「武術と魔法!!」
~~~新堂助~~~
アデルの恐ろしいつぶやきと同時に、俺はジーンを発見した。
ジーンはオウカンサソリを避けるように背の高い木に登り、枝に跨っていた。
「タスク! 来てくれたの!?」
それまで半泣きだったジーンが、俺に気づいて目元を喜色に染めた。
「怖いよぉ! 助けて、タスク!」
助けを求めるジーンの声に反応したのは、木の下に群れ集った数百にも及ぼうかというオウカンサソリの群れだ。
ハサミに胴体、尾や針がまるで赤黒い絨毯のように密集し、ガチャガチャ盛大な音をたてている。
「タスクうぅぅぅー!」
刺激するのを今すぐやめろと言いたいところだが、ジーンはすでに半狂乱だ。
変に指摘してバランスを崩されても嫌なので、あえてつっこまないことにした。
「任せろ! すぐ助けてやる!」
短く答えた。
ホルスターから光線銃を抜き放つと、俺は迷わず引き金を引いた。
カシッ。
カシッ。
カシッ。
「タス……ク……?」
カシッカシッカシッカシッ、カカカカカカカシッ。
「ざっけんなよ弾切れじゃねえか!」
俺は天を仰いだ。
宇宙港の戦いでけっこう撃ったから、たぶんそのせい。
消耗品の損耗具合はこまめにチェックしとけってことだ。
「弾切れなんだ……? そっか……ははは……っ」
ジーンは力なく笑った。
「運が……ないね……。まいっちゃうね……」
うつむいて小さく肩を揺すったかと思うと──がばり、勢いよく顔を上げた。
その目には、たしかに涙が光ってた。
「タスクうううう! ごめんね!? ボク、黙ってたことがあるんだ!」
突然の謝罪は、すでに人生の幕引きモードに入っているせいだろう。
オウカンサソリの手にかかる前に、最後に言いたいことを言おうと決めたのだ。
「説明してなかったけど、あれは家族の儀式なんだ! 本当の家族になるための儀式なんだ! 男女が婚姻する時の儀式でもあって……つまり……ボクらはもう夫婦の関係になってるってことで……!」
ジーンのいる木を、一匹のオウカンサソリが登り始めた。
それと気づいた他の奴らが、うじゃうじゃと後に続いた。
俺は足元を見た。
赤黒い絨毯のように敷き詰められたオウカンサソリの群れ。
これだけの数の中に踏み込んで、一撃ももらわない自信はさすがにない。
100%、ジーンを救う前に動きを止められる。
止めたられたらおしまいだ。
「最初に説明しろよって思うだろ!? ボクもそう思う! 騙し討ちみたいにしてごめんね!? 説明して拒否されたら嫌だから黙ってたんだ! ボクは……ボクは……!」
ジーンはまっすぐに俺を見た。
「ボクはキミが好きなんだ!」
「……っ!?」
逃げようのない率直さで、俺に対した。
「キミが好きなんだ! 出会ってばかりでなんだって言うかもしれないよ!? おまえ頭がおかしいんじゃないのかって思うかもしれないよ!? だけどホントなんだ! 芯からまっすぐなボクの気持ちなんだ! この前キミが他の女の子たちの話をしてる時に気がついたんだ! ボクはそのコたちに負けたくない! キミをそのコたちのとこにやりたくない! 出来ればケルンピアへも戻らず、キミとずっと旅していたい! でもそれは無理だから……だったらこの旅の途中でキミをボクのものにしてしまおうって思って……!」
ジーンは顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
「だけどそれも……もう終わりみたいだ。ごめんねタスク、迷惑かけて。ごめんねタスク、ひどいことして。キミといられて楽しかった。キミといられた間だけは、ボクは本当の自分でいられた。大統領の娘でもなく、『嫁』候補でもない、ただのジーンでいられた」
ジーンは指で涙を拭い、少し笑った。
「ありがとう、タスク。でももういいよ。早く逃げて。ここは危ないからさ。早く空気浮揚艇に戻って脱出して。ボクは大丈夫、十分幸せだったから。最後にこうして冒険もしたし……ね? だからさ、タスク……」
──逃げて! お願い!
全身全霊で、ジーンは叫んだ。
……。
…………。
………………。
(どうした? ぬしよ)
「……アデル。頼む」
(なんだ藪から棒に)
「あいつを救う方法を。俺の身はどうなってもかまわねえ。いますぐあいつを救う方法を教えてくれ」
(……逃げるのではないのか?)
「逃げるもんかよ。俺はいますぐこいつらを排除しなきゃならねえ。戦って、駆逐しなきゃならねえ。でも普通の方法じゃかなわねえ。だからあんたに頼みたい。なあ、アデル。あんたの言う通り、なんでもするからさ……」
(……んふ)
アデルは楽し気に笑った。
(なんでもすると言ったか?)
「言ったさ。二言はねえ」
(死んでもいいのか? 我がどれだけ無茶苦茶な命令を投げても聞くというのか? いきなり毒を飲めというかもしれんぞ? 炎の中に身を投じろというかもしれんぞ?)
「……あいつは臆病なやつなんだ。ちょっとしたことで怯えて、震えて縮こまっちまうようなやつなんだ。なのにあいつは俺に逃げろって言った。自分はどうなっても構わないから逃げろって。だったら俺は答えなきゃならねえ。あいつの親友として、仲間として、相棒として、兄貴分として……夫として。だからアデル、頼む……」
──あいつを救う方法を、教えてくれ。
(………………………………んふ)
アデルは小さく笑った。
(切り替えの早さはぬしの良きところだがな。視野の狭さは悪しきところだ)
気持ち良さげに語った。
胸を張って偉そうにしてる姿が目に浮かぶようだ。
「……どういうことだ?」
(答えは常にぬしの目の前にあったということだ。のう、ぬしは今までエーテルそのものとなり戦ってきたはずだと。のう、どうやって戦ってきた?)
「どうやってって……あ──」
とあるラノベのチーレム主人公・火裂東吾の魔法。
シロと合一化した時の俺は、彼のように魔法を自在に操って戦ってきた。
「俺に魔法が使えるっていうのか? 架空の世界の架空の魔法なんだぞ? 言語だって叙述式だって、全部嘘っぱちの創り物だ。シロがいたから出来たんだ。シロが俺のイメージを具現化してくれたんだ。あいつがいなきゃ、俺だけじゃ……」
(出来ると思えば出来る、出来ないと思えば出来ない)
「体育会系の論理、やめてくれませんかね……」
御子神じゃねえんだから。
「──でもわかった。溺れる者はなんとやらだ」
俺はパシッと頬を叩いた。気合を入れた。
(……ほう? 腹を括ったか)
「現状それしかないだろ。他に手がないなら、みっともなくても最後まで足掻いてやるさ」
少しでもオウカンサソリから遠ざかろうと、ジーンは枝の先端へ向けて這い進んでいる。
いくらジーンが軽いとはいえ、先端部で体重を支えることは不可能だ。
間もなく折れる。下に蠢くオウカンサソリの群れの中に、ジーンが落っこちる──
(……んふ、いい顔になってきたのう)
実に嬉しそうにアデル。
(よかろう、まずは精神の集中だ)
俺は再び自然体の構えをとった。
臍下丹田から気を発し、経絡を通して全身へ送り出した。
足の裏、膝、腰、背中、肩から手の先、頸椎を通って眉間と頭頂へ。
そういやお袋が言ってたっけ──
滞らさぬこと、散じぬこと。
決して力まず、体の内に抱えなさい。
そうすれば気はいずれ膨れ上がり、球を成すの。
球となった気は、神魔すらも打倒する力となるのよ。
「神魔ってのは大げさだと思ってたけどさ、お袋……」
全身に帯びていた青い光が輝度を増した。
ぐぐっと膨れ上がり、ピンと張り詰めた。
俺の体をすっぽり包み込む、綺麗な球を形作った。
「案外、盛り過ぎでもなかったのかもな……」
明度の高い海中にいるようだった。
だけど負荷は一切なく、呼吸も苦しくなかった。
四肢の隅々までクリアで、力が行き渡っている。
なんでも出来そうな万能感と高揚感に包まれている。
(そうだ、その通り。あとは思うがままに放つがよい……)
エーテルの扱いは、たぶん武術に似てる。
だから俺は、頸を意識した。
剄というのは運動の総体のことだ。
たとえば正拳突きなら、足腰や背中から発生した力を拳を通して相手に打ち込む過程そのものが剄だ。
頸を練るというのは技や動きの流れを練り上げるという意味でもある。
それを魔法に置き換えた。
魔法の根源は言葉だ。
単語、修飾、文節。呪いの力のこめられた文章を、定められた手順で発することで技と成す。
俺は火裂東吾に憧れていた。
彼の活躍を、魔法発動の瞬間を何度も読み上げてきた。声に出して、動きを添えて。
呪文書を読みこむ魔法使い見習いのように。
何度も何度も、本が擦り切れるまで。
勁を練り上げてきた。
──だから信じろ、俺よ。
手順が正しければ魔法は発動する。
正拳突きが相手を打ち倒すように、この世に現出する。
「『燃え尽きろ……醜く群れ……』」
選んだのは、火裂東吾が一番初めに覚えた魔法だ。
メリル・エルクを救うためにゴブリンの群れを焼き払った魔法。
炎魔法の初歩、基本のキ。
ゆっくりと、紡ぎ上げた。
「『纏わりつきし……者ども……』」
かっと目を見開いた。
オウカンサソリの群れを見た。
数百にも及ぶ者ども、憎き敵──
「『凝集赤光!』」
発っした。
一気に、爆発的に。
ジュザッ。
俺の両目の先から、超高温の赤光が放たれた。
高出力のレーザー光線を思わせる光が地面を薙いだ。




