俺が出会った友達
本当に寝込んでしまった……。
学校を早退した日から三日も経つが、あの日から調子を悪くしてしまい立て続けに学校を休んでいる。病気に加えて鬱屈した気分でいた所為か、何もする気が起きず、ベッドに仰向けで寝転がっていた。
「はあ、このまま永眠してしまいたい」
眠っている間は何も感じる事無くただ時間だけが過ぎて行くだけなのだが、目が覚めると都浪の笑った顔を思い出してしまい、憂鬱な気分になってしまう。
食事は腹が空いた時になんとか口にしていた。あまり食欲が出ない為腹が減っても食事をする気分にはならないのだが、せめて何か食べておいた方がいいだろうと近所のコンビニで適当にパンやおにぎりを買い、少しづつ腹の中に詰め込んでいた。
しかし、今となっては腹が減っても買いに行くのが辛いほど体がだるい。
「やばい、冗談抜きで死んじまいそうだ……」
こんな状況になって初めて、家族の存在というものにどれだけ自分が助けられていたかを思い知る。一人とはなんて寂しいものなんだと。
――ピンポーン。
「あぁ?」
一人で感傷に浸っていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
俺が寝込んでいる間誰ひとりとして俺の部屋に来た事は無い。というより俺がここに引っ越してきてから誰かを部屋に入れた事があったか? ……多分ないな。
いつもより数倍重く感じる体をなんとか玄関まで運んで行き、扉のチェーンを掛けたまま扉を開く。
「こ、こんにちは~」
「……何でお前がここにいる?」
チェーンが伸びきる辺りまで扉を開くと、ひょっこりと扉の隙間から顔を出し、控えめに挨拶してきたのは千野だった。
俺の部屋を訪ねてきたのが千野であることを確認し、チェーンを外す。
「よっ! 元気かい? ってうわっ……顔やつれ過ぎだから! ちゃんと飯食ってんの?」
「ほっホントだっ! 大丈夫ですか……?」
扉を更に開くと千野の他に、達美と桃子までもが顔を出す。達美は俺の顔を見た瞬間、とんでもなく驚いた表情を見せ、桃子も心配そうな顔をしている。
「おいおい……何しに来たのかわからんが……はぁ、ちょっと調子悪いんだ……また今度にしてくれるか……?」
「遊びに来たんじゃないよ! 学校に来てないから様子見に来たんだよ。先生からも優一郎君が体調崩してるって聞いたから。もしかしたら一人で寂しいんじゃないかなぁって思って!」
一人で寂しがってたのはお前だろ……。まあこうして友達二人を連れて行動してるってことはこいつも成長してるんだってことか。
「別に寂しくはないが、ゴホッ! ……すまん、本当に調子悪いんだ」
「だろうと思って、ほら! ご飯と薬買って来たわよ。まあ薬ぐらい自分で買って飲んでるとは思うけど」
そう言うと達美は自分が持っているビニール袋を俺の前に差しだした。
「……」
「まさか……飲んでない?」
「ああ、買い置きがなかったんでな……三十九度くらいの熱なら寝てりゃ治ると思って……」
「ええぇ! そんなの死んじゃうよ! 早く薬飲まないと!」
「どんだけドMなのあんた……それ耐えたら神にでもなれるって思った?」
完全に俺の個人的な思い込みだったのだが、今までは風邪を引いても薬をちゃんと飲んでいた。しかしあまり効いているという実感がまるで無い様に感じていて、だから体がだるくて買いに行かなかったのも勿論あるが、寝ていれば治るだろうという安易な考えもあったのだ。
「前にご飯食べたのはいつなの?」
「昨日の昼くらい――ゴホッ! だったか? あまり食欲もなくてな」
俺を心配そうな眼差しで見つめていた三人は衝撃の事実を聞かされた時の様に驚愕の表情に変わった。
「ええっ! 昨日の昼って……。流石に何も食べなさすぎよ! こいついつか死わね……いえ、放っておいたらこのまま死ぬわ」
「と、とりあえず寝かせておきましょう! 私達は優一郎さんが食べやすいものでも作っておきますから」
「そうだね! それではお邪魔します!」
「ってお、おい……まじかよ……」
千野が俺の手を引いて、三人ともぞろぞろと俺の部屋に入ってくる。必死に抵抗する俺だったが今の俺には健康な女子校生に勝てる力なんて無く、あっけなくベッドに放り投げられた。
俺の部屋は六畳一間でキッチンは玄関を出てすぐ横だ。
キッチンで何かをし始めた千野と桃子。そしてベッドを背もたれに座り込んだ達美。
「おい、何勝手に読んでるんだよ」
達美は本棚にあった俺の漫画コレクションを一冊抜き取り、退屈そうに読んでいる。まあ別に減るもんじゃないから別に構わないんだが。
「丁度これ読みたかったの、別に良いでしょ? 減るもんじゃないし」
「いや、お前が言うなよ――ゴホッ!」
達美が読んでいる漫画は少年誌で連載中の漫画だ。達美も自分で持ってるのか? 今度その漫画について聞いてみよう。今は出来る限り会話を少なくしたい。都浪の事もあるし、精神的にも肉体的にも今は誰かと話したい気分ではない。
別にやましいものが置いてあるわけでもないし、寝とけばその内帰るだろ。
そう思って、壁側に向き直り毛布を頭まで被せる。俺は壁の方を向いていないとなかなか寝付けないのだ。
しかし女子が自分の部屋の中にいる事を意識してしまい、結局目を瞑ったまま寝付く事が出来ず、数分が経った。
「お粥できたよ! ごめんね? 勝手にキッチン使わせてもらったんだけど、食器もいいのがあったからそれも使わせてもらった――ってあれ? 優一郎君寝ちゃってる?」
「ねえ、ちょっとだけ起きて? 何か食べておかないと元気出ないよ? 薬も飲まないと……」
千野か桃子だと思うが誰かが俺の体を揺すってくる。壁側を向いて毛布に包まっているから誰が俺の体を揺すっているのかがわからない。
まあ、あまり食欲はないが、さすがに腹が減り過ぎている。何か食わないとやばいかもしれないな。
「はぁ……わかったよ、というかわざわざ悪いな」
「ううん! 優一郎君の為だからね。友達だし、困った時はお互い様だよ! ちょっとだけでもいいから食べれる?」
はたして男子相手に友達だからと言ってわざわざ家にまで来て看病してくれる女子がどれだけいるのだろうか? 恐らくこいつくらいだろうな。達美と桃子は千野に付いて来ただけだろう。
千野はお盆に載せて持ってきたお粥と水と薬をベッドの横にある机に置いた。食器はこの前千野に教えて貰ったチャーハンをつくる時に買った物だ。あの時ついでに一通りの食器を買い漁っておいたのがここで役に立つとは……。
「すまん……いただきます」
「いいよぉ、薬飲んで楽になる様だったら大丈夫だと思うんだけど、それでも治らないんだったらちゃんと病院行った方がいいよ?」
「ああ、わかった」
「じゃあ、ゆっくりでいいから食べちゃって! 片付けまでやったら帰るよ」
そう言うと千野は俺を見守る様な眼差しで正座しながら見つめている。
正直、そんなに見つめられると食べづらい……。
「優一郎さんって一人暮らし……なんですね。アパートに来た時からそうじゃないかとは思っていましたが」
千野を手伝っていたのであろう桃子は俺の部屋をキョロキョロと挙動不審気味に見回している。俺の部屋はそんな珍しいものも置いてはいないのだが。
「そういえばそうだね、優一郎君どこからか引っ越してきたのかな?」
「そうだ、高校入る前にな。実家は田舎の方にある」
「あぁそっか! 都浪君と知り合いだって言ってたもんね」
お粥を口に運んでいた手が止まる。
「都浪って最近来た転校生よね? なんかすごい女の子っぽくてかわいらしい……なんて私の教室じゃ噂になってるんだけど」
達美が漫画を読みながら会話に参加してくる。そわそわしていた桃子は、とりあえず達美の横へと腰を落ち着かせた。
「男の人がかわいいってどういう事でしょうか? 私にはよくわかりません……」
「……」
「優一郎君? どうしたの?」
こいつらが来た事で少しだけ気持ちを紛らわす事が出来ていたのだが、都浪の事が話題に上がり、あの階段でのやり取りを思い出してしまった。
体も弱り情緒不安定な状態である今の俺は千野に縋りたいのかもしれない。だから少しの望みを希望に変えて、こいつに打ち明けてみようと、そう思った。
「あいつは……俺に復讐しに来たんだよ……」
「え? 復讐?」
俺が物騒な事を言い出したのと同時に、隣で正座している千野と、ずっと部屋をそわそわと見回している桃子と、漫画を読むのに集中していた達美の視線が俺に集まる。
「ああ、俺とあいつは別に学校が一緒ってわけでもなくて仲のいい友達なんかでもない。でもお互いに忘れられない事があったんだ。あいつがわざわざこの学校に来て俺に復讐したいと思う位に……」
「そ、そうなの? もしかして喧嘩しちゃったりとか?」
「……まあ、あながち間違ってはいないんだが」
「んで? 何があったのよ? 話したくないなら別にいいんだけどさ」
達美は話したくないなら別に話さなくていいと言う。都浪との因縁を都浪ではない他の誰かに話して少しでも楽になりたい自分と、この三人に嫌われてしまうんじゃないかと僅かな恐怖心を抱える自分がいる。
俺は……もう一人で抱え込むのはもう嫌だ……。この事を話してこいつらが俺から離れていくのはしょうがない事なのかもしれない。俺はそれだけの事をやってしまったんだから……。
俺は都浪との因縁について詳細に話した。俺が行き過ぎた闘争心で都浪を目掛けてボールを投げてしまった事、それが原因で都浪は野球が出来なくなってしまった事、それが理由で自分はこの学校に逃げてきたという事。自分が学校を休み出す前に都浪と会ったやり取りの事。
体を起して話し終えた俺は、幾分か気分が良くなった気がする。自分の中に溜まっていた毒気が抜けて行った気分だ。
でもその代わり、こいつらの俺に対する対応はどう変わってくるのだろうか? もうこいつらと仲良くする事は出来ないのだろうか? そんな不安があり、三人の顔を見る事が出来ない。
おそるおそる隣を見てみると、千野は何かを考え込むような顔をしていた。
「んー……でも私野球やってないから都浪君の気持ちはわからないな。ごめん! 都浪君!」
「……は?」
「いやー私もさっぱりわからんなー、というかそれで優一郎の後を追っかけてくるなんて本物の馬鹿か、それとも本物の恋人かのどっちかじゃない? ということで私にも都浪君の気持ちがさっぱりわかりませんごめんなさい都浪君」
「いやいや……まてまてまて」
「私は素敵だと思います。だってわざわざ優一郎さんを追いかけて転校までしてきたんでしょう? そんな熱意のあるアプローチが出来るなんて……侮っていてすみませんでした、都浪さん」
「だから……お前ら俺の話しちゃんと聞いてたのか?」
三人ともいろんな形でここにはいない都浪に謝罪する。達美に関しては最後の方なんか棒読みだし、桃子に関しては明らかに謝る方向性が間違っている。
毛布を跳ね飛ばし、ベッドから一気に起き上がって眼下に居る三人に向かって叫ぶ。
「あいつは! 野球しかなかったんだ! それなのに俺が……俺があいつの人生を壊してしまったんだよ! 俺は……最低な奴なんだよ……」
「そ、その考えは大げさだと思うなぁ。まだ私達高校生だよ? 今からでも何か見つけられる様な気がするんだけど……」
俺の訴えかける叫びを困り果てた笑顔で受け流す千野は、「それにね」と付け足す。
「……なんだよ?」
「例え優一郎君が故意に都浪君を怪我させちゃったんだとしても、私はその場面を見てないから……いつもめんどくさそうに授業を受けて、それでもなんだかんだ親切で、この学校で今では一番仲の良い友達の優一郎君しか知らないんだ。だから都浪君の気持ちも、優一郎君が困っている理由もよくわかってあげられないんだ。だからごめんね」
俺は千野の答えに面喰ってしまう。
……そうか、俺がこっちに来る前、親父に言われた言葉の意味が少しだけわかった様な気がする。
親父の言葉を聞き今の高校に入った俺は、家から追い出されたんだと、お前みたいな奴は要らないのだと、そう思っていた。
でももしかしたら、俺が生きて行く道を曲げて、人生に希望を持つようになる事を、この学校に期待して送り出したのかもしれない。
ここに逃げてきた事には変わりないんだろうけど、でもこいつらのおかげで少しだけ前向きに捉える事が出来る様な気がする。
「そうよー、そんなに湿気た顔しないでいつもみたいなめんどくさそうな顔してなさいよ。そして私達とこうやって喋ってれば良いんだって! それが私達の知ってるあんたなんだから」
達美にも励まされてしまう。こういう時に性格が明るい奴がいると、それだけで場が明るくなるような気がしてなんだかホッとしてしまう。
しかし、その達美の快活さに、俺は少しだけ違和感を感じた。
「こうして私を部屋に連れ込んでいる時点で男子からは嫌われ放題だと思いますよ? 嫌われる事に困らなくて良かったですね!」
「連れ込んでねえし……お前らが勝手に上がってきたんだろ……」
桃子からも……抱きついてくるのだけは本気でやめてほしい。
「えへへ、優一郎君顔色良くなってきたよね」
……本当だ、いやまだ熱っぽいし少しフラフラするのは変わらないがさっきよりも気分が良くなった気がする。薬が効いているからなのか。それとも――。
こいつらが俺の話を聞いてくれたからなのか?
そう考えると、ここに逃げてきたというより、こいつらに出会えた事が俺の中では大きかったのかもしれない。
でも――。
「それでもさ、俺には分かるんだよ。あいつの気持ちが……。俺だってそうだった。野球しか取り柄のない野球馬鹿だったから。お前らは……自分の一番大切なものが誰かの所為で消えてしまったら……そいつの事を許す事が出来るのか?」
言ってしまった瞬間、失言だったと心の中で後悔する。
自分が寝込んでしまうほど、思い悩んでいる事を俺は今、こいつらにも押しつけようとしているのだ。
「私は、許しちゃうのかも」
少しの沈黙の後、小さな声が聞こえてきた。
「私はその人が何でそんな事をしたのか、私に恨み事でもあったのか、いろんな事が気になっちゃうんだと思うんだけど、一度消えてしまったらもう取り戻せない物もあると思うから過ぎた事はもう仕方のない事なんだと思う。だから私は許しちゃうよ。私の為にも、その人の為にも」
胸に手を当てて話す千野は、本当にその場面を想像して喋っていたのか時折苦しそうな表情を見せながら語る。
「私は許せないかも」
千野が喋り終わってすぐ、いつもより声のトーンを下げた達美の一言に動揺する。
「多分、都浪にとっての野球が私にとってのバスケなんだと思うけど、誰かに怪我させられてもし、バスケが出来なくなっちゃうんだったら……。私はそいつの事は許せないのかも知れない。さっきは惚ける様な事言っちゃったけど、私にも少しだけわかるんだよね」
そうなんだろうとは思っていた。達美もバスケに精を出すスポーツマンだ。自分がやってるスポーツに情熱をかけていればかけている程、それが出来なくなってしまった時の落胆は大きいものになる。それが達美には分かっているのだろう。
「でもさ、最終的にどうでも良くなっちゃうのかもね」
「は?」
少しだけ暗い表情を見せていた達美はその表情から一変し、いつもの明るい笑顔を見せる。
「千野も言った通り、過ぎた事を言っても何も始まらないんだし、私はバスケ出来なくなっちゃったら、他の事を探すかな。今からでも出来る事なんていくらでもあるって!」
心の底からこいつは強いんだなと、そう思う。
もしも俺と都浪がお互いに達美みたいな性格をしていたら、都浪がここに来ることもなかっただろうし、俺がこんなに思い悩む事もなかったんじゃないだろうか?
「私には……大切なものがないのでわかりません……。優一郎さんの気持ちも、都浪さんの気持ちも」
桃子は少しだけ俯き、細々と喋る。大切なものが何もないと言うのは本当の事なのだろう。
「……この前、自分の道は自分で決めて行くって言ってたじゃないか。だからお前にもその内、大切なものが必ず見つかるよ。それにな……大切なものってのはあったからって別に嬉しいものでもないんだぞ?」
「どういう事?」
「大切なものを失った時のショックがでかいんだ。それこそ自分がいつも気に掛ける事になるんだから思い入れもあるだろ? それを失った時、自分が自分じゃ無くなってしまう様な、そんなしょうもない事を考えるんだ」
それこそ、都浪や俺みたいな思いをする事になる……。
こいつらにはそんな思いをしてほしくないという俺の願いもあって、桃子に大切な物をつくった方がいいと、都浪の大切な物を奪い取ってしまった俺にはとてもじゃないが言えなかった。
「なんかすまなかったな、変な事聞いたよ。今日話した事は忘れてくれ。でも、話を聞いてくれてありがとな」
「ううん、私も優一郎君の昔の話が聞けて嬉しかったなぁ。ありがとう、優一郎君」
「俺的には相当思い悩んだ事だったんだけどな。まあ、お前らが気楽に聞いてくれたし、俺もなんだか気持ちが楽になったよ」
千野達が話を聞いてくれたおかげで俺の気分も大分楽になった様な気がする。都浪の事に関してはまだ思う所があるのだが、とりあえず都浪が来てから混乱しっぱなしだった頭は冷静さを取り戻した。
「こういうのはさっさと誰かに話しておいた方が楽になるんだって。私もいつだって聞いてあげるからさ! だからその……もっと頼りなさいよ」
「ああ、お前がこの学校に居てくれて本当に良かったよ。ありがとな、達美」
「べ、別にあんたの為にこの学校いる訳じゃないし! 私がこの学校で待機してたみたいな言い方しないでよ! そんな事するわけないじゃん!」
「い、いや。別に普通に感謝しただけなんだが」
達美は顔を赤面させながら俺に指をさして否定する。そんないきなりツンツンするなよ……。
「私……役に立ちましたか?」
「ああ、お前にも感謝してるさ。お前も何かに躓いちまったら俺に相談していいんだからな? 俺って頼りないのかもしれないけど、話を聞いてやるくらいはできる」
「はい! その時はよろしくお願いします」
桃子はまだ自分にとっての大切な物を見つけていないと言っていたが、桃子はこれから見つけて行くんだろう。その時にこいつが何かに悩んでいる様だったら話を聞いてやりたいと、そう思う。
俺に話してくれるのかは確信を持てないが……。
「でも、クラスの中で抱きついてくるのだけはホント勘弁な」
「じゃあ、ここでなら……えいっ」
「っておいっ!」
ベッドの上で桃子に抱きつかれてしまった。天下のプラチナメイルがこんな簡単に人に抱きついていいものなのだろうかと、しょうもない事が頭に浮かぶ。
「だ、だめだよぉ! 友達同士でそんなことしたらいけないんだから!」
「そ、そうよ! さっさと離れなさいよ!」
桃子に抱きつかれたまま身動きの取れない俺を助け出す形で、千野と達美がベッドに上がってくるのだが……。
「おいおいお前ら、俺は病人なんだぞ! なんでそんなに暴れ出すんだ!」
いつの間にか乱戦状態にもつれ込んでいた。
「もう、桃子ちゃん。離れないと駄目だよ! 離れないと駄目なんだから!」
「そういう千野も何抱きついてんのよ! ふっふー、帰宅部風情でこのバスケ部に力勝負で勝てるとでも思ってんのか!」
「私……プロレスは結構得意なんですよ!」
「お前らは一体何の勝負をやり始めてるんだ?」
俺はいつの間にかベッドから落ちてるし。そして俺が落ちた事にこいつら気づいてないみたいだし。
千野達がベッドの上で一体何をやり始めているのか、全く理解できない状態になっているのだが――。
何か良くわからんが、楽しそうで何よりだな。
桃子が達美に抱きつき、それを千野が必死に引き剥がそうとし、達美が二人に襲われる形でじたばたともがいている様子は、はしゃいでいる子供の様で――見ていて微笑ましくある。
その後、五分くらい絡み合っていた女子達は制服の所々が気崩れていて肌が露出している箇所もあり、何とも如何わしい光景である。
「ふうっ、ふぅ」
千野は頑張り過ぎて汗をかいており、ベッドの柵にもたれかかっている。夏服で薄着と言う事もあり、白い下着のラインが浮かび上がっていた。いつもはサラサラとしている細い黒髪も千野の額にべったり張り付いていて、これはこれで艶やかさを演出している。
「はあっ、はぁ」
達美は疲れたのかベッド横の壁を背もたれに、呼吸を整えている。こちらに向かって足を開いているのは、はたしてわざとなのか?
「ふあぁ~」
桃子は胸元のボタンが外れ、胸の辺りがはだけていてこれ見よがしに妖艶さを見せつけてくる。豊満な胸という事もあり、俺の何かがそそられる。寝転がっているのは俺を誘っているのか? いや……俺の気の所為だろう。
それとおまけ程度だが、こいつらが暴れまくっていた所為で俺のベッドはめちゃくちゃにされてしまった。俺の枕は一体どこへいってしまったんだろうか?
女子三人が暴れた、戦の後ともいえる状況を未だ机に頬杖を突きながら見守っていた俺は、いろんな意味を込めて言い放った。
「おまえら、けしからんな」
その後、俺の部屋で暴れまくった三人は、揃ってごめんなさいと土下座をし、そろそろ良い時間だからと片付けをして帰る事になった。
「お見舞いに来たのに、本当に邪魔しに来ちゃったね。あはは、今日はごめんね、優一郎君」
「でも、たまにはこういうのも大事よね! 今日は楽しかったわ! また今度、漫画借りに来るから!」
「私もまた来てもいいでしょうか? 楽しかったですし、もっと優一郎さんと喋りたいです」
「ああ、また来いよ、何の持て成しも出来ないけど、話し相手くらいにはなってやるから」
三人を見送る為、アパートの外まで足を運んだ。多少まだふらつくが、近くのコンビニまで歩いて行けるくらいには回復していそうだ。
三人は別れの言葉を交わした後、並んで自分の家への帰路を辿って行く。三人が並んで歩く後ろ姿を見て俺は安心感を憶えた。
千野、お前は良い友達と出会えたじゃないか。お前が自分で達美や桃子と仲良くなったんだ。お前はすごいよ。そして……。
『優一郎君と出会えて本当によかった!』
――俺もお前と出会えて本当に良かったと思ってるよ。
だから、俺もあいつに教えてやりたいんだよ。ここへ来て未だに人生に絶望しているあいつにさ。
あいつにはまだ見えないだろうけど、新しい何かとの出会いが、お前を救ってくれるって。
そう……教えてやりたいんだ。
もう一度、都浪と話をしよう。
ひとまず部屋に戻って再びベッドに寝転がり、真っ白な天井を見上げながら都浪との間にある過去の因縁を払拭するにはどうすればいいのか、その事だけを考えながらまどろみに自分の意識を委ねていった。




