真相①
昨日宿泊施設に戻った私は、今日から初めてマチルダを連れて学園へ向かっていた。その間私達を見た生徒に驚かれることはあっても、他に夢中になることがあるのか、スルーされている様子で。
こんなこともあるのかと、覚悟を決めて向かった私の心は少し気が抜けてしまった。
「いたーっ!セリンセちゃん!」
「ヒューゴ先輩、おはようございます」
「おはよう〜……って違う!アレクは?単独行動絶対禁止って言ったよね?」
「お兄様は先に学園に行くと置き手紙が……というか先輩、このまま私のそばにいたら一年生になってしまいますよ」
じっとりとした目で見据える私に、先輩は物怖じせず、「それもいいかな〜」なんてお気楽にふざけている。学年が違うはずなのに、先週は一緒に講義まで受けようとしたので、さすがに帰って下さいと言い放ったくらいだ。
それにしても、今日はヒューゴ先輩が来てからやたらと興味の視線を集めてるわ……
「……?」
不思議に思いながらも先輩と学園に入ると、突然、ドタバタとものすごい形相で迫ってくる赤毛のオスカルが見えた。
「おいっ、貴様やってくれたな……⁉︎」
憤慨した様子でヒューゴ先輩の胸ぐらを掴み、顔に何かを突きつける。こっそりと覗けば、その何かは今日の朝刊のようだった。
っ、これは…………!
「こんなことをして死にたいのか?あぁ?」
「オスカル皇子、人が見てますよ」
「そんなことは今どうでもいいだろうが!これは一体何のつもりなんだと聞いている……!」
「事実じゃないか。僕が本当の第一皇子で、皇族だということは」
「き、貴様…っ!」
朝刊の内容は、この帝国の皇帝には実は隠し子がいたという内容。その名は、ヒューゴ・ファミリア。ヒューゴ先輩の名が載っていた。
「場所を変えよう。ここは人目につきやすい」
そう言って先輩は軽々と私のお腹を抱えると、オスカルに向けてついて来るようクイッと首で促した。そのまますごいスピードで辿り着いた場所は、先輩の部屋だ。
「いつの間にこんな部屋…っ!」
「驚いた?ま、ビビリのオスカル皇子は一人で入っては来れないよね」
「…なっ…、!」
意外だった。確かにここなら誰も来ないけど、オスカルにこの部屋を知られること自体嫌がりそうなのに……
「まあ座って下さいよ。僕も話したいし……あっ、セリンセちゃんはこっちね」
そう言ってヒューゴ先輩に隣に座らされる。
なんだか私、抱えられて連れてこられて、みっともなくない?マチルダですら自分の足で走ってきたというのに。もう少し走る練習でもしていれば良かったわ……
それに、部外者である私もこの場にいていいのだろうか?皇子同士の大事な話をするのなら、席を外したほうがいいのでは?
ただオスカルの剣幕から、殴り合いが始まってもいけないし退散することもできないでいる。
「君は僕には何もできない、と侮っていただろう?腑抜けだと思っていただろう?」
「……」
するとオスカルは眉間にシワを寄せ、何を言おうか迷うような表情を見せた。
珍しい……まるで原作でのローズにだけ見せる、彼の弱い部分が見えた気がする。
「君の母君がなぜ皇后になれたか知っているかい?……人を誘惑し、自分の意のままに操れる気味の悪い力を持ってたからさ」
「……!」
先輩の言葉に、気持ちのわかりづらい私の表情もきっとわかりやすく驚けたに違いない。
まさかっ、と思った。
「君の母君が、ローズという子と結婚させようと執拗に命じていた理由……それは、彼女が母君と同じ力を持っていて、この世界を掌握しようと考えたからだ」
「……っ、」
皇后陛下はローズと同じ魅了の力を持っていたの……?はっ、……だから皇帝は、婚約者である先輩のお母様を見放してしまった……?
お兄様が魅了の力は受け継がれると調べてくれた。世界に何人もいるとは考えにくいから、皇后からローズに受け継がれたと考えれば腑に落ちる。
「……知ってた。そんなことは俺だって知っていた……!」
威厳溢れるオスカル皇子が、泣きそうに震えている。きっとこれが本物の、オスカルなんだ……
「やはりそうか……オスカル、君が一番、怖かっただろうね」
「…っ⁉︎」
先輩の言葉にオスカルの肩がビクッと上がり、吊り上がった目が見開く。
ヒューゴ先輩……?
「君は唯一、宮殿内で母親である皇后の力が効かなかったんだろう?」
っ、‼︎
「周りがおかしい中、自分だけが違和感に気づく。間違っていると感じても、誰も話を聞いてくれない。否定される。押し潰される。それは怖くて逃げたくて、たまらないだろうね……」
「っ…!違うっ、俺は強い!恐れられる皇帝になるしか…っ、道は……、…ない」
震えながら、苦痛を露わにする表情に答えは出ていた。
そういう、ことだったの……?威厳という名の仮面の下で、実はビビりだった本当の理由は……
思わず私の眉間にも力が入る。
散々嫌いだとか、クソ野郎だとか、オスカルに対し心の中で暴言を言ってきた自分が愚かに思えてしまい、自ら目の前のテーブルにガンッと頭をぶつけた。
「セリンセちゃんっ⁉︎」
怖いわ……それは私だって恐ろしい……
生まれた時から私の意見を尊重してくれたローランスのみんなと、魅了に支配された環境の中で、自分の意見を言わせてももらえなかったオスカルでは、違いすぎる……
「……知らなかったとはいえ、私は数々の無礼を殿下に謝らなければなりません……申し訳ございませんでした」
「なっ、何がだ!」
「いえ、知らないからこそ偏見や自己判断で見てはいけなかったんです……っ……反省致します」
頭をぶつけた流れで謝罪すれば、オスカルは動揺している様子で。すると、私のまだジンジンする頭が大きな手で起こされた。「セリンセちゃんはオスカルに怒って当然だから…!」と、先輩がやれやれ顔で言うので、私はおでこを抑えながら何度か瞬きしてしまう。
「ほんと、そんなだから人たらしなんて言われちゃうんだよ」
「?、?」
「……でも、謝らなければいけないのは僕だね」
そう言って先輩は、オスカルを真っ直ぐと……曇りなき眼で見据える。
「もちろん、憎くないと言えば嘘になるけどね。ただ僕は心が小さくて、弟の気持ちまで考えられなかった。たった一人の弟なのに……寂しさや孤独に気づいてやれなくてごめんよ、オスカル……」
「っ、……」
今までたくさんの人を威圧してきたであろうオスカルの目が潤み、涙が溢れないよう唇を噛み締めていた。
「だから僕は、絶対に誤魔化せないように世間に知ってもらったのさ。世界中に知れ渡ればもうどうすることもできない。皇后の呪縛から君を救うためにも……僕が次の皇帝になる」
……‼︎
私とオスカルの目が同時に開く。彼の覚悟が声の音色から、表情から伝わってきた。
あぁ、あの日の先輩の言葉は、皇帝になるという意志だったんだ……
『どこか投げやりだった僕は、この状況を変えたいとようやく思えたんだよ』
本当に先輩と出会えたことは奇跡に等しい。このお方が、未来の王となる日はきっとそう遠くない。
「あ。君が本当に皇帝になりたいのなら、僕ももう一度考えるけどね」
「……いや。お前がなるべきだ」
そう腹の底から絞り出したような声が、オスカル自身の本音なのだろう。
親からの制圧。皇族間の制御。母親に言われた通り、表面だけでも強くなるしかなかった。人を脅かし暴言を吐き、自分が一番強いのだと偽り、自分のことを守るしかなかった。
例え黒塊に触らなくとも、私は彼の負の感情を感じ取った気がした。
「けどなぁっ、……もう、遅いんだ……ローズが……殺されちまう……あいつに…!」
「……っ⁉︎……殿下、それはどういうことですか……っ」
あまりの衝撃の言葉に、勢い余って立ち上がり、彼に詰め寄った。
ローズが殺される……?
少しずつ体に怯えの振動を感じ始める。焦りと不安が一気に募った。
♢天の声♢
またしても、不穏な予感……´д` ;




