脅威
首も胴も、遺体の一部すら帰らぬまま、父、義陽の葬儀は行われた。
祖母の内城君は気丈に振る舞っていたが面やつれしているのは明らかであったし、義陽の正室、千代菊と長寿丸たち三兄弟の母、側室於鶴は覚悟が出来ていたのか取り乱すことなく、ただ静かに忍び泣いていた。
形式的とはいえ喪主となった兄、亀千代は涙を堪えて口を引き結んでいるが、弟の藤千代は幼さ故に何が起こっているのかわからず、悲しみにくれる面々をきょとんとした顔で見つめている。
長寿丸は葬儀が進むにつれ涙を抑えきれず手の甲で溢れる涙を拭っていたが、兄に『相良の男子ともあろう者が泣くな』と叱られ必死に歯を食いしばって耐えた。
家臣一同涙を抑えきれる者はなく、屈強な男たちが憚らず涙を流す様を見て、父がどれほど慕われていたのかを改めて知る。
その中でも、特に義陽の死を悲しんでいたのは、正室千代菊の長女、虎満である。千代菊には三人の娘があり、みな三兄弟にとっては異母姉に当たる。虎満は今年十七、最初の子ということで義陽が特に可愛がっていた姫であった。
――そして、葬儀が終わって数日後。毎日食事も取らず泣き暮らしていた虎満は、とうとう病の床に伏した。
*****
悪い知らせというのは、続くものである。
「島津が八代を切り取った!?」
家老の深水宗方からもたらされた報は、悲しみに沈む家中を一気に動揺させた。
そもそも相良家は本貫である球磨郡を始めとして、数代前から隣の葦北郡と八代郡を手中にし、今や肥後南半国を治める大名となっている。それが今年に入ってから勢力拡大を目論む薩摩の島津家に攻められ、抵抗するも多勢に無勢、やむなく葦北郡を割譲し降伏、服属することとなったのである。そして島津の命令で肥後北部の大名、阿蘇家の軍師、甲斐宗運と戦うこととなり、当主、義陽は響野原で討死を遂げた。
「宗方、それは確かなことか」
まだ十の当主の後見を務めることとなった、内城君が問う。幼君、亀千代の後見は内城君と亡き義陽の正室にしてこの度出家して『台芳尼』となった千代菊が務め、家老である深水宗方と犬童美作守頼安が政務の補佐をするという形になった。実質的には、亀千代が成長するまで深水と犬童の重臣二人が政務を取り仕切ることとなる。
当主亀千代を上座に据え、長寿丸と藤千代も同席する。八つと四つの子どもに政務の話などわかるはずもないが、今度の学びのためということで重臣たちよりも上の席で話を聞くこととなった。
「誠の、ことで、ございまする」
深水宗方は、絞り出すように内城君の問いに答えた。
義陽亡き後、その死を知った島津家は混乱に乗じて今は島津領となった葦北郡から八代郡へ侵攻、八代城を占拠し城代を置いた。もちろん、相良家には何の音沙汰もない。
相良への忠義で抵抗するものもあったが、島津の圧倒的な力に敵うはずもなかった。
「島津が申すことには、惣領の亀千代君は未だ御年十、八代と球磨二郡を治めるにはいささか荷が重すぎる、故に八代は島津が貰い受ける、と」
「それは、あまりに理不尽ではございませぬか!!!」
声を荒げたのは、末席に座っていた犬童美作の嫡男、軍七である。年は十四、諱は頼兄という。
元は寺に入っていたが、島津が葦北郡の水俣城を攻めた時に寺を抜け出して籠城戦に参加し、それ以来は家臣として父、犬童美作と共に仕えている。
『隣国無双ノ美童』と名高く、長ずれば歴代一の美男と期待される当主、亀千代とその美しさを並び称される少年である。
普段は口数も少なく冷たい印象の少年が、この時ばかりは声を大にして訴える。
「御幼君だからと足元を見て攻め込んできて領土を切り取るなど言語両断。そもそも、玉井院(義陽の法名)様が甲斐宗運と戦うことになったのも、元はと言えば島津の命ではございませぬか! それを……」
「軍七、口を慎め!!!」
犬童美作が息子を叱責するが、軍七は猶も続けようとする。
「犬童軍七の申すことは、至極もっともなこと」
内城君が、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「乱世とはいえ、あまりの仕打ち。されど……今の相良に、島津に逆らう余力はない」
軍七はハッとしたように息を飲む。
「屈辱を耐え忍んで島津に頭を下げるより、他に道はない。球磨郡が取られなかっただけでも、良しとせねば」
軍七は悔しそうに唇を噛む。
「恐れながら、このような風聞もございます。当主島津修理大輔の弟、兵庫頭義弘を八代に入れ、さらにその弟金吾家久を球磨へ送り込むつもりだと」
深水宗方の言葉に、その場が一気に凍りついた。
「もはや、猶予はございませぬ。相良の御家を守るためには、島津に頭を下げ、球磨一郡のみでも安堵してもらわねば」
そこまで言うと、深水宗方は大きく息を吸った。
「殿、並びに内城様と台芳尼様に申し上げます。どうか、殿の御弟君、長寿丸様か藤千代様を、人質として差し出すことを、お許しくださいませ」
宗方は、深々と頭を下げ、平伏する。
『人質』。長寿丸の心臓が、どくんと嫌な音を立てた。




