第12話(最終話) クラッシャーの流儀
決戦は、地味だった。爆発もなければ、ステージもない。大人の戦争は書類で決まる。
学生たちが集めた証言と数字は、弁護士(ボドゲ研OB。世の中は狭い)の手で整理され、三方向へ同時に撃ち込まれた。十二大学の学生課への合同報告。消費者庁と都の消費生活センターへの申告。そして、アプロディーテの取引先──箱を貸すクラブ、酒の卸──への内容証明。
トドメは俺の古巣の技術だった。営業二十四年、俺は知っている。この手の会社は、評判が商品だ。取引先が「関わるとまずい」と判断した瞬間に、指一本触れなくても勝手に崩れる。
二カ月後、アプロディーテは主要な取引先をすべて失い、事業を畳んだ。倒産ではない。逃げ足の速い女だ。だが首都圏のインカレ商法のネットワークは、根から抜けた。
最後に一度だけ、美沙から短いメッセージが来た。
『つまらない勝ち方をするのね。昔のあなたは、もっと面白かったのに』
俺は少し考えて、返信した。
『昔の俺を知ってるみたいな口を利くな。──いや、知ってたか。二十八年前、部室の隅で眺めてただろ、あんた』
既読は付いたが、返事は来なかった。それでいい。あの女への落とし前は、法とカネの話で済ませるのが、一番の意趣返しだ。観客席から引きずり下ろして、退屈な敗者にしてやることが。
*
すべてが終わった土曜日、俺は一人で、駅前の商店街を歩いていた。
目的の店は、路地の奥にあった。古い楽器店。ガラス戸に手書きの値札。調べはついていた。店主、四十六歳。俺と同い年の、哲の店だ。
戸を開けると、奥で弦を張り替えていた男が顔を上げた。面影は、あった。腹は出て、髪は減っていたが、哲だった。
「いらっしゃい。……お、姉ちゃん、ギター探し?」 「──中古のレスポール、見せてくれ」
哲は数本並べてくれた。俺はその中の一本を選んで、試奏させてもらった。弾いたのは、二十八年前、二人で何百回も合わせた曲のリフだ。
哲の手が、止まった。
「……姉ちゃん、その曲、どこで」 「昔の知り合いが、よく弾いてた」 「……そうかい」哲は少し笑って、遠い目をした。「俺の相棒も、それ弾いてたよ。喧嘩別れしちまったけどな。──剛ってんだ。いい奴だったんだ」
正体は、明かさなかった。契約もあるが、それだけじゃない。四十六のおっさん同士の再会なんぞ、この曲のリフに比べたら、大した情報量じゃないのだ。
レスポールを買った。哲は「またおいで、姉ちゃん」と言った。ああ、また来る。何度でも来る。今度は客としてだが、それで十分だ。壊れたものは、直る。形を変えてでも、直る。
*
月曜日。大学の掲示板に、新しいサークルの設立届が貼り出された。
『サークル活動なんでも相談会(仮) 部内の揉め事、恋愛のもつれ、会計の不安、イベサーの勧誘被害──なんでも聞きます。 発起人:熊沢豪(と、ミステリ研の名探偵)』
また、サークルがひとつ増えたらしい。
発起人は、俺だそうだ。──ああ、そうだよ。今度は最初から俺のせいだ。文句あるか。
残りの大学生活は、三年と少し。二千万と、二度目の青春の使い道としては、悪くないだろう。
(完)
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