第37話・VSベルセリア②
「ユリ見た!? 弾丸をパリィでガードしてたよ!?」
第二ラウンド開始までの待機エリアで、天音は興奮しながら話していた。
「えぇ、相変わらずの化け物ぶりです……。天音っちは彼女のプレイスタイルを知っていますね?」
その場で頷く天音。
事前に動画で、ベルセリアの戦い方は熟知していた。
彼女はFPSというゲームに関わらず、”銃を使わない”。
ただ1本のハルバードで、EPEX界のトップに君臨する怪物なのだ。
銃弾を手動でガードし、あらゆるランカーを切り伏せていくその姿を見て、付いた異名が––––
「執行者ベルセリア……。まさに、名にふさわしいって感じだね」
ここで天音は、リアルで自分の体を少し伸ばした。
外跳ねした銀髪を触り、よれて肩が出ていたシャツを直す。
ショートパンツから出た細い足は、小刻みに震えていた。
「へへっ……、、武者震いってやつかな」
案件で貰ったマウスを、一旦アルコールティッシュで拭いて汗を落とす。
傍に置いていたホットミルクはすっかり冷めていたが、半分ほどを飲んだ。
「ユリ、世界ってこんなに広いんだね」
ヘッドフォンを装着しなおし、笑みを見せる天音。
幼く見える童顔が、どこか凛々しく映った。
『えぇ、これが世界です。天音っちと一緒に挑めて本当に楽しいです』
空井天音は、この業界で食べていくと決めた人間だ。
それゆえに、底知れぬ相手を前に緊張と同時––––楽しさを覚えていた。
「3ラウンド先取だから、一応まだ余裕あるよね」
『はい、次は開幕でお互いに距離を取りましょう』
「うん、もう同じ戦術は通さない!」
3、2、1––––ゲームスタート。
転送されたのは、やはりさっきと同じ場所。
今度は弾かれたように走り、
天音は道路沿いの低い塀へ。
ユリアは建物の外周階段を駆け上がった。
上下に分かれ、互いを援護できる位置を取る。
これなら、どちらかが襲われても即座に撃てる。
『こちらは位置につきました』
「おっけー! ベルセリアさんは――――」
いた。
道路の向こう。
建物の陰から、ハルバードを手にしたベルセリアが姿を現した。
空間移動ではない。
スモークも、遮蔽物を使った接近もない。
ただ、真正面から走ってくる。
「……正面!?」
『撃ちます!』
––––ダァンッ––––!!!
ユリアのマークスマンライフルが火を噴く。
ベルセリアの頭部へ向かった弾丸。
それを、振り上げられたハルバードが弾いた。
火花が散る。
ユリアは止まらない。
着地へ1発。
切り返した足元へ、さらに1発。
––––ガギンッ、ギィンッ––––!!
「全部……!?」
弾かれている。
狙う場所も、撃つ間隔も細かく変えている。
それなのに、ベルセリアのシールドは少しも減らなかった。
ハルバードがクルクルと回る。
その刃が射線を横切るたび、弾丸が空へ逸れていく。
観戦画面を見ていたラークが、乾いた笑いを漏らした。
「……いやいや、今のも防ぐのかよ」
隣のデビットは、腕を組んだまま黙っていた。
だが、その眉間には深い皺が寄っている。
【え?】
【全部パリィしてない?】
【これ本当に手動なの?】
【ユリっちの射撃だぞ……】
【銃使ってる側が不利って何だよ】
驚きが、困惑へ変わっていた。
その間にもベルセリアは近づく。
銃口を向けられていることなど、気にも留めていないように。
だが、天音は見ていた。
弾丸を弾く瞬間。
ハルバードの刃が、必ずユリアのいる方向へ向く。
「ユリ……同時に撃とう」
『同時に?』
「うん。全部防いでるけど……1発ずつだよ。あの武器で一度にパリィできる数には限りがある」
どれだけ操作が上手くても、武器の性能までは変えられない。
正面と上。
違う角度から、同時に弾丸を浴びせれば。
「わたしが近づく。撃つタイミング合わせて!」
『……わかりました!』
天音はアイテムを使用した。
『空井天音、”センター・トライデント”使用』
画面の端に、バフの表示が並ぶ。
身体が軽くなるように、キャラクターの動きが変わった。
位置露呈は、今さら気にしない。
相手は目の前だ。
「行くよ!」
塀から飛び出す。
ショットガンを構え、ベルセリアへ距離を詰めた。
相手も足を止めない。
ハルバードの間合いへ入る寸前。
天音は横へ滑り、照準を胴体へ合わせた。
「今!!」
––––ダァンッ––––!!!
散弾とライフル弾が、同時にベルセリアを襲う。
前方から広がる弾丸。
斜め上から、その頭部を狙う1発。
これなら――――!
「いい動きね」
ベルセリアが、笑った。
身体が沈む。
ユリアの弾丸が頭上を抜け、同時にハルバードが天音の散弾を弾き散らした。
「ッ!?」
「初戦の反省を活かした戦い方。優勝者なりに、ちゃんと頭で考えて戦うじゃない」
褒めながら、さらに踏み込んでくる。
天音は次弾を放った。
ベルセリアの身体が横へ流れる。
避けきれない弾だけを、刃が払う。
そのまま反撃。
天音は銃剣を跳ね上げた。
だが、ハルバードは来なかった。
「えっ――――」
振りかぶった動作が途中で止まる。
攻撃を受けようとした天音の横を、ベルセリアがすり抜けた。
振り返る。
そこへ、ユリアの援護射撃。
ベルセリアは背後を見ることもなく身体を捻り、その弾丸まで躱してみせた。
速い。
動作という動作……その全てに、余分な間が全くなかった。
モニターの前で、秋奈の指が動く。
キーを押し込み素早く離す。
ピアノを弾くように別のキーへ移り、マウスを僅かに振る。
ゲームが許す最短の間隔。
攻撃後の硬直が解ける、その瞬間。
次の行動を受け付ける限界へ、入力を重ねていく。
まるで、あらかじめ最適な操作を組み上げたTAS。
同じ8Kマウスを使っても、ランカーですらこの動きは無理だろう。
それを、この少女は高レベルの対人戦の最中に行っていた。
「なんで……当たらないのっ!」
火花が花火のように散る。
弾丸が交差する中、ベルセリアは踊るようにハルバードを回した。
全てを防ぐ必要はない。
避けられる弾は避け、残った弾だけを弾く。
天音たちが見抜いたパリィの限界。
そこへ届く数の弾丸を、彼女はそもそも受けてくれない!
「でも……まだ素直ね」
刃が、天音の視界から消えた。
下……!!
そう気づいて銃口を向けた時には、既に遅かった。
––––ズガンッ––––!!!
ハルバードが斜め下から振り抜かれる。
シールドが砕けた。
続けてHPまで、一気に0へ落ちる。
「うそっ……!」
たった1撃。
天音のキャラクターが、道路へ倒れた。
『天音っち!!』
ユリアが狙いを定め直す。
振り抜いた直後なら、隙があるはずだった。
だが、スコープの向こうでベルセリアがこちらを見る。
その手から、ハルバードが離れた。
『ッ!!』
投擲された武器が回転する。
ユリアは即座に後退した。
自分に当たる軌道ではない。
その下。
足場にしていた、階段の支柱。
––––ガシャァンッ––––!!!
金属が砕けた。
階段が傾き、建物との接続部分から外れる。
ユリアの足元が、崩れ落ちた。
『まだ……!』
落下しながら、拳銃へ持ち替える。
下にいるベルセリアへ発砲。
続けて、もう1発。
だが、ベルセリアは既に走っていた。
崩れた階段の根元へ到達し、突き刺さったハルバードを回収。
振り返りざま、弾丸を斬る。
––––ギィンッ––––!!
ユリアは着地と同時に身を引こうとした。
その動きが、止まる。
懐へ入ってきたベルセリアの拳が、腹部へ突き刺さっていた。
『ぐっ……!』
怯み。
そこへ続けて膝。
さらに、銃を持った腕を格闘で弾かれる。
照準が思わず跳ね上がった。
何も狙えない。
立て直す間もない。
至近距離から叩き込まれる格闘が、ユリアのシールドを削り切った。
「上を取るのはいい判断よ、でも……足場まで信用しすぎ」
最後の蹴りが、ユリアを壁へ叩きつけた。
––––HP、0。
画面が暗転する。
––––第2ラウンド、勝者ベルセリア。
◇
「だぁぁ……またかぁ!」
待機エリアへ戻された天音は、椅子の背もたれへ身体を預けた。
負けた。
また、何もできないまま。
ユリアも、しばらく言葉を発しなかった。
画面の上には、0対2の表示。
次を落とせば、終わりだ。
「……どうしよう」
今度の声は、小さかった。
離れて戦った、今度は上下から撃った。
タイミングを合わせ、ステータスまで上げた。
それでも、全く届かない。
ベルセリアは空間移動さえ使わなかった。
正面から来て、そのままあっという間に2人を倒した。
『……同時に撃つところまでは、間違っていなかったと思います』
「うん」
『ただ、わたしの射撃を避けながら天音っちへ対応できてしまうので……もう少し角度を変えて……』
ユリアの言葉が途切れる。
その先を天音も待った。
だが、すぐには続かなかった。
頬を汗が伝う。
「くっ……」
部屋は暑くない。
エアコンだってちゃんと動いている。
なのに、手のひらが濡れていた。
拭いたばかりのマウスが、また滑りそうになる。
「……っ」
天音はショートパンツの裾を握った。
––––怖い。
さっきまでは、楽しかった。
強い相手に挑めることが嬉しくて、次はどう戦おうかと考えていた。
今は、何をしても倒される場面が先に浮かぶ。
銃を撃てば弾かれる。
近づけば斬られる。
離れても、足場ごと壊される。
これが……世界。
そう言って笑っていた自分が、ひどく遠く感じた。
「ここで……終わりなのかな」
思わず、声に出た。
ユリアが息を呑む気配。
天音はすぐに首を振った。
「……ごめん。今のなし」
終わりたくない。
ユリと2人で、ここまで来た。
何度も練習して、互いの動きを覚えて……ようやく同じチームになれた。
デビットたちにも勝った。
あんなに大勢から、名前を呼んでもらえた。
雄二が、自分をここまで連れてきてくれた。
配信をやめようと思っていた自分へ、まだできると教えてくれた。
機材を選び、時間を作り、何度だって背中を押してくれた。
その先が、これなのか。
何も通じず、ただ倒されるだけ。
そんな終わり方で……いいのか。
「嫌だ……」
天音はマウスを握り直す。
「まだ、終わりたくない」
『……わたしもです』
ユリアの声が返った。
力強い即答ではなかった。
それでも、同じ気持ちだった。
天音は深く息を吸い、吐こうとして少し詰まった。
ふと隣を見る。
「ッ……」
雄二が座っていた椅子は、空のままだった。
––––第3ラウンド、開始準備。
画面へ表示が浮かぶ。
次で終わるかもしれない。
そう思った瞬間、指先が冷たくなった。
その時だった。
待機エリアに、短い通知音が響いた。
「……え?」
天音が顔を上げる。
誰もいなかった場所へ、光の粒が集まっていた。
それが輪郭を作り、人の形へ変わっていく。
第3ラウンドを目前にした待機エリア。
そこへ、1人のプレイヤーがログインしてきた。




