Interlude:週末、何してますか?
~~~シロ・ハリアット~~~
旧ケルンピア聖十字学園の学生寮を買い上げたクロスアリアの官舎は、2階建ての簡素なたたずまいの建物だ。
八畳のふたり部屋が20室。それぞれに勉強机と椅子のセット、二段ベッドと衣装ダンスと書棚など、必要十分な家具が揃っている。
部屋割りはこうだ。
妙子と御子神とタスクが隣り同士。
カヤ、シロが隣り同士。
セリは寮官室。
コクリコはひとり離れて。
ひとりひと部屋、国ごとに分けられている。
割り振ったのはセリだった。
個人的願望を言うならばシロと同室がいいのだがと嘆息しながらも、クロスアリアからの指示を守った。
妙子の推測によるならば、指示の目的はプライバシーでも福利厚生でもない。
クロスアリア上層部に、国と国とを分けたがる誰かがいたのだ。
くだらねえと吐き捨てながら、彼女はシロに言った。
──変に意識すんなよ? タスクも言ってただろ。あたしたちは家族だって。
そうは言うけれど、意識しないわけにはいかなかった。
セリが事あるごとに「クロスアリアのシロ」を強調する。
コクリコが「ガリオン号のパイロットのシロ」をアピールするよう要求する。
タスクたちとの板挟みになって、シロは大いに悩んだ。
結果、彼女はタスクの部屋に行かないという選択をした。
妙子と御子神はシロの意志を尊重し、タスクから距離を置いた。シロからも距離を置いた。
そしてこの都市での忙しい暮らしが始まり──
シロはまた、ひとりになった。
タスクに出会う前がそうであったように。
また、孤独になった。
「あーあーあー、暇じゃのうー」
二段ベッドの下で、シロは足をパタパタとさせていた。
「今日もタスクは戻って来んしのうー」
風呂上がり、ほかほかの浴衣姿で、いつものようにつぶやいた。
シロの数少ない趣味であるゲームや漫画類は、荷物になるからといって全部地球に置いてこられた。
テレビを見ようにも仕事から帰ればすぐに消灯時間だ。今もまた、夜更かしをカヤに怒られたばかりだ。
妙子が読み捨てたタウン情報誌や観光ガイドを隠れてこっそり読むことが、今のシロの唯一の暇つぶしだった。
「ほーんふーん、なるほどのう。昨今の婦女子はこのようなところでスイーツをのう……」
昨今の婦女子であるはずのシロは、感心したようにつぶやいた。
「あーでも、タスクは甘いの苦手じゃったのう。前に蜂蜜のたっぷりかかったスイートポテトを食べたら全身を震わせていたからのう」
くっくっく……と思い出し笑いをした。
「お? ここは? 世界中の古書奇書が集う、迷宮古書店街? これは妙子が喜びそうじゃが……タスクもけっこう本好きじゃからのう。こっちの世界のヒーロー小説とか喜々として探すじゃろうのう。んで夢中になりすぎて道に迷ってのう。そのうち諦めて『しかたねえ、ここで暮らすか』なんつってのう」
想像したらおかしくなった。
肩を揺すって笑った。
「血で血を洗うリアルファイトが売りのガチ殺シアムか……これはいかにも御子神といったところじゃが、タスクも出場したがるかのう。ああいう血の気の多い手合いは、適度に発散させてやらんとのう。しまいにゃわらわに技をかけようとするからのう」
腕をとられたり足をとられたり、とにかく始終ぎゃーぎゃー騒いでいた日々が、今は懐かしい。
こちらへ来てからまだ一週間しか経っていないのに、もう遠い昔のことのように思える。
ああ、あの家に帰りたい──
「……っ」
ふと暗い気持ちになりかけて、シロは慌ててかぶりを振った。
「いかんいかん、今は楽しいことを考えよう。そうじゃ、週末初めてのオフがあるじゃないか。こっちへ来て初めての、1日フリーの日じゃ」
シロはペラペラと観光ガイドのページをめくった。
ところどころに付箋がしてあるのは、彼女がタスクと一緒に巡りたいと思った観光スポットだ。
食べて巡って、遊びまわって、とにかく1日中、最後までタスクと一緒にいられる日。
まだ約束はしてないけれど──
「ひっひっひ……休日に寝て過ごすとか許さんからな? 遊び疲れて寝落ちするまでつき合ってもらうから覚悟するんじゃぞ?」
頬を緩めてにやにやにやにや──シロははたと我に返った。
「べ、べべべ別に、そんなに楽しみなわけではないのじゃぞ? あやつがきっと寂しがっておるじゃろうと思ってな? 下調べ代は別にいただくんじゃからな?」
ツンデレのテンプレみたいにつぶやく表情には、隠しきれない喜びが満ち満ちている。
「ああー、早く週末にならんかのうー。早く日が過ぎんかのうー……」
観光ガイドを脇に置くと、シロは地球から持参した抱き枕に抱き付いた。
ぎゅーっと、力いっぱいしがみつく。
向こうでいつもそうしていたように、頭あたりの匂いを嗅いだ。
「あやつはいま何をしておるのかのう……」
ぐりぐりと顔を埋めながら、シロはつぶやいた。
「船で寝て、船で起きての繰り返しで、寂しいんじゃないかのう……」
顔を離し、「のう、タスク?」と抱き枕に話しかけた。
「そなたは毎日楽しいか? 充実しておるか? わらわは……わらわはのう……全然つまらんのだ。来る前はあんなに盛り上がってたのに、いざ来てみれば忙しいばかりで……。妙子とも御子神ともうまくいかんし……。やっぱりあやつらはタスクの嫁じゃから、タスクがおらんとダメなのじゃ。ただのクラスメイトみたいな接し方じゃ。わらわも……わらわものう……。タスクがおらんと……その……」
抱き枕を見つめるシロの頬が、わずかに赤く染まる。
「最近のわらわは、そなたのことばかり考えておるぞ? いまどうしてるとか何を食べてるとか風邪はひいてないかとか、そんなことばっかりじゃ。気になって気になって、もやもやしっぱなしじゃ。じゃからのう、タスク? 毎日きちんと官舎に戻って来い。どんなに夜遅くても待っておるから。寝てて起きない時は、叩き起こしてくれてもかまわんから。毎日毎夜、欠かさず声をかけておくれ? じゃって……、わらわはもう……そなたなしでは……」
抱き枕の顔のあたりに、シロが熱っぽい吐息を漏らしながら唇を近づけた。
ふたつがついに接触せんとしたその時──
ガチャリと。
扉が開いた。
「ふぁあああああああああああー!?」
シロは慌てて抱き枕を投げ飛ばした。
扉の方を見ると、ベージュのネグリジェ姿のカヤだった。
枕を小脇に抱えたカヤが、シロのほうを真顔で見下ろしていた。
「うゃあああああああああああー!?」
シロは全身を赤熱させた。
両手をひらひら振って、「誤解じゃ! 誤解なんじゃよ! 全然そういうんじゃないんじゃよ!」と力説した。
「これは違くて……! ホントにそういうのじゃなくって! ただその……ドラマの真似というかなんというか、そういった感じのものでして!」
しどろもどろに誤魔化そうとする。
「タスクに見立てたことに意味なんてないんじゃよ! ただ単に、わらの中にある可能性の原石に磨きをかけようとしてただけなんじゃ! ほら、女優とかアイドルとか、そういう感じの! のう、のう、わかるじゃろう!? わかると言っておくれ!? カヤ! カヤ! カヤぁ!? なんで黙っておるんじゃよー!? そんな蔑んだような目でわらわを見るのをやめておくれー!?」
頭を抱えて絶叫するシロ。
カヤは相変わらずの真顔で──いやよく見ると、わずかに呆けたような表情で──こう告げた。
「……タスクさんが、行方不明になりました」




