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非承認ヒロイン  作者: 稲川ひそぐ
第1章 革命編
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第9話 明るみに出る闇

 ボク達が戦っていた玉座の間を煙幕みたいな具合で、あっという間に煙で満たしてしまった。不思議なのは、その煙からはまるで血のような匂いがするという点だった。

「な、何、これ…!?」

 ボクが思わず呟くと、サクはもう冷静に戻っていたらしく、すぐに口を開いた。

「……有難いな。脱出が容易になった」

 …そうとなったら急げ!ボクとサクはすぐに唖然としている騎士たちの間をすり抜けて走り、玉座の間から脱出した。

「勇者たちよ、この凶行を見たであろう!奴らは部族どもの回し者だ!早急に始末せよ!」

 すごく不穏な王様の怒号が、背後から聞こえた。というか80は超えてそうなのに、よくむせずに煙の中で話せるな、あの人。

 パッと振り返ると、少し離れた位置から一部を除いた転生勇者たちがこちらに走ってきていた。揃いも揃って、目が青色にギラギラ光っている。まあ、こちらに走ってこようとしているとは言っても、煙の中でシルエットがあっちに行ったりこっちに行ったりしているのを見る限りは彼らも混乱しているらしい。煙幕は相当に効いているようだ。ボクも、サクの道案内がなければ迷っていたかもしれない。…なんて、考えてる場合じゃない。すぐに逃げよう。

 ボクたちと同じく、転生勇者はみんなユニークスキルを何かしら持っている。ギフトも使えるようになっている人がいる可能性だってある。真正面から戦うとなったら危なそうだ。ボクがじっと考え込んでいると、サクが横でぼそっと言った。

「…早いところ決断しないとまずいぞ」

 急かすな!

「…サク、さっきの銃弾のダメージは?」

「…回復スキルをオーダーしたから問題はない。…だが、止血が間に合っていないから運動は危険だろうな」

 …こうなったらもうしょうがない。ボクは立ち止まると、サクの両足を掴んだ。

「よいしょっと」

「お、おい、何をする気だ!?」

 ボクはサクを肩車した。

「おー、軽い軽い。さては食事でろくな量食べてないだろ?」

「…言っておくが、一汁三菜はちゃんと取ってるからな」

 後ろからぶすっとした声でサクが言った。

「さ、急ぐよ!」

「頼むもう少し静かに走ってくれ!視界が揺れている!」

「言ってる場合か!」

 ボクは遠慮なしに全力疾走を開始した。常時発動している〈ヒロイン〉の補正もあってか、いつもの倍以上の速さで進むことができた。

 できるだけ急いだつもりだったが、やはり速度にも限界はある。玉座の間にいなかった追手がどんどん入り口の方に集まり始めていた。何かしらの方法で連絡を取ったのだろう。それにしたって恐ろしい伝達速度である。王宮に仕える剣士や騎士がザワザワと立ち塞がる様子は、さながらちょっとしたイベントみたいだ。あんなに群がられたら、正攻法で突破は無理だろう。そもそも、城の門は厳重だ。あの騎士たちを全て倒したところで、開けるとは到底思えなかった。後ろから転生勇者たちがありえない速度で走ってくる。…おかしい、人はこんなに早く走れないはずだ。ステータスがイカれている。

「…どうする?」

「…はあ。恥ずかしいからやりたくなかったのに…リンネ、下ろしてくれるか?」

 ボクから降りると、サクは徐に左手を右目の前に持ち上げた。

「えっ?」

 ボクがその厨二臭い動きに呆然としていると、彼は人差し指と中指の間を開いた。

「ちょっとサク、何やってるの?」

 ボクがそう言ったその時、彼の右目に変化が訪れた。彼の角膜が紫色の閃光を帯び、稲妻のような紫雲の光が迸った。

「ちょ、ちょっと!」

「…リンネ、目をつぶれ」

 サクが言ったのはその一言だけだった。稲妻のような光がボクたちを取り巻き、視界を純白に染め上げた。一瞬後には、ボクたちは見知らぬ道の真ん中に立っていた。

「…えっ、どういうこと?」

「よし、脱出成功」

 そう言いつつも、サクは警戒を緩めた様子がなかった。

「…サク、今何が起こったの?」

「…ユニークスキルを解放して、お前と俺をテレポートさせた」

「サクのユニークスキルって…?」

「…誰が聞いているかわからん。それに、みだりに周りの人間に言いふらすようなものでもないからな。…ところで、なぜ俺を助けた?」

 サクが、本当に疑問そうな声でそう言った。

「…わからない。ただ、ボクは姉さんの言いつけを守っただけだ」

 『受けた恩は返せ。何があっても人としての品格は失うな』と。ボクはそう教えられてきた。だから、自分を詐欺師から守ってくれたサクを助けたかった。それに、ボクにとってサクはもう仲間だ。……それ以上の理由はおそらく何もない。あの時は夢中だったし、理由なんて要らなかった。

「はあ、これだからお人好しは……いや、改めて感謝する。ありがとう」

「どういたしまして」

 サクは急に、静かになった。

『…それでお前、本当に男か?』

 …今、頭の中に声が直接響いてきたような……幻聴だろうか?

『おい、無視するな。魔力と同時に暗示をあんたの体内に送り込んで会話しているだけだ。いわゆる念話だな』

 『だけだ』って言いつつ、なんだかすごいことを言われている気がするのだが。ボクはダメもとで、頭の中で念じた。

『男だよ失礼な』

『俺から見ても、あんたはヒロインそのものだったものでな』

 ヒロインだと……⁉︎

『ボクは認めない!世界中の人間がボクをヒロインだと言おうが、ボクは男だ!』

『なぜそう頑なになる?悪くはないと思うし、この際自分が女子だと思って行動した方が楽だと思うのだが』

 まあ確かに、サクの言うことはもっともだ。だが、ボクにはさっき述べたような事情があるし、体に男のままの部分が残っていたりするから女の子を自称するのは流石に無理がある。周りがどれだけボクのことを女の子だと言おうが、ボクは自分から女の子だと名乗ることはできない。…そうだ、ボクは絶対認めない。

 ボクは結論を出すと気持ちを切り替え、サクに質問した。

「ところで、王様は民族とかの話をしてたけど、どこまでが正しいんだろう?」

「…嘘八百だ。本当なのは、民族が近くにいること、そして魔物が湧いて出ているということぐらいだ」

「えっ?じゃあ、最初からサクは王様の話がほとんど嘘だったって知ってたの!?」

「そうなるな」

 ボクのものじゃない声に、サクは素っ気無く答えた。…と、同時に目を見開いた。綺麗に、二度見する。

「なぜお前がここにいる?」

 そこにいたのは、キーラだった。

「王様が怖くなって、ついてきちゃった…。ごめんなさい…」

 ついてきちゃったって…ちょっと見回したけど、ここから城らしきものは見えない。そんな火曜ドラマみたいなノリで走ってこれるような距離じゃないはずだ。

「…大いに結構だ。ああいうやつについていくとロクな事がないだろうからな」

 サクが大きく頷いている。まあそれはそれとして、ボクは疑問を抑えられなかった。

「…ともかく、なんでもっと強く主張しなかったの?あの王は嘘つきだって」

「…セオリー通りに勇者の使命とやらについてくどくど述べている王と、黒ずくめの怪しい俺。転生勇者たちはどちらを信用すると思う?」

 サクはただ機械的にそう言った。

「王様の方、だよね…」

 ボクは納得した。

「その通りだ。だから出来るだけ早く王の化けの皮を剥いで話を終わらせようと思ったのだが、結果想定以上に短気だった王の必殺魔法がとんであんたのギフトがそれに炸裂、大騒ぎに発展した挙句の果てに面倒な相手に追いかけ回される羽目になった」

 そう考えると、ボクたち結構ひどい目に遭ってるね…

「…あの状況でお前が動いてくれなければ、俺は5分39秒前に間違いなく死んでいた。…感謝している。それに、そのおかげでわかった情報もかなりあるしな」

「たとえば?」

 キーラが質問すると、サクは人差し指を立てた。

「…まず、王は洗脳魔法かその系列のスキルを使える可能性があるという事。ヤマトとか言われたあの剣士は、明らかに目が正気じゃなかった。それだけじゃなく、あいつが声をかけただけで転生勇者の一部の目が光り始めただろう。城の騎士たちもだ。おそらく声に乗せて発動させるタイプの魔法かスキルだろう」

「ヤマトに関して、ボクはゲームの中ボスみたいとは思ったけど…それ以外はさっぱり」

「ノンキな奴だな」

 サクは呆れたような目でボクを見てきた。視線が痛い……

「いやいやサクくん、黒マントにメタリックな仮面なんて厨二心をくすぐるデザインは、完全に中ボスのそれだよ」

 キーラがなぜかドヤ顔で、人差し指を振りながら主張する。

「あ、キーラはそういうのわかるの?」

 ボクが質問すると、キーラは胸を張って頷いた。

「わかるよ。私の生きがいは食べることとゲームすることだったから!」

「生きがいが完全にニートのそれだよ」

 ボクがツッコミに回っていると、サクが何かを閃いたように言った。

「仮面……もしかすると、それかもしれない」

 唐突すぎて、ボクは理解が追いつかなかった。

「それって……?」

「洗脳魔法を補助するデバイスが仮面の可能性がある。だから、仮面に強力な打撃が加えられたときにあいつはしばらく膝をついて動けなくなった、と推測できる」

 なるほど、アイテムが魔法を発動しているというのはよくある話だ。それにこの仮定に基づいて考えるなら、洗脳魔法を助長することによって意志の強い人間を従えることだって可能になるんだろう。納得だ。

 ボクがサクと話していたその時、影がボクの頭上を通過した。

「えっ!?」

 ボクが驚いて真正面に視線を戻すと、群青の光の翼を出現させたヤマトが目の前に立っていた。左手にはさっきのレイピアを握っている。光の翼はヤマトが着地すると消えて、ヤマトはこちらを向いた。その動きはどこかぎこちない。

「…抹殺だ」

 先ほどよりも流暢に一言そう呟いてから、彼は左手を宙にかざし、銀色に輝く剣を体の周りに召喚した。両目と左手が、呼応するように水色の炎のような光を放っている。

「なんだあれ!?」

 ボクが警戒態勢をとると、サクが冷静に分析した。

「ユニークスキルだろうな」

「すごくカッコいい!」

 キーラが目をキラキラさせて身を乗り出した。

「そうだカッコいいだろ!羨ましいだろ!」

 仮面の下のヤマトの声が凄みのあるマウントの取り方をした。洗脳されてるんじゃなかったのかよ。

「フッ……」

 息遣いが聞こえて、5本の剣が同時にこちらに飛んできた。

「危なっ!?」

 めちゃくちゃ早い。ボクは咄嗟にインフェルノをストレージから取り出し、5本全てを弾き返した。

「っ!」

 サクは唐突に後ろを振り向き、ホルスターからリボルバーを抜いて3発撃った。

「えっ!?」

 ボクとキーラが驚いて振り向くと、刃が粉々になった3本の西洋剣が落ちていた。砕かれた西洋剣は全て、光となって消えた。

「二人とも感覚神経どうなってるの!?」

「まあ、多少剣の練習をすれば…」

 ボクは軽く解説した。実際に、あれは有段者の竹刀とほぼ同じスピード。ボクに見切れないほどじゃない。

「…毎日銃撃戦をしていれば」

「探偵の仕事って常日頃からそんな危ないことするの?」

 思わず質問すると、サクはかぶりを振った。

「いや、アメリカ全土の銃撃戦が繰り広げられている凶悪犯罪の現場に常日頃から放り込まれていただけだ」

 この人のはあまり参考にならなさそうだ。

「それはそうと、サク、どうするの?」

 サクはヤマトを睨みながら言った。

「…当然、逃げるぞ。俺が支援と先導を行うから、なんとかやり過ごしてくれ」

 サクはそう言うと、さっさと走り出してしまった。傷からの出血ももう止まっているらしい。

「あっ、ちょ、ちょっと!」

 ボクとキーラは慌ててそれを追いかける。

「〈飛鳥〉!」

 ヤマトがそう言うと同時に、ヤマトの体の周りに青い光が発生した。彼の背中には、青い光の翼が現れている。ヤマトは一気に加速して、ボクに飛びかかってきた。足元から砂煙が立ち上がって、ボクに迫ってくる。

「ああもうっ!」

 ボクは鞘に納まったままのインフェルノを構えると、ヤマトの一撃をいなした。青い閃光が目の前でちらつき、それとともに火花が散った。あまりの攻撃の重さに、ボクは少しバランスを崩しそうになってすぐに足を踏ん張る。全身の筋肉が軋み、先ほどの戦闘のダメージで力が抜ける。ヤマトはしゃがんでからさらにもう一撃、下から強烈なのを打ってきたのでボクは慌ててインフェルノの向きを切り替えてガードした。骨の髄まで衝撃が来て、思わず剣を取り落としそうになる。…落ち着け、しっかり攻撃を見るんだ。腕への負担を最小限に…!ボクが体勢を立て直すと同時に、縦横無尽に薙ぐ高速の5連撃がボクを襲った。ボクは姉さんとの打ち合いを思い出しながら、インフェルノを動かして攻撃をいなす。ボクは連撃が終わったタイミングで走り出し、ヤマトから逃げた。これ以上はきつい。ヤマトの早い足音がボクの背後から迫ってくる。ボクは感覚だけでインフェルノを背中に回し、バックガードの構えをとった。直後に強烈な衝撃が背後から襲ってきた。…ガード成功だ。しかし、どうするか。ボクはさっとインフェルノを振ってレイピアを弾いたものの、あいつは突き攻撃に移行しようとしているらしい。しかも、左右にあの銀の西洋剣が召喚されていた。水色の炎に彩られた彼の目は、生気がないながらも明らかに戦闘の狂気に陶酔しているようだった。その時だった。

「こっち向け、バカあああ!」

 なんと、キーラがヤマトの正面から迫って素手でヤマトの頭をぶん殴った。当然、それは鋼鉄の兜に何も纏っていない拳を振り下ろすことになる。

「なんだ!?」

 そう声を上げてから、ヤマトの動きが一瞬止まる。西洋剣もその瞬間に発射され、ボクはステップでそれを回避した。

「…リンネ、キーラ、伏せろ」

 サクが前方からそう言ったので、ボクは速攻でしゃがんだ。ボクの頭上を、巨大な何かが攻撃的な唸るような音を立てて通過した。無防備なヤマトの方を見ると、先ほどの王様との戦闘でサクが使っていた大鎌がヤマトの手に持たれているレイピアを弾き飛ばすと同時に仮面の下部分に深い切り傷を残し、大鎌はすぐさまとんできた方向に戻っていった。ヤマトは糸が切れた人形のように倒れ、ゴロゴロと少し転がってから動かなくなった。

「……何を突っ立っている。早く走れ」

 サクの声ではっと我に返ると、ボクたちはすぐに走り出した。ヤマトの姿はどんどん遠ざかり、やがて見えなくなった。

「…はあ、なんとかまいたか」

 ボクはため息をついた。サクもそれに答える。

「…ああ、そのようだな」

「こ、怖かったあ…」

 キーラがペタンと地面に座り込む。

「…キーラ、サクも、ありがとう」

「えへへ…どういたしまして」

 照れ臭そうに、キーラが笑う。サクは無愛想に言った。

「…礼には及ばん。キーラの行動がなければ、レゾナンスエッジの攻撃も間に合わなかっただろうしな」

 あ、あのギフトの大鎌、そういう名前なんだ。もうギフトを使いこなせるレベルに達しているし、あの王様をもギリギリまで追い詰めるような動きもできるし……サク、実は最強なんじゃないだろうか。

「…それより、さっきの戦闘でほぼ確信した。あの仮面を壊せば、おそらく洗脳魔法は解除できる」

「…でも、あいつがただ単純に頭を叩かれて痛がってたっていう可能性は?」

 キーラが拳をさすりながら言った。…皮がむけてめちゃくちゃ痛そうだ。申し訳ない。

「なくはない。だが、試してみる価値は大いにある。事実、王宮にいるときより外にいる時の方が明らかに移動速度が遅かったり、話し方が多少流暢だったり、王宮での戦闘でも仮面を叩かれた瞬間に膝をついたりするなどの状況証拠は十分に揃っている。検証するべきだろう」

 そう締めくくってから、サクは嘆息するようにため息をついた。

「…しかしあの王にしてこの国ありだな。詐欺の数が多すぎる。俺はお前と出会って城に着くまでに、合計32人遭遇した」

 心底ウザそうにそう言うサクは、太腿のホルスターに入っているリボルバーを抜き、慣れた手つきでくるくる回した。イライラしているんだろう。

「そんなに遭遇してて、よく全部詐欺だって見破れたね…。ボクなんて、サクがいなかったら100パーセント騙されてたよ。何かコツでもあるの?」

「話しかけてくる態度、身なり、手つき、目つき、表情、口調…手掛かりになるものは幾つでも転がっている。お前と俺との違いは、その手掛かりをただ見過ごしてしまうか、しっかり目に収めているかというだけのものだ」

 サクは淡々と説明してくれた。

「ところで、そろそろマズくない?」

「お前たちが早くついてきてくれれば、20分1秒後に俺が思っている通りの場所に立っているはずだ。ただ、あのステータス鑑定の時にあんたは水に触ったよな?おそらくキーラもだろう」

「うん!」

「まあ…」

 キーラとボクはそれぞれ頷いた。

「…全く、二人揃って底無しに正直だな。少し、手を出せ」

 ボクは言われるがままに手を出した。

「…少しちくっとするぞ」

「予防注射みたいなこと言わないでよ!」

 キーラが恐怖心のせいか、目を見開きながら言った。…いや、そこまで怖いか?サクはボクたちの差し出した手を握った。その次の瞬間、ボクの体に不思議な感覚が走った。水の中に差し込む光のようにどこまでも冷たく、透き通るような澄んだ涼やかな何かがボクの中に満ちていくような感じだ。耳に、水の音が聞こえてきそうだった。息苦しささえ、感じそうだった。目の前の光景が、神秘的に揺らめいて見えた。ボクがしばらくその感覚に浸っていると、サクが手を離した。

「…これでよし」

 えっと、何がよし、なのかな?

「…俺の魔力をお前たちの中に通して、敵の目を眩ませた。これで探知されづらくなったと思う。…そして俺の計算通りなら、もうすぐこの通路を三手に分かれて騎士たちが迫ってくるはずだ。こっちは幾分手薄になる。急げ」

 ボクはサクに先導されて、すぐに路地裏に入った。

 10分ほど路地裏をうろうろすると、サクが口を開いた。

「…この時間なら、そろそろ魔法剣士の小隊がこっちに徘徊してくるぞ」

 えっ、安全なルートを選択してると思ったのになんでだ…?

「なんでわざわざ敵が来るってわかってる道を選択したの?」

「捕まったら今度こそまずいのよ?」

 ボクとキーラが質問すると、サクは右の掌をボク達に向けて制した。

「……気が変わった。少しお前たちに見せたいものができた」

 サクがそう言った数分後、向こうの方から声が聞こえてきた。

「おかしい、魔力の跳ね返りがない…」

「あいつら、まさかあれに気づいたんじゃないのか?」

「まさか。無知で愚かな転生勇者がそんなこと知ってるわけねえだろ」

「しかしまあ、面倒なことしてくれたな。あの虫ほどの価値もない転生者どもにいい思いをさせてやろうとしてるところを逃げ出しやがって…」

「王様も王様だよな。命令出すだけ出しといて指揮はカケスに任せっきり。自分はなーんにもしないんだから…」

「じゃ、お前反乱起こすか?」

「無理っ!」

「ギャハハハハ!もうじきカケスの『ミッドナイトイーグル』が来る。流石に奴らがくればどんな小賢しい転生者もイチコロだろうよ。なにせ転生者狩りの集まりなんだしな。一瞬で国家の闇に感づいた奴も葬り去ってくれることだろうよ」

 スレイヤー、という不穏な単語を聞いて、ボクは身がこわばるのを感じた。しばらくして足音が消えると、ボクはサクに質問した。

「…ねえサク、あいつらが言ってた魔力の跳ね返りって、どういうこと?」

「少なくともリンネは…いや、おそらくキーラも、確かスキル鑑定を受けたよな」

「うん」

「その時、変なことはなかったか?」

 ボクはあの部屋を思い返した。

「…あったとしたらスキルを鑑定するには清めが必要とかなんとかって言って、手に冷たい水をつけさせられたぐらいかな?」

 サクは言った。

「…そうだ。ただ、城で解説した通りあれは国王の水魔法によって生み出された水。普通の水じゃない」

「えっ!?」

「…おそらく、国王の水魔法によって生成された水は魔力を跳ね返す効果があるんだろうな。そうだとしたら、俺たちを正確に追いかけてくることができることにも辻褄が合う」

「えーっと…つまりどういうこと?」

 キーラが質問すると、サクは無表情だが面倒臭がる様子もなく丁寧に解説した。

「…コウモリは暗いところを飛ぶ時に、超音波を出すって言うのを知ってるか?」

「あッ、それは聞いたことある!超音波が跳ね返ってくる時間を使って、障害物を避けてるのよね」

「それと原理は全く一緒だ。違うのは、より高い精度で対象が割り出せると言う点だな。その高精度の魔力の跳ね返りを利用して俺たちの位置を割り出している、と推測できる」

「でも、なんでわかったの?」

「…俺はあいつらを信用してない。だから、あいつらが用意したものに触れるような愚かな真似はしなかった。それがこの結果を生んで俺たちが命拾いすることになったというだけだ。別段それを目にした時点で何かがわかったわけではない。…王の監視に気がついたのは、常時発動スキルが発動していたからだがな」

「…もしかしてサクの推理通り、王宮の人たちってみんな悪い人なの?」

 キーラがポツリと、一言呟いた。ひどく傷ついた顔をしていた。…まあ、そんな顔になるのも無理はない。ボクだって、少しは信じたいと思ってしまっていたから。自分達が都合よく利用されるかも知れなかったなんて、怖くて考えたくもないから。…でも、こんな決定的な会話を聞いてしまっては、信じろと言う方が無理だった。

「…その表情、今更だな。…ここに連れてきたのは、お前たちには多少、人の裏の顔の醜さとていう物を知って欲しかったからだ。……で、それを知った今の気持ちを漢字二文字で表せば、なんだ?」

 キーラが口を開いた。

「…驚き?」

「漢字が何であるかの解説から始めた方がいいか?…まあともかく、そのあとで幻滅、となるだろう?お前たちの考えはおそらくこうだ。人を騙しただけでなく、思い通りにならなかったからといって影で人のことを悪く言う。そのくせ権力には逆らわずにへこへこへつらう。そんな奴らは今すぐぶっ飛ばしてやりたい。違うか?」

 サクの真っ直ぐで不敵な冷笑を浮かべた目線が、ボクたちの目を射止めていた。

「…うん。図星だよ」

「…なんでわかるの?」

 図星すぎて、怖かった。サクの目はまるで、心の中を読まれまいと作っているバリアさえも見通してしまうのではないだろうかというほど、冷静で鋭い光を放っていた。

「…今、あんたはどうしたい?」

「サクが言った通りだよ。騙した奴らを、ぶっ飛ばしてやりたい」

 ボクは口を開いた。サクにはもう説明するまでもないだろう。……許せない。

「つい40分前までこの国のためにやってやるみたいな態度だったくせに、逆恨みだな」

「…わかってるけど、知ってしまった以上は許せないよ」

 そうだ、ボクは曲がったことが許せないんだ。

 サクはふっと、満足げに笑った。まるでこうなることが想定内であったかのように。

「…では、始めよう」

「始めるって何を?」

 サクが不気味な笑顔を浮かべた。

「…いけすかない王座潰しを始めよう、と言った」

「えっ?まさかこのまま殴り込みに行く気!?」

 キーラがあたふたと心配そうにする。

「そんなわけないよ。…ないよね?」

 否定しつつ、少し不安になった。

「なぜ確認をとった。軽はずみに勝負を挑めば焼肉にされる未来は分かりきっているからな」

「や、焼肉…」

 それは……あまり想像したくないかな。

「じゅるり」

 なんでキーラは涎を垂らしてるんだ。

「おい」

 サクがジト目でキーラを見つめると、キーラは口元を拭った。

「お肉の話題が出たからつい…」

「…ステーキとして食卓に並びたくなければ、余計なことを考えるのはやめろ」

 サクが手厳しいことを言いつつ、呆れたように目を細めた。

「それでサク、王座を潰すって、具体的にどうするつもりなの?」

「…まずは多少暴れようと思う。この国の王に、王に奇襲をかけたナユタ、血の匂いがする煙幕を焚いたやつ、兵士たちの話に出てきた転生者狩りの正体…現状、謎が多すぎる。不安の種は先に処理しておきたい」

 ボクはサクから放たれたとは思えないその乱暴なニュアンスを持つであろう言葉を繰り返した。

「暴れるっていうと…?」

「…簡単だ。計画の概要はもうすでに出来上がっている」

 サクは目に確かな怒りを宿して言った。

「その計画って…」

 ボクの言葉に答えてサクが言葉を繋ごうとしたその時、唐突に後頭部に衝撃が走った。

「…誤算、だったな…」

 ぼそっと、サクがそんなことを呟くのが聞こえた。視界の端で、サクも倒れていく。ボクたちは、沈み行く意識の中に黒フードをかぶったボロマントの男たちを確認し、そして…意識を失った。

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