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12.勇者

「……なあ客人、一つ聞いていいか? お前の手の一番端に五萬の牌があったよな? ありゃ何処行ったんだ?」


 顔を伏せたままのギャランの、低くドスの効いた声が辺りに響く。その肩は俄かに震えていて。


「何故五萬があったってお前さんが知ってるんだ? 俺が教えてやろう、そいつは俺の後ろに居やがるこの猿顔がてめえに俺の手を伝えていたからだ。そういうのを何て言うか知ってるか? イカサマって言うんだよ!」


 そう言ってシックスは懐の拳銃に手を掛ける。おそらくギャランが暴発するならタイミングはここだろう。ならば奴が動いた瞬間に先手を取って弾く。それで、お仕舞い。

 こういう場合はリーダーさえ押さえてしまえば後は何とでもなるものだ。


「ぐっ、ぐっ、くっくっく、ぶわっはっはっは!」


 一触即発のこの場面、しかしシックスの予想に反してギャランが上げたのは、拳ではなく建物が揺れる程の大きな笑い声だった。


「いや、すまねえ、お客人。ちょっと試すような事をして本当に悪かった、許してくれ。あれか? 牌をすり替えてジンクスに見せたのか? じゃあちゃんと緑一色を上がってたって事だな、凄えな、ちょっとばかり震えたぜ」


 これはギャランの言う通りだった。手牌を立てる瞬間に目の前の山にある一枚とすり替える。そして上がって牌を倒す瞬間に元に戻したという訳だ。


 尤もこの麻雀が手積みである以上、その事も含めてシックスの掌の上。牌を積み込み相手に都合のいい牌を送る、イカサマにはイカサマで対抗するシックスの手技は容赦ない。


 それに三人は気付く事すら無かったのだが。


「それで、俺を試すってのは一体どういう了見だ? ここは賭場だろうが、それとも詐欺師の巣窟だったか?」


「いや、こうやって隠れて賭場開いてるとな、あまりお客が増え過ぎても困るんだ。だから最初に実力を見る為にこんな小細工をやってるって訳だ」


 そう言ってギャランは再び申し訳なさそうに頭を下げた。


「ここに初めての来る奴は大抵二種類だ。この試練を耐えきってここの客になる奴、負けて全てを失い去る奴。あんたみたいにイカサマをものともせず俺達を返り討ちにするような奴は初めてのだ。名前を聞いてもいいか?」


「シックスだ。シックス・アイロン」


「そうか、シックスか。今回は本当に悪かった。気が向いたらいつでも遊びに来てくれ。まあここの連中がシックスに敵うとは思えんが、そこら辺はお手柔らかに頼むわ」


「ああ、寄らせてもらうぜ。そん時ゃ手加減出来んがな。ところで、俺はついこの間、亜人の村で助けてもらった身なんだがよ、お前さん等も皆亜人だろう? 王都にいるのは殆んどが人族だって聞いてたんだがな」


 いるところにはいるもんだ、とシックスは思う。


「おう、この雀荘、そして俺の金獅子組はお客人を除いて皆亜人だ。あまり表には出ないがな、裏の世界には亜人が多い。尤も用心棒やら時には汚れ仕事まで、扱いは決していいとは言えんがな」


「なるほどな、いや変な事聞いちまったな、気を悪くしたなら謝るぜ」


 そのシックスの言葉にギャランはぶんぶんと手を振り、鋭い牙を覗かせて笑った。


「構わねえよ、シックスはもうここのお客人だ。そう気を使わんでくれ」


「そういや、俺を騙してここに連れてきたジンクスも亜人か? 猿族なんて種族は無かったと思うが」


「嫌ですよぉ、旦那ぁ。騙したなんて人聞きの悪い。あっしの言った通り、旦那はここを気に入ったでしょう? それにあっしは旦那と同じは人族ですよぅ。何ですか? 猿族って酷いじゃないですか」


 そう言ってジンクスはその猿顔をくしゃりとしかめてみせた。どうやら彼も根は只のお調子者らしい。


「ジンクス、確かに俺はここを気に入ったがよ、イカサマしてやがった罰だ、紹介料は無しだ。それでギャラン、今日はもうお開きか?」


「そうだな、本来はお客人同士で遊んでもらう場だ。夜になったら卓が立つと思うが今は駄目だな」


 言いながらギャランはもう一つの卓に目をやった。


「見てみろ、シックス。あれが俺がさっき言った、全てを失い去る奴だ。彼女にもそろそろご退場願おう」


 それはシックスも気になっていた。この場所に似つかわしく無い少年の様な成りだったが、今のギャランの言葉から察するにそれは女だったらしい。


「あんなガキにもイカサマか? そりゃちょっと酷いんじゃねえのか?」


 そう言うシックスにギャランは首を振る。


「あっちは平だ。小細工するまでも無え。それに俺も何度も帰らせようとしたんだがな、言う事を聞きゃしねえ」


 言いながらギャランが(くだん)の少女に詰め寄った。


「もういい加減にしたらどうだ? 負け続けで賭ける物も無えだろ。その綺麗な剣を置いてきな、今回はそれで勘弁してやる。なあ、勇者様よ!」


 ギャランの大声が響く。そしてシックスはそのギャランの言葉に引っ掛かりを覚えた。今確かに奴は言った。その少女を指して勇者様と。


「おい、ジーンと言ったか、今ギャランが言ったのは本当か? あのガキ、勇者なのか?」

 

「へい。何でもレコンキスタ伯爵家のお嬢様らしくて、最初は親分も面白がって中に入れたんですがね、それがこの通り、手を焼いちゃって」


 魔王が居ればそりゃ勇者も居る、それはいい。だが、その勇者様がこんなガキんちょでおまけに女で、しかもこの様な危なげな賭場でギャンブルに興じている。

 大丈夫か? この世界。


「……面白ぇじゃねえか」


 誰に言うでも無くそう呟いたシックスは勇者と呼ばれた少女の傍らに陣取った。


「おい、ギャラン、この女を俺に預けろ。いくら負けてんだ、この女」


 問われてギャランはシックスに向けて指を三本立ててみせた。


「三百万イエンか、また盛大に負けたな、おい。わかった、ここに三百万ある。これでいいだろ」


 それはシックスがカジノで得たものだった。ギャランが思わず苦笑いを漏らす。


「こっちは構わねえが、シックスはそれでいいのか? 悪い事は言わねえ、貴族とは関わるもんじゃねえぞ」


「ちょっと考えがあってな。おい、嬢ちゃん、この剣は大事な物なんだろ? ほら、返してやるよ」


 その言葉を受けて、それまで項垂れていた少女は目を輝かせた。


「あ、ありがとう。どなたか知らないけど、良いおじさんなんだね。よし、じゃあこの剣を賭けてもう一勝負だ!」


 そして顔の割に大きな瞳をぱちくりと輝かせ、腕を伸ばし人差し指を前に突き出した。

 なるほどよく見れば綺麗に整ったその顔立ちは美少女と言えなくも無い。


 だが、その頭の中はこれ以上無い程に壊れていた。


「馬鹿か! 何がもう一勝負、だ。そんなわけあるか! 何か訳有りだろうが、先ずは今直ぐここを出るぞ。話はそれからだ」


 そう言ってシックスは少女の首根っこを掴んで卓から引き摺り出した。


「ギャラン、邪魔したな。また来る」


 そしてそのまま、入口の扉を足早に出ていった。

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