13.約束
「うう、痛いよぅ、良いおじさん」
繁華街を半ば程戻った辺りで、首根っこを掴まれたままの少女は遂に苦痛の呻きを漏らした。
「ああ? 俺はおじさんじゃ無え。シックスだ。シックス・アイロン。もうこの辺でいいか」
小さな広場の様な場所にベンチを見つけたシックスは、そこに少女を座らせ、そして自分も腰を降ろす。
「なあ、嬢ちゃん、先ずは名前を聞こうか? 虎の穴の奴らはレコンキスタ伯爵家とか言ってたが、それで間違いは無えか?」
問われて少女はにこりと白い歯を見せる。
「うん、僕はマルティコ・レコンキスタ。レコンキスタ伯爵家現当主ジークマイヤの娘だ。これでいい? 良いシックスさん」
「ああ、その『良いシックスさん』って呼び方は、悪いシックスさんが現れた時に使ってくれ。普段はシックスでいい。それでな、マルコ」
「マルコ? ……ちょっと! 勝手に僕の名前を縮めないでくれ。僕はマルティコ。ま! る! てぃ! こ!」
「そうか、悪かったな。それでだ、まんまる子」
「だぁかぁら! マルティコ! 何? まん丸って、僕がそんなにころころしているように見える? さあ、言ってみて! リピートアフタミー、マルティコ!」
途端、むきぃ! と両手をばたつかせて騒ぐ少女。そのボーイッシュに整えられた前髪の一束が重力に逆らってぴょこりと跳ねた。
これも見ようによっては可愛らしくも見える、そんな事を思いながらシックスはその少女の頭をがしりと掴んだ。
「ああもういい、話が前に進まねえ。お前はマルコだ、マルコ。いいな、異論は認めん」
「……居たよ。悪いシックスさん、ここに居たよ」
シックスのその決定に少女は釈然としない様子で口を尖らせる。しかし最後は諦めたように、マルコでいい、そう呟いたのだった。
「で、マルコよ。お前、勇者だって言ってたがそりゃ本当か? 勇者ってのは何だ? 他の冒険者や兵士とは違うのか?」
「うん、僕は勇者だよ」
そしてマルティコは自らの勇者という称号について語り始めた。
勇者、それは勇敢なる者を讃える言葉だが、この世界のそれは職業を示すものでは無い。この世界に度々現れる魔王、それを討伐した者に与えられる称号なのだ。
もちろんこの年端もいかない少女が魔王討伐を成した訳では無い。それは今から五十年程前、彼女の祖父が先代の魔王を倒した際に与えられたもので、その本人を含め、子と孫三代に亘り勇者を名乗る事が許されている。
マルティコの祖父は既に他界しているが、その子で現当主のジークマイヤ、そしてマルティコの兄二人、それらが現在カテルナ王国で勇者と呼ばれる者達であった。
「なるほどな、この国だけでも四人の勇者、他の国にもいるとしたら結構な数だ。俺が思ってたのとは少し違うが、まあいいか。それでマルコ、そんな勇者のお前さんが、なんであんな場所にいたんだ? ここにはカジノだってあるだろ、そこの方が幾分かはましだろうよ」
「うん、僕はカジノには入れないんだ。父上が手を廻してね。でも僕にはお金が要るんだ、どうしても必要なんだ」
その切羽詰まった様子にはそれまでの少女のものとは思えない程の危機感が伴っていて。
「聞かせろよ、その事情ってやつを」
「うん、そうだね……」
そしてその話は彼女の家の内情から始まった。
マルティコには二人の兄がいる。マルティコを含めた三人は所謂腹違いというやつで、母親がそれぞれ別。上の兄アルバートはジークマイヤの最初の妻ミランダの子で、ミランダは彼を出産して直ぐこの世を去った。
程なくしてジークマイヤは二人目の妻を迎える。それがエリザビュートで上の兄ミヒャエルの母親だ。
「そして父上が41歳の時にレコンキスタ家の使用人に産ませたのが僕って訳だ。英雄色を好むってやつだね。そんな訳で僕の本当の母上は女中頭のモニカなんだ」
現在、アルバートはジークマイヤが団長を務める王国騎士団の第二師団に副団長として配属されており、ゆくゆくは父に代わり団長を務める予定だという。
そしてもう一人の兄ミヒャエルは、レコンキスタ伯爵家の私兵集団である黒薔薇騎士団を任されている。
「二人の兄は15歳になるとそれぞれの部隊を任された。そして今年、同じく15歳になった僕にもレコンキスタ家私兵集団の一つとして青薔薇騎士団が与えられたんだ。でも……」
マルティコに与えられた青薔薇騎士団とは名前ばかりで部下はたったの四人、兵士は唯の一人も存在しなかったという。
「先代の爺様は僕を可愛がってくれた。よく屋敷の庭の秘密基地で遊んだものさ。でも父上は僕の事を嫌っているんだ。お義母様と僕の事でよく喧嘩をするから。だから僕にはお飾りの部隊をあてがったんだと思う」
なるほど青薔薇騎士団、存在しない青い薔薇、言い得て妙だなとシックスは思う。
「でも僕も兄様達と同じ勇者だ。間もなく復活する魔王と戦う為に僕も力を付けなくちゃいけない。それには兵士を雇ったり武具を調えたり、お金が要るんだ。でも……」
「それであの大惨敗という訳か」
マルティコは青薔薇騎士団の団長就任に合わせて、彼女の爺様が大切にしていた宝剣を賜ったらしい。彼女はそれを元手に、と考えたのだろう。
「なあ、マルコ、間もなく魔王が復活するってのはそりゃ間違い無えのか? 何でわかるんだ?」
「魔王は討伐されてから五十年くらいで復活すると言われてるんだ。歴代の魔王もだいたい皆それくらいだったそうだよ。それで今がその五十年目なんだ。まあこの国は魔族の領地と接していないからまだそれ程緊張感は無いけどね、北の隣国ではもう随分準備を進めているらしいよ」
「そうか、それが本当だとするとあまり時間も無えんだな。わかった、ところでマルコ、お前さんが魔王と一人前に戦えるようになるには何が必要かわかるか? どうすればいいと思う?」
「ええと、先ずは兵隊が必要。それと装備を調える」
ふむ、とシックスが頷く。ここで己を鍛えるとか修行に出るとか言われなくて良かったとシックスは胸を撫で下ろした。
「そうた、正解だ。その為には金が要る、これも正しい。うむ、お前さんの考えは概ね合ってる。ただお前さんにはギャンブルの才能が無かった、それだけだ」
「僕には運が無い? 止めとけって神様が言っているのかな……」
「違う! 運じゃねえ。言っただろ、才能が無いって。それに技術も無え。だったらどうする? 他の方法を探すか? そんな時間も無えよな。今直ぐにでも部隊を整えて訓練もしなきゃだしな」
そこでだ、とシックス。
「金の事は俺に任せろ。事を成すには何でも金が要る。魔王を倒そうってんだ、莫大な金が掛かるだろうよ。それら全て俺が用意してやる。俺がお前の青薔薇騎士団をこの国で、いやこの世界で最強の部隊にしてやるよ」
これにはマルティコもその大きな目を見開いて、驚きの表情を浮べる。そして何故か、はっと顔を赤らめた。
「シックス、そんな事が出来るの? いや、出来たとしても何でシックスがそこまでしてくれるの? さっきも僕を助けてくれた。まさかシックス、僕に……惚れた?」
「惚れてねえ! こんなガキに惚れるか、あほう。俺はな、ギャンブラーだ。ギャンブルしか出来無え男だ。そんでマルコ、お前は勇者だろう? 勇者ってのは魔王を倒すもんだろ。それぞれがそれぞれの役割を果たせばいい。理由なんてそんなもんだ。ただな……」
一つだけ聞いて欲しい、とシックス。
「マルコ、お前に亜人の知り合いはいるか?」
「亜人? いないよ。僕は亜人さんにはあまり会った事が無い」
そう言ってマルティコは首を振る。
「そうか、じゃあお前はその亜人をどう思うよ。さっきの賭場に居たのはありゃ殆んど亜人だったよな」
「そうなの? ううん、ちょっと怖い、かな。大人も皆そう言ってる。悪い事をされたとか、近寄っちゃいけないとか」
やはり王都では亜人の評判は良く無い。見た目の違い、特にそれが少数者である場合、そこには差別意識が生まれてしまう。
「ああ、そう思うのも無理はねえ。悪い奴も居るだろう。でもよ、俺達の中にも悪い奴は大勢いるよな。亜人も同じだ、悪い奴もいれば良い奴もいる」
そうしてシックスは少し遠くを眺めるようにその目を細めた。
「俺はここに来る前、ポルカ村ってとこで亜人の少女に助けられた。丁度お前くらいのガキだ。その家族も皆いい奴だった。だから俺は決めたんだよ、その村は何があっても守るってな。借りた恩は十倍にして返す」
それが俺の流儀だ、とシックス。
「うん、わかった。亜人さんにも良い人がいる。それで僕は何をすればいい?」
「守れ。ポルカ村、その近隣の町や村、いや弱い立場の亜人全てを守れ。人族だなんだって言ってもな、亜人も俺達も同じ人間なんだって俺は思う。同じ土俵で勝負して負けんならそれはそいつが弱いんだ、しょうがねえ。でも今のポルカ村の亜人はその土俵にも立ってねえんだ。これから魔王の復活やらで物騒になるんだろ。あんなちっぽけな村だ、ちょっと魔物に襲われたらひとたまりもねえ。そん時に王国の騎士団とやらが守ってくれんのか? 俺にはそうは思えねえ。だからマルコ、お前が守れ。俺の代わりにお前が守るんだ」
人々を守るのが勇者ってもんだろう、とシックスは話を締めた。
「そうだね、僕は勇者だ。僕にその力があれば僕は皆を守る。うん、わかった」
「よし、じゃあ契約は成立だな」
そう言ってシックスは小指を出して夕陽に掲げる。そして訳もわからず小首を傾げるマルティコの腕をとり、彼女の小指を自らのそれに搦めた。
「これは俺のルールで約束の証だ。破ったら死ぬ事になる、これはそういう呪いだ」
「うう、怖いよ。だけどそれが無くても僕はシックスとの約束を破らない。だって僕は勇者だから」
そしてにっこりと笑顔を見せるマルティコの姿に、シックスは、くっくっと笑い声を漏らす。
それは後にアースガルドの英雄となる女勇者マルティコ・レコンキスタと、その活躍を陰で支えた伝説のギャンブラー、シックス・アイロンが最初に契りを交わした瞬間であった。
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