Episode.2
(‥‥アレックスは彼女の事を地味で愛想がないと言ってたな)
アレックスの顔立ちは、言いたくはないが悪くない。ブルーグレーの髪と、母譲りの美貌を持ったいけ好かない顔立ちだ。令嬢達によく騒がれている。まぁ自分と瓜二つな訳だが、シリルは持ち前の陰湿な性格と、前髪で顔半分が隠れている為に令嬢達が騒ぐ事はなかった。
シリルの物言いに絶句しているアレックスを放置して、シリルはミネルバと向き合った。今回の事をどう謝ればいいのか分からないが、とにかく謝罪をしなければ‥‥‥。
視線の先にいた令嬢を見て、シリルは絶句した。
(‥‥‥美女だ)
流れる金髪に、吸い込まれそうな新緑の瞳。
(ミネルバ・アウグスタだよな?)
アレックスの視力を疑いたい。どこか地味なのか?ミネルバがリリーアの何処に劣るというのだろう。
(胸さえ押し付けておけば、アレックスは落ちると言うことだな。箱入りだからな)
ミネルバからの視線を感じ、シリルは慌てて頭を下げた。
「ミネルバ・アウグスタ子爵令嬢。兄の愚行を謝罪致します」
シリルが頭を下げていると、小さいが、鈴の鳴るような声が耳に届いた。
「頭を上げてください。ラウザー令息。令息の謝る事ではありません。私がアレックス様と、信頼関係を結べなかった事がいけなかったのです」
(声まで綺麗だ)
シリルはアレックスだけが名前で呼ばれた事に苛立ちを感じた。
(いや、今はそこじゃない)
すぐに頭を整理し、貴族然として表情を引き締めた。
シリルが口を開きかけると、アレックスの怒号が響いた。
「シリル!お前はもう下がれ!」
アレックスの怒りを孕んだ声に、長年染み付いた習慣が抜けずに身体がびくりと反応した。
(くそっ‥‥)
心中で悪態をつき、アレックスの視界にミネルバが入らないように立つ。
「下がるのは兄上の方です。陛下がまだ来られていないから良いものの‥‥兄上とミネルバ嬢の婚約は皇命でした。それをこのような公の場で‥‥」
こちらも負けじと声を低くする。普段は背を丸めていたのでアレックスも気付かなかったようだが、実は背も体格もシリルの方が少し大きい。
剣術が好きだったシリルは、引きこもりながらも鍛錬を怠らなかった。剣術の訓練をサボっていたアレックスには僅かな筋肉が付いているだけだ。
いつもとは違い、堂々と立ちはだかるシリルに、アレックスは気付かぬうちに後ずさりした。
「こ、皇命とは言え、陛下自身この女の真の姿を知らなかったに違いない。俺が説明すれば陛下も納得されるだろう」
(何を根拠に‥‥)
我が愚兄がこんなに頭が悪かったとは。
「ラウザーの行く末を案じた陛下と父上が選んだご令嬢です。宰相ですらアウグスタ嬢の才覚を認めているというのに‥‥兄上の隣にいる令嬢の顔をご覧ください。ものすごい剣幕で我々を睨んでいますが?」
その鬼のような女よりミネルバの性根が悪いとでも言うのか。
シリルの言葉に慌ててリリーアが表情を直した。アレックスはリリーアの顔を覗き込んだが、それはもう仮面を貼り付けたあとだ。
周囲の呆れたものような見る視線に、アレックスも流石に気付き、表情が曇った。
「シリル!貴様、急にずけずけと物を言うようになったな?ミネルバを擁護し、後継者の座を奪おうとでも言うのか?」
喚くアレックスを見て、シリルは考えた。
(それもアリだな)
アレックスが当主になり、リリーアと婚姻を結べば公爵家の行く末は見えている。公爵領の領民を飢えさせたくはない。以前の自分ならまだしも、今の自分ならば公爵家を率いていける自信がある。
シリルはミネルバに視線を向けた。
(覚えている。この子だったのか)
引きこもりの時期、アカデミーの試験だけ受けに行った事がある。普段訪れないアカデミーで迷子になり、助けてくれたのはミネルバだった。見るからに陰湿なシリルを、他の生徒は避け、途方に暮れていた。
(あれが5年前か。すごく綺麗になったんだな)
また見惚れそうだったので、すぐに視線を前に戻した。
(なんにせよ。愚兄にこれ以上はまかせられないだろう)
「そうだな。そうしよう。兄上ではなく、私が爵位を継げるよう陛下に進言する」
はっきりと言い切ったシリルに、アレックスはぽかんと口を開け、わなわなと震えだした。
「シリル‥‥‥!貴様‥‥!」
そんな兄をシリルは眼中にないかのように無視して、ミネルバの手を取り向き直る。
「ミネルバ嬢、こんな所で言う事ではないですが、兄上との婚約の破棄が済みましたら、私と婚約をし直していただきたい。貴方に釣り合うよう努力致します」
真摯に伝えたつもりだが、シリルも慣れていない。不安を感じたままミネルバを見ると、みるみる顔を赤らめていく。
「可愛い‥‥」
思わずぽつりと呟くと、ミネルバは更に真っ赤になった。




