ローズの気持ち①
※最初で最後のローズ視点投下です。
「ハァ……っ、ハァ……っ」
どうして私がこんな目に…っ…⁉︎
今朝、学園の離れにある教会でオスカルが待っているという伝言を人づてに聞き、ただ私は教会へ向かっただけだった。
それなのに、突然何者かに襲われそうになった私をアレクが突き飛ばし、叫んだのだ。「逃げろ……!」と──。
私はわけがわからないまま逃げるように走り、学園裏へと周って小さな森の中まで迷い込んでしまった。うまく動かない足が地面につまづき転ぶ。膝から血が流れていても、誰も気づいてはくれない。アレクも敵に苦戦しているのか、追いかけてきてくれなかった。
まるで世界に一人ぼっち。ううん、私は今までもずっと一人ぼっちだった……
小さい頃から何もしなくても人が寄ってくる。それだけ魅力的だからだよ、なんて言われては、上手に愛想笑いを浮かべた。
一体何が魅力的?見た目が可愛い?笑顔が素敵?心が優しい?
誰も本当の私のことなんて、見てくれないじゃない……だから私はみんなが望む姿になってあげたっ!みんなの描く理想を私が演じていただけ!
……でも初めて会った、男の子のような服装をしたあの子の態度は、他の誰とも全く違っていた。
『あら、ごめんなさい?…でもそんなに男性を引き連れているのに、誰もあなたを支えられないなんて……残念な護衛ですね』
事実だった。それまでも、それからも。ただ周りにいて味方だと主張するだけで、私のことを心の底から大切に思い、命懸けで守ろうとしてくれた人は一人もいなかったから……
なのに彼女はあの日、命を狙われた私を庇ったのだ。自分が死ぬかもしれないのに……それでも私は、彼女のことを信じたくなかった。信じたってきっと裏切られる。裏切られた時、私の気持ちはどうなるのだろうと……だからあの子のことは記憶から消し去っていた。
それからは忠誠心のある強い人を探す日々。入学式の前日、学園前で強引な酒呑みに絡まれたところを一撃でアレクがやつけてくれたから彼に護衛を頼むことにしたし、オスカルは私の願いを叶えてくれると言うからそばにいた。
けどそれだけ……例え近くにいても私のほうを振り向いてはくれない。彼らはいつも違う方向を向いていた。
そんな時に再会したあの子には、難癖をつけて本性を炙り出そうとしてしまう。
ただ、彼女に向けられる目は一切主張してこない。『俺を見ろ』『私を見て』と……恍惚とした表情で私を見ない。それは、私にとっては夢のような話で……──
「ローズ…!」
「…っ…」
後ろから追いかけて来たのか、彼女の声が聞こえた。足元には黒猫も一緒だ。その姿がおどろおどろしくて震えてしまう。
やっぱり絶対に趣味は合わないし、仲良くなれっこない!
「遂に私に、とどめを刺しにきたの⁉︎」
この子はそんなことしない、とわかっていても。襲ってきた人間の仲間なんじゃないかと疑わなければいけない。
そうすれば裏切られた時『あぁ、やっぱりこの子も私自身を見てくれなかったんだ』と、そう思わなくて済むから……
「違うわっ、あなたのことを助けにきたの!」
「っ、どうせそうやって上部だけ取り繕って、私のことを騙そうとしてるに決まってる…!」
口ではそう言うものの、逃げても追いかけてくる彼女に、心なしかホッとしていた。自分でも矛盾してるとわかってる。
「……確かに、私がローズを助けようとするのには理由がある。ローズ……私、ずっとあなたのことが怖かったの!恐れていた…!」
「っ⁉︎」
その言葉に思わず足を止めてしまった。そしてもう一度振り返れば、肩で息をしている彼女が目の前まで来て「スー……ハー……」と、呼吸を整える。
「あなたに、大好きな人達を奪われてしまいそうで。でもそうじゃなかった……ローズも、本当は怖かったんでしょう……?」
「…な……な、にを言ってるの?」
「人を魅了している割に命を狙われて、怖くないはずがない……私は今までずっと、ローズは周りに守られてきたと思ってたけど……全然違ってた」
まるで彼女は、私が頑丈に鍵をかけた内側に、最も簡単に入り込んでくる。
「私は運命に固執してしまって、ずっとあなたをどこか、一人の人として見てなかった。ローズが悪いわけじゃないのに、ローズのせいにしたことだって何度もあるわ。魅了で得られる愛なんて偽りで薄っぺらいのに、あなたの感情をわかろうとしていなかったの……自分のことで精一杯で、ごめんなさいっ」
「……っ、…」
頬に生温かい液体が伝うので、慌てて手で拭った。彼女が何を言っているのか、意味がわからない。なぜ謝られているのかも。なのに涙が出てくるのだ。
それは初めての感覚で……こんなにも本音をぶつけられて心地がいいことを、私は初めて知った。知ってしまった。
「いいの……?あなたのこと、信じてみても、いい……?」
「……ローズの気持ちが、そうしたいと思うのなら」
そう言って初めて向けてもらった彼女の笑顔は愛らしく、今までの孤独感が拭い去っていくようで……
「!…膝、血が出てる。早く学園に戻って消毒してもらいましょう」
「はっ、でも追っ手が……、!」
「まだお兄様達が戦ってるわ。私はその隙にローズを助けに来たの。今来た道は戻れないし、追手のいない道を私の優秀な相棒が案内してくれるから」
優秀な相棒……ってまさかっ?
彼女の隣には金色とブルーの眼をした黒猫。辺りを見渡しても木々から心地よい風が流れてくるだけだ。
「…っ」
黒い色をしたその姿はやっぱり恐ろしくて、彼女の黒猫のいる方とは反対隣にサッと並ぶ。
「……ふふっ。そっか、ローズはマチルダのこと見たくないか。じゃあ……これも嫌かもしれないけど、私の手を握ってついてきて…!」
「きゃっ」
彼女は相棒だと言う黒猫を頼りに走りだした。私の手を引く後ろ姿が今まで出会った誰よりも温かく感じて、私はその後ろ姿をひたすら見つめていた──。
そして転んだ痛みもすっかり忘れた頃、目線の先には見慣れた敷地が広がる。どこか半信半疑だったのに、本当に学園に帰ることができたのだ。
「……」
どうして……?猫が道案内するなんて聞いたことがない。奇妙な力でも持っている、とか?
黒猫を見れば不吉なことが起こるという言い伝えがあるけど、その不吉なことから私を助けてくれた一匹は黒猫ということになる。
「ローズ!セリンセ・ローランス!無事であったか…!」
出迎えたオスカルはあからさまに胸を撫で下ろしたが、私は不信感しかない。
「ローズ。殿下はあなたのことを助けてくれと、お兄様達に頼んだの。自分ではどうすることもできないから、頼る方法を選んだ。それってとても勇敢なことよ?」
「っ⁉︎」
「もしかしたら憎いと思うかもしれないけど、話を聞くだけでも聞いてあげてほしい」
「…………」
気づけば私の頭はゆっくりと頷いていた。
「殿下、ローズは膝を怪我しています。先に医務室に連れて行ってもらえますか?」
「何?お前は?」
「私はみんなのところへ戻ります」
……⁉︎
なんの迷いもなくそう告げた彼女は、一礼をした後、颯爽と走ってきた道を駆けていく。私達が立ち竦んでいる中あっという間だった。
「オスカル、一体どういうことなのか説明してほしい」
意外にも気丈に冷静でいられたのは、彼女の強さを目の当たりにしたからなのか。
「あぁ。俺はお前に許されないことをした。聞いたあとでどうするかはローズが決めてくれ……覚悟はできてるからな」
本当は聞かなくても、なんとなくわかっていたような気がする。そしてあの子だったらどうするのかを考える。きっと私を認めてくれたように、オスカルのことも許すだろう。
そう思ったら、鼻がツンとした。
♢天の声♢
ローズも色々あったんですね〜……人を魅了しながらも実は孤独だったローズは、セリンセに出会ったことできっと心穏やかになれると思います。




