第三話『ビトー』(二十二)
儂は両親の顔を覚えておらん。物心付いた時には、貧民街でその日を必死になって生きておった。毎日、運試しをしている様な生活じゃ。どうにか寝床にしている軒下に生きて帰り、次の日の朝日を拝む事が出来たと感謝する。そんな生活を続けていた。
本当の意味でその日暮らし。明日なんてものは今日を生き抜いて初めて意味を持つ。じゃから周りの連中も、自分の財産、なんて物を持っている奴はおらなんだ。
その為、貧民街に廃棄されている物の所有権なんてものはなかった。儂はごみ捨て場にあった古びた道具類を拾って来ては、暇つぶしに弄り回しておった。その頃に、自分の手先が器用じゃという事に気が付いた。
暇つぶしに始めた事ではあったが、不思議と飽きずに続けた。がらくたに手を少し加えるだけで、ごみであった事が信じられんような、それとなく見える物になっていた。闇市でそれをさばく事を覚えたのもそのすぐ後じゃ。
まあ、乞食の餓鬼が持ってくる品々にまともな値が付けて貰える訳がなく、仕事、と言えるもんではなかったが。
それでも、自らの手で生み出される商品達は、幼子心に我が子の様に可愛かった。じゃからか、ある時ふと現れた男が、手にした道具を見せて儂に「お前が作ったのか」と訪ねて来た時、誇らしげにそうだと答えてしまった。
男が持っていたのは、手の平に収まる程の小箱じゃ。儂が幾つかのがらくたを組み合わせて、蓋を開けると小箱の底から小さな針が飛び出す様にしていた物。確か悪戯に使おうとしたんじゃなかろうか。その頃の記憶は曖昧じゃが、幼い儂は面白い仕掛けを思い付いた、と興奮していたのを覚えている。幾つか作って、闇市に流した。その一つじゃろう。
儂が作った事を認めると、すぐさま男は仲間を呼んだ。儂は瞬く間に、貧民街では殆ど見ない、鎧を着とる集団に囲まれた。
なんだお前ら、と言おうとたが、それは叶わない。叫ぼうとした喉を、男が爪先で蹴り上げたからじゃ。その衝撃で、儂は意識を失っていた。
気が付くと、粗末な木製の椅子に縛り付けられていた。目の前の机には木切れが積み上がっている。知らない部屋じゃ。誰かに助けを求めようとしたが、蹴りで喉を潰されており、声が出なかった。
男が部屋の片隅にひっそりと立っておった。男は儂にゆっくりと近づくと、見せてきた小箱と同じものを作るよう強制した。儂は抵抗したかったが、男の構える長剣を首筋に当てられ、それは断念した。
それからどれ程の日数が経ったじゃろうか。三度の飯は付いた。多少の休憩、睡眠も許された。元よりその日を生きて終われば御の字である生活をしてきたのじゃから、寧ろ好待遇じゃったの。別に貧民街で暮らしたいと思っていた訳ではない。儂は男に従い、小箱を作り続けた。
そのうち、小箱に装飾用の細工をする様に指示された。それまで淡々と同じ物を作っていた儂はその変化を喜んで受け入れた。強制的にとは言え、生活が保証されている今の状況に悪い感情を持っていなかった事もあった。
小刀で木製の小箱に文様を彫り込んでいった。模様は男が持って来た布に刻まれているものと同じものを指定された。幾何学模様の手の込んだものじゃったが、持ち前の器用さもあって、直ぐにほぼ同じ物が掘れるようになった。
男は儂の器用さに更なる使い道を見つけた様で、ある日、木片に何処かで見た家紋を掘る様に言われた。何に使うのか分からんが、その頃にはそんな些細な事は気にしなくなっていた。ただ目の前にある木片に、完璧な模様を写し取る事に快感を覚えていた。今思えば、それは王家の家紋で、無断で掘れば、勿論死罪じゃ。それに、大きさからして、貨幣に使われる押し型だと思われる。貨幣を複製などすれば、その集落一族皆殺しの刑を受ける。
薄々気が付きながらも、儂は言われた通りに家紋を掘り続けた。
・・・
弟子達の体調に問題はなく、マイン達と別れると、野営を挟みながら集落に戻った。儂一人であればもっと早く進めたが、大人数だとそうもいかん。四日程かかったか。
集落は儂が飛び出した時と同じく、静まりかえっていた。
「それで、お前らは魔族達に工房で匿われてたのか」
道中、弟子達に集落で何が起こったか聞いていた。やはり、魔族に守られていたようじゃった。
「その時は、あっしらも分かりませんでしたが、助けてくれたみたいっす。なにも説明されずに工房の貯蔵庫に閉じ込められたんで、謀られたかと思いやしたが」
「なにも言われんかったのか?」
「はいっす。外から閂をされてたみたいで開けられなかったっす。最初はばたばたと慌ただしかったんですが、そのうち静かになっちまって」
ムウルスは気付かないうちにあの様な状態にされた、と言っておったが、戦っていたのじゃろうか。じゃが、それなら何故儂にあんな嘘を。
「お前らを閉じ込めた魔族の中にムウルスも居たか?」
「ムウルスさんって、師匠が話をされてた方ですよね。……居なかった気がしやすね」
どういう事じゃろうか。結局分からないまま、儂らは工房に向かった。
集落の入口から工房は近く、直ぐについた。ムウルスを探すと、前と同じところに肉塊が止まっている。
「これ、あっしらがマイン達に連れられた時にもありやしたね。なんすか?」
儂も良くは分かっていないが、ドガーの質問には答えられる。
「ムウルスじゃ」
「へ? なんでこんな事に……」
ドガー達は驚きに目を見開いている。まあ、儂も信じられんからの。知らん、と答え、儂はムウルスに近づいた。
「ムウルス、大丈夫か」
「……む、また戻ったか。お、まえは忙しないな」
肉塊に空いた穴からくぐもった声が聞こえる。まだ意識はあるようじゃ。
「だ、大丈夫とも言えんが。この、状態だからな」
「それもそうじゃの。じゃが、今回はお前を心配して来たんじゃない。少し話をさせてもらうぞj
「そ、れは構わんが……」
とにかく意識があるうちで良かった。マインの見立てでは過去の事例からは元に戻ることは絶望的じゃという。さらにその状況に精神的に壊れてしまう者が多いらしい。そう言う意味ではムウルスは良くもっている。
「弟子達を連れてきた。お主らに助けてもらったそうじゃの。まずは礼を言う」
「礼を、言われるような事はして、いない。結果的にそうなった、だけだ」
「お主、気が付いたらそんな状態になっていたと言っておったじゃろう。何故嘘を吐いた」
「嘘、ではない。この攻撃、がなんなのかは、分からん」
肉塊が蠢く。顔がないので、表情が分からん。ムウルスは今どういう顔をしているのじゃろう。
「弟子達、と戻ってきたのなら、ミ、リャト殿から伝言だ。武器の作成を続ける様に、とな」
「ミリャトと会ったのか」
「おそら、く、お前と会った後だろう。お前が、人間達のところから戻って来たら、工房を明け渡す様に、指示された」
「お主はそれに応じたのか」
「主の、命だからな」
そもそも儂らは工房に間借りしていたに過ぎん。こいつらが、儂らに工房を渡す義理もないじゃろう。使わせてもらう分にはありがたいが。然しこの工房は、集落はいま安全なのじゃろうか。
「ありがたいが……、良いのか、お主らは」
「この、ような状態だからな。工房も使ってやらないと、存在意義がないだろう」
「お主らをこのようにしたのは結局誰なんじゃ。そいつらを見つけん事には……」
「安心し、ろ。もう、襲われる心配はあるまい」
表情は分からんが、ムウルスは半ば断定するように言った。
「何故分かる」
「この集落は、放棄された、からな」
声だけの存在は、その声色に悲しげな音を乗せた。
確かにミリャトが言っておった気がする。無かった事にする、と。
「見捨てられた、と言うことか」
「魔族の集落は、ここだけではない。ここを放棄しても、痛手には、ならないだろう」
「じゃが、ここに住んでおったお主らにとっては……」
「それは人間の価値観だ、ろう。魔族にとっては、種族が残れば、関係ない」
うう、と唸りその場にしゃがみ込む。ムウルスの言葉に、何故か儂は衝撃を受けていた。頭で、と言うより身体が強い反応を示す。
「ど、うした?」
急に身動いだ儂に、ムウルスは疑問の声を上げる。
「師匠、どうしやした?」
それまで黙って話を聞いていた弟子達も心配の声を掛けてきた。
「いや、大丈夫じゃ」
直ぐに動悸は治り、儂は立ち上がった。今のはなんじゃったのか。
「まあ、儂らは人間じゃ。お主らの考えに口を出す気もない。工房を使わせてもらうのじゃからな、文句も言えん」
「ああ、それで良い」
「然し、お主らの事はどうすれば良い?」
幾ら何でも、このまま放置する訳にもいかん。
「既にミリャト殿が、集落の同じような状況の魔族を、広場に、集めているはず、だ」
儂がミリャトと話をしたところじゃろう。
「私もそこに、移動させてくれ。後はこちらで、する」
「何をするんじゃ」
じゃが、問い掛けにムウルスは答えなかった。
「お前らが、気にする事はない。だが、この、通り動けんのだ。それだけは手を貸してくれ」
「……」
あまり良い想像は出来ないが、儂らがしてやれる事もない。まずは言う通りにしてやろう。
広場には、確かにムウルスと同じような肉塊が集まっていた。かなりの数じゃ。この集落に住んでいた魔族全員がこのようになってしまったのじゃろうか。
「これで良いか」
「ああ。す、まんな」
ムウルスをその塊に並べる。蠢く肉塊には、其々意思があるのか分からんが、ムウルスが来て僅かに動いたように見える。
「では、少し離れてくれ」
「何をするんじゃ」
「お前らが、気にする、必要はない。工房、で作業、を始めろ」
そう言って、以降ムウルスは言葉を発しなかった。暫くそれを見つめていたが、儂は弟子を連れて広場を離れた。
直後、広場で爆発が起きる。慌てて戻った儂らの面前には、飛び散った肉塊が広がり、それはもう動く事はなかった。




