「地図屋と少女!!」
~~~ジーン~~~
東区の大通りから路地に入って少しいったところにある職人街。
家具や食器や衣服など、手作り製品を主に取り扱う無数の店の中に、ジーンのお気に入りはあった。
枯れ木のように年老いた男性が営む地図屋。
業務内容は地図の仕入れと販売、修復。
古地図、地底図、海図、宝の地図、天球儀に宇宙の航行ルート図、他惑星の地図に至るまで、実に多様な地図を取り扱っていた。
紙に石に布に甲羅に金属板にと、形式も様々。
それらを所狭しと並べ、あるいは吊るしていた。
店内には、古い紙の臭いとカビの臭い、鼻にツンとくるような保存料の臭いが充満していた。
地図情報のすべてがデジタルデータ化されたご時世、実用を目的として店を訪れる客はほとんどいなかった。
コレクターや旅客、家のデザインの一部にと考える富裕層を相手にしたり──あるいはたまに、顔なじみの少女に地図にまつわる逸話を語って聞かせることが、店主の仕事だった。
「ロキ爺ぃロキ爺ぃっ。元気してる? ね、ね。今日は何かいいの入った?」
スイングドアを勢いよく開けて、ジーンは店に入った。
今から8年近く昔になるから、ジーンはまだ小学校低学年くらいのロリっ娘だった。
カウンターの奥の籐の椅子に、いつものようにロキが座っていた。
「おーう? あー……あーあー、ジーンかあー」
半分眠っていたのか、ロキは口元のよだれを拭いながらパチパチとまばたきした。
「今日はー……ないなあ。昨日までは神像世界ラリオスの地図があったんだがなあー。あれは造船所のお大尽さんにすぐ買われちまったあー」
「えぇー」
ぶうたれるジーンの様子を見て、ロキは笑った。
「まあー、安心しなあ。最近は他の世界からの物もスムーズに流てくるようになってるからよう。世界中の美女やお偉いさんを集めた星穹舞踏会を開催するなんて噂もあるしなあ。したらますます交易はお盛んになって、ジーンの欲しいものも手に入ろうってもんさあ」
「ホント!? 交易がお盛んになったら、もっといっぱい地図が入荷する!?」
「おーおーおー、まず間違いねえよう」
「やったあ!」
一気に明るくなったジーンの様子に、ロキは肩を揺すって笑った。
「しっかしおまえさんは、娘っ子のくせになんだってこんなものが好きかねえ。普通ならよう。もっとこうー……なんだあ? 花やらお人形さんやらに夢中になるもんじゃないのかねえ?」
「普通の娘っ子じゃないからさ。ロキ爺ぃ、ボクの夢、知ってるだろ?」
「あー? あーあーあー……ええっと、冒……冒険……?」
「ロキ爺ぃみたいな冒険者になることだよっ。もうっ、知ってるくせに知らないふりして!」
「おーう、それそれ」
ロキは顔をしわくちゃにした。
とにかくお転婆で、3度の飯より冒険が好き。将来の夢は冒険者。
ロキはジーンのそういった性質を好み、彼女が訪れるたび、お茶やお菓子を用意してもてなしてくれた。
花林糖に似たお菓子と緑茶に似た飲み物を出してくれたロキに礼を言うと、ジーンはカウンターに両肘をついて顎を載せた。
足をパタパタさせ、子供のようにおねだりした。
「ロキ爺ぃ、あれ、あの話してよ! 惑星ジャンゴ!」
「ああーあれか。ようしよし、ちぃっと待ってな」
ロキは相好を崩した。
「これはわしが、まだ船乗りだった頃の話なんだがな……」
ロキの十八番。
宇宙の彼方にある、惑星ジャンゴの話。
いわく、面積の実に7割を荒野が占める惑星で、人が住める場所は3割もないとか。
いわく、水が貴重品で、水場争いがよく起こるとか。
いわく、巨大なサソリが神のように崇められていて、信者は腕にサソリのシンボルの入れ墨をしているとか。
伝説的な冒険者だったロキが、膝を悪くして船を降りる前に集めた地図とその逸話。
惑星ジャンゴは、中でも最もジーンの好きな話だった。
もう何度も聞かされて、細部まで完全に覚えているけれど、何度聞いても面白かった。
話の真贋はどうでもよかった。
ロキの話が好きだった。
未知の惑星の未知の地面、そこに立っている自分を妄想するのが好きだった。
その瞬間だけは、大統領の娘という自分の立場を忘れていられたから。
「うんうん。いいなあー、いいよねえ、ジャンゴ。ボクも宇宙船の免許をとったら行ってみたいなあー」
カウンターに肘をついて顎を載せ、うっとりとつぶやいた。
「おまえさんは6つだったかなあ? だったらもう少しでとれるじゃないか」
「ロキ爺ぃの中の時計の進みおかしいだろっ。あと9年もあるよ!」
「なんだ、やっぱりもう少しだろうが」
「ぶうぅー!」
頬を膨らませて怒るジーン。
ジーンをからかって遊ぶロキ爺ぃ。
陽だまりの中で微睡むようなあの関係。
二度とは戻らない時代。
懐かしきあの頃の記憶を、ジーンは今さらのように思い出した。
そしてジーンは──パチリと目を覚ました。




