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ピピ⑤



「綺麗だな」


 私の伸ばした黒髪を、嫌がらずに触る手は優しい。

 兄様に頭を触られたことあっても、髪の毛自体を触られることはあまりなかったから変に緊張してしまう……なんだか少しくすぐったいわ。


「今日は黒髪で学園に行くのが初日だったというだけで、明日からはこのようなことがないようにちゃんと結びますので……兄様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「……く、ははっ、ピピは本当に面白いなあ」

「っ?」


 急にアレク兄様は笑い始めた。何が面白いのかはわからないけれど、笑顔の兄様にときめいては心臓がぎゅうっと苦しくなる。


「さっきは切りたくないとごねていたのに、急に潮らしくなったりして」

「そ、それはっ」

「面白くて可愛いよ。お前は」

「…っ!」


 椅子に座る私を見下ろす彼のその言葉に他意はない。だから顔が熱くなるのも、心臓が嬉しそうに跳ねるのもやめて……


「ちょ、下向くな。切れないだろ?」


 恥ずかしくなって下を向こうとした私の顔を大きな左手に阻止される。その瞬間、アレク兄様と近距離で目が合ってしまい、心臓がまたドクンと跳ねた。

 うぅ……顔が沸騰しそうだわ……


「じっとしててな……」

「……はい」


 色気漂う兄様の匂いや気配に耐えられなくなった私は、目を閉じて終わるのを待つことにした。それからアレク兄様は慣れた手つきで私の髪を切っていく。


「よし、完成。我ながら上出来だ」

「えっ、もう…⁉︎」


 驚きの速さに先程閉じた目を開ければ、アレク兄様がニヤッと不敵な笑みを浮かべながら、手鏡を渡してくれた。その鏡の中を除いて更に驚く。


「これを、セリィが……」


 リズ様に切られてしまった横髪はきっちり揃えられ、両サイドが頬にあたるくらいの長さに。横髪以外、伸ばしていた髪の長さは変わっていなかった。


「後ろの長さは変わってないだろ?こういう髪型は見たことがないが、"姫カット"と言うらしいぞ」

「姫カット……」

「ピピは俺達のお姫様だからな」

「…っ……」


 そうだわ……セリィも、兄様も、ずっと私の気持ちを尊重してくれてた。

 我儘で意地っ張りな性格の私を、それでもいいと……面倒な私でも突き放さず、一番良い方法で解決してくれる。どこまでも優しい人達よ……

 だから、……そんな優しい人達だから、誰にも傷つけられたくないの……


「兄様…、今日皇太子様と会いましたわ」

「…!それで……?」

「……セリィの髪の毛を激しく掴んで、とても威圧的で、私達を奴隷にするから渡せと……」

「…………そんな、ことが……」


 兄様の表情が悔しそうに歪む。握りしめた拳には力が入っていた。


「セリィはハッキリと、堂々とした立ち振る舞いで断ってくれました……けれど兄様、私達は一体なんのために強くなったのでしょうか…?」

「っ……」

「セリィのことを守れるように強くなったはずなのに、私達がそばにいるせいで、傷つけてしまうわ……っ…負の感情のことだって、セリィは自分の役目だと……どうして、どうして私達の力だけじゃどうにもできないのぉっ……?」

「ピピ……」


 一度流れた涙は止まらずポロポロ流れる。震えた声で溢れた、我慢していた気持ち。

 そばにいられることが幸せだからこそ、苦しかった……私達を守るために傷つけられるセリィを見るのが、とても。結局何もできずに守ってもらっている自分が歯痒くて情けない……


「アレク兄様……私は、私とノアは、このままそばにいてもいいのでしょうか……?いっそ、離れたほうがいい……っ、⁉︎」

「……だめだ……それは絶対に許さない」


 怒ったような、お腹の底から絞り出すような音で聞こえた声に心臓が跳ねる。彼に力強く抱きしめられた体が熱い。

 嬉しい……本当はいつまでもこの温もりに甘えていたいの……でも……──


「ふっ、うぅ〜〜……」

「殿下のことは俺がなんとかする。だから頼む……離れていかないでくれ」


 まるで縋るように、兄様の体重がのしかかった。

 いつか兄様にこんな風に抱きしめられ、妹としてではなく、たった一人の愛おしい人として愛される本物のご令嬢が現れる。

 だったら、私のこの想いが叶わないのなら、最後に…………


「兄様……もう、私の気持ちをご存知なのでしょう……?」

「…………ん?」

「……ずっと、アレク兄様のことが……す、すきなんです……!家族としてだけではなく、男の人として、私は兄様を愛しているわ……っ」

「…………っ……⁉︎⁉︎」


 抱きしめていた私の体から勢いよく離れた兄様の表情は、今まで見てきた中で一番動揺していた。


「……兄様が私のことを、妹として大事にしてくれているとわかっていても……、止められなかった。大好きなの……」

「っ…、ピピ……お前は今まで俺しか知らなかったからそう感じるだけで、もっとこれから」

「そう思うのであれば、どうか私をこっ酷く、もう二度とこの想いを伝えることができないように、断っていただけませんか……?」

「…な、にを……」

「叶わないと知りながら、兄様のそばにいるのはとても苦しいのです……」


 やっと、言えたわ……

 本当はそばにいられないことのほうが何倍も苦しい。けれどそばにいるのが苦しいと言えば、兄様は必ず私の気持ちを尊重してくれるから。


 兄様への想いを言葉にして伝えられてスッキリしたはずなのに、諦めずに流れるこの涙はどんな感情を持っているの……?──


「兄様。髪、可愛くしてくれて、ありがとうございました」


 椅子から立ち上がり、大好きでたまらないアレク兄様に頭を下げる。


「私一生、忘れませんわ」


 幸せをたくさん貰った。ローランスの人達は世間での悪名とは反対にすごく優しくていい人ばかりで、私には勿体無いくらいの愛を注いでくれたの。


 最後はちゃんと笑顔で言えたかな……最後まで我儘で、勝手な私でごめんなさい……


 そのまま私は部屋から出ると、どこに向かうわけでもなく無我夢中で走った。




♢天の声♢


え……切な……!!!待ってよピピちゃーーん!!!

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