作戦決行!①
「ニック!サボってまでやらなくていいって言ったでしょう⁉︎」
「僕にとっては退屈な講義よりも大事だったんですよ」
「でもやるのなら一緒にやらないとっ!ニックだけじゃ心配なのよ」
「いずれ僕が受け継ぐんですから、今くらい任せてくれてもいいじゃないですか」
「生意気だね〜?どこぞのご令嬢に鼻の下こーんなにして庭園を荒らしたくせに〜…!」
昼休憩になり、どうやら作業中のニック様の元にリズ様もいらしたみたい。二人で仲良く言い合っている声が聞こえてきた。
私もお邪魔していることを伝えなければと、ヒューゴ先輩と共に二人の元へ向かう。
「リズ様、ごきげんよう」
「わ…!セリンセ様!いらしていたのですねっ」
「あまり様呼びは慣れないので、別の呼び方をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、では……セリィちゃん、とお呼びしても?」
「……セリィちゃん、ですか……」
「っ、やはり嫌ですよね…っ!」
「いえ、!そちらのほうがいいです」
前世で人気だった某キャラのようだと思ってしまったことは言うまでもない。
リズ様が嬉しそうなのでなんでもいいけど……
「えっと……そちらの方は、確か……ヒューゴ様でしたよね?」
私の隣で腕を組んで立つ先輩を見ながらリズ様は続ける。少し疑わしそうに。
「滅多に外に出ず、ご自身の部屋に引きこもっていて誰も正体を知らないという……」
「先輩、今までそんなに姿を見せなかったんですか?」
「あぁ。僕が突然ヒョッコリと日の元へ出れば、そこら中で悲鳴が起こってしまうからね」
「真面目に悲しいことを言わないで下さい……」
それにエルザ様とダンスを踊っていた時に聞こえた悲鳴は悲鳴ではなくて、歓声に近かったわ……キラキラと輝きに満ちた二人の姿にみんな見惚れていた。
「君達が入学して来るまで幽霊化していたのは事実さ。学園内の嫌なオーラ見るのも疲れるし。だからプロンツ家ご令嬢とも同じ年にここへやって来たのに、今日がまるで初対面なんだ。ビックリだろう?そんな適当な感じの僕だが、どうぞよろしく」
自由奔放にプロンツ姉弟に握手を求めるヒューゴ先輩。
すごい。ゴーイングマイウェイ感が否めない。この方が実は皇子だなんて誰も思わないよなあ……
「ところで、!セリィちゃんが身につけているネクタイは、どなたのものなのですかっ?……ジンクス通りに結婚できるといいですね」
「…………え……?」
なんのことかわからず首を傾げた。
「……えっ!まさか知らないで受け取ったのです…⁉︎男子生徒がネクタイを渡す意味をっ!」
「……し、信頼の証では……」
「確かにそういった意味も含まれるかもしれませんが……」
そう言って、コホン、と一つ咳払いをしてリズ様は説明してくれる。
「本来このハレルヤ学園では、男性がご自身の制服のネクタイを意中の女性に渡し、それを身につければその二人は将来本当に結婚できるというジンクスがあるのですよっ!」
けっ、こん…………結婚……っ⁉︎
思いがけない単語に驚愕してしまう。
「確か学園の案内状にも書いてあったと思いますけど……」
今度はニック様がメガネをクイっと押さえながら教えてくれた。
案内状……案内状……あ。そういえば、大して読まずに部屋の机の引き出しに押し込んだんだった……
「知らなかったようですね」
「は、はい……初日から色々ありまして」
そう、だからきっとノアもジンクスのことなど知らないはず……そもそも興味もないだろう。
それなのに心臓がバックバックと動揺を隠せず大きく動いていた。
「ニック、今少しほっとしたでしょ?」
「…っ、してませんよ……!」
「ふふ、強がっちゃって〜〜」
何の話かわからないけど、プロンツ家の二人はやはり仲が良い。リズ様がルナシーに感染するくらいだ。彼女にとってニック様は心の底から大切な家族である証拠であり、そして彼もまた、リズ様の負の感情を感じたことで正気を取り戻した。
どうなるかわからなかったけど、結果的には二人が元通りになってよかったな……
そう考えると、ルナシーとは本当に悪いものなのだろうか……?
ルナシーは悪の術にされてるけど、実際に黒塊に触れてわかったことがある。
ルナシーは、自身でも気づかないような感情を見つけ出し、『ここだよ、ここにいるよ』って……見えない感情を教えているような気がするんだ。
自分の中のマイナスもプラスも、お互いを、両方を認めることができたなら、ルナシーはきっと狂気にならないんじゃないかなあ…………
「セリィちゃん、男性がネクタイに込める想いは、道端に咲くナズナの花言葉と同じなんですよ?」
「ナズナですか……?」
「はいっ、ナズナの花言葉は『私の全てを捧げます』、というものです」
「…っ……!」
────私の全てを捧げます
「つまり愛のプロポーズというわけです」
「……⁉︎……ノアはそんなつもりじゃ、」
「えっ、お相手はノア様だったんですか…⁉︎……あれ?そういえば今日はお二方はいらっしゃいませんが……」
キョロキョロとピピノアを探してるであろうリズ様。オスカルやローズの元にいる二人のことを思えば、再び胸が苦しくなる。
「少し、トラブルがありまして……今は別行動なのです」
「そうでしたか……ピピ様の髪を切ってしまったこと、もう一度謝りたいと思っていました。謝罪金もお渡ししたかったのですが……」
「あぁ、髪のことなら気にしなくて大丈夫ですよ。今はとっておきの可愛い髪型になってるので。お金もたぶん受け取らないと思います」
ピピはアレクに髪を切ってもらって心の内を打ち明けた。恋心もだけど、ピピが抱えるものはそれだけじゃなく。
……私のことを守ろうとしてくれていた。考えたらわかることなのに……ピピが自分よりも周りの人間を大事にする子だって、知ってたはずなのに…………後悔しても時すでに遅し、だわ……
"私守られてるよ、助けられてるんだよ"って。どうしたらピピやノアに伝わるんだろう……?
体を張って守ることが、唯一の救う方法じゃない。傷一つつけさせずに助けることだけが、守るということじゃなかったの……──
「セリィ…!ここにいたのか……」
「……お兄様?」
どうやら私のことを探し回ってくれていた様子のアレクも庭園内にやってきた。
「ごめんなさい……講義に出る気にならなくて」
「いや、どこに行ったのかと心配した……」
と、途中でピタッと言葉が止まり、顔つきも強張る。
「?……お兄様?」
「セリィ。そのネクタイ、誰のだ?」
「……!」
アレクの顔が徐々に険しくなった。タイムリーでジンクスの話を聞いたため、理由は分かりきっている。
「まさか、!」
そう言って彼は、私の隣にいたヒューゴ先輩を見た。
「……え、違うよ……?僕じゃないからね?」
「お兄様、違うの、これはなんというか……信頼の証としてノアが貸してくれたものなの……!」
「ノアが……?」
「私も今初めてジンクスのことを知ったし、ノアもそのことは知らないわ」
そう説明すれば、ヒューゴ先輩は隣で「う〜ん……」と考えるように顎に手をあてている。
「例え知らなくたって、大体ノアくんの独占欲だろうと予想はつくけどね。首に巻くものを送るっていうのはネクタイに限らず、この子は自分のものだと相手にも周りにもアピールしてるのさ」
「…っ……」
体が熱くなっていく……そんなはずはないとわかっていても、もしそうだったら……?と考えてしまえば、途端に記憶が溢れ出してしまうのだ。
『姉さん、ご褒美下さい』──
唇の感触、温度。
ノア…………あのキスは、なんだったの…………?
「セリィ……?」
「あ…っ、……そ、そういえばお兄様に紹介しないと……!この方はヒューゴ先輩といって、アレクお兄様やリズ様と同じ学年でね、入学初日に仲良くなったの……っ」
気を紛らわせるかのように、慌てて私はお兄様にヒューゴ先輩を紹介した。
「お兄さん、どうぞよろしく。僕のことはみんな好きなように呼んでいいよ」
「……アレクでいい、あなたにお兄さんと言われるのはご免だ」
「アレク……アレクか……!」
遠回しに拒否されたことはスルーし、まるで初めて友達ができたかのように嬉しそうな表情を見せるヒューゴ先輩。お兄様の手を握ってブンブンと握手をしている。
「あの、……皆様に協力していただきたい事があるのです」
改まって庭園内にいるリズ様、ニック様、ヒューゴ先輩、アレクお兄様に告げる。
できればエルザ様にもお願いしたいが……
「ん、なんだ……?まさかセリィ、……ピピノアを奪還するつもりか?」
「……ううん。できるものならそうしたいけど、ノアが必ず戻ると言ったのなら、私は信じて待つことにするわ……」
きっとこのネクタイは、二人が離れたことで私が不安にならないように、ノアが置いていってくれたもの。
ノアのやりたいことが終わって帰ってきたら……アレクお兄様とピピのことを相談したいし、あの日のキスの、理由も聞きたい…………
だからそれまで私は──
「それまで私は私のできることをやることにした…!」
「……何をやろうとしてるんだ?」
「それはね……、食わず嫌いならぬ、知らず嫌いを解消作戦!黒を避ける風習を壊し、この世界の普通にするわ……!」
リズ様とニック様は一体何を言っているんだといわんばかりのポカン顔に。ヒューゴ様はニヤッと口角を上げた。
♢天の声♢
この子達は本当に……話を引き伸ばす天才ですか!?
作者は泣いてるよ〜〜今月中に終わらなくて泣いてるよ〜〜
(これは余談ですが、この回に出てくるナズナの花言葉、ヒマワリのものと迷いました。ただヒマワリって太陽の感じがセリンセっぽくはないかな……ってことで却下されナズナに!
ナズナ大好きなのでいつか名前にも使いたいなどと考えております。それではまた次回!)




