ヒューゴ先輩の正体②
「隠し子とは……?」
驚きすぎて息を止めていた私は、小さく深呼吸をしてヒューゴ先輩に聞き直す。
ナチュラルに告げられただけでは信じ難いが、学園にあったヒューゴ先輩の部屋の存在や、オスカルの付き人になっていたことを考えればありえない話ではない。
原作には一切出てこなかった新情報だ。まるで裏設定を聞いているような感覚に陥るが、この世界は間違いなく今の私の現実である。
「オスカル皇子とは異母兄弟だ。けど僕は生まれた時から必要とはされていなかったのさ」
「ど、どういうことですか……?」
異母兄弟ならオスカルとは違う母親ということになる。でもオスカルの母である皇后の他に側室や妾はいなかったはず。
「もともとは僕の母親が皇帝の婚約者でね」
「…っ⁉︎」
『ご懐妊です!おめでとうございます、陛下』
『……』
「既に皇帝の座についていた陛下は、僕の母と祝言を挙げる前から度々寝屋を共にするほど愛し合っていた、はずだった。それなのに皇帝は僕を身籠ったと同時に、別の女性の虜になっていたんだ。それが今の皇后、オスカルの母親だよ」
「は……」
思わず小さく声が漏れる。あまりに重大な話を聞かされ、頭がうまく機能しない。
ヒューゴ先輩のお母様が皇帝の婚約者だった方で、結婚する前から関係を持っていて?いざ皇帝との子どもを身籠ったら他の女性のことを好きになった……?
それが事実だとしたら、ふざけんじゃないわ。オスカルより最低なダメンズじゃない……
「身分もどこの人間かもわからなかった彼女が現れると、その美しさや気高さに崇拝する人間は増えていって、彼女を正妻にすることを反対する人間はほぼいなかった。僕を身籠った母はまるで部外者扱いさ。除け者にされ宮殿から追い出されたんだ。もちろん、皇帝の血を継ぐ僕を連れて故郷に帰ることを許されるわけもなく、僕は身分を隠されて生きてきたってわけ」
「なん、ですかそれ……っ、意味がわからない!先輩はそれでいいんですか…⁉︎……お母様のご両親だって、納得するはずがないですっ」
腹が立ってむしゃくしゃとした気持ちをヒューゴ先輩にぶつけてしまう。
そんなのっておかしいわ……皇族の血を継ぐ子ができれば、それだけの待遇や権限が与えられる。なのに城から追い出され、しかも存在自体を隠されるなんて絶対におかしい……
「……急に大きな声になった。元気出たじゃないか」
「すみません、今のは八つ当たりです。苛立ちを先輩にぶつけてしまいました……」
「いや……、自分のことのように怒ってもらえるのは嬉しいものだね。でも一番の被害者は母さんさ。僕を産んだせいで、故郷で暮らしていた頃より質素で不幸になってしまったんだから……」
「ふ、不幸とは……?」
恐る恐る訪ねる。初めて見る先輩の苦しそうな表情に嫌な心音がした。
「僕の知らないところで皇后陛下に意地悪なことをされていてね、そのせいで母は脚を悪くしてしまったんだ。今ではまともに歩くことすらままならない……セリンセちゃんは母の両親が納得するはずないって言ったけど、祖父母には母が子ができない体だと嘘をついた上に、病気による歩行困難のせいで他に嫁の貰い手がないだろうと脅し、金を渡して終わりさ……」
「そ、んな…………」
ひどい……なんてことを……そうまでして、一体何が得られるというの……?
「だから僕の存在がずっと母を苦しめてきたんだ。僕がいなければ、僕さえ生まれなければ、まだ婚約破棄で済んだはずなのに……」
「…先輩の部屋で話していたことは、やはり例え話ではなかったんですね……」
──『例えば僕が大切な人に迷惑をかけたとき、『どうしてこんな僕なんだ、必要とされないならいないほうがいい』と自分のことを責めたとして、少なくとも君にとっては、それはいらない感情じゃなく、大事な痛みだということなんだろう?』
「本当に、無責任でごめんなさい……っ」
いくら悔しくても、私にはどうすることもできない。恵まれた環境で育った私には、彼の感じてきた苦しみを"大事な痛み"と言うことすら許されなかった。土俵からして違うのだ。これを無責任と言わずになんと言おうか……
渦巻く感情を持ち歩くのは簡単ではない。自分の痛み、弱さを認め共に生きることは、苦しさを伴う。
私に先輩の痛みの何がわかるというのだろう。人の痛みの度合いは、みんな同じじゃないのに……
「ううん、違うんだ。僕はあの時、セリンセちゃんの言葉に救われていたから」
「…っ…?」
「不思議だよね。セリンセちゃんと話してから、心がスーって軽くなって。現状は何も変わってないのに、変わりたいと思った。どこか投げやりだった僕は、この状況を変えたいとようやく思えたんだよ」
この状況を変えたい……?それって…………
「そうしたらエルザにも出会えたし、君が齎してくれた奇跡は何ものにも変え難い。だからノアくんに言われたからでもなく、エルザと繋げてくれた恩もあるけど……ただ僕個人として、セリンセちゃんのことを守らせてくれないかい?」
「……っ、」
「皇族に生まれた者として、僕のそばに必要だと思う人間は絶対に手放さない、そう決めたから」
そう言ってヒューゴ先輩は微笑んだ。
彼は本来なら正式な皇太子になるはずだった人物で、そんな高貴な方が私のことを必要としてるから守る……?とんでもないわ、私のようなまだ何もなし得てない人間のそばにいていい方ではない。図々しいにも程がある。それなら……
「お気持ちはとてもありがたいんですけど……私よりも、兄のほうを守っていただけませんか?」
「……え、兄って、ローランス伯爵令息だよね……?」
その問いにコクっと頷く。
「いやいやいやっ、彼には僕なんて一番必要ないから…!セリンセちゃん、お兄さんがどれだけの凄腕か知らないの?」
「知ってますけど、今朝も私を庇って皇子と揉めて、……心配なんです。すぐ無茶するから……」
「ほんと、噂なんて嘘ばっかりだなあと実感するよ……心配しなくても大事な人を庇ってとかじゃない限り、誰も彼の足元にも及ばないんじゃないかな」
原作ではローズを庇って死んでるんですとは、流石に言えない……
この世界のアレクは魅了されていないみたいだが油断は禁物である。
「でもいい機会だ。お兄さんとも話してみることにしよう」
「よろしくお願いします……」
「うむ!」
「……あ、一つ聞いてもいいですか?」
「一つと言わず何個でも聞いてくれ」
「それじゃあその都度聞かせていただこうと思うのですが、とりあえず今は一つだけ……先輩は幾度か社交界に参加してきたんですよね?……エルザ様にも出会ったというくらいですし」
「あぁ、僕と母の世話をしてくれる人が数人いたのが幸いだった。僕自身剣術や武術は元々才能があったのかすぐ身についたし、社交界に関しては素性を隠して無理やり行かされてたのさ」
「そうだったのですね……」
本当はまだ頭の中に浮かぶ疑問が山程あったのだが、先輩が実は皇族だったことに消化不良のため、私は口をつぐんだ。
♢天の声♢
1話更新するごとに、予定話数が1話増えていくんです……完結できますか??泣




