 言い伝えによれば柄の部分は九州の高千穂峰の地面の中だよ」
「遠すぎ!」
「それよりも、どうするのリクくん。どこで電車下りる? 警察署が駅から近いのはね……」
『まったく、ボクの質問にまともに応えないんだから』
ハルちゃんは、腕時計型の携帯端末で検索を開始していた。
「あのね、ハルちゃん。すごく変なことを言うけど、とりあえず聞いてくれる? 実は天逆鉾なんだけど」
「うん、何?」
『ようやく、まともに会話する気になってくれたか』
「実はさ」
俺は周囲に視線を走らせた。
『警察がどうしたこうしたとか、あの人、犯罪者なのかしら』
『天逆鉾って、なんだ?』
『あの二人、付き合ってるのかな』
周囲が俺たちに注目していることをひしひしと感じた。
俺はハルちゃんに顔を寄せ、声を潜めた。ハルちゃんの頬から体温を感じたような気がして、ドキドキする。
「変なこと言うけどさ」
「いいから、話してごらん」
『もう、じれったいな』
「天逆鉾には意志があって俺と心の中で会話してるんだ」
『あっ、ひょっとして、リクくんて残念な人?』
「え、えーと、そうなの?」
「さっきの壁を作ったりしたのも、すべて、天逆鉾の能力なんだ」
『ん? リクくんが魔法使いなわけじゃなくて、天逆鉾がマジックアイテムなの?』
「そ、そうなの?」
「実は、さっき触ったことで利用者登録されちゃって、不思議な力を使えるのは俺だけになっちゃったらしい。それで、俺が死なない限り、他の人間は利用者登録できないらしい」
『これで話が通じるかな』
「だから、殺されそうになったの?」
『ボクはてっきり、目撃者の口封じかと思ったよ』
『よし、いいぞ』
「うん。さらにマズいのは俺の命を狙うのは、さっきの外人の他にもいるかもしれないってことなんだ」
『何の根拠で? 被害妄想かな?』
「どうして?」
『う~ん、あまり俺の秘密には触れたくないな』
「天逆鉾が、テレパシーを使って自分の存在を世界中にアピールしたらしいんだ。さっきの外人がやってきたのも、それが理由だ」
『魔法の次はテレパシー? なんかついていけなくなってきた』
「ほえ~」
『ハルちゃんが変なリアクションしてる。ダメだ。もっと説明しなくちゃ』
「超能力を使える人間は天逆鉾の居場所をテレパシーで追跡できるらしい。だからね、ハルちゃん。俺と一緒にいるとハルちゃんも危ないんだ。ここでお別れした方がいい」
『えっ、別れるって、何? 私たちそもそも付き合ってたっけ? それよりも、リクくんたら、これからどうするつもりだろう?』
「それで、どうするの?」
「天逆鉾が言うには、欠損している柄の部分を見つければ能力がアップして、ゲイボルグにも勝てるようになるらしい。だから、さっき教えてもらった九州の高千穂峰に行こうと思う」
「ひとりで大丈夫なの?」
『リクくんて、いろいろ知らなすぎだから心配だよ』
「えっ?」
「いろいろ知らないことが多そうだから、途中まで一緒に行ってあげるよ」
『友達だしね』
「いや、その」
『いろいろ頼りないのは確かだけど、俺と一緒にいると君の命も危ないんだけど』
俺が困惑した表情をハルちゃんに向けると、ハルちゃんは軽く微笑んで携帯端末に指を走らせた。
「今、ここからだと品川下車でリニア新幹線で大阪に行って、飛行機に乗り換えて宮崎に行くのが一番早いルートだよ。夕方には宮崎につくからね」
『ちょっと大冒険ぽいな。わくわく』
俺が呆気にとられながら、電車のドア上のモニターに視線を向けると、次の停車駅は品川駅だった。




