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19、ヤンキー娘、怪異の中に見つける 後編

 室内から明かりが消える。薄暗くなった部屋の中で黒い影が大きな人型をつくっていく。

 

……シテ……ボクノ……タカラモノ……


 それは巨大な人型を取ると、黒い腕を二人に伸ばす。大女将は悲鳴を上げて部屋の隅に逃げ、彰彦は腰が抜けたのか尻もちをついて後ずさる。


「や、止めろ、来るなぁ!」


 ……カエ、シテ……


 巨大な影から武の声がした。全身が真っ黒に染まり、輪郭もたどれないほどに穢れているのがわかる。部屋の中には穢気が溢れかえり、背筋をざわつかせる気持ち悪さに凛は顔を歪めた。

 武は正気を失っている様子だ。彰彦の胴に手が触れそうだ。


「縛り縛りて 封じて呪う 恨み辛みは 三途が流せ!」


 志稀が彰彦を庇う。武に中指と人差を立てて突きつけ再び叫ぶ。


 アアアアァァァァ──ッ


 獣のような悲鳴を上げて武が頭を振り乱す。その動きは何かに縛られているように止まっている。今度は、扉がドンッ ドンッと凄い勢いで叩かれ始めた。


「凛! そいつを隅に連れていけ!」


「わかった!」


 その隙に凛は、腰が震えたまま茫然と震えている彰彦を大女将の傍まで引きずっていく。


「命が惜しければ、ここで大人しくしてくださいよ。いいっすね?」


  凛は二人を守るようにその前に立ちふさがる。志稀に求められているのはこれだと思ったのだ。

 ちらりと視線を向ければ、志稀が口端を上げた。


「優秀な助手だ。──聞け、武。お前の宝はここにある!」


 志稀は激しく身を捩る武から目は離さないまま、足元に転がったけん玉をゆっくりと拾い上げて影に差し出す。


 ドンッ ドンッ ドンッ ビシッ ビシッ ビシッ 扉が殴打される音と部屋の中の音が重なっていく。武の動きが大きくなる。


 ガアアアアアア────ッ


 拘束から解き放たれた武の両腕が大きく開いて、志稀に襲いかかる。


「志稀さん!!」


「来い、雪丸!」


 ──キャンッ


 雪丸が志稀の前に現れるのと、凛がズボンのポケットからそれ(・・)を掴んで、吹き付けるのは同時だった。


 霧状のスプレーが空中にキラキラと舞う中、雪丸の身体はどんどん膨らみ、山犬ほどの大きさになると低く吠えて飛びかかる。


──グウォォーン!!


 その声にひるむように武の動きが鈍る。


 その瞬間が勝負を決めた。志稀の手から武の黒い両手にけん玉が渡る。武が受け取った瞬間、白い閃光が走った。


 その姿がみるみる小さくなっていく。白い光に現れるように黒い穢れが武の身体から消えていき、そこには幼い少年が残された。


──見つけた、僕の宝物!  


 武が嬉しそうにけん玉を両手で握りしめると、白い光がふわりと扉から入ってきて小さな身体を包み込む。武は誰かに見せるようにけん玉を掲げて、そのままゆっくりと消えていった。


──ありがとう。これでお兄ちゃんに遊んでもらえる。


 そんな言葉を残して。後には静寂だけが残される。嫌な空気は感じない。この部屋にはもうなにも残っていないのだろう。


「成仏、したのか?」


「あぁ。依頼完了だ。武の望みは叶った。それに母親も武を見つけて一緒に成仏したようだ」


「……あいつはオレを恨んでいたんじゃないのか?」


 彰彦は呆然としたまま呟く。ずっとそう思っていたのだろう。だからこんなにも呆気なく消えてしまった弟が信じられない様子だった。


「あの子はあんたが構ってくれたことが嬉しかったんだろう。宝を見つけ出せばあんたに遊んでもらえる。そう思って必死になるあまりに事故にあったから、けん玉を見つけたいという気持ちだけが強烈に残り、この場所に魂を縛り付けてしまっていたんだ」


「お兄ちゃんのことが本当に好きだったんすね」


「……そんな……オレはずっと、恨まれていたんだとばかり……っ。何も、何もしてやらなかったのにっ!」


 彰彦は震える声で叫ぶと、涙を流して床に両手をつく。震える背中と、噛み殺した嗚咽はしばらく止まることがなかった。




 たった数日が数年もの時間に感じたのは初めてのことだった。夜が明けると、朝日の差し込む廊下で、大女将は志稀と凛に正式に依頼完了を言い渡した。

 その場には彰彦の姿はない。まだあの部屋にいるのだろう。


「ありがとうございました。これであの子達も成仏出来たんですね。わたし達はずっとあの子の死を誰かのせいにしようとしていた。その対象が彰彦に向けられてしまったのは、わたし達の弱さと愚かさ故のことです。武はずっと、彰彦を兄と呼んでいたのに、わたし達はあの子を孫とは認められなかった。それが誤りであったことを、彰彦の涙を見てようやく悟りました」


「これから先はあんた達次第だ。せいぜい後悔しないように生きるんだな」


「はい。ありがとうございました。凛さん、あなたもありがとうね」


「いえ。あたしはバイトが終わる日までよろしくお願いします」


 頭を下げる大女将からは、以前感じた刺々しさが抜けていた。だから凛も素直な気持ちでそうお願い出来た。最初はいやいややっていた仕事だが、今はなんとなく気分が軽かった。


 そのまま自室に戻るという志稀の隣を歩き出しながら、凛は考えていた。


「お前には随分と助けられたな」


「いい手腕だったでしょ?」


「あぁ。あの時武に吹き付けたのは日本酒だな? いい判断だった」


「気休めになればと思ってスプレーに詰めてたの。役に立ったならよかった。あのさ、あの時、武のお母さんも一緒に成仏したんだよね? そもそも、どうして二人はあんなに穢れちゃってたの?」


「推測になるが、武は宝物に対する執着のせいで穢れを帯びていた。だから、母親は亡くなった後に息子の姿を正しく認識することが出来なかったんだ。そして、息子を探し彷徨う内に本人も穢れを帯びていく。その穢れは母親の方が強かったために、武にも強く影響していた。祓ってもすぐに穢れが復活したのは、そのためだろう」


「そっか。ずっとお互い傍に居たのに気づかなかったんだね。もう一つ聞いてもいい? 志稀さんは、どうしてアタシに手伝いをさせることにしたわけ? 見た瞬間にこいつは見える奴だってわかったの?」


「……お前が猫を撫でていたからだ」


「え?」


 予想外なことに言われて、凛は足を止める。志稀も足を止めて振り返った。どういう意味なのかわからずにいると、ため息をつくように志稀が話を続ける。


「やはり気づいていなかったんだな? オレと会った日、お前はこの旅館の裏口で猫を撫でていただろう? あの猫は霊だぞ」


「マジ!? うっわ、全然気づかなかったし……」


「だから聞いたんだ。動物に好かれる方かと」


「あー、あの言葉はそういう意味だったんだ? あたしも鈍いね。そう言えば、あの猫あれから見かけないけど、成仏したのかな?」


「あぁ。お前に撫でられて満足したんだろう」


 薄く笑う志稀から目が離せなくなって、凛はずっと気になってたことを聞いてみることにした。



「……志稀さんいつまでこの旅館にいるの?」


「明日には出ていく。給金も明日お前に渡そう」


 ぷつりと会話が切れた。凛は遊びに誘おうと思っていただけに、明日にはこの町も出ていくだろう志稀に落胆していた。端正な顔をしているくせに毒舌で、でもどこか憎めないこの男とのつながりが、ここで切れてしまうのを惜しんだ。

 凛は足を止めた。そして怪訝な顔をして立ち止まった志稀を見上げる。


「志稀さん、電話番号教えてよ」


「なんだ? ナンパのつもりか?」


 からかうように目を細めた志稀が、そのまま逃げていく気がして凛ははっきりと頷いてやった。


「そうだよ。あたし、あんたに興味がある。今回のことであたしの見ていた世界が間違ってなかったことを知った。だから、もっと知りたいって思ったの。あんたのことも、もう一つの世界のこともさ」


 霊の存在を恐れることは止めて、ほんの少し愛おしんでみようか。

 どちらの世界も、人の心一つで恐ろしいものにも優しいものにも変わる。凛は自分の二つの目で、そんな二つの世界の真実を見つめてみたかった。





最後まで閲覧頂きまして、ありがとうございます! このお話はここで一旦完結となります。新たな怪異が凛と志稀に起こった時に、この場所で再び連載したいと思っていますので、その時はまたお付き合い頂ければ嬉しいです。

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