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後編


 

 学園を去った王子様は、眼鏡宰相や弟王子と何やらゴニョゴニョ打ち合わせをしたあと、とある場所へと向かいます。

 そこは、かつて王子様が幾度となく戦争を繰り広げた隣国との交渉の場。

 休戦の協定を更新するための、会席でした。

 

 そこに、王子様は供も連れず、たった一人でやってきます。

 隣国の大臣は驚きますが、同時にこれ幸いとほくそ笑みました。

 

 勧められるがままに交渉のテーブルに着き、お茶をひとくち飲んだ王子様は、途端に倒れ込みます。

 

(……体が痺れる。目眩と吐き気もだ。やはり、毒を入れやがったか)


 そう判断した瞬間、王子様は懐に手を入れ、『それ』を打ち鳴らします。

 王国が発明した、新式の携帯狼煙。瞬く間にピンク色の煙が吹き上がり、空に立ち昇りました。

 

「ふん、無駄な事を……! 嬲り殺しにしろ! 簡単には殺すな!」 


 大臣が指図すると同時に、兵たちが剣を振り上げますが――

 

「ぎゃあっ!」


 王子様が振るった剣の前にたちまち二人が切り倒されてしまいました。

 

「下衆な考えで、致死毒にしなかったのが裏目に出たな。俺はガキの頃から、薬物に耐性を持つように育てられたんだ。こんくれぇの痺れ薬じゃ――俺は止められねえぞ!」


 風を引き裂くように唸る剣閃。それは兵たちを瞬く間に薙ぎ払い、王子様は大臣の懐へと飛び込みました。

 

 叫び声と共に血飛沫が舞い、大臣が倒れ伏します。


「だ、大臣殿がやられたぞ! 殺せ! 仇を討て!」

「血染めの王子を――殺せ!」


 四方八方から攻め寄せてくる兵たちに対し、王子様は果敢に剣を振って抗います。

 その様は、まさしく鬼神の如き凶相。獅子奮迅とは、彼の為にあるような言葉でした。

 

 けれど、さしもの王子も薬で鈍らされた体では、思うように戦う事が出来ません。

 

(……頃合いか。まぁ、あっちの大臣を殺れたんだ。上出来だろ。大義名分も出来た。後は眼鏡と弟に任せりゃ――いい)


 槍や剣が、少しずつ王子様の体を傷つけ、血を滲ませます。

 

(……そうだ、俺は殺しすぎた、恨みを買いすぎた。こうなるのが一番良いんだ)


 そう、初めから王子様は、ここで謀略に掛かって死ぬつもりでした。

 

 弟王子派と自分。誰を次期王に担ぎ上げるかで、宮廷が二分されていたことを、王子様は良く知っていたのです。

 このままでは、国が割れる。内乱も起こりかねない。

 しかも、休戦協定を結んだはずの隣国も、王子様に怨みを持ち、虎視眈々と機会を狙っている。

 

 それに巻き込まれるのは国民です。死ぬのは兵士達です。そして連れ去られ、辱められるのは女子供たち。

 

 傭兵として悲惨な戦場を渡り歩いていた王子様は、その現実を良く知っていたのです。


 どうせ、あのまま王宮で暮らしても、暗殺されるか、弟と殺し合うかの二択。全てを捨てて逃げ出すことも考えましたが、そうなれば晴らされぬ恨みがねじ曲がり、王国に暗い影を落とすだろうことを、王子様は悟っていたのです。


 王国、特に貴族連中には思う事は色々とありますが、それでも王子生活は悪い思い出ばかりではありませんでした。

 

 悪態を吐きながらも、常に自分を支えてくれた眼鏡の宰相。

 出自の事を一切気にせず、兄として親しく付き合ってくれた弟王子。

 突然湧いてでた王子様を信じ、どこまでも付いて来てくれた兵や騎士達。

 身分差にも構わず、学友として接してくれた学園の連中。

 

 そして、何よりも――

 

 

『――王子様!』 

 

 

(……アイツには、もっと相応しい奴が居る。金もあって顔も良い。性格も優しい男だ。優良物件、このうえねえ)


 王子様の頭に浮かぶのは、一人の少女の姿。

 

 いつも破天荒で喧しく、お日さまみたいに快活に笑う……あの娘の笑顔でした。

 

 幸せになれ、幸せになってくれ。


 人を殺し続けた人生。王子様は、自分の最期は惨めに野たれ死ぬのが関の山だと思っていました。


(けれど、アイツ等は。あの娘だけは――)


 それだけを呟きつつ、王子様は剣を振りつづけます。


 本当は、もっと別な生き方をしてみたかった。

 売り買いするのは人の命で得た金でなく、人を笑顔にすることで得たそれでありたい。


 あの娘の綺麗な手を取るのは、血にまみれた指先ではなく、もっと。もっと――――


 それが叶わぬ事と知りながら、王子様は夢見ることを止められませんでした。

 

 やがて、足がもつれ、膝を付き。肩で息をし始めます。

 遂に限界が訪れた王子様に対し、兵たちは各々の武器を振り上げました。

 

『――じさま』


 幻聴でしょうか。王子様の耳に、愛しいその声が響きます。

 

『――うじ、さま!』


 最後に聞けるのが、その声で良かった。

 王子様の口元に、笑みが浮かびます。

 

「――おうじ、さま!!」


 遂にハッキリと響き始めた怒声。

 なんだかいやにリアルだな? と王子様が首をひねり始めた、その時――

 

「な、なんだ、あ――ぎゃぁぁぁぁ!?」


 空が陰り、雲を裂き。天も轟けとばかりに、『それ』が飛来します。

 

 でっかい、でっかい、巨大な丸太。

 それは次から次へと、矢の如く降り注ぎ、兵たちに着弾!

 どっかんどっかんと、景気よく彼らは吹き飛んでいきました!

 

「んな……!?」


 あんぐりと口を開ける王子様の目の前に、小さな影が降りたちます。

 いつかのあの日を再現するかのような、その姿。

 

「――助けに来ましたよ、王子様!!」


 バッドエンドなんて許さねえ! とばかりに、不敵な笑みを見せ、男爵令嬢は丸太を振り上げます。

 

「ななな、何だアレ!? お、女の子――うぎゃあああああ!?」


 丸太一閃。場外ホームランもかくやとばかりに、兵たちは吹き飛ばされていきます。

 それは彼らにとって、まさに悪夢のような光景でした。

 

「く、くそ! 相手は一人だ! 後詰めから兵を出せ! 弓矢で遠距離から仕留め――」

「しょ、将軍! 大変です! 後方に展開していた我が軍が、か、壊滅! 王国軍の軍勢が大挙して――」

「し、しまった! 罠だったのか!?」


 慌てふためく将軍たちを前に、王子様は遂に笑い出してしまいました。

 

「くそ、どいつもこいつも、俺の言う事なんざ聞きやがらねえ! 仕方のねえ連中だぜ!」


 剣を再び握りしめると、王子様は男爵令嬢と背中合わせに並び立ちます。

 

「――さぁ、覚悟しな。騙し討ちなんぞを目論んだ、主の采配を呪え!」


 後はまぁ、言うべきも無い程の殲滅戦でした。

 たった二人の暴虐の前に、あっという間に兵たちは蹴散らされ、這う這うの体で逃げ出してしまいます。

 

 ため息を吐く王子様と、やり切った笑顔の男爵令嬢。

 そこに、おっとり刀で眼鏡と弟王子がやってきます。

 

「おい、お前達だろ? コイツにこの事を教えたの。黙ってろって言わなかったか?」

「何のことやらさっぱり。ねえ、殿下」

「そうだよ兄上。僕の性格は知ってるだろ? 可憐な少女の涙には勝てないのさ。だから、決して暴の力に屈したわけじゃあない。そこを間違えないでね、ね?」


 屈したようです。

 脱力しそうになり、ふらついた王子様を男爵令嬢が支えます。

 既にその手には治療キットが有り、王子様の返事も待たずに甲斐甲斐しく手当を行ってくれました。

 

 体を蝕んでいた毒も、宰相には心当たりがあったらしく、すぐに解毒剤が用意されます。お膳立てが十分すぎて、ゲップが出そうでした。

 

「仕方ねえ。こうなりゃ、行く所まで行くぞ! 隣国を完全に降伏させる! ついて来い、てめえら!」


 おぉぉぉ! と歓声が上がります。

 いつの間にか、王国の兵たちも王子の周りに集まっていました。

 

 カチコミだぜぇ! とばかりに破竹の勢いで突き進んだ軍勢は、あれよあれよと言う間に隣国のそれを打ち破り、アッサリと王都を包囲してしまいました。

 

 大臣が殺された事で、テンションがだだ下がりしていた隣国の王太子は、降伏を宣言。

 そも、開戦派に押されての所業だったらしく、あっさり白旗を振りました。

 

 それらの指揮を執ったのは、弟王子。この王子様、意外と軍事方面にも才能があったらしく、兄とは違う意味で戦いの天才でした。 女の子を追いかける労力をそっちに注ぐだけで、これ程に見違えるとは。兵たちも驚きを隠せません。

 

 そうして、全てが終わり。

 ようやく、王国にも真の平和が訪れました。

 

 弟王子の凱旋に沸く国民たち。

 しかし、そのパレードの中に、『王子様』の姿は見当たりませんでした。

 

 

 ――小高い丘の上。華やかなお祭り騒ぎを眼下に見下ろし、眼鏡宰相は息を吐きます。

 

「本当に、戻られないのですか?」

「あぁ、俺は死んだことにする。今回の功績でアイツの株も上がったろ。国民の支持も高い。後は、変な女にとっ捕まらないよう、お前が見張ってろ。最近どうも、傍仕えのメイドに執心のようだから、ちゃんと目を光らせておけよ」


 答えたのは、旅装束姿の王子様。

 彼は勝利に喜ぶ国民の姿を見て、嬉しそうに目を細めます。


「後は任せる。アイツを支えてやってくれや」

「私は――」


 宰相は、眼鏡をそっと外して、一礼します。

 

「――出来るなら、貴方を生涯の主と仰ぎたかった」


 その言葉に王子様は破顔し、宰相の肩をそっと叩くと、踵を返して歩き出します。

 立ち去る王子様の背に向かい、宰相はずっとずっと、礼の姿勢を取りつづけました。

 涙も言葉もありません。それが、彼らにとって別れのしるしなのです。

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

「――あ、来ましたね! さぁ行きましょうか王子様!」


 丘を下って幾ばくもしないうちに、甲高い声が飛んできます。

 それが誰だか、確認するまでもありませんでした。


「……いいのか? 一応の金は持って来たとはいえ、お前に贅沢させるにゃ、たんねえぞ」

「稼げばいいんですよ、稼げば! 海を渡って別の国に行くんでしょ? あの、新しく出来たっていう国!  お金の匂いがぷんぷんします!」


 相変わらず、目をお金マークにぎらつかせ、男爵令嬢は、王子様の横に寄り添います。

 

「知ってますよ、王子様。本当は傭兵とか騎士とかそういう血生臭いことじゃなく、商売をしてみたかったんでしょ? 学園で、いつもそれ関係の本を読み漁っていたじゃないですか! それを生かすのは今ですよ、今!」

「ったく、何でもお見通しかよ。んで、男爵家の方はいいのか?」

「実家にも話を付けてきました! どうせ、平民の母を孕ませた挙句に死なせた、クズな父親です! 娘の心配なんざしてませんよ」


 男爵家には後継ぎも居ますし、養母はしっかり者だから、私一人居なくなるくらい、どうってことない。

 拍子抜けするほどにあっさりと家を出られました! そう言って、ガハハと豪快に少女は笑います。

 

 ――勿論、裏で手を回したのは王子様です。

 娘を罵倒する男爵にしっかりと『お仕置き』をしたうえで、強制隠居に追い込みました。

 後継ぎはまだ少し幼いですが、あの父親から出来たとは思えない程、善良な少年です。後の事は宰相にもお願いしてきました。

 心配は無い筈です。

 

 けれど、王子様はその事には触れず、苦笑しながら頷くばかり。


「そうだな、お前はそういう奴だったよな。だから、目を離しちゃおけねえんだ」


 王子様は苦笑しながら膝を付き、草を一房取ると、それを器用にくるりと巻いて、ある物を作りました。

 

「ほれ、今はこんなもんくらいしか贈ってやれねえけどよ。そのうち、もっとお前好みの豪華な宝石付きの奴を拵えてやらぁ」

「あ……」


 薬指に巻かれた、若草色の『指輪』を見ながら、少女は涙ぐみます。

 

「さ、行くぞ。うんと稼いで、お前に贅沢をさせてやらなきゃな」

「おうじ、さま……」

「もう、『王子』じゃねえだろ?」


 見上げれば、そこには優しげに微笑む『彼』の姿。

 そうして差し出された手のひらを取り、男爵令嬢――『奥様』は叫びます。

 

「――はい、旦那様!」





 ――それから、元王子様と元男爵令嬢がどうなったのか。それは誰にも分かりません。

 

 ただ、何年かのち、国王様御用達の商人が宮廷に出入りするようになり、宰相と国王、そして商人夫婦が杯を交わし合おう事が、ちょくちょく見られたとのことです。

 部屋に響き渡る、楽しそうな笑い声に、使用人たちは不思議そうに首をひねったと、後世には伝わっているとか。

 不思議な交流は、国王達が晩年になっても断たれず、彼らはまるで家族のように親しく付き合い続けたと、そう言われています。

 

 ――元王子様と元男爵令嬢がどうなったのか、それは誰の口にも上りません。

 

 けれど、ハッピーエンドの物語は、いつだって、こう締めくくられるのが常なのです。

 

 『二人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ』

 

 めでたし、めでたし。

お読み頂きまして、ありがとうございます!

良ければ、ご評価など頂けたら嬉しいです!


また、この物語は『想いの結実~欲深令嬢は旦那様を金づるにしたい~』という、作者の現行連載作品からキャラクターの設定を一部流用しております。ご興味のある方は、そちらも是非ご覧くださいませ!

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[一言] どんな不幸もどんな悲劇の道理もぶっ飛ばして幸せになる!って勢いが好き この勢いでハッピーエンドを書きまくってる内にシリーズか何かが書籍化されてハピエン主義を世界に轟かせようと活動する1人の…
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