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羊皮紙とバルブ

 ガラス一枚を隔てた向こう側は、暴力的なまでの白に塗り潰されていた。


 北から吹き付ける猛吹雪が、真鍮の骨組みを激しく叩き、呻きのような音を立てる。だが、その狂騒は大温室の強化ガラスに遮られ、室内にはただ、湿り気を帯びた重い沈黙と、熱い蒸気が配管を通り抜ける「シューッ」という規則正しい呼吸音だけが満ちていた。


 エリスは中央制御バルブの前に立ち、手元の羊皮紙に目を落とした。


「……外気温、マイナス二十二。主配管の蒸気圧、四・二。中央区画、湿度六十五パーセント」


 震える声を押し殺し、彼女はバルブの感触を指先で確かめた。使い込まれた真鍮は、熱を帯びて滑らかに指に馴染む。彼女はこの感触を信じていた。バルブを右に三度回せば、熱は血管のように温室の隅々まで行き渡り、冷気を押し戻す。左に二度回せば、繊細なアネモネの呼吸を助けるための微かな湿りが生まれる。


 羊皮紙に記された数値は、エリスにとっての世界の正解だった。熱量と水分を正しく与えれば、植物はそれに応える。そこには「気まぐれ」も「不条理」も存在しない。あるのは、完璧な均衡と、それに基づく命の循環だけだ。


 エリスは油で汚れた指先で、アネモネの青い花弁に触れた。花は静かにそこにあり、彼女の調整が正しいことを証明していた。


 その均衡を、無作法な振動が引き裂いた。


 温室の最深部、ボイラー直結の搬入口。そこにある重い鉄の扉が、まるで彼女を無理やり外の世界へ引きずり出そうとするような、暴力的な力で押し開けられた。


「よお、エリス! 今日は一段と凍れるなあ!」


 冷気が津波のように流れ込み、温室の温度勾配が一瞬にして崩壊した。羊皮紙の上に、温度差が生んだ大きな結露が、一滴、音もなく落ちた。精密な数値が並ぶ記録の端が、じわりと湿って歪む。エリスは肩を怒らせ、その雫を睨みつけた。


 扉の向こうから現れたのは、雪まみれの厚いコートを着た少年、ルカだった。彼はソリに乗せた石炭を搬入口に放り込みながら、煤で汚れた鼻先を赤くして笑っていた。


「扉を、閉めて!」


 エリスは叫んだ。


「せっかく維持していた熱が逃げてしまうわ。あなたの行動は、この温室の運用計画に対する明らかな妨害よ。配送予定時刻からも十二分も遅れているし、そもそも……」


「まあ、そう怒るなって。ソリの跡が雪で埋まっちまってさ。でも、そのおかげでいいもん見つけたんだ」


 ルカはエリスの理論武装を、春風のような軽やかさで聞き流した。彼は懐から、一本の細い枝を取り出し、エリスの前に差し出した。


 それは、真っ白な雪の中で凍りついていたという、小さな「赤い実」のついた枝だった。


「外は真っ白だけど、ここだけ火が灯ったみたいに赤かったんだ。あんたに見せようと思って」


「……成分もわからない、ただのゴミよ」


 エリスは冷たく言い放ち、バルブの調整に戻るために、叩きつけるように背を向けた。


 ルカは「相変わらずだなあ」と可笑しそうに笑い、石炭の山を残して、再び白銀の世界へと消えていった。


 静寂が戻った温室で、エリスは荒くなった呼吸を整えた。扉は閉まり、再び秩序が回復されるはずだった。しかし、彼女の視線は、ルカが搬入口の棚に無造作に置いていった、あの赤い枝に吸い寄せられた。


 誰も見ていないことを確認し、彼女は指先でその実を拾い上げた。


 冷たかった。そして、驚くほど鮮やかだった。


 彼女が完璧に制御し、羊皮紙の上に記述してきたどの色とも違う、荒々しく、しかし生命力に満ちた赤。エリスはその実を、自分の作業机の端、一番古い記録帳の隙間に隠すように置いた。


 その瞬間、彼女の胸の奥で、どのバルブを調整しても抑えられない、正体不明の動悸が、確かに刻まれた。


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