表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中身がおっさんの女子大生、無自覚にサークルを潰し続ける  ―青春を壊された俺が最強のクラッシャーになるまで―  作者: らび


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/9

第1話 また、サークルがひとつ潰れたらしい

また、サークルがひとつ潰れたらしい。

 原因は、俺だそうだ。──ふざけるな。俺は何もしてない。メシに誘って、相談に乗って、肩を叩いただけだ。



 どうしてこうなったのか。話は三カ月前に遡る。

  *

 四十六歳、独身、会社都合退職。退職金は借金の返済で溶け、残債はまだ三百万。ハローワークの帰り、俺はスマホの求人アプリで、その募集を見つけた。

『治験モニター募集(長期・高額)  月額三十万円+一時金。完了報酬で最大一千万円。  条件:健康な四十代男性。独身。四年間の継続参加が可能な方』

 四年で総額二千万超。桁を三回数え直した。世の中にうまい話はない。それを四十六年かけて学んできた俺は、翌朝一番に応募した。学びとは、その程度のものである。

 面接に現れたのは、アルテミス医科学とかいう医療ベンチャーの、やたら愛想のいい研究員だった。

「熊沢さん、適合率九十六パーセントです! 素晴らしい数値ですよ」 「で、何の薬を試すんだ」 「薬ではなく施術です。若返りの」 「……若返り?」 「はい。細胞レベルで二十歳前後まで巻き戻します。その状態で四年間、通常の社会生活を送っていただき、経過を観察します。具体的には──大学に通っていただきます。学費は当社負担です」

 若返って、大学。二千万もらって、キャンパスライフ。うますぎる話には裏がある。俺は契約書をめくった。営業二十四年、契約書の但し書きだけは読み飛ばさない主義だ。あった。最終ページ、八ポイントの小さい字。

『本施術の性質上、被験者の身体は女性型として再構成される』

「おい。女性型ってなんだ」 「あー、はい。技術的な問題でして、若返り施術は女性の身体でしか安定しないんですよ。先行例で実証済みです」

 研究員はニコニコしたまま、恐ろしいことをさらりと言った。

「ですので熊沢さんには四年間、女子大生として生活していただきます」

 断ろうとした。三回くらい断ろうとした。だが、残債三百万と、四十六歳の再就職市場と、二千万という数字が、俺の首根っこを掴んで契約書の前に引き戻した。

 サインした。人生で一番読み込んだ契約書に、人生で一番震えた字で。

  *

 施術から目覚めて、病室の鏡の前に立ったときのことは、あまり思い出したくない。

 そこにいたのは、身長百五十五センチくらいの若い女だった。若い女、としか言いようがない。ただし──何をどう間違えたのか、出るところだけ設計図を三回引き直したみたいに出ていた。細い腰の上下に、暴力的な曲線。医者はこれを「ホルモン投与量の調整の結果です」と言った。調整とは何だったのか。

「なんだこの身体は。重てえし、揺れるし、前が見えねえ」 「経過は良好ですね!」

 良好じゃねえ。俺は鏡の中の女を睨んだ。女も俺を睨み返した。目つきの悪さだけは、四十六年物のままだった。せめてもの救いだ。

 俺は決めた。女子大生として通いはしする。金のためだ。だが女のフリまでは契約にない。口調も態度も変えん。むしろこの目つきと口の悪さで男を遠ざける。四年間、誰とも深く関わらず、静かに、平穏に、金だけ受け取って卒業する。

 完璧な計画だった。このときまでは。

  *

 四月。入学式。

 配属された大学の名を書類で見たとき、俺は天を仰いだ。よりにもよって、俺の母校だった。二十八年前、俺の青春が死んだ場所。

 正門をくぐると、サークル勧誘のビラの雨が降ってきた。テニス、フットサル、イベント系。差し出されるビラを、俺は目も合わせず「いらねえ」「通れねえだろ、どけ」と低い声で払いのけて歩いた。我ながら完璧な女子大生ムーブだ。誰も寄ってこなくなるだろう。

 ──後で知ったことだが、この日の俺は新入生の間で「怖いけどめちゃくちゃ綺麗なサバサバ系の人」として、初日から話題になっていたらしい。何がどうしてそうなる。

 人混みを抜けた先、キャンパスの外れの掲示板の前で、俺の足は勝手に止まった。

 古びた部室棟。その二階の窓から、ギターの音が漏れていた。下手くそなカッティング。二十八年前と同じ場所で、同じように下手くそな音が鳴っていた。

 軽音サークル「ジャンクビート」。俺の古巣は、まだ生きていた。

 柄にもなく、しばらく聴いていたんだと思う。気づいたら、隣にギターケースを背負った男子学生が立っていて、俺の顔を覗き込んでいた。

「あの……音楽、好きなんですか?」 「あ?」

 凄んだつもりだった。だが男子学生はなぜか顔を赤くして、一歩踏み込んできた。

「お、俺、ジャンクビートって軽音サークルの部長やってて。……なあ、あんた、うち来ない?」

 断ればよかった。「いらねえ、どけ」で済む話だった。だが、二階から降ってくる下手くそなカッティングが、二十八年前に置いてきたものの音がして──気づいたときには、俺はこう言っていた。

「……ギター、まだ弾けっかな」

 部長の顔が、ぱっと輝いた。

 この瞬間が、すべての始まりだった。後にこの大学の七不思議に数えられる伝説──「クラッシャー・クマザワ」の、これが最初の一歩である。

 俺は何も悪くない。それだけは、先に言っておく。

(第1話・了)

お読みいただきありがとうございます。


続きが気になりましたら、お気に入り登録をしておくと更新時に見逃しがありません。


また、ページ下部の☆評価を一つ付けていただけると、執筆の大きな励みになります。ログイン済みならワンタップです。


それでは、次回の更新でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ