黒の戦士③
「ん"ん"あ"あ"あ"……!」
人間から発せられる声とは程遠く、狂気的、かつ凶器のようになっていくリズ様の体。爪は鋭く口には小さく牙が生え、瞳も黒く染まっている。三つ編みだった髪の毛は解け、鋭利に広がる。
まるで妖魔でも取り憑いたゾンビのようだ。
「きゃ、きゃあ〜〜っ‼︎」
豹変した生徒を初めて見たローズは、叫び声をあげて腰が抜けたように地面にへたり込む。
「ピピ、ノア、こうなってしまっては仕方がないわ。パピヨンとアベイユに変身よっ」
二人は凛々しい面持ちで頷き、蝶と蜂、それぞれ自分のマークに手を当てた。こんな時に不謹慎だけど、今回初めて変身姿を見るアレクお兄様の反応が楽しみではある。
「変身」
二人の声が揃って聞こえ、制服が戦闘衣装に煌びやかに変わっていく。その姿に、やっぱりどう見ても主人公この二人じゃないか……?と思ってしまった。これが戦隊ヒーローものの物語なら間違いなくそうだわ。
後方でローズが腰を抜かした場所から声が聞こえた。振り返ると、彼女の悲鳴を聞きつけた男子生徒が数名駆けつけている。その中にオスカルの姿はなく、ひとまずホッとした。お昼だから食事をしに行ったんだろう。そうじゃなければヒューゴ先輩がここから遠ざけてくれることを願っとこう……
「ローズさん…!大丈夫ですか⁉︎」
ローズに声をかけている一人の男子生徒が目に入る。リズ様と同じ髪色に似た眼鏡をかけていたためすぐにわかった。身長や体型は小柄で頭の天辺には一束癖毛だろうか?跳ねている。彼がリズ様の弟である、ニック・プロンツ様だろう。
「マチルダ、彼の脳内にリズ様の感情を見せることは可能だったりする?黒塊に触れなくても」
こっそりとマチルダに声をかければ、可愛らしい顔が小さく縦に動く。首についた赤いリボンが風で靡いた。
「やろうと思えば可能ではありますが、ただ彼がお姉様の負の感情に耐えられるかどうか……」
「彼が魅了されてるなら大丈夫じゃない?」
「……何か自信がおありなのですか?」
「自信はない!……けど、放っておけないじゃない」
彼女の苦しみはきっと、推しが魅了されてしまっていたかもしれない私と似てる。私も彼女と同じように、ルナシーを取り込んで豹変してしまったかもしれないから。
ローズの魅了の解き方なんてわからないし、正直推しが魅了されてたとしても本質的なものが惹かれてローズを好きになると思ってたから、解こうとも考えなかった。それがこの物語の宿命だとも思っていたから。
……でも、おかしいの。ハレルヤ学園に来てわかったことは、ローズの力は誰かを傷つけているということ。そして魅了されれば、本来その人が持っていた大切なものまで奪いかねないということだわ……
目の前ではピピの矢を受けたリズ様から、ズブズブと黒い物体が出てくる。エルザ様の時と同じように形は定まっておらず、それをノアが容赦なく剣で切ると、黒塊が浮き彫りになって出てきた。
リズ様の、負の感情が……──
「マチルダ、お願いね」
私はマチルダに頼むと、黒レースの手袋を装着し黒塊の元へ近づいていく。
「悲しい……壊された……なんで……」
まるで彼女の心が泣いているように聞こえる。そばで横たわるリズ様のほうを向けば閉じた瞳から涙が流れていた。
ピピノアが不安そうに見つめる中、私はそっと塊に触れる。
「……っ」
ズキッとした痛みと共に流れ込んできたのは大きな悲しみ。壊されてしまった絶望感。滲む怒り……──
『この庭園はリズ姉が管理を?』
『そうよ〜。緑は癒しの色でしょ?ここに訪れた人が少しでも安心して、また頑張ろうって思ってもらえるように、選りすぐりの植物を育てることにしたの』
『プロンツ植物園の広さには負けるが、見事ですね。リラックス効果も抜群だ。さすがリズ姉』
『ここから先は薬草コーナー。で、その奥は今研究用の植物を育ててるわ。ただこの先も学園に居るわけじゃないから、卒業後はどうなるかわからないけどね……』
『リズ姉が学園を卒業しても僕がこの庭園を守るし、その後もしっかり管理してくれる方を探しますよ』
『……ありがとう、ニック』
────
『わぁ〜、ここは何?』
『ローズさん…!ここは僕の姉が管理している庭園です!きっと癒されるのでローズさんも疲れた時は是非来て下さいっ』
『へえ……でも庭園の割には全体的に地味じゃない?あっ、そうだ。こんな雑草じゃなくて、もっと大きくて色鮮やかなバラを植えるのはどう?そうすれば賑やかで楽しくなれるもの…!』
────
『ニック…!なんで……どうしてこんなことを…っ!』
『地味な雑草育てたって仕方ないだろ?だから草は僕が抜いてやったんですよ。ほら、おかげでこんな素敵なバラ園になりました。これでローズさんも喜んでくれる……』
『ニッ、ク……』
壊された憎しみを深く感じる。でも、根っこの部分にあるものは弟への愛だった──。
私は黒塊を彼女の体の中にそっと戻す。
「あなたは大事な庭園を壊されたことよりももっと、ニック様が変わってしまったことに、憤りを感じていたんですね……」
プロンツ家は植物愛好家であり、どんな植物も愛している。ニック様が愛する植物を残虐に扱ったのは魅了にあてられたからだ。彼女の痛みの根はそこだった。
私はその強い感情に耐えきれず、涙が溢れていた。
「リズ姉……」
負の感情を見たであろうニック様が、少しずつこちらに歩み寄ってくる。まだ庭園の下で倒れ込んでいるリズ様の元へ。
「僕が……壊した……あ、あぁぁぁっ、ごめんっ!ごめんなさい…っ!」
地面に頭をつけ泣き崩れるニック様。今の彼から感じる情は大きな後悔や罪悪感だった。
良かった……随分と荒療治だったけど、元には戻ったみたいだ。
「……ほんと、酷いことをしてくれたね……」
リズ様は重たそうな瞼をあげると、彼の頭を弱々しく叩く。
「リ、リズ姉……僕はなんてことを……大事な庭園を、ごめんなさい〜〜っ」
「元に戻って、よかった……」
彼は涙と共に鼻水まで流し謝罪している。リズ様はゆっくり体を起こすと、ニック様を優しく包み込んだ。
あとは、放っておいても大丈夫だろう。時間がなんとかしてくれる。
「セリィ、手は平気か…⁉︎」
少し焦った様子のアレクが私に駆け寄り、手袋を剥ぎ取った。まるでこの間のピピとノアみたいで笑ってしまう。
「平気。オイル塗ればすぐ良くなるから。それよりお兄様、ローズとその仲間は?」
すっかりローズ達がいなくなっていたのでアレクに尋ねると、あっけらかんとした顔で言った。
「連れに安全な場所に行くよう指示しておいた。ここは俺らがなんとかするから彼女を連れて逃げろと。皇子が来て見つかっても面倒だからな」
「……」
ねえ……アレクの思考、私に似てきてない?
「お兄様、ナイス」
「だろ?」
お互いに悪い顔だなあと思う。普段の表情は分かりづらいだろうが、こういう時の顔はローランス家らしく悪っぽい。
「あ、お兄様。ピピとノアの変身、初めて見た感想は?超〜〜良かったでしょう?」
「あぁ。思わず見惚れた」
くはっ……!って……いやいや、私がやられてどうするの……
ノアを見れば、この人はまた何を言うんだと頭を抱え、案の定ピピは真っ赤な顔をしている。そして片手で先程切られた横髪を押さえていた。きっと無意識だろう。
「ピピ、ひとまずこれをつけておいて。私に考えがあるからさ!」
とりあえずの応急処置で、元々自分の付けていた刺繍入り黒レースのリボンバレッタを彼女の髪に留める。
「……ありがとう、セリィ」
「どういたしまして」
髪の毛と同じ黒だから同化して目立たないけど、ギュッとしたくなるほど可愛い。美少女が美少女してる。
「は〜〜お腹すいた〜っ!早く食べに行かないと午後の講義間に合わないよっ」
「サボるか」
「サボりましょう」
「……?」
アレクとノアの台詞と表情がシンクロしていて中々面白い。長く一緒にいると似てくるのかもしれない。それをキョトンと見つめるピピが余計可愛らしい。
ま、ハレルヤ学園だしサボってもいいかな…?
「よーし、サボろーー!」
大声で言うことじゃないが、誰も私を止めようとしないのでそのまま料理店に向かおうとしていた。のだが……
「あ、あの!お礼と謝罪をさせて下さい…!」
振り返ればリズ様とニック様が立ち上がっている。
「ご迷惑をおかけしました。助けて頂き、本当にありがとうございます」
「す、すみませんでした……このご恩は一生忘れません。何か僕にお役に立てることがあれば……」
「いいえ、恩なんて忘れてくれて結構です。ニック様が元に戻ったのは偶然でしたから。それよりこれから庭園をどうするか、二人でよく相談して話し合ってみて下さい」
「っ……ここまで酷いことをして、僕にそんな権利は……」
「一番奥の、研究用の植物」
「え?」
「そこの部分だけそのままでした。どうしてですか?」
「それは……どうしてだろう?」
「ニック様の中でこれだけはダメだと、お姉様への愛がそうさせたんだと、私は思いましたよ」
「っ……!」
ニック様に笑顔を向けると、驚いたような表情をして呆気にとられたようだった。
♢天の声♢
私も授業サボってみたかった……
(更新お待たせしました!遅くて申し訳ないです…!)




