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The Blue Catalyst

 そこからは怒涛の日々だった。

深酒も減った鉄は朝からつきっきりでみやびを指導し、碧音を中心に陽菜と真理の三人がイントロ以降のパートを制作していく。

碧音が描く展開を陽菜のキーボードがコードを探り、真理が鼻唄でメロディを充てる。

パート毎のコードが決まったらそれぞれに渡し、フレーズを模索する。

それぞれの創作は日々深夜にまで及んだ。

決してネガティブなものではなく、むしろ活気に溢れ、気がついたらこんな時間、といった日が連日続いた。

合宿最終日の前夜。

最後のアウトロが形になり、ようやく通しで合わせられるようになる。

「ようやくここまできたっすね~、みんなのおかげでなんとか」

「楽しくて一気に出来上がったよね!」

「そうね。碧音くんが言ってたまさに『共作』って感じよね」

「ほんとに…… みんなで作り上げた感が大きくてステキな一曲になりましたね」

「あとは明日通しで合わせて、細かいとこ調整して固めてくってとこか。どうにか間に合いそうっすね?」

「でも私のスラップもまだまだだから……」

「大丈夫よ、みやびちゃん。あと一月あるもの。十分いけるわよ」

「はい、ありがとうございます」

「あ~、でも合宿も明日で終わりかぁ…… まだ碧音くんの部屋、忍び込んでないのに」

「絶対ダメっす。二階は立入禁止なんで」

「真理さんっ!」

「冗談だよ~! けど終わっちゃうのはちょっと寂しいなぁ。楽しくてあっという間だったもん」

「たしかに。制作がこんなに楽しかったのは初めてかも。パパさんにも大感謝だね、もちろん碧音くんにも」

「いやいや、俺は案を出しただけで、 広げてくれたのはみんななので」

「真理さんの詞もメロディも想いがこもってて、ちょっと感動しちゃいましたもん」

「でしょ~? もう降りてきたって感じ。スーって。私も天才かも……」

完成した譜面を輪になって囲みながら、曲が完成した喜びと合宿が終わってしまう寂しさを共有する。

少しの沈黙のあと陽菜が言葉を紡ぐ。

「この曲、絶対いいモノにしようね……」

それぞれの顔には高揚感に満ちた決意の熱が見て取れた。

 

 翌日の合宿最終日は朝から新曲の全体練習を始める。

鉄からも細かい注文が入り、それぞれで話し合いながらアレンジを加えていく。

改良を重ね、音の厚みも増し、さらにライブ映えする曲に仕上がっていった。

「通しでやるとなおさらアガる曲だよね!」

「他の三曲の曲調を考えたら自ずと演奏順も決まってくるわね」

「そうっすね。この曲でぶち上げたまま次に行きたいっすもんね」

 合間の休憩中にはすでにライブの構成や演出のイメージの会話も飛び交う。

そして時は止まらず、最終日終了の十八時を向かえた。

「ひとまず、お疲れさん。合宿中にここまで来たのは嬉しい誤算だったけどな。よく頑張ったよ、若者達」

鉄が拍手をしながら称える。

「明日はひとまずオフだけど、明後日からはまたお邪魔させて頂きます」

「このまま三人ともうちの娘になってくれたら、ずっとうちにいれるんだけどな。碧音とトレードで」

「なんだよ、トレードって……」

「まぁ、気ぃ使わずいつでも来てよ。みいちゃんも喜ぶから」

「はい、ありがとうございました!引き続き宜しくお願いします」

いったんの別れの挨拶を済ませ、碧音は三人を近くまで送ることにした。

「どうなることかと思ったけど、あっという間でしたね」

「ほんとに。ご両親とも良くしてもらって。お嫁に行きたいくらいステキなご家族だったわ」

「ちょっと! 陽菜さんまで!」

「ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけ。でもあんなに応援してくれる人がいるんだもの。最高の演奏でお返ししなきゃね」

「だね! 美玲ちゃんにもパパにもライブ見に来て欲しいね」

「え、呼ぶの?」

「当たり前でしょ! こんなにお世話になったんだもん。碧音が誘わなくても私達が招待しちゃうから」

夕焼けの赤い空に四人の笑い声が明るく響く。

 

 夏休みもあと少しで終わりを告げるある日の午後。

碧音はいつもの練習の合間、溜めこんだ宿題にようやく手をつけ始めた。

とはいってもすでに終わっているみやびのノートを写しているだけだが。

そんな折り、陽菜が少し浮かない顔でスタジオに現れた。

「おはよっすー、陽菜さん。 どうしたんすか? 元気ない感じ」

「うん、ちょっと集まってもらっていいかな? 午前中にリーダーミーティングで学校行ってきたんだけどさ、先生から今年のライブ参加希望が多すぎて全組は出られないって。だから選考会をするって」

三人が目を見合わせ驚きを隠さない。

「しかも三年生にとっては最後の活動だから極力出してあげたいみたいでさ、私達下級生はけっこう絞られるかもしれないね」

「まじか…… 俺らには狭き門ってことか」

「せっかくこんなに頑張ってきたのに……」

 みやびが肩を落とす。

「でも、学校側も目玉イベントであるライブ自体のクオリティは下げないことが前提で、三年生だから当確ってわけではなく、もちろん実力のある下級生は出て欲しいって」

「実力のある下級生、私達じゃん!」

真理は自信満々に胸を張る。

「で、選考会はいつですか?」

「始業式の三日後。あと一週間ちょっとね。当日と同じ機材と照明をセッティングして、リハも兼ねた全組参加の一曲通しのオーディションだって」

「したらまずはそこで一発決めなきゃってことっすね」

「そうね。なんとしても取りにいかなきゃ。あとはどの曲で勝負するかよね」

「やっぱ碧音くんの新曲じゃない? インパクト強いし」

「私もそう思ってた。お客さんを引き込める曲だし、十分勝負できるクオリティになってきてると思う。二人はどう?」

「正直少し不安はあるけど、自分自身との勝負でもあるので…… 私もこの曲で行きたいです」

「んじゃ、こいつでいきましょうか! 俺ら全員の最高が詰まった曲っすから!」

「じゃあ決まりね! これでいきましょう!」

「今更ジタバタしてもしょうがないしね。やるべきことはやってきたもん。お披露目がちょっとだけ早まっただけだよ」

「おっ! 真理さん、いいこといいますね」

「でしょ? とは言いながらもちょっと不安だけどね~。だから練習しよ、練習!」

突然の決定に一瞬動揺はしたものの、今はすでに気持ちを切り替え、目線の先にある目標にブレは無い。

やるべきことは変わらない。

それだけ活動に向き合ってきた自負がそれぞれの胸の奥にある。

壁にぶちあたった時に発揮する四人のチーム力には目を見張るものがあり、むしろ士気を上げた。

勢いそのままに夏休みを終え、選考会当日を迎える。


 午前終わりの短縮授業を終え、体育館へ移動すると音響機材や照明がセッティングの真っ最中で、設営のざわめきや熱気が期待感と緊張感を煽る。

顧問はもちろん校長や教頭、音楽教諭などの教員、PTAなどの学校関係者を含めた大人達が審査員として席に座り、まさにオーディションの様相を呈する。

部員たちはその両脇に座って待機し、出番が来るまで他の組の演奏を見守る。

技術部の照明担当と打ち合わせに出ていた陽菜が戻ってくる。

「お待たせ。イントロのピンスポットライトの演出部分、細かく指示してきたわ」

「おつかれっす。見栄えも大事っすからね」

「あ~、緊張してきた…… 碧音、あんたまた全然平気なの?」

「平気じゃねーし、めっちゃ腹減ってるっつーの」

「そういえば結果は明日の朝イチに全員集めて発表だって。出演順も一緒に決まるって先輩が言ってたよ」

「ありがとう、真理。とりあえず私たちの出番は真ん中くらいだから少し様子見できそうね」

しばらくして顧問が挨拶と事の経緯、今後の流れなどを説明し緊張の中、選考会がスタートされる。

バンドが多くを占める中、一人もしくはコンビでの弾き語りなどの形態も含まれ、ジャンルもロックからポップス、メタルなど多種多様である。

一曲という短い時間の中で、各組趣向を凝らしたアピールが続くなか、碧音達も出番が近づき舞台袖へ移動する。

「いよいよね、初お披露目。 でもホントのデビューはまだ先だもんね!」

陽菜が笑顔でみんなを見渡す。

「こんなところじゃ終われないです! 絶対本番、勝ち取りましょう!」

不安げな表情から顔つきが変わったみやびが、小さな拳を前に出し、みんなとグータッチを交わす。

前の組の演奏が終わり、碧音を先頭にステージへと歩み出る。

早々にそれぞれのセッティングを行い、陽菜がマイクで審査員に挨拶をする。

「The Blue Catalyst です。宜しくお願いします」

直後、館内が暗転し暗闇と静寂が広がる。

優しいタッチのスネアの音と同時に、碧音一人に柔らかなピンスポットライトが当たる。

パラディドルにアクセントがつき始め、徐々に激しくなるとライトの光量も強くなり、碧音の頬をジリジリと熱くする。

館内がざわつき始めた頃合いで別のスポットライトがポニーテールの少女を照らし、みやびのベースラインが重なる。

重低音が館内をビリビリと軋ませ、縦ノリのうねりが聞き手の胸を打ち鳴らす。

次のスポットライトが小柄な真理を照らすと、その体躯からは想像し難い、歪んだ攻撃的な音で真っ赤なレスポールを掻き鳴らす。

四本目のスポットライトが陽菜を照らし、真理とは対照的にクリーンで繊細な音色が被さると全体の音は分厚く重なり合う。

イントロ後半にようやく全体に照明が当てられ、真理の伸びやかで艶っぽいボーカルが乗りAメロを迎えると、初めてバンドの全容が明らかとなる。

館内からは驚きとも感嘆とも取れるどよめきが、さざ波のように広がっていく。

「The Blue Catalyst でした。ありがとうございました。」

陽菜の挨拶後までどよめきは止まず、対照的に舞台袖に捌けた四人の充実した笑顔が演奏の出来を物語っており、乾いたハイタッチの音が響く。


 翌朝、練習室に部員全員が集められ、ライブのタイムテーブルが記載された文化祭のチラシと共に結果が発表された。

喜びと悲しみが交錯する室内には涙を流す者も多々見られる。

そんな紙面に記されていたのは……

『Day2. 1st The Blue Catalyst』

「まぁ、自信はあったけどさ。実際に発表されるまではね」

真理が腕を組んで鼻を鳴らす。

「しかも一般公開される日曜日のほうですもんね。注目度は俄然変わりますよね」

「そうね。日曜側の出演者を見ても全員三年生だし、土曜側も結局下級生組は少数だったし、実質勝ち取ったって感じじゃない?」

「注目日のトップバッターか…… 俺らが観客のテンションを作れるって、最高っすね!」

「審査員があの曲をそういう風に捉えてくれたのかもしれないしね。ひとまずまた落ち着いて練習できるわね」

「んじゃ~、チラシも配りまくってあちこち宣伝するっすよ!いつもパン買うコンビニの爺さんにも渡しに行くか」

放課後は練習の傍ら、部員全員で観客動員のためクラスや校内はもちろん、駅や近隣の商店などにチラシを置かせてもらったり、街頭で直接手渡しをして回った。

 そんな努力が功を奏してか、二日目の一般公開日は朝から大勢の人出で賑わい、お昼から始まるライブを目当てに来たお客さんはすでに体育館の入り口に列を成すほどの大盛況ぶりだった。

一時間前から各組順番に音合わせ程度の軽めのリハを行う。

入口を開場しお客さんを入れ始めると、瞬く間に広い体育館は人で溢れ、二階のギャラリーや一部通路の立ち見まで解放された。

「聞いてはいたけど、すっごい数だね……」

四人は舞台袖から状況を眺める。

「あ、碧音! 一番奥にパパさんと美玲ちゃんも来てるじゃん! ちゃんと誘ってくれたんだ?」

「誘うも何も、 家にチラシの束が置いてて、昨日まで商店街でめっちゃ配ってたゎ…… 頼んでないのにさ」

「えーっ! めっちゃうれしいね…… しっかり演奏で返さなきゃね!」

陽菜は屈んだ三人の背後から並んだ肩をギュッと抱きしめる。

開演十分前になり、館内の窓は暗幕で閉ざされ真っ暗になり、観客が持参したいくつかのペンライトと非常口、ミキサースペースの明かりだけがうっすらと光る。

「ようやくデビューだね。私達は一年多くかかっちゃったけど…… 二人とも、改めてありがとうね。 あ、涙出てきちゃいそう……」

「陽菜ちゃん、まだ早いよ~。今からの四曲、目一杯楽しまなきゃ!」

真理が陽菜の背中を優しく擦る。

「そうですよ、陽菜さん。ここがスタートですから。私達の」

みやびが二人の手を握る。

「よ~しっ、いっちょやったりますかぁ!」

気合を入れた碧音の拳に三人の手が重なり、自然と円陣となり、その手に想いを込める。

真っ暗なステージを移動し、それぞれの定位置につきその時を待つ。

マイクでミキサー側にスタートの合図を送ると、陽菜の落ち着きのある声が暗闇の館内に響き、開演を告げる。

「みなさん、初めまして。The Blue Catalyst です。短い時間ですが私達の想いを込めた演奏、最後まで聞いてくれたらうれしいです」

選考会と同様、スネアの音色と同時に碧音にピンスポットが当たると観客からどっと歓声が上がる。

前回の驚きのようなどよめきではなく、明らかに歓喜とわかる大勢の声は演者の肌にビシビシと刺さる。

スポットライトが増えていくに連れて歓声は一段と大きくなり、ステージ全体が照らされた時には館内が割れんばかりの熱狂に包まれた。

挿絵(By みてみん)

ステージの明るさで観客一人一人の顔まで認識できるようになる。

その一人一人の熱狂にも負けない熱い想いを一音一音に乗せて返していく。

四人は何度もアイコンタクトを取り合い、想いを一つにする。

自分達の奏でる音に歓喜し、興奮し、感動してくれる人がいるなら

もっと届けたい、もっと伝えたい、もっと響かせたい……

The Blue Catalyst は確かに今、意思を持って走り出した。

紡ぎ合った想いを奏でる、碧き音色と共に……

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