医者
※話の大幅な変更をしました
第二章のスタートです!
ジェイクと清澄が約束の場所へ向かっている頃、一人の男もまたとある場所へ向かっていた──
♦9月3日 20:18
この街の名前は双景市。見上げるほどに高いビルの数々とそれを彩る煌びやかな街灯が目に映るこの街は住居地としても非常に人気で、株や事業で大成功した金持ち達が次々に移住する、そんな街だ。
そしてぼく、琥珀 統牙は今この双景市内にある一つのビルにやって来ている。
外から見えるいたって普通な外見とは裏腹にここはまるで19世紀、貴族の住む宮殿のような煌びやかな内装の受付所で、ぼくは店員に声を掛けた。
「どうも『シーランス』さん。お久しぶり!」
「琥珀 統牙…… あんた前回の来店から二か月ぶりか」
久しぶりの再会に思わず面食らっている彼、『シーランス』はこの先にある"とある場所"の従業員だ。友人からの紹介でぼくはこの場所を知ったが、その友人の癖が強すぎるのもあり今ではすっかり顔見知りになっている。
「もう二度と会わないと思っていたぜ…… それにあんた"医者"なんだからここには来ない方がいいんじゃないか?」
「今日も呼ばれてきたのよシーランスさん。じゃないとわざわざ23階まで登ってきませんって──、ところで磯野はもうこの店に来ていますか」
僕は二人にしか聞こえないような、微量な声で彼に聞いた。シーランスはぼくが何を危惧しているのかを瞬時に察したようで、静かに首を縦に振る。
「情…… いえ磯野は何か変な騒ぎを起こしませんでしたか?」
この僕の質問にシーランスは答えなかった。ただ下唇を噛んだまま、僕から目を合わせない。数秒後、僕の背筋からはシャツが滲むような大量の汗が流れ始めていた。
「今すぐ案内してくれシーランス、あいつの席へッ! 今すぐにッ!」
ぼくの気迫にシーランスは黙ったまま、奥の部屋へと続く扉のもとへ歩き出す。
ぼくは今、彼《磯野》の事で頭がいっぱいになっている。なぜなら彼が暴れ出すのを放置すると、もう誰も彼を止められないから。
(何もしていないでくれよ磯野。じゃないとぼくは、お前と戦わないといけない)
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奥への扉が開かれると、そこは黒を基調としたシックなバーだった。ジャズが流れている落ち着いた空間。 しかし、その雰囲気とは裏腹にぼくの心臓は落ち着くどころか過呼吸寸前までに鼓動が動き続けていた。
(どこだ……ッ! どこに磯野はいるんだ……!)
扉の奥へと足を踏み入れた僕は、先日新調したメガネを介して店内の様子を観察する。そうしてぼくはよく目を凝らし、ある席に見覚えのある人影を見つけることに成功した。
ギラギラした腕輪やピアスにサングラスをした白髪交じりの人相の悪いおじさん…… 間違いない。こいつが、こいつこそが──
「磯野、情ッ!!」
ぼくは磯野の方へと急いで走り出す。その時のぼくに迷いはなかった。
人々の冷たい視線を横目にだんだんと磯野に近づいていく。そして、だんだんと向かってくる足音に、どうやらあいつは気づいたらしい。
磯野は、向かってくる僕の方へと振り向き開口一番こう告げた。
「ずいぶん遅かったじゃねぇかよ! 渋滞してたのぉ?」
緊張感など全くない、どこか抜けているだみ声がぼくの"焦り"の感情の風船をゆっくりと萎ませると同時に、心の奥底から別の感情が湧き出てきた。
「お前なぁ! まじで何なんだよォッ!!!」
「おわッ! いきなりデケェ声出すなよ。心臓がギュってなるぜ…… ごめんなぁ」
僕が激しく憤慨した様子に驚いたのか、磯野から謝罪の言葉が飛んでくる。少し言い過ぎてしまったかもしれないと僕の心に罪悪感が生まれ始める──と、ここでふとぼくにある疑問が浮かんできた。先ほどまでの会話から磯野の様子におかしい所が特に見当たらない。
ならばどうして、シーランスは何かあったかの様な反応をしたんだ……?
「なあ磯野、ぼくが来る前に何かやらかしたりしていないか?」
「あぁ…… やらかしたってわけじゃないけどよぉ、面倒くさいやつならそこに寝てもらってるぜ」
「寝てる──」
僕はとっさに磯野の視線の先を追うようにして床を見る。磯野の座っている席の二つ奥、その席の床に太った男が血を流し倒れていた。
「ナッ!?」
「いや、本当にこいつ面倒くさかったんだよ。そのよ、こいつ俺が"ヤク"売ってるってこと知ってて俺に詰めてきやがったんだよ。で、面倒くさくてヤっちまったんだ。でもギリ生きてる」
そう話す磯野の目にぼくは映っておらずただ、その男だけをじっと見つめている。
「なあ統牙やっぱオレ、ムカついてきたぜぇ。あいつのことぶっ殺してもいいよなぁ?」
まずい。その言葉を聞いたと同時にぼくの全細胞がそう感じた。
磯野は気づいていないが、磯野の中にいる『怪物』が出始めている。一瞬見えた"紅の装甲"は、間違いなく磯野のものだ。
──やるしかない。僕は今決心した。
男のもとへ向かう磯野を右腕で制止させた僕は、磯野の方へ向きそしてこう告げる。
「いや磯野、僕がやつを殺そう。お前がやらずともぼくがやった方が長く苦しむ」
「えそう? ……なら頼んだぜ。ただし絶対に息の根止めろよなぁ」
磯野の要求を聞き流しながら、ぼくは男へと近づいていく。
……しかし、だ。磯野の要求には答たいが、もしも男が死ぬとぼくたちは店を出禁になるはず。ならばどうするのか──
考えるよりも先に、すでに行動によってぼくの答えは出ていた。
「こい、『デスピアー』ッ!!」
その叫びと同時にぼくの『怪物』は出現する。
ムカデの容をしながらも人間の腕が生えている姿をしたぼくのファイターである『デスピアー』。そいつがまず3本の脚で男を拘束し、もう3本は男の右腕、胴体、左足の3か所に注射針を一気に刺す。そして男は痙攣しやがて……
「猛毒によってお前の呼吸、脈、心臓は止まった。ただし、肉体は生きている。"仮死状態"ってやつだ」
そうして泡を吹いて白目を向いてもはや何も聞こえない男を見下ろし、洒落たことを言ったなと余韻に浸っていたのもつかの間、磯野へ「終わった」と告げようと振り向いたその時にそれは起こった。
見るとそこには磯野の他にもう一人、『シーランス』が呆然とした表情でぼくの方を見つめていたのだ。そうして再び、ぼくの背筋は氷水に漬かったような強烈な寒気を覚え始める。
「お前ら、ここで何をして──ッ!」
「やばいずらかるぞ磯野…… シーランスさん、こいつは死んでない。気絶してるだけだからね!」
「おいごら待てや、このクソ医者ぁッ!!」
顔を真っ赤にして怒りに支配されてしまったシーランスから逃げるべく、ぼくと磯野は店を飛び出したのだった。
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──数時間後。
あの後代金だけ置いていきなんとか階段を使って逃げ切れた僕達は、お互いそれぞれ帰路に無事たどり着くことができた。今日のことで礼をしようと電話した僕だったが、その磯野から意外な言葉がこぼれたのだ。
《なあ統牙、オレはしばらくまたヤク売るのに戻るけどよ、統牙はどうすんだ? もしお前がよかったらよぉ……》
そう電話越しにぼくを心配する磯野の声が、ぼくの耳に入ってくる。だがぼくには"成し遂げなくてはならないこと"がある。命に代えてでも成し遂げたいことが。その為にぼくは……
「ぼくは『クロ』を探しに行く」
言葉はもう必要なかった。ぼくはゆっくりと「通話終了」のボタンへと手を伸ばす。
明け方の夜段々と登ってくる太陽の光は、ぼくの未来への道を照らしているような気がした。




