表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/40

第三話『ビトー』(八)

 この大陸はかつて、帝国に統一支配をされていた。三百年も前の話じゃ。

 帝国は強い支配力を持っていたが、突如として中央が崩壊した。その混乱に乗じて、初王カトリアーヌが立ち上がり、帝国から独立したのが儂らカトレア王国じゃ。

 中央を失っていたとはいえ、帝国軍は強い。その帝国軍と戦い数々の武勲を上げたカトリアーヌは武王として今も崇められている。


 なぜその時、帝国の中枢が崩壊したのか。今も詳細は分かっていない。当初は王家の威光を高める為、カトリアーヌの策略とされていたが、後の研究でそれは否定された。


 今、その謎がミリャトの口から語られる。儂はなぜそれを知る必要があるのじゃろうか。




「いきなり色々なことが起きたから、貴方も混乱してるわよね。少し昔話から始めましょう。今の王都に降りかかっている惨状を理解するには、遠回りかと思うかも知れないけど、それが一番早いわ」

「昔話のう……」


 ミリャトの年齢は見た目通りならば、儂の三分の一も生きておらんじゃろう。


「このカトレア王国が建国された時……」

「おいおい! そんな昔かい!」

「そうよ?」

「もう三百年も前じゃぞ? その時のことが関係してるっちゅうのか!」


 儂は貧民街の孤児だったので工房で拾われてから聞いた話だが、普通であれば、子供に聞かせる御伽話の部類じゃ。


「原因というか、関係はあるの。まあ、聞いて頂戴」

「そうか……」


 儂が黙ると、ミリャトは話を続けた。

 ネルメ殿下も目を瞑り、黙って俯いている。


「王国が建国された時、当時大陸を支配していた帝国で、中枢が崩壊する惨事があったの」

「昔はカトリアーヌ王が策したことと言われていたらしいの」


 じゃが今から百年ほど前、王家に対する騎士団の反乱があり、王国はなくならなかったものの、一部公開された王家の建国時の記録により、カトリアーヌ王は混乱に乗じただけであったことが分かっている。

 まあ、武勇は本当じゃから、武王としての存在意義は変わらんが。


「貴方も知っている通り、カトリアーヌ王の画策ではないわ。でも本当に、帝国の中枢はあの時機能していなかった」


 当時、帝国中枢にはすべての権力が集中していた。カトリアーヌが治めていた地域のように、地方権力がなかった訳ではないが、皇帝を中心とした権力集中体制は、なみの反乱は起こす気も失せるほど、強固なものであった。


 そんな折り、中枢が喪失する事件が起こった。


 皇帝をはじめとする中枢を担っていた文官、武官の頭が相次いで死んだ。ミリャトはその原因に、魔族が関わっていたという。


「そんな大昔から、魔族というものはおったのか?」


 儂の質問に、ミリャトが妖しく微笑みながら答える。


「魔族、と呼ばれ始めたのは最近のことね。でも、存在は確かにしていた。それは三百年なんて短い歴史ではないわ。もっと過去、この大陸と同じくらい昔から、魔族は居たのよ」

「大陸と同じ? 想像もつかん」

「そうでしょうね。大陸の起源は未だ解明されていないはずだわ。人間が現れるよりはるか昔、というのは確かでしょうけど」


 大陸の先住民は魔族だったということか。しかしなぜ今まで明るみに出なかったのじゃろうか。


「もともと魔族には国を興すという概念はなかったの。人間が何百年もかけて行ってきた営みを研究するにあたり、有用性を理解した魔族が居たということよ」

「しかし、発見もされんとは……」


 魔物と呼ばれる生き物については、良く騎士団や傭兵達から聞く。王都に住んでいると実感がないが、少し離れた村々などでは、常にその脅威に怯えているはずじゃ。


「魔物と魔族は根本的に違う生物よ。魔物には知性が無いわ。ドラゴンと呼ばれる種族のなかには、意志疎通が出来る存在が居るらしいけど、ほとんど神話の世界だわ」

「そうすると魔族というのは、会話が出来るのか」

「ええ。既に大陸にある国々の元首には、接触を図っているはずだわ」


 ネルメを見ると、肯定するように深く頷いた。先ほどの国として認めろという要請か。


「なぜ王国民は知らんのじゃ」

「衝撃的な接触だったからでしょうね。なにせ宣戦布告だったのだから」

「宣戦布告? それは戦争じゃぞ。国を認める要請ではないんか?」

「三百年前の帝国と同じような立場を要請してきているもの。認めれば属国、認めなければ戦争よ。しかも直接、大陸各国の元首に申し上げたからね」

「直接?」


 ミリャトが言うには、なんと突然元首の目の前に魔族とやらが現れ、宣戦布告をしていったらしい。

 本当に事を構えるとなったら、元首を守るのは不可能ということじゃ。


「そんなやり方をされては、戦争にならない事が分かり切っていたのよ」


 確かに、地方貴族の小競り合い以外に、戦の話は聞かない。王国騎士団に戦争の準備をしている様子もなかった。


「三百年前の帝国中枢の消滅も……」

「もったい付けるような内容でも無いけれど、魔族が出現して帝国中枢は襲われたのよ」

「なぜそんなことを? そのまま帝国を支配した訳でもないじゃろう」


 各国の独立は許したものの、帝国自体が無くなった訳ではない。国としての規模は縮小したが、依然として大国の一つじゃ。


「当時、魔族は国を持っていなかったわ。戦争に及ぶ事はなかったの」

「帝国の力は殺いだものの、乗っ取る気はなかったと」

「全魔族の意向かも怪しいわ。一部魔族の暴走だったってところね。その暴走は魔族が身内で押さえて、そのまま姿を消したの」


 帝国に同情するつもりもないが、やられ損じゃの。


「それから三百年間は、魔族は人前に現れなかったのか?」

「見かけられた事もあったかも知れないけど、組織立った動きは一度も。各地に残る伝説みたいな御伽話がそうなんでしょうね」


 確かに人外の存在に会ったという噂は聞かないでもない。酒場なんかに行くと、時々興奮した様に話す輩がいる。誰も信じていないが。


「魔族は国を造っていなかったから、人間と共存が出来たのでしょうね。地下や森林の奥深くに集落を作って暮らしていたようよ」

「それが今の王都の状況に絡んで来るのか? 宣戦布告とはなんじゃ」


 ある意味うまく共存していた訳じゃから、今更荒立てる理由もなさそうじゃが。


「宣戦布告はそのまま、国を滅ぼす、という内容よ。十年後、魔族が攻めてくるわ」

「十年? ずいぶん先じゃの」

「魔族の時間感覚は少し人間とは違うみたいね。寿命が長いからかしら」


 十年後に戦争になると聞かされても、儂のように老い先が短いと他人事のように聞こえる。

 ミリャトの隣に座るネルメは、落ち着いたしゃべり方と雰囲気で青年のように感じるが、まだ成人前の年齢じゃろう。今は王位継承権も剥奪されたと聞くが、自分自身に降りかかる災難として聞いていたのかも知れん。


 ふーむ、と儂は自分の顎をなでる。ものを考える時に白くなった口髭を触るのは、ここ最近なぜかくせになっている。

 それをミリャトが嬉しそうに見ている。何かおかしな所があったかのう。


「今、王都を攻撃しているのは魔族ということか? 十年後という約束はどうしたんじゃ」

「違うの。魔族の仕業ではあるんだけど、宣戦布告とは別物なのよ」

「戦争が起きる前に戦力を殺ぐのか?」


 なら宣戦布告などせんで、いきなり攻めればよかろうが。やられる儂らはたまらんが。


「宣戦布告というのは、魔族に伝わる様式美みたいなものよ。十年というのも、時間感覚が違うというのもあるのだけど、魔族と戦う準備をしろ、ということのなの」

「なんじゃ。訳が分からん」

「魔族は国を造ったけど、一枚岩じゃないの。大宗の魔族は様式美に乗っ取り宣戦布告をしてから、勇者を育てる時間を与えようとしているわ。でも、それを待てない魔族も居る。こちらの方が人間に近いのかもね」


 そういってミリャトが笑った。これも一部魔族の暴走という事か。

 しかしまた新しい単語が出てきたようじゃ。


「勇者?」

「魔族と戦う事に特化した人間よ。魔族は一対一の戦いを好む性質があるから、総合戦力に寄った軍よりも、個人戦力を高めた方が戦いやすいの」


 その準備をする時間を自ら作るというのは、良く分からん感覚じゃ。


「さっきも言ったけど、国の元首を殺そうと思えば、いつでも出来るのよ。突然お城の謁見の間に現れる事が出来るのだから」

「それをしないのは様式美だと?」

「個を尊重する文化があるのね。人間の戦争は、個の力よりも軍としての強さが物を言うわ。まれにカトリアーヌ王のような突出した力を持つ者も居るけど、基本的には全対全のぶつかり合いが戦争よね」


 儂ら武器職人も、一振りの強力な武器よりも大量生産が出来る鋳造の武器を作れる方が重宝される傾向がある。金も時間も節約出来るし、装備を行き渡らせる事が出来るからじゃ。

 儂の工房は頑なに鍛造に拘る為、一部の本当に分かっとる騎士団や傭兵の御用達になっている。


「でも、総力戦で潰したとしても、魔族自身が納得いかないの。そんな勝ち方をしても、魔族の国の中で不協和音が起きてしまうわ」

「カトリアーヌ王のような武勲が必要ということか」

「そうね。何かに秀でて強い者について行こうとする魔族が多いのね。だから自分の力を示す為にも、人間の中で強い者を育てて欲しいのよ」


 簡単に暗殺されるよりは、対応が出来るのかも知れんが。

 暗殺と言えば、ネルメの兄であるゴルゴンは暗殺されたそうじゃが。


「ネルメ殿下からも会ったけど、ゴルゴン暗殺も、この王都攻撃と同じ魔族の仕業でしょうね。こんなやり方でカトレア王国を滅ぼしても、魔族は誰もついて来ないもの」


 しかしミリャトはずいぶんと魔族の情報に詳しい。

 ネルメの近くに居たとは言え、ここ数ヶ月一緒だっただけのはずじゃ。じゃが、ネルメの信頼も厚そうだし、時折自分の事のように魔族を語るのも、気にかかる。


「お主等が言った先の依頼というのは、その魔族の暴走を止めろということか?」

「そうよ。この魔族の暴走でカトレア王国が滅んでも誰も得をしないのよ。一部魔族の暴走でやられ損なんて厭でしょ? 魔物と戦うという言い方をしたけど、正確には暴走した魔族と戦って欲しいの。もう一つの武器というのは、十年後、勇者が魔族の国と戦える強い武器を作って欲しいってこと」


 勇者の武器というのは心が躍るが、魔族の問題は魔族同士で解決して欲しいのう。


「国を造った弊害ね。魔族間の争いを禁止しちゃったのよ。ちょっと極端だったわね」


 ミリャトが心底困ったような表情で言う。美人なので困り顔も魅力的じゃが。


「しかし良く知っとるのう。まるで……」

「私は魔族の国に所属してるからね」


 ……あっさりと認めおった。

 ネルメを見ると顔を上げて、困ったような表情で笑っておる。

毎週日曜の夜に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ