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劇場版『ある日~』2

 ――シュン!


 風切り音が耳元で響く。


「あン?」


 閑静な住宅街。今は誰もいない街の中で俺は足を止め、呟いた。

 足元に目を向けると、アスファルトで舗装された地面が縦一筋にぱっくりと割れている。

 その断面は滑らかで、まるで『鋭利な何かに断ち切られた』かのようだった。

 偶然? 自然現象? まさか。

 どう見たってコレは――。


「お前がこの物語(せかい)の主人公か?」


 ――聞こえた声に顔を上げると、道行く先に一人の男が立っていた。

 いつの間に現れたのだろう。

 西洋風の鎧を身に纏い、腰には一振りの剣をぶら下げている。

 男は見目麗しい金髪をたなびかせた精悍な顔つきに、敵意を滲ませこちらを睨んでいた。

 普段の俺だったらこんなコスプレ野郎、即警察に通報するところだ。

 いや、今は警察もいないんだけどな。

 まぁでも、さっきの言葉から考えるなら――。


「――ただの不審者ってわけでもなさそうだな。……なんだよ、アンタ。俺に用でもあるのか? あいにくこっちは待ち合わせがあるんでね。後にしてくれ」


 俺は短く言い捨てると走り出す。

 こっちは急いでんだよ。不審者だろうが何だろうが後回しだ。コスプレやりたきゃ有明に行け。

 そう思い、一歩踏み出したときだった。 


 ――シュン!


 再び聞こえる風切り音。

 そして足元に再び刻まれる割れ目と、頬から何かが滲む感触。

 手で撫でてみると、薄い紙で指を切ったときのように、頬から一筋の血が滲んでいた。


 ……クソが。


 手についた血を憎々しげに見つめていると、目の前の男が口を開いた。

 

「質問に答えろ。……次は当てる」


 睨む男の右手には、腰からぶら下げていたはずの剣が握られている。

 間違いない。コイツの仕業だ。

 信じられないが、コイツが地面と俺の頬を『断ち切った』。

 俺と男の距離は、ざっと三メートル。

 男が握る剣は、柄を入れても一メートル弱程度。俺に届くはずがない。

 それでも――。

 

 ――コイツがやったに違いない。


 確信を持って言える。

 目の前でただ静かに立つ、この男のせいだと。

 常識的に考えてあり得ない。普通じゃない。

 だが、逆を言えば――この状況で普通の奴なんて出てこない。

 コスプレ野郎は、ただのコスプレ野郎じゃなかったってことだ。

 俺は心の中で舌打ち一つ、言葉を返す。

 

「だとしたらどうすんだ。さっきも言ったが、アンタ誰だ? それと、俺に何の用がある?」


 俺の言葉に表情一つ変えず、男は答えた。


「俺は、元ワルディナ国選出騎士隊、第十師団兵長。元居た世界では……――『勇者』と呼ばれていた」


「おいおい。いきなり人に斬りかかってくる奴が勇者とか、恥ずかしくないのか?」


 どこの世界に辻斬り紛いなことする勇者がいるんだよ。この卑怯者め。

 つーかコスプレじゃなくて本物だったんだな、その鎧。

 ……いや、まぁ知ってたけど。

 これで本当にただのコスプレ野郎だったら、逆に「なにしに来たの?」って感じだ。


「自ら名乗った覚えはない。それと、姉を助けるために妹を殴り倒した主人公にとやかく言われる筋合いはないな」


 そこまで知ってんのかよ……。

 物語のご都合主義も、ここまで来ると呆れを通り越して賞賛してしまいそうだ。

 だったら俺にも楽に過ごす展開を用意してくれてもよさそうなもんだが。


「なぁ、俺が急いでる理由も知ってんだろ? どうだ。お前が勇者だって言うなら、俺に手を貸さないか?」


 なんなら、何もせず傍観してるだけでもいいぞ?


「断る」

 

 短く発された否定の言葉。

 ……あぁ、知ってたよ。

 ご都合主義なんて言っても、物語はなるようにしか進まない。

 終わらせる方法はただ一つ。

 どうせ――。


「――俺には俺の物語がある。お前が『姉』を助けるように。俺にも守るべき人がいる。それには――お前を倒す必要がある」


 ――戦うしかないんだろ!

 目の前の男――勇者が言葉を言い終える前に、俺は前方へと駆けだす。

 間合いを詰めてしまえばこっちのもんだ。剣が振れない距離でのインファイトなら、こっちにも勝機がある。 

 え? 辻斬り紛いのことは卑怯じゃないかって?

 知ったことかそんなもん。

おしゃべりモードでぼーっと突っ立ってるほうが悪い。


「――……同じ主人公として恥ずかしいな」


 涼しい顔で勇者がそう呟く。

 余裕かましてられるのも今のうちだ。

 勇者が悠長に呟いている間にも、俺と勇者の間合いは詰まっていく。

 その距離、約三十センチ。

 もう剣は振れない。

 俺は大きく拳を振りかぶって――。


「――ッ!?」


 背筋に嫌な予感が走り抜け、俺は思わず横に大きく跳んだ。


 ――シュン!


 風切り音。

 また一つ地面に太刀筋が残る。

 勇者に目を向けると、ゆっくりと横に跳んだ俺に向き直り、変わらぬ表情を浮かべこちらを睨んでいた。


「間合いに入ってしまえば倒せるとでも思ったか? 浅はかだぞ。お前の速さなど、『魔王』と比べたら赤子にも劣る」


「……何が『赤子にも劣る』だ。次は当てるとか偉そうなこと言ったのに外しやがったくせに」


 勇者の言葉に軽口を叩きながらも、背中から嫌な汗が滲み出る。

 ……剣を振ったのか? あの間合いで? どうやって?

 もう人間ってレベルじゃないぞ。

 見えないなどという程度ではない。どうやったかさえわからない。

 その気になれば、次の瞬間にも俺の左半身と右半身はアジの開きの如く、綺麗さっぱり両断されてしまうだろう。

 当然、あとからくっつりたりもしないんだろうなぁ。

 ……やっぱ早まったかぁ? 良い案だと思ったんだが。

 どこまでいっても、物語は進むしかない。

 ご都合主義に頼っても、そのご都合は俺のご都合通りにはいかないのだ。

 平凡な高校生は、『勇者』には勝てない。

 誰だって分かる。

 ――そう、勇者と戦うのが平凡な高校生ならね?

 俺は覚悟を決めた。

 ……アレ、死ぬほど痛いから嫌なんだけどなぁ。 

 カッコよく『覚悟を決めた』とか言ったけど、結構マジで迷う。いや、ホント。

 まぁそれでも命にはかえられない。てか急いでるんだってば、俺は。

 死ぬほど嫌だけど。出来れば死ぬまでもうやりたくはなかったけど。本当に死んだら意味がない。

 俺は勇者に向けて問いかけた。


「……なぁ、勇者。さっき『魔王』と言ったが、結局魔王には勝てたのか?」

 

 勇者はぴくりと眉を震わせ、忌々しげに答える。

 

「お前も知っているだろう。俺の物語(せかい)は終わっていない。一度刃を交えて、負けた。そこから二度目はない」


 あっ、そう。ふーん。

 まぁ終わってないのは知ってたけど。

 一度負けてるってのは好都合。

 良かったじゃん。


「じゃあここで再戦といこうか」


 今から『魔王』と戦わせてやるよ。

 俺は虚空へと右手を差し入れる。

 何の変哲もない街並み。その道の真ん中で、俺は目前へと手をかざす。


 タネも仕掛けもございません。


 それでも俺の右手は『何か』に飲まれていく。


 まるでこの世から消えるように。


 さしずめ、そこに『何か』があるかのように。


 指先から俺の全身に向かって、空間が歪み、取り込み、変質させていく。


 それは、俺を塗り替える行為。


 物語を書き換える行為。


 俺は、俺自身の意思で、俺という存在を書き換える。


 希薄になっていく俺の存在が、警鐘を打ち鳴らす。


 全身だけでなく、魂までもが俺の意思に凄まじい痛みを訴えかける。


 もはや俺は、俺という意志だけを残して、それ以外の全てを書き換えていく。




 ――それは果たして、『俺である』と言えるのだろうか?


 


「お前、何をッ!」


 ――シュン!


 風切り音と同時、打ち付けられた感触が響く。

 はじめて勇者が焦ったような表情をその顔に浮かべていた。

 風切り音が何度も響き、その度に打ち付けられる感触が伝わる。

 見えはしないが、おそらく握っている剣で斬撃を浴びせているのだろう。

 だが、もう遅い。


 

 ――俺は『俺』でありながら、もう別の『物語(せかい)』に書き換えられた。



 指先からはじまった歪みとも侵食ともとれる行為が全身を(おか)し終わったころ、俺の立っていた位置に居座るのは正真正銘のバケモノ。

 頭部からは二本の忌々しい角を生やし、背中からは六枚三対の(ただ)れた翼を広げ、変わらず虚空へ伸ばす指先からはおおよそヒトとは思えない鋭利な爪が伸びていた。

 文字通りの異形。

 勇者の顔が焦りから驚愕に変わる。

 アンタなら見覚えがあるんだろう、勇者?


「そんな馬鹿な……!? なんで……!」


 驚きの声を上げる勇者に、俺――いや、『魔王』は口を開く。


「なんで、と言われても困るなぁ。……まぁそうだな。強いて言うなら、こういうことだ」


 浅はかだぞ、勇者。お前の想像力なぞ、俺に比べたら赤子にも劣る。


 ――さぁ、お前の物語(せかい)の続きをはじめようか?

 

  

 

 

  


 三流アマチュア小説書きの主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。

 作者が飽きるくらいまでは、続く。




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