評定
人質の話は、当事者の長寿丸や藤千代の与り知らぬところで進んでいった。重臣たちの中ではすでに話ができており、あとは当主一家の了解を取り付けるだけとなっていたようである。当主の亀千代は何も言わず、後見の台芳尼と内城君が幼少の男子をどうしても人質に差し出さねばならぬのか深水宗方に問うていた。行けるものなら自分が代わりに行ってやりたいというのが情というものだが、それはできぬ相談のようだった。
「恐れながら、島津は相良をそれほど信用しておりませぬ。人質には、御当主亀千代様に最も近い御方を差し出さねば、どのようなことをしてくるか……」
台芳尼は先代の正室で当主亀千代の後見ではあるが、実母ではない。出家し了心尼を名乗っている実母の於鶴は、実母とはいえその身分は側室、島津がどう思うかわからない。そして祖母の内城君では、親兄弟に比べて血が遠いことと年齢が心配される。三人の異母姉たちは病弱であり、何より母が違う。
また相良と島津は共に鎌倉の御家人より続く古い家柄だが、相良は肥後国の一地頭、島津は薩摩一国の守護の出。そのため、家門に誇りもあれば意地もある。侮られたと思えば球磨一郡さえ取り上げられかねないのである。
これらを総括して、人質と成りうるのは当主の弟二人しかいない、ということであった。
ここまで理由を並べられれば、もはや誰も反対などできるはずもなかった。
長寿丸は、大人たちの話を半ば他人事のように聞いていたし、四つの幼児である藤千代に至っては眠気が襲ってきたのかがくがくと船を漕いでいる。長寿丸はそのたびに肘で小突いて弟を起こしていた。
「長寿丸様、藤千代様。ようございますか?」
ぼんやりと話を聞いていたところに、深水宗方から声をかけられ、長寿丸は慌てて姿勢を正した。皆の視線が、一斉に集中する。さすがに藤千代もそれを感じ取ったのか、同じく横で背を伸ばした。
「うむ」
長寿丸が緊張しながらも一言だけそう返事をすると、宗方たちは今度は中央の上座にいる当主の亀千代の方へ向き直った。
「では、御二方のどちらかを人質とするかは、井口八幡の神へお伺いを立てましょう。殿、よろしゅうございまするか?」
「……よきに計らえ」
亀千代は、感情のない声で、一言だけ声を発した。
その言葉に、皆が平伏する。
長寿丸は、何故自分と弟がこの場に呼ばれたのかわかったような気がした。
今後の学びのためなどではない。どんな幼児であれ、自らの立場をわからせるためだ。相良家の男子として生まれたからには、家のために犠牲にならねばならないこと。
――そして。当主の亀千代も含めて、幼い兄弟には、重臣たちが決めたことに対してただ従うしか道がないということ。
亡き父ならともかく、年端もいかぬ幼子たちに、否やをいう権利などない。ただ、お飾りとして神輿にのっているしかないのだ。幸い、有能で知られる深水宗方を始め重臣たちは相良家に忠誠を誓い、その遺児たちを盛り立てていくことで一致しているが、それもいつ崩れるかはわからない。
相良家のみならず、家臣が反乱を起こすことなど珍しいことでも何でもないのだ。
兄の亀千代が、退出する。
平伏している長寿丸は、兄の表情をうかがい知ることなどできなかった。




