「空に向かって撃て!!」
~~~ジーン~~~
ジーンの母ソニアは、大統領である以前は冒険者だった。
星々の世界を駆け巡り、多くの富を得、名声を得た。
それだけに敵も多かった。
命を狙われたことも、一度や二度ではない。
狙われる対象がジーンになることだってあった。
ジーンの乗る小学校の送迎のエアバスが、テロの対象になったこともあった。
彼女がひとりぼっちになることは、ある種の必然だった。
特殊な嗜好は関係ない。
誰だって、テロの標的になるような女の子とは子供を一緒にしたくないだろうから。
人の悪意の恐ろしさを、ジーンは知っている。
銃、爆弾、暴力、その恐ろしさを知っている。
だから彼女は争いを好まない。
ガドックは彼女の行動を逃避だと断じたが、それは正しかった。
彼女はずっと逃げていた。
怖いものから目を背けていた。
「冒険者志望の臆病者」という矛盾は、そうして生まれた。
そして今──
「やめときゃよかったやめときゃよかったやめときゃよかった……」
副操縦者席で、ジーンは膝を抱えていた。
モニター越しにタスクの姿を見つめながら、青い顔で震えていた。
「止めときゃよかった止めときゃよかった止めときゃよかった……」
ぶつぶつとつぶやいている。
ずっと後悔し続けている。
「やっぱり一緒に船に閉じこもってりゃよかったんだ……だってみんな、あんなに怖そうで……」
亡霊部隊とガードの戦い、第三勢力の出現。
恐ろしい顔をした連中が、恐ろしい兵器を使って暴れている。
三つ巴の戦場で、タスクは果敢に戦っている。
ジーンが貸した光線銃を撃ち、不可思議な技で相手を投げ飛ばした。
ハンドグレネードの爆発の噴煙の中に姿が見えなくなった時は、本当に肝を冷やした。
「あの人……あんなに強そうで……」
極めつけは大佐だ。
見たことのないような、強力なエーテル使い。
タスクの光線銃をことごとくシャットアウトした。
打撃技で優位に立つも、すぐに逆転された。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……」
タスクの拳が血に染まっている。
指と指の隙間から、真っ赤な鮮血が滴り落ちる。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……」
ジーンはすがるように銃を胸に抱えた。
タスクに貸すように言われた時、どうしても貸せなかった銃。
ソーンクロフトの一族に代々伝わる、年代物の銃。
木製の銃身に金象嵌が施され、青い大きな宝玉が嵌っている古式銃。
走馬灯のように、ジーンは思い出した──
──ジーンにしか撃てない? なんだそりゃ。
──これは起動に強力なエーテルを必要とするんだ。それだけ威力はあるんだけど、お兄ちゃんには撃てないと思う。
──まあたしかに、エーテルに関しちゃ俺は門外漢だ。しょうがねえ、光線銃だけでいいや。
戦場に赴く前、タスクはふと、思いついたという風に振り返った。
──……そうだジーン、援護しろとは言わねえけどさ、ひとつだけ頼まれてくれねえか?
──頼み?
──うん、なあに、そんなに難しいことじゃねえ。もし俺がピンチに陥ったらさ、もし極度の緊張状態に追い込まれてたらさ、こうして指を1本上げるから、そん時にさ……。
「ハッチを開けておっきな声でお兄ちゃんの名前を呼ぶ。空に向かって一発撃つ……」
それがどれほどの効果をタスクに及ぼすのかわからない。
この土壇場で、逆転の奇策になるとも思えない。
だけど、タスクはジーンに頼んだ。
お兄ちゃんが、妹に頼んだ。
──ははっ、なあに、もしもの時のお守りみたいなもんだ。均衡状態を打ち崩す魔法の言葉というかさ、本気でぎりぎりの戦いの時には、そんなちょっとしたことでも勝敗を分けることがあるんだ。
そう言って、ちょっと笑った──
「ハッチを開けておっきな声でお兄ちゃんの名前を呼ぶ。空に向かって一発撃つ……」
ジーンは繰り返しつぶやいた。
「ハッチを開けておっきな声でお兄ちゃんの名前を呼ぶ。空に向かって一発撃つ……」
呪文のように口ずさんだ。
よろめきながら、ハッチの蓋に手をかけた。
回そうとしたが、手が震えて力が入らない。
戦場の臭いを想像して、吐きそうになって、ジーンはその場にしゃがみこんだ。
「……ボクのお兄ちゃんなんだ。初めて出来た友達で、親友で、相棒で……」
ぎりぎりと、締め付けるような頭痛が走った。
幼い頃に晒された人の悪意が、トラウマとなって胸を抉った。
「お兄ちゃんに頼まれたんだ……空に向かって一発撃てって。それだけでいいからって……」
脂汗を流しながら、ジーンはよろよろと立ち上がった。
再びハッチに両手をかけた。
「撃ったらすぐひっこめばいい。それだけでいい。何も恐いことなんかない。そうだよ、ボクは冒険者になるんだ。星々の世界を駆け巡って、未踏査の星を旅して、やがて伝説に名を残すんだ……」
体重をかけるようにして回した。
「隣にお兄ちゃんがいないとダメなんだ。お兄ちゃんの隣にいないとダメなんだ……」
押して、開けた。
「お兄ちゃん……」
ビョウウと、強い風を頬に感じた。
後れ毛が風になびいた。
戦場に目をやった。
空色の瞳に映ったのは……。
「お兄ちゃん……っ」
大佐と向き合うタスクだった。
全身に切り傷を負っている。
特に左手の傷がひどく、握り拳の隙間から鮮血が染み出ているのがわかる。
「お兄ちゃん……っ」
大佐の体を覆うエーテル光が、左の手刀に集中した。
極度に収斂し、研ぎ澄まされた。
タスクが指を空高く突き上げた──合図だ。
「お兄ちゃああああああああああん!」
突き動かされるように、ジーンは叫んだ。
大佐の顔が、わずかに動いた。
銃を構えた。
古式銃──正式な名称は精霊銃。
精霊使いの扱う銃。
太古の精霊を使役する武器。
「『リ・ヴァル・ベア、アスターラム・ヴァイン! 我、汝に命ず! 古き嵐の精霊よ! 契約に基づき、ここにその威を示せ!』」
詠唱の開始と同時に、精霊銃の銃身に納められていた青い宝玉が、チカリと光った。
「『猛き牙と呼ばれる者よ、鋭き爪と称される者よ、無窮なるその暴威を示せ……!』」
青い宝玉を中心に、渦巻くように風が生まれた。
青白い閃光を、共に生じた。




