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「ごきげんよう!」
澄み切った声が、朝の校門に響き渡る。
白を基調とした格式高い校舎。色とりどりの花が咲き誇る庭園。ここは、名家の令嬢だけが通う名門――聖アストリア女学院。
その校門を堂々と歩く少女に、周囲の視線は自然と集まっていた。
艶やかな長い黒髪に、陶器のように白い肌。吸い込まれそうな紫色の瞳は、気品と優雅さを兼ね備えている。
西園寺麗華。
日本有数の財閥・西園寺家の一人娘にして、この学院の誰もが憧れる存在だった。
「ごきげんよう、麗華さま!」
「ごきげんよう!」
すれ違う生徒たちは次々と頭を下げる。
「麗華さま、今日も本当にお美しいですわ……!」
「当たり前じゃありませんこと。麗華さまは学院一……いいえ、世界一の美少女なのですから!」
「それに、お優しいところも素敵ですわ」
賞賛の声があちこちから聞こえる。
しかし当の麗華は、それが当然であるかのように優雅な微笑みを浮かべるだけだった。
「皆さん、ごきげんよう」
その一言だけで、生徒たちは嬉しそうに頬を紅潮させる。
学院の華。
それが、西園寺麗華という少女だった。
◇
放課後。
学院の正門前には、一台の黒塗りの高級セダンが静かに停まっていた。
運転席から降りたのは、二十五歳ほどの青年だった。
艶のある黒髪を端正に整え、銀縁の眼鏡をかけたその姿は、知性と品格を漂わせている。仕立ての良い執事服を隙なく着こなし、穏やかな眼差しと落ち着いた物腰からは、西園寺家に仕える執事としての揺るぎない誇りが感じられた。
彼の名は黒崎。
西園寺家に仕える専属執事であり、ずっと麗華を支え続けてきた、彼女が最も信頼する存在である。
黒崎は後部座席のドアを丁寧に開き、深く一礼した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、黒崎」
麗華は優雅に車へ乗り込むと、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば黒崎。もうすぐあなたのお誕生日でしたわね」
「よく覚えていてくださいました」
黒崎は少し照れくさそうに微笑んだ。
「それで、何か欲しいものはありませんこと?」
「お嬢様が毎日お元気で、笑顔でいてくだされば……私にはそれだけで十分でございます」
「もう……」
麗華は呆れたように肩をすくめる。
「相変わらず物欲のない人ですこと」
「申し訳ございません」
「謝ることではありませんわ」
麗華はくすりと笑った。
「でしたら、わたくしがとっておきの贈り物を考えて差し上げます」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで、私には十分すぎる贈り物でございます」
穏やかな空気に包まれながら、車はゆっくりと学院を後にした。
――その時だった。
一匹の黒猫が突然、道路へ飛び出してきた。
「危ない!」
黒崎は反射的にブレーキを踏み込む。
タイヤが甲高い音を立て、車体が大きく揺れた。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
黒崎は慌てて後部座席を振り返る。
しかし、そこに麗華の姿はない。
「……お嬢様?」
黒崎は目を見開き、急いで車を降りる。
辺りを見渡すと、少し離れた石階段へ向かう麗華の姿が見えた。
腕の中には、先ほどの黒猫が大切そうに抱かれている。
「黒崎!」
麗華は振り返り、優しく微笑んだ。
「この子を安全な場所まで連れていきますわ!」
「お嬢様! お待ちください!」
黒崎は慌てて駆け出す。
その瞬間だった。
麗華の足が階段の縁を踏み外した。
「あっ――!」
身体が後ろへ傾く。
階段の途中に立っていた、一人の黒いスーツ姿の青年が咄嗟に手を伸ばした。
夜のような黒髪に、頬を走る一本の傷跡。
鋭い眼差しとは裏腹に、息をのむほど整った顔立ちをした美しい青年だった。
彼は迷うことなく麗華を抱き止める。
だが、その勢いは止まらない。
二人は体勢を崩し、そのまま石階段を転がり落ちていった。
「お嬢様ぁぁぁぁぁっ!!」
黒崎の悲鳴が、夕暮れの街に響き渡った。




