癒しの空間②
「ところで、お兄様の話は何だったの?」
「あぁ。実はお前達には言わなかったんだが、俺は祭典で会った少女の力の内容について調べてたんだ」
「えっ」
「暗殺者に狙われた原因はそれが一番濃厚だったからな。ただどんな資料や本にも載ってないし、情報屋に聞き回ってようやく見つけた。彼女の力は周りの人間を魅了し好きにさせる力だと」
「……!」
お兄様、そこまで調べてたんだ……魅了を知ってたからこそ、ローズの近くでどんなことが起こるかを観察してたの?
アレクの推測力、行動力に圧倒される。
「セリィ、本当は前から知っていたんだろ?魅了の力のこと」
「……っ、ど、どうして…?」
「彼女のことをまるで知ってるかのように名前を呼んだし、事件後俺に、彼女のことをどう思ってるのか聞いてきた。俺が魅了されてないか知りたかったんだよな?」
「それだけで、?」
「聞くまではわからなかったけど、魅了の力の存在を知ってセリィの言動に納得したんだ」
ねえ……、推し……すごすぎじゃない……?
「その力は強力で、私が話したところで出会ってしまえばどうにもならないと思ったの。昔の私はお兄様もピピもノアも、魅了の力で離れていくと思っていたから」
「……ずっと、不安だっただろう?」
「…っ、!」
「ごめんな、すぐに気づいてやれなくて……」
「あれ、……なんで……おかしいなあっ」
気づけばポロポロと涙がこぼれ落ちていた。拭いても拭いても出てくる涙に自分でも驚く。
なんで、なんで止まらないの…!
ただ、アレクからかけられた言葉に涙を止めることができなかった。
「やっぱり、アレク兄さんには敵わない……俺はそんなことないって否定するばっかで、姉さんの中の不安に気づけなかった」
そう言ってノアは苦笑しながら黒髪をクシャッと掴む。そんな姿も美しいと思ってしまい、余計涙が出てきてしまう。
「そうだよな……わけわからない力を目の前にして、不安じゃないはずないのに……俺は、俺の気持ちを決めるな、見くびるなと、姉さんの気持ちも考えずに自分のことばっかりで……情けないです」
「…ちがっ、……」
その苦しそうな表情に、今度は胸が締め付けられた。
自分のことばかりじゃないわ……ノアは私のために言ってくれたでしょう?ノアがいてくれて、私がどれだけ救われたか、そのままの私ごと伝わったらいいのに…………
「ノアも知ってたのか……知っててずっと、黙ってセリィのそばにいてくれたんだな」
「…!」
「ありがとな。ノアがいつも通りでいることが、セリィにとって一番心強かったはずだ。そうだろ?セリィ」
お兄様の問いかけに何度も頷く。泣きじゃくる私の代弁をしてくれる。
「そう、だよ。……っ、ノアが証明するって言ってくれて、すごく、嬉しかったの〜……!」
ノアは私の顔を見て、眉を八の字にしては切なそうに笑った。
私は自分が転生者だと知って、推しを幸せにすることが一番だと思っていたの。例えいずれ私のことを忘れてしまったとしても。
でも……でもね、同じ時間を過ごしていくうちに、みんなといるのが本当に楽しすぎて、いつの間にかもっと欲張りになってしまっていたみたい。ずっとこのまま一緒にいたいって。私もみんなのそばで生きていたい気持ちが強くなってしまっていた……
「ちょ、ちょっと待って…!どうして私達がセリィから離れることになるの?ローズさんが、周りの方々に好かれる力があるというのはわかりましたけれど……」
「……アムール男爵令嬢の力はな、ただ自分のことを好きにさせるだけじゃない。彼女自身の意向と反する者を……つまり考え方や感じ方の違う人間を、自分の意のままに納得させようとする。近くで見ていて反吐が出るほど感じたんだ。……そして魅了された者は昨日のピピがされたように、彼女に反抗したり従わない人間を排除させようとすることだってあるかもしれない。言わば、洗脳に近いな」
「なぜそんな力が……」
「どうやら魅了の力は代々受け継がれていて、その力が世間に知られれば悪行に利用されると先祖は恐れ、力を隠してきたらしい。だから自力の調査では見つけられなかった」
アレクお兄様、そんなことまで調べていたの……?
ピピとアレクの会話を聞きながら、流すだけ流れた涙は自然と止まっていた。
「先祖の行動は妥当だ。そんな力があれば戦争の火種にもなりかねん。祭典で狙われたのも魅了の力の存在を知っているものの犯行とみて間違いないだろう」
ノアも同じことを言ってた。魅了の力がある限り、彼女は狙われるのではないかと。
「アムール男爵令嬢は過去に暗殺者に狙われたことがあるから、自分のことを守ってほしいと俺に言ってきたんだ」
「っ、!」
「驚いたよ。セリィやノアが助けた時は礼もなかったのに、暗殺者に襲われてこわかっただの、黒髪の子がいて恐ろしかっただの、自分の都合のいいように記憶を操作してた」
「……それで、お兄様は承諾したの?」
「他をあたってくれと返したが、俺がいいと一点張りだ。だから早急に暗殺者を捕らえなければならないんだが、ローランスの力を駆使しても見つけられない暗殺者ということは、相当な権力者がバックについてることになる」
相当な権力者……上級貴族、ということだろうか。もし本当に裏で支持した人間がいたとすれば、私は怒り狂ってしまうかも。
ただ、暗殺者の裏の人間が本当に存在するかは定かではない。原作ではローズを守ってアレクが殺された。その設定を作るために登場させた暗殺者なら、アレクの死はローズを悲しませる要因でしかないのだ。
絶対にそんな要因は作らせない。食い止めてやる。誰かの不幸を乗り越えなければいけない壁なんて必要ないの。
「お兄様、私はローズが嫌がることをするわ。……お兄様に止められても、もう決めた」
もしかしたら退学どころか、ローズに歯向かった罪で死罪になるかもしれないけど……
ローズの周りの頭のおかしい連中だったらそういう方向にやりかねないと、想像したら少し鼻で笑ってしまった。
「……具体的に言うとなんだ?」
「ピピとノアの黒髪を、見せびらかす」
「…っ…!」
私の言葉に、アレク同様ピピもノアも驚いた顔をしている。
「そもそも最初から必要なかったことなのに、大好きなピピとノアの黒髪を隠すなんて……」
「まだ入学したてだが、大丈夫か?」
「例え何かを言われても平気なフリをしましょうよ。だってそれが…、ローランス伯爵家でしょう?」
社交の場に顔を出さず、謎が多い。そんな私達の知られざる家族が、世界に忌み嫌われる黒い髪の双子だなんて……それは、すごく最高じゃないっ
「もちろん二人が了承してくれるならだけど……」
「私達はどちらでもいいわ」
「白髪にするの面倒なんで、むしろありがたいです」
え、うそ…、ノア面倒だったの?それは逆に悪かったな……
「ピピがアレクお兄様のそばにいれば、ローズはお兄様のことを諦めるしかない。ピピには戦士の力があるから退学は皇子が絶対に許さないわ」
「……なるほど、その間に俺は暗殺者を探せばいいんだな」
私はアレクの言葉にひとつ頷いた。
二人が常に一緒にいればこちらもラブハプニングを仕掛けやすいという目的のほうが大きいが。
「だからピピは、お兄様から離れないで。授業以外はなるべくお兄様と一緒にいてね」
「へっ、……そ、それはちょっと困るわっ」
徐々に赤くなっていくピピはアレクお兄様と二人っきりになる想像でもしたのだろう。
はい、かわいいオブ優勝。推しの赤面は世界を救えるわ……
そしてまたいつものようにピピとアレクが言い合っている姿を見て、私はニヤけ顔になっていたのだった。
♢天の声♢
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