第18話 処刑台に咲かなかった花
次の春、薬園の入口に、白い花が咲いた。
毒のない、小さな花だった。
私が魔力を流すと枯れてしまうので、水だけをやった。
芽が出るまで、何日も待った。
咲くまでには、もっとかかった。
リタが、花の鉢を日に当て、風の強い日は戸の中へ入れた。
私一人で咲かせたわけではない。
薬のための温室には、相変わらず毒草が並んでいる。
幼い竜の鱗を助ける青灯草。
成竜の火を静める灰虹根。
人と竜で使う部位や扱いが違うものは、棚を分けて置いた。
薬師としての登録は正式になり、私は週のうち決めた時間をここで働いている。
王妃になったので、全部の診療に口を出すわけではない。
先生が決めることは、今も先生が決める。
火脈は、落ち着いていた。
温かさを送る道と、共鳴石の取付けを、別々の技師が点検する。
王が眠っている夜でも、水路から湯気が上がる。
雪が多かった次の冬には、炉の燃料を増やした。
ククも一度熱を出したが、母親が早めに診療所へ連れてきてくれた。
前のように高い熱を抱え続けることはなかった。
まだ小さい子竜は、飛ぶ練習を始めた。
羽ばたくたびに、薬園の布の花が揺れる。
地面から少し浮いて、すぐに降りた。
失敗というより、着地だった。
本人は満足そうに、私を見た。
「とんだ」
「見ました。次は、先生の鉢から少し離れましょうね」
子竜は振り返った。
青灯草の覆いへ、翼が当たりそうになっている。
母親が名前を呼ぶと、彼は少しずつ移動した。
もう、私の袖を握っていないと眠れない子ではなかった。
王都からの知らせも、ときどき届いた。
薬園が再び働き、地方の薬師たちにも場所が開かれた。
聖女の儀式へ力を集める器具は、改造される前の用途に戻された。
竜の国から熱を借りるなら、季節と量を決め、双方が止められるようにする。
新しい取り決めには、技師と医官の意見も入った。
私は薬師として聞かれたことに答えた。
夢の中で殿下が犯すはずだった罪を、現実の罪へ加えることはしなかった。
私が避けた処刑について、誰かを罰する必要はなかった。
父は秋に一度、こちらへ来た。
母の手紙で、私がどんな薬園にいるか知りたくなったという。
私は、青灯草の温室を案内した。
毒の表示を見た父が、静かに頷いた。
必要とされる場で、その危険まで理解されていることを、見てもらえた。
帰り際、父はまた来てもよいかと尋ねた。
私は、はいと答えた。
以前の親子へ一日で戻ったわけではない。でも、次に会う話はできた。
午後、レオニスが薬園へ来た。
私が片づけを終えるまで、入口の白い花を見ている。
彼の魔力でも、その花は鳴らなかった。
だから、彼は近づき、花びらの形を普通に眺めた。
「こっちも、咲いたのだな」
「はい。時間がかかりました」
私は道具をしまい、手を洗った。
指輪をつけ直す。
今日は町の市場へ、一緒に行く約束だった。
春の屋台には、まだ冬の芋があるらしい。
坂道を降りる途中、彼が私の手を取った。
私は握り返した。
空には、荷を運ぶ竜が一頭飛んでいる。
人の姿の子供たちが、翼の影を追いかけた。
「もう、あの夢は見ないか」
彼が聞いた。
私は少し考えた。
刃の影を思い出して、目を覚ます夜はまだある。
全部が消えたとは言えなかった。
「ときどき、思い出します。でも、今朝は、ククが窓の下で鳴く夢でした」
「それは、夢ではなかったかもしれない」
私は笑った。
起きたとき、母親が子竜を呼ぶ声も聞こえていた。
市場で焼き芋を二つ買った。
今度は初めから、半分ずつ分ける。
私の手にも、彼の手にも、温かい包みがある。
処刑台には咲いていなかった花が、今日は薬園の戸口に咲いている。
そのことを、私は彼に話さなかった。
帰ったら、一緒に水をやろうとだけ言った。
彼が、いいなと答えた。
私は芋をひと口食べ、明日の鉢のことを考えた。
毒のあるものも、ないものも、私の暮らしに置いてよかった。
帰る場所へ繋がる階段には、春の光が届いていた。
完




