Interlude:遠い空の下ですか?
~~~小山妙子~~~
ケルンピア全72区を統括する中央警察署の待合室に、あたしたちはいた。
あたしと御子神。
キーラとその部下のバイカー連中。
みんな疲れきっていた。
御子神は椅子に座ったまま舟を漕いでいたし、キーラはソファに完全に横になっていた。
バイカー連中はもっとひどくて、床やテーブルの上にだらしなく寝転がり、高いびきをかいていた。
まあ無理もない。
深夜に始まった宇宙港での死闘。
駆けつけた警察隊に連行され、休むことなく取調室での事情聴取。
同じ話を最初から最後まで、飽きるほど繰り返させられたのだから。
窓の外はすっかり夕暮れ。
ママの仕事──漫画家──の手伝いで徹夜に慣れてるあたしですら、気を抜くとうつらうつらしてしまう。
それにしても大変な一日だった。
しみじみと思う。
亡霊部隊と戦い、宇宙港の平和やガードたちの命を救った。
そういう意味では褒められた。国家功労賞ものだという話だった。
だけど問題はそのあとだ。
タスクたち3人のとった行動の理由が謎だった。
架台を引きちぎるような、あまりにも無茶苦茶な急発進。
続けて次元破砕。
ガリオン号はいずこかへと消えた。
宇宙港の施設への被害はほとんどなかったものの、状況だけを考えれば……。
「警察の方の話では、ジーンさん誘拐の嫌疑をかけられてもおかしくなかったところだそうですよ」
保護者としてあたしたちを迎えに来たカヤさんは、やはり眠れぬ夜を過ごしたのか、げっそりとやつれた顔をしていた。
「というか、大統領のお口添えがなければ本気でそうなっていたかもしれません」
半覚醒状態の御子神を引っ張って立たせると、改めてため息をついた。
「聞いたよ。やっこさん、娘の捜索は必要ないって言ったんだって?」
「ええ、今朝の公式記者会見で。なんでも『家出娘がまたぞろ遠くへ行っただけの話だ。気が向きゃそのうち戻って来るだろ。はい、解散解散~』とのことで……」
カヤさんは肩を竦めた。
「疑いお咎め一切なしってのはありがたいんですがね。一戦交える覚悟で向かったこちらとしては、なんとも拍子抜けというか……」
「向かった? ……ああそっか、大統領官邸に行ってたのか。悪いね、カヤさん」
事情聴取の終わりをただ黙って待つわけじゃなく、先手を打ってくれてたってわけだ。
さっすが出来る女。
「んで、直接会ってみてどうだった? 本人の印象は」
「会見通りです。もっとも海千山千の大物ですから、腹の底まではわかりませんがね」
「尾行は?」
「ここまで記者連中がびっしりつきっきりで、さすがに見分けるのは難しいですね」
カヤさんはもううんざりといったような顔をした。
「そりゃそうか……」
公式には誘拐の嫌疑なしということだが、向こうが本気でそう考えているとは限らない。
今後、身代金や政治的要求があるかも知れないことを考えると、あたしたちを泳がせ、尾行をつけるのが普通だろう。
「まあ尾行されて困るようなこともありませんがね。いつまた同じようなテロ行為の対象になるとも限りませんし。そういう意味では抑止力になるかもですし」
「例の亡霊部隊とやらは?」
「主犯格である『大佐』が逮捕されたことで急速に求心力を失い空中分解……だといいんですがね。そのへんは情報がないのでなんとも……」
「外国じゃあさすがに限界があるか……」
あたしは腕組みして唸った。
「おたくんところのセリさんは? 何かこっちにツテはないのか? 仮にもケルンピア在の支配役なんだろ?」
地球でいうところの大使みたいな存在なわけだから、多少なりとも情報とか人脈とかありそうなもんだが……。
カヤさんは眉間にしわを寄せ、沈痛な顔をした。
「期待するだけ無駄ですね。この件に関してあれは役に立たないものと思ってください」
「即答かよ……」
「駄犬の面倒を見るので精いっぱいってところでしょうね」
「そっか……シロは? あいつ大丈夫か? 正気を保ってるか?」
「セリがなんやかや構ってますが……なんというんですかね、口から魂が抜けてるというか……」
放心状態ってわけか。
「……ちっ」
あたしは舌打ちした。
「情報なし。ツテもなし。あとは自分らで探すしかないってわけか……。なあ、コクリコはどうしてるんだ?」
「ペトラ・ガリンスゥのタタラ工房に代替船と解析機の取り寄せを申請したそうです」
「代替船はわかるけど、解析機ってのはなんだよ?」
「なんでも、次元破砕は強大な事象なので、破砕後も数日は空間の波長が乱れるそうです。その乱れを解析することで、跳んだ先が特定出来るんだとか。時間が遅くなればなるほど精度が下がるということで、超特急で送ってもらってるそうですよ?」
「……ま、現状打てる手としてはそんなもんか」
とりあえず話が落ち着き、いったん官舎へ帰ろうとしたところへ、ひとりの女性が話しかけてきた。
「失礼、あなたがカヤ・メルヒさんですね。私、特殊犯罪対策課の捜査官、ショコラ・ラッドと申します」
警察手帳を見せながら現れたのは、パンツスーツ姿の鷲頭人の女性だ。
種族差があるので一概には言えないが、声の感じからすると若い……20代半ばくらいだろうか。物腰が柔若く、優しそうな雰囲気がある。
「ラッド……?」
カヤさんが首をかしげた。
「同じ鷲頭人……同じ名字……」
ぶつぶつとつぶやきながら、ショコラさんの上から下まで眺め回す。
「毛並みは焦げ茶色……くちばしは茶色がかった白……」
後ろへ回り、パンツスーツのお尻に開いた穴からぴょこんと突き出た尾を注視する。
「尾の一部が白い……」
んー……たしかに似てるかも?
同じ種族だからそう感じるだけなのか、それとも……。
あたしたちの疑問を察したのか、ショコラさんはこくりと頷いた。
「ええ、お察しの通りです。シンドー・タスクさんの船に乗っていたガドック・ラッドは私の夫です」
「夫……ですって……!?」
「ダメ兄貴とかゴミ親父とかじゃなくて……!?」
「あー……そこ驚いちゃいます……?」
ショコラさんはポリポリと頬をかいた。
ショコラさんの運転するエアバス(覆面パトカー)は、幸いにも安全運転だった。
旦那さんのように荒くなくてほっとした。
「はああ!? 旦那さんも特殊犯罪対策課あっ?」
驚きの事実に、あたしは思わず声を荒げた。
「ええ、彼は内偵の実行専門。私は彼のバックアップです」
ショコラさんの説明によるならば、特殊犯罪対策課の任務はテロリストや国際犯罪者など、通常の捜査官では手に負えない危険な奴らを相手にすることなのだそうだ。
てことはあのおっさんは、頭脳体力ともにずば抜けたスーパーエリートだということなのだが……。
「見えねえ、全然見えねえ……。正直ただのチンピラ運転手だと思ってた……」
というか、あんな目立つ外見でどうやって内偵すんだよ。
変装か? 変装が上手いのか? 007的なあれなのか?
「大丈夫ですかね……? あの、話続けても……?」
頭を抱えたあたしを見て、気遣わしげな声を出すショコラさん。
「……大丈夫だ、気にせず続けてくれ。すぐ立ち直るから……」
「で、では……」
こほんと咳払いすると、ショコラさんはゆっくりと話始めた。
「我々はかねてより、あなた方に対して内偵を行っていました。ご想像の通り、ガリオン号とペトラ・ガリンスゥの件です」
ガリオン号とペトラ・ガリンスゥの危険性。
亡霊部隊が直前にネット上に流したという表明文を引き合いに出しつつ、ショコラさんは丁寧に説明してくれた。
「彼がタスクさんに接近したのも任務からです。問題が起きないように、起きるなら最小限で抑えられるように。ジーンさんとのいきさつも承知してました。事情聴取であなた方を疑うような発言があったかもしれませんが、その辺は刑事課との行き違いがあったということでご理解していただければと。失礼極まりない話ではあるのですが……」
どこの世界の警察にだって縄張り争いみたいなものはあるのだろう。
そして、そのことを悪いとも思わないのもまた警察という組織の共通項だと、あたしは思っている。
本気で謝罪してくれるショコラさんは、だからとても心根の優しい人なのだ。
「いいよ、あんたらは任務でやったことだし。逆の立場だったらあたしもきっと、同じことしてる」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」
「こっちこそ悪かったよ。旦那さんを変なことに巻き込んじまってさ」
そう、こともあろうにこの人は新婚ほやほやらしいのだ。
にも関わらず旦那が行方不明。
しかも次元の彼方に飛んでっちまったってんだから、心労も大変なものだろう。
「あ、そのことでしたらいいんですよ。お気になさらず」
ショコラさんはぱたぱたと手を振った。
「彼、無事みたいですし」
「無事? なんでわかるんだ?」
「私たち鷲頭人はですね。つがいになると、ふたりの間に共感覚というある種の特殊能力みたいなものが発現するんです。互いがどこにいて、どんな状態かがわかる能力。話したり意思を疎通したりまでは出来ませんけど……。ですので大丈夫です。彼、元気にやってますよ?」
ショコラさんはニッコリと微笑んだ。
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