99.結珠の本当の願い
「全く同じ紙が四枚……。君は平民だと聞いていたが、違うのか?」
「平民ですけど。何かおかしかったですか?」
単に近所のコンビニでコピーしたものだ。何かおかしいのだろうかと聞けば、ジュジュもナールもじっと紙を見ている。
「こんな寸分違わず仕様書を用意できるのは、複写屋を使うか、魔術師が魔術で複写するくらいだが」
「え? あ。そうか……」
言われてようやく気付く。コピー機など存在しないワーカード王国では、同じ書類を準備するにも時間がかかるのだろう。それを平民だと言っている結珠が簡単に用意したのだから、驚くのも無理はない。
「私の国では、書類を簡単に複写出来る装置があります。それは平民でも簡単に使えて、十枚複写するのに銅貨一枚くらいの値段で出来てしまいます」
「銅貨一枚だとっ!?」
「はい」
ディーターが驚きの声を上げた。ジュジュとナールも声を上げないものの驚いている。
「……文化そのものが違うのだな」
「ええ。ジュジュさんにも何度か伝えていますが、私の世界には魔法がない分、様々な技術が発達しています。人の手で行っていたものを機械化して、自動で動くようにしたりとか。この複写もそのひとつですね」
「なるほど……そういうことか」
ディーターはひとりで何やら納得顔だ。
今度は三人が、ディーターが納得している意味がわからず首を傾げる。ジュジュが尋ねた。
「どういうことでしょう、師団長?」
「これだけ生活文化が違うんだ。常識も異なっているはずだ。俺たちの常識が彼女に通じないように、また彼女の常識も俺たちには理解できない。そうなれば、かなりの齟齬が生じるはずだ。それを知らずにいれば、俺たちから見たら魔女はかなり常識外れになるだろう」
道理で指摘したところで喧嘩となるわけだ。
「君の突拍子もない発想は、異世界ならではというわけか」
「私、そんなに突拍子もない?」
ディーターの指摘に、ジュジュとナールは無言で頷いた。結珠に振り回されているふたりだからこそ説得力はあった。容赦のない返事に、結珠はがっくりと項垂れる。
「まぁ、返す言葉もないんだけど……」
今までさんざん二人からは色々と言われている。反論の余地はない。
結珠はぎっ! と顔を上げて、カップに残っていたお茶を一気に飲み干した。
「いやもう、私への指摘はいいんで! 話をすすめましょう!」
「悪かった。俺が余計なことを言ったからだな」
「いいえ! 大丈夫です! それに、私がズレているのを前提で話を聞いてもらった方が、より理解できるかと思います」
書類を見てください! と、結珠は三人に見てもらう。
そこには結珠が描いたイラストが載っていた。なるべく文字は使っていない。値札は日本語で書いても勝手にワーカード王国の文字に変換されて彼らには見えるようだが、書類まで変化するかわからなかったので、補足は口頭でするつもりだ。
「私の世界の創作に出てくる魔法使いは、普段正体を明かさずに人に紛れて暮らしています。そのため、いわゆる魔法道具は携帯出来るものです。首飾りや腕飾り、ブローチや髪飾りなど。それは作品によって様々違います」
そう言いながら、結珠は紙に描いた装飾品を指さす。
結珠が子供の頃に好きだった魔法少女などのアイテムをそのままイラストにしてある。
三人は結珠の説明を黙って聞いていた。
「そして呪文を唱えて、変身します」
「変身とはなんだ?」
ここで初めてディーターが口を挟んだ。
「ええっと、正体を隠しているって最初に言いましたよね?」
「ああ」
「なので、そのままだと魔法が使えないんです。変身して、魔女や魔法使いになって初めて術が使えるようになります」
「なるほど。では、まずはそこから解決しようか」
ディーターからの提案に、結珠はよくわからないが、頷いた。
「俺もジュジュも魔術師であるということを隠していないし、変身などしなくとも魔法道具さえあれば即座に魔術は使える。そのため、君が言う変身をする必要性がない」
「そうね。私たちが身にまとっているローブは、王立魔術師団所属であるという身分を明かしているものだわ。私が着ているのが、一般魔術師のローブで、師団長と副師団長だけ色が異なっているの」
「役職付きであるという証明だな。王宮内であれば役職者の顔がわかっているが、街や郊外に出れば、顔を知らない者も多い。そのため、遠征などに出た場合、このローブが身分を証明する手段となる」
ディーターとジュジュが、結珠に向けて細かく説明をしてくれた。
「そもそも何故、身分を隠すんだ?」
「それは……敵に正体を知られないためとかですかね? あとは創作なので、実際には魔法や魔術は存在していないんです。だから、作品の中でも魔法は畏怖すべき存在になっているのかもしれないです。人と違うということに恐怖を感じて攻撃してくる人もいるので」
そうして魔女たちは人知れず、人々の脅威と戦っていることが多いと伝えると、ディーターは考え込んだ。
「やはり前提が違うのだな。我々も確かに畏怖されることはあるが、だからと言って魔術は人の生活とも密接に関わっているから、ただ存在しているだけで恐れられることはない」
「そうなんですね。でも、創作の中の登場人物である魔法使いたちは、それこそ千差万別で、私の世界を舞台にしているものもあれば、異世界を舞台にしているものもあります。そういう場合は特に変身はしていないです」
「異世界を舞台? それは、誰か行ったことがあるのか?」
「いえ……多分全部想像です」
「一体どれだけの創作物があるんだ?」
「それは、多分数えきれないほどですかね? 誰でも知っている作品から派生して、本当にたくさんの作品が生まれています。だから、作者の設定次第では、どんなものもあります」
その通りだ。十人の作者がいれば、十作品全部がそれぞれ違うものとなる。変身して戦う魔法少女がいれば、異世界の剣と魔法の冒険譚や、現代の海外が舞台の魔法使いの話。
そして、杖の役割も作品によって異なる。説明をすると、ディーターは理解したかのように頷いた。
「では、君に改めて問おう。君は一体、どういう杖を作りたいんだ?」
「どういう杖……」
私が作りたい、私の魔法使いの杖。
ディーターに問われて、結珠は懸命に考える。
結珠が子供の頃に見たアニメは、呪文を唱えて魔法陣が出現して、変身をして可愛い恰好となった少女が颯爽と活躍するものだ。
ときには傷ついて倒れそうになったときも、歯を食いしばって戦って。新たな力を手に入れてパワーアップして、最終的には勝利する。
戦う少女のための杖。そこまで考えて、気付いた。
杖を作りたいわけではなく、自分ではない自分になりたいのではないか?
「杖……というか、変身にこだわっていたのかも?」
「変身? それは君が言う、只人から魔女へ変身をするという行為そのものということか?」
「はい。自分じゃない自分になりたかったのかも」
「それは、君が魔術師になりたいということか?」
ディーターの問いかけに、結珠は目を見開いた。その問いは、この前ジュジュにも聞かれたものだ。
私はやっぱり魔術師になりたいのだろうか。頭の中で、結珠はもう一度自分に問いかける。
魔術師になりたいわけではない。でも杖は欲しくて、変身をしたくて。
いや、私は何になりたいのだ?
「いえ、違います。私は魔術師になりたいわけじゃなくて……私は魔女になりたいのかも」
「は?」
その言葉は、するりと結珠の口からこぼれ落ちた。
ああ、そうだ。魔女になりたいのだ。
いや、違う。単なる魔女ではない。人に言われる魔女ではなく、自分が魔女であるという自覚を持った魔女になりたいのだ。
「いや、君は魔女だろう?」
最初にそう言ったのは、ディーターだ。ジュジュもナールも口々にそうだと肯定した。
結珠も頷く。
「ええ、みんなそう言うんです。私は魔女だって。ジュジュさんは最初に会った頃には大魔女じゃないかって言ってくれました」
「それは俺も感じる。君は魔力量も多い」
「それもよく言われます。でも、周囲がそう言うだけで、私には全く自覚がないんです。魔石と呼ばれる石で、魔法道具を作って、魔力を込めて売って。魔術師の皆さんはすごいって言ってくれます。でも、私は魔力も感じられないし、魔法道具に魔力を込めている実感もない。何にも感じられないんです」
「ユズ……」
突然の結珠の告白に、ジュジュが結珠の手を握った。
すごいともてはやされる反面、何も感じることが出来ない自分がいつの間にかにコンプレックスになっていた。
自覚のないままここまで来てしまった。
だからこそ、杖があれば自分も何かに変身出来るのではないか、変われるのではないか。
それが、杖を作りたいと思った答えだ。
「私は、自分自身が魔女だという自覚を持ちたいんです」




