後日
「うわぁ!すごい!!」
そこには一面の青が広がっていた。
雲のない空に静かな海。
風が吹いてはいるが、暖かい時期であるためとても心地よい。
後ろには、微笑みながらこちらに歩いてくるヴィンス。
扉を開けた瞬間飛び出してしまった自分に少し後悔。恥ずかしい…
でもそれを上回るほどの感動。
「凄いよヴィンス!僕、海を生で見たの初めて!しかも海の上にいるなんて!」
「そっか、うん。よかったよ」
気分は絶好調の僕。ついつい友達口調で話してしまう。
そんな僕を咎めるでもなく、慈しむような目をして頭を撫でてくるヴィンス。
でも、浮かない顔。
「どうしたのヴィンス、ヴィンスは海嫌いでした?」
「?どうしてそう思ったの?」
「だって、ヴィンスあんまり嬉しそうな顔してないから」
「……困ったな…」
「中、戻る?無理させちゃいました…?ごめんなさい…」
「あぁ、謝らないで、海嫌いじゃないよ。」
「なら、どうして…?」
「う〜ん……」
僕から目を逸らして海を見るヴィンス。
僕の頭を撫でていた手もいつのまにか手すりを掴んでいる。
「やっぱり、後悔したんだ。それから……反省をね。」
改めてこっちを見るヴィンスは、慈しむ目ではなく捨てられた子供のような目をしていた。
「今まで海どころか屋敷の外にすらあまり連れ出してあげられなかった。……怖かったんだ。レニーが居なくなっちゃうのが。だから、レニーはここでしか生きられないないと錯覚するよう外の世界を見せなかった。」
ヴィンスはポツリ、ポツリと話し始めた。
一つひとつを聞き漏らさないように黙って聞く僕。
「レニー、君は強い子だ。自由になった君はどこへでも行ける。君は自分で思っているよりなんでも出来る子だよ。それに、みんな君の力になりたいと思ってる。君が一声かければ誰だって助けてくれるだろう。……だからこそ、自由になった君とは二度と会えないと思った。」
僕の存在を確かめるように頭を撫でる。
相変わらずな目をして。
「でもね、今、初めて海を見たってはしゃぐ君がとっても綺麗だったから………すごく後悔したんだ。もっと俺に余裕があれば、もっと君のことを考えていれば。海なんていくらでも見れただろうし、他にも……」
そこで口をつむぐヴィンス。
「そっか」
努めて明るく僕は言う。
ヴィンスの顔を両手で挟んで、地面へとズレた視線を僕に戻してあげる。
「確かに、ヴィンスのところで働いていなかったらもっと早くに海が見れたかもしれないですね。あっ、目、逸らさないでください。僕、ヴィンスに恨みなんてないですよ。ほら、よく見てください、僕のことを。ヴィンスを恨んでそうですか?」
「……でも、」
「しかも、僕、好きでヴィンスの所にいるんですよ?外に行けなくてもいいって思えるぐらいヴィンスの所が居心地いいって事ですよ?」
「………」
「さっきヴィンス言いましたよね?僕が一声かけたら誰でも助けてくれるって。じゃあお願い聞いてください。僕を色んなところに連れてって?海だけじゃなく。」
「…レニー?」
「他の国にも行きたいし、レストランにも行きたいな、あ、地球の裏側にも行ってみたい。一回の人生じゃ到底足りないぐらい、色んなところに。」
「………」
「もちろん、ヴィンスも一緒にね?」
僕が両手で挟む彼の顔は真っ赤だった。
さっきまでの目はなりをひそめている。
「僕のお願い、聞いてくれますか?」
「レニー…、本当にいいの?今ならまだ君を離せるんだ、」
「そっかぁ、聞いてくれないのかぁ、じゃあジェリーに……」
そう言って意地悪する様に、顔から手を離して歩き出そうとすると、強い力で腕を引かれた。
「待って!ごめん、待ってくれ、また俺は肝心なところで……」
両手を繋がれ向かい合う。
照れくさいけどここで振り解いたらダメ。きっとヴィンスはまたあの目をしてしまう。
ゆっくり、ゆっくり、急かさないよう、ヴィンスを伺う。少し目線が彷徨ったけれど、決意したのかしっかりとこちらを見てくる。
「レニー。君の願いを俺に叶えさせてくれ。俺が何処へでも連れてってあげる。だから……、だから、ずっと俺の隣にいてくれ。」
「…ふふ、はい、喜んで」
相変わらず緊張したままのヴィンスに、笑って返事をする。
僕は幸せだと思った。凄く幸せだと思った。
別に海が見れなくても良かった。レストランにも、他の国にも行けなくて良い。
ヴィンスは僕を縛ってるって言ってたけど、そんな風に思ったことないよ。悲しいだなんて思ったことない。
だってヴィンスが僕を大切に思ってくれてること、知ってたから。
ただ、ヴィンスは時々、あの、捨てられた子供みたいな目をする。それが凄く心配だったんだ。自分を責めているような、誰も信じられないような目。
いつか一人で消えてしまうんじゃないかって思えてくる。
だからさ、僕のお願い叶えてね。
君を縛るためでもある僕の「お願い」。
君が僕を大切に想ってくれるように、僕も君を大切に想っているんだよ。
さっきまでの彼のように、その存在を確かめるよう彼の頬に手を触れる。
「僕、今、凄く幸せです」
ニッと、少年のような笑顔を見せる。
こんな風に笑ったのはいつぶりだろうか。
「レニー……」
「……?なんです「はいはいはいはいはいはい、」
なんですか、と返そうとしたら明るい声に遮られる。
そちらを見るとニコニコのジェリーと無表情のアルがやってくる。
「空気読んであげてたけどそれはアウト。」
ヒョイっと持ち上げられたかと思えばヴィンスから離され、ジェリーに後ろから抱き込まれる。
「ダメだよレニー、そんな顔してたら。そいつにキスされちゃうよ」
「キっ!?えぇっ!?ダメだよジェリー、変なこと言っちゃ!ヴィンスに失礼だよ!ジェリーは友達にキ、キスなんてしないでしょ!」
「えっ?」
「は?」
「?」
えっ?なになに?ジェリーもヴィンスも固まってしまった。
上を見ても前を見ても僕を見たまま固まってる。
アルに助けを求めようと視線を送ると、さっきまでの無表情は何処へやら、綺麗に微笑んでる。本当に何?
と思ってたら、
「あっっはははははははははははははははは!!!!!!」
わっ、声大きい……
上から大音量の笑い声が降ってくる。
笑うことに夢中なのか僕の肩からジェリーの手が外れる。
それを良いことにサッとヴィンスの方に行く。
アルはなんか微笑んでてちょっと怖い。
未だ固まったままのヴィンスは何も害がなくて丁度いい。凄く失礼だけどそれどころじゃない。ヒーッだとかハーッだとか笑ってるジェリーが本気で怖い。
もしかしてこのまま小一時間笑ってるんじゃないかなって勢いだったが、落ち着いたのか涙目になりながら話しかけてくる。
「じゃあさ?じゃあさ?レニーはさ、あいつがレニーを大切にするのは友達だからだと思ってるの?」
え、違うの!?でもヴィンス、一雇い主にしては僕のこと大切に思いすぎじゃないかな。それに小さい頃に友達になってくれたんじゃ…え、もしかして思い上がり?えぇ……そう思うと凄く恥ずかしいぞ………
「す、少なくとも僕は友達だと……」
思ってます。は、恥ずかしすぎて言葉に出来なかった。
じゃあさっきまでの会話もただのお節介じゃないか。
ヴィンスの後ろに隠れていたが、恥ずかしさが込み上げてきたのでやっぱりアルの方に逃げる。
「あはははははははははは!!逃げられてやんの!!!」
「ちっ、違うよ!友達でもない僕が背中にいたら嫌かと思って!僕の独りよがりかなって!」
「レニー」
「あっ、ヴィンス……」
それまで固まってたヴィンスが僕の方を見て名前を呼ぶ。
「レニーは俺のこと友達だと思ってくれてたの?」
「あ、えと、は、はい……ごめんなさい……」
「どうして謝るの?俺も友達だと思ってるよ?」
「えっ!本当に?」
「うん。独りよがりじゃないよ。」
よかったぁ、独りよがりじゃなかったんだ。もしそうだったら恥ずかしさで故郷どころじゃなかったよぉ。
素直に喜んでる僕は、ボソッと話す「独りよがりは俺だな…」にも、遠くで話す「友達始まりはキツイぞ〜」にも気付くことができなかった。
レニーとヴィンスが話してる時の2人
アル
………。
(今すぐ割って入りたいけどレニーが怒るのがわかるので我慢)
ジェリー
こいつ空気読んでるし俺も静かにしとくか……。てかこいつ空気読めるんだ……。




